奇妙なお茶会だと思いました
アッシュバーン領の領地にあるおうちは質実剛健な城砦という雰囲気だったけれど、王都の邸宅はそこに比べれば華やかな造りになっていた。明るい茶色の外観はシンプルだが洒脱さもあって、規則正しく統一された窓枠や屋根の形がとても美しい。今は冬ということもあってお庭の彩りは少ないが、春になればたいそう見栄えがするだろうと思わせる。
私たちを乗せた貸し馬車が玄関に到着したとき、そこには見知った顔があった。
「ようこそアッシュバーン家へ。ダスティン男爵、奥方様、それにアンジェリカ嬢もご無沙汰しています」
「ミシェル様!」
私たちを出迎えたのは使用人だけでなく、ミシェルだった。
「お久しぶりです、ミシェル様、このたびはお世話になります」
馬車を降りた私は作法通りのお辞儀をする。ミシェルはそんな私に微笑んだ後、両親に再び向き直った。
「ダスティン男爵、遠路遥々ご苦労様です。このたびは伯父がお世話になります」
「ミシェル殿、かたじけない。お世話になるのはこちらの方です。この度は私ども夫婦だけでなく娘までご厄介になってしまいまして」
「じゃがいもの食用化に成功したのはアンジェリカ嬢だと、伯父も知っています。彼女をもてなすのは当然だと、伯父も言っていました。本来でしたらその伯父がお出迎えしなければならないのですが、あいにく2日後の王宮でのパーティの警備準備のために連日騎士団に詰めておりまして、ご挨拶がかないません。代わりに伯母が挨拶させていただきます」
ミシェルの礼儀正しい出迎えの挨拶に続いて、背後からひとりの女性が進み出た。
「はじめまして、ロイド・アッシュバーンの妻でミシェルの義理の伯母になります、シンシアと申します。皆様のおいでを心よりお待ちしておりました」
美しい所作で挨拶をする女性はにっこりと微笑んで私たちを見つめていた。年齢は30代後半くらいだろうか、ややふっくらした頬に、大きめの榛色の瞳がくるくると輝いて、小柄な体型とも相まって小動物のような愛らしい印象を受ける。一言でいうとかわいい女性だ。
一通りの挨拶を交わした後、私たちは屋敷に迎え入れられた。さすがアッシュバーン家、中も美しい。そして広い。天井が高い。うん、語彙力。
私と両親は客間に通された。マリサにはひとまず使用人部屋が割り振られているが、騎士団で料理指導が始まれば、彼女だけそちらに移ることになっている。
今回は数ヶ月の滞在予定なので荷物も多い。メイドを誰も連れてきていないので、アッシュバーン家の使用人のみなさんに手伝ってもらって、私たちの荷物は部屋に運ばれた。マリサとアッシュバーン家のメイドのみなさんにお部屋の片付けをしてもらっている間、私たちはリビングでお茶をすることになった。参加者は両親と私、シンシア様とミシェルだ。
「遠いところを本当にご苦労様でした。スコーンを焼いておりますの。甘いジャムはお好きかしら」
いそいそとお茶の準備をするのはなんとシンシア様。うちでも継母がお茶を入れたりはしてくれるが、まさか辺境伯家のおうちの奥様がそんなことをするとは驚きだった。普通はメイドが行う仕事だ。何かの戯れに女主人がすることもありはするが、それはお茶会での一種の余興のようなもので、こうして普段から行うものではない。そしてなぜかシンシア様の手つきは手慣れている。
驚きの光景にしばし固まっていると、シンシア様は実ににこにことしながら説明をし始めた。
「あら、驚かせてしまいましたわね。申し訳ございません。こんな仕事を自らするなんて、まるでメイドのようだと思われたでしょうね」
「いえ、そのようなことは。むしろ副団長夫人自らお入れくださるとは恐縮です」
父が穏やかに答える。シンシア様はますますにっこりされて言葉を続けた。
「皆様ご存知のことと思われますけど、わたくし、平民の出身でしょう? 料理や掃除といった家事全般もやり慣れておりましたの。さすがに今は使用人たちの進言もあって控えておりますけれど、お茶を入れるくらい、ね。それにわたくし、お茶を入れるのは得意なんですのよ?」
「お茶だけではありませんよね、伯母様はお菓子を作るのもお上手です」
ミシェルが間の手を入れる。すると継母が驚いたように声をあげた。
「まぁ、ではもしかしてこのスコーンも副団長夫人のお手製ですか?」
「えぇ。スコーンだけでなくジャムもですわ。秋に穫れたぶどうをジャムにしましたの」
テーブルに並べられたお皿にはきつね色のスコーンと、つやつや輝く紫色のぶどうジャムがあった。うちの領地ではぶどうは穫れないから、私は今生では初めて食べることになる。
お茶が全員に行き渡るのを待ちながら、私は目の前の美味しそうなおやつに興味を抱きつつ、さきほどシンシア様がさらりと口にした言葉についても思いを巡らせていた。情報はとても大事。うっかり聞き逃したりすると手遅れになることだってたくさんある。
シンシア様は平民の出身とおっしゃった。貴族の家に平民が縁付くことはとても珍しいが、ゼロではない。ゼロではないがここは辺境伯家だ。位こそ伯爵だが、その地位は公爵や侯爵にも匹敵する。その家の長男に平民が嫁ぐというのは相当珍しい。珍しいというより、よく可能だったなと思う。反発や批判があったことは想像にたやすい。結婚当初はかなり話題になったはずだから、当然両親にとっても既知の情報だろう。
両親は相手が平民だろうと、態度を大袈裟に変える人ではない。むしろ今はシンシア様の方が身分的に上だ。彼女が手ずからお茶を入れることに眉を顰めたりはしないし(そもそも家では2人とも普通に入れてくれるし)、ただただ正直に恐縮している。
一方でシンシア様は、なんというか、すごい勢いで押してくるなという印象だった。玄関での出迎え時の朗らかな様子に、出会ってすぐのお茶やお菓子の振る舞い。自ら平民だと名乗り、貴族らしからぬエピソードを披露しながら、慣れた手つきでお茶を注いでいく。そしてそれをなんの不思議もないように眺めるミシェル。
私はそれらを見て、ある結論に達した。