はじめてのお買い物です1
そうこうするうちに馬車は大きな門構えのお店の前に到着した。貸し馬車ではなく、もちろんアッシュバーン家の家紋入りの馬車である。ミシェルのほかに護衛も兼ねた使用人の男性が付き添ってくれた。
父が継母をエスコートして降りたので、自然とミシェルが私の手をとってくれた。さすがは辺境伯家御曹司、騎士としての精進だけでなくマナーや女性への気遣いもばっちりだ。亜麻色の長い髪を肩の上でひとつにまとめ、胸元に垂らしている彼は、今日も品のいい小姓のような格好をしている。髪色は父親譲りだけど顔立ちはパトリシア様似だ。
彼の手をとって馬車からぴょんと飛び降りると、ミシェルがくすりと笑った。
「ミシェル様? 私、何かおかしなことしましたでしょうか」
「いや、そうじゃなくて……そんなふうに飛び跳ねると本当にうさぎみたいだと思って」
「なななななっ!」
彼の発言に頬が上気する。思わず頭にかぶっていたフードを外してしまった。
「そのままでいいんじゃない?」
「お店に入るならフードは失礼ですから!」
端正な顔して冗談とか、ほんと似合わないからやめてほしい。彼の隣をすり抜けるようにして両親の背中に追いついた。
改めてお店の門構えを見上げると、柱の上には優雅な筆跡で「ハムレット商会」と書かれた美しい看板が見えた。煉瓦造りの重厚な門の前で、洒落た制服を着こなした門番が恭しく頭を下げ、大きなガラス扉を開いてくれた。
「うわぁ……」
中に通された私は思わず声をあげた。大理石の床にまっすぐ伸びる緋色の絨毯、その先にはガラスでできたカウンターがある。店員さんの背後にはいくつもの棚が並び、ディスプレイなのか商品なのか、とにかく美しい品々が品よく並べられていた。
まるで伊◯丹とか◯越みたい、と心の中で呟く。
「この本店は2年前に改装されたんだ。そのときにこうして商品を見えるように飾る棚やカウンターが設置されたんだけど、それがかなり好評で、たちまち人気店になったらしい」
ミシェルがカイルハート殿下付きとして王都に来たのは1年前らしいから、その頃にはこのスタイルが一般的になっていたそうだ。
「それまでのお店は違っていたんですか?」
「だいたいのお店は訪れた顧客を部屋に通して、そこで目当ての品を見せるスタイルだからね」
なるほど、前世で言うところの外商方式か。品物を選んでいるところを他の人に見られたくないという貴族は多いだろうから、そのスタイルの方が無難そうだ。
「もちろん今もその方法は健在で、別室もちゃんと用意されているけれど、この表のディスプレイの方が売れ行きがいいらしい。ライトが教えてくれたんだ」
「ライトって?」
「あぁ、ごめん、伝えてなかったね。ライトネル・ハムレットはこのハムレット商会の跡取り息子だよ」
「シンシア様がおっしゃってた御子息様のことですね」
「あぁ。数年前までは地方で暮らしていたんだけど、こちらに出てきて父親の商売を手伝うようになったんだ。この改装案も彼が考えたそうだよ。ほかにもいろいろ改革を行って、商会の売り上げに貢献しているらしい。アンジェリカ嬢とも話が合うかもね」
年はミシェル様のひとつ下の8歳なのだとか。その歳でお店の経営に携わり、かつ様々な改革を成功させている強者。うん、ぜひともお近づきになりたいところだ。ルシアンのお店の新たな構想も得られるかもしれない。
「ミシェル様、ようこそお越しくださいました」
背後からよく通る声が聞こえ、私たちは振り返った。
そこにいたのはミシェルと同じくらいの背丈の男の子だ。ゆるやかにカールした赤毛に碧の瞳という鮮やかな色彩。服装は対照的に茶やベージュでおとなしくまとめている。
目立たない服装であっても隠しきれない才気が全身から溢れているようで、周囲を圧倒するオーラを感じた。
「やぁ、ライト。突然すまない」
「いえ、アッシュバーン家の御用命とあらば、いつでもなんなりとお受けいたします。私どもを使っていただいて何よりです」
溢れんばかりのパワーもさることながら、物言いや振る舞いもとても洗練された少年だった。胸に手をあてて軽く黙礼する姿も実に様になっている。
ハムレット商会は平民の商会長が興したと聞いていたが、貴族を相手にする商売だ。子どものしつけもしっかり行き届いているのだろう。その証拠にライトネルは先ほどから私と目を合わさない。目下の者が目上の者に直接話しかけるのはタブーだし、最近では薄れてきたものの、直接目を見ることも正式にはタブーとされている。
ミシェルはさっそく両親を彼に紹介した。
「こちらがライトネル・ハムレット。ハムレット商会の御子息です」
「バーナード・ダスティンだ。こちらは妻のカトレアと娘のアンジェリカ。今回はいろいろ世話になるね」
相手が平民の子どもでも、ミシェルの紹介である手前丁寧に接する父に倣い、継母も私も会釈をした。するとライトネルは恐縮したようにさらにお辞儀を深くした。
「もったいないお言葉でございます。私のことはどうぞライトとお呼びください。ダスティン男爵様にご用命いただけますことは、我が商会の誉れでございます。今後ともどうぞご贔屓くださいませ。それで本日は、どういったものをお探しでしょうか。生憎父が所用で外出しておりますため、不肖この私がお相手させていただきます」
流れるような口上の文句に、この子なかなかやるなと思った。私たちが買い物に出ることは昨日のうちに先ぶれを出していたので、こうして彼が出迎えてくれたわけだが、手配はすべてシンシア様がやってくださったので、私たちの名前は告げていない。
目の前の少年はここで初めて両親のことを知ったことになる。それでも名前を聞いただけで「男爵」と判断するあたり、大人の商人でもなかなかできることではない。父も感心したのだろう、2、3度目を瞬かせた。
「今日は3人とも買い物があってね。私は久々に会う姉たちに手土産を、妻には王宮のパーティのときに使う髪飾りを選んでほしいと思っている。それに娘は……さる高貴な方に贈る誕生日プレゼントを探しているだ」
「かしこまりました。いかがいたしましょう。奥の別室にてすべてご用意させていただくことも可能ですし、店内を自由に見ていただいてもかまいません。服飾のコーナー、アクセサリのコーナー、雑貨のコーナーなど、用途に応じてご案内できます」
「そうだな……せっかくだから店内を見せてもらおうか。このような店舗スタイルは初めて目にするので新鮮なんだよ。なんでもライトくんが考えたのだとか」
「はい、今までにない新しい商いの形をいつも模索しております。男爵様のお眼鏡にかなうお品を必ずご提供できると思います」
礼儀正しくお辞儀をしたライトネルは、そのまま私たちを店内へ誘導した。




