第八話
「そう言えば、アヌンナキって何?」
「古代シュメール文明にはアヌンナキと呼ばれる神々がいたと言われているのさ。それがどうやら数十万年前に彼らはニビルと呼ばれる惑星から来た地球外生命体で、黄金の採掘をするために地球へ来て、採掘するための労働力を自分たちの遺伝子と地球にいた原生生物の遺伝子を掛け合わせたクローン、人間を作って補っていたらしい」
「へぇー」
荒唐無稽な話だが、それが逆に光矢の琴線に触れた。
両手でカップを持ち、コーヒーを飲みながら光矢は相槌を打つ。先ほどの耳に入った言葉が反対の耳から抜け出ているような反応から一転して、光矢は子供が絵本の読み聞かせを急かす時のような輝く目でラマヌジャンを見つめる。
「アヌンナキたちは人類たちに黄金を採掘させ、惑星ニビルの公転周期にあわせて、つまり三千六百年ごとに人類が集めた黄金を奪っていた。と、古代の石碑には書いてある。信じるか信じないかはこの際置いておいてね」
話自体は面白い。
しかし信じるかどうかと言われれば、いいえと答える。微妙なところだ。
それが米軍で働いているラマヌジャンの口から発されていることがさらに光矢の頭に混乱を呼んでいる。
「でもどうしてアヌンナキ達は黄金を集めていたのさ?」
「神話ではアヌンナキ達の母星であるニビルの大気に異常が起こり、その対策として金の微粒子を惑星ニビルの大気中に散布しようとしたらしい」
光矢の質問にラマヌジャンは羊羹を食べながら答える。
「金は電磁波を反射する性質があって、宇宙服のヘルメットのバイザーに薄く貼り付けて、宇宙の有害な電磁波を防ぐシールドとして使う事もできる。それを惑星規模でやろうとしたんじゃないかな」
説明し終わったラマヌジャンは話の最後に、一つの説だよ、と念を押す。
「結局、本当の事は分からない。もしシスダーが本当に古代人で、うまいこと話し合いができればもう少し分かるかもしれないけど、ちょっと難しいね。お話をしようとすると襲いかかってくるから、アハハ」
ラマヌジャンが乾いた笑い響かせる。
シスダーとの対話は無理なようだ、その事実が少しだけ光矢の心を沈ませる。
「残念だなぁ」
こんなところか、とラマヌジャンはまた羊羹を食べ始めた。
「もしかしたら人類が共通して黄金が好きな理由はアヌンナキが人類に黄金を集めるようにプログラミングしたからかもね」
「さすがにぶっ飛びすぎでしょ」
押さえていた疑念を閉じ込めておく箱のふたが吹き飛んでしまった。光矢が苦笑いともとれる表情をして、面白い冗談だよ、とラマヌジャンに訴えかけようとしたが、ラマヌジャンの顔はいたって真剣だ。
予想通りの反応だと言わんばかりにラマヌジャンは苦笑する。
「そんな説もあるってことさ、でも――開眼者の信じられないパワーを見てからは、もう常識なんて無くなったよ」
一通りの説明が終わったようだ。
どうやらラマヌジャンは冗談を言ったわけではないらしい。
ラマヌジャンの真剣な顔つきは光矢に自分の状態がただの病気ではないことをしっかりと認識させた。
「世界は君の力を必要としている、もしよかったら協力してくれ」
「今決断しなくてもいいからね! せっかくだから米軍基地の中でも見学しましょう」
光矢を引き留めようという思惑をひしひしと感じる。深入りしたくない光矢は早々に引き揚げようと思った。
「いや、基地見学は前にしたからいいよ」
「そんなぁ」
つっけんどんな光矢の態度にがっくりとしたカレンの表情は彼の心を痛めたが、光矢の意思は固い。
「それならこれは見たことあるかい?」
見かねたラマヌジャンは懐からメガネをとりだした。
度が付いていない事とフレームに何か小さな突起物が付いている以外、普通のメガネだ。
これがなんだというのだろう、光矢は不思議そうにメガネを手に取った。
「これは?」
「話かけてみて」
カレンが促す。
話しかけてと言われてもメガネに話しかけるなど光矢の羞恥心が許さない。ばかばかしく思い、指で突いてみる。
するとメガネのレンズに文字が表示された。
同時に、
『ハローワールド、コリエルです。ハッキングのやり方から今晩のおかずまで、なんでも聞いてください』
男性的な機械音でメガネがしゃべりだした。
驚きのあまり目が見開き固まる光矢。
先ほどの戦闘で聞こえた声だ。
「彼はコリエル、僕が作った人工知能だよ」
「すげぇぇええ!」
いままでの態度などすっかり忘れて、光矢はコリエルに夢中になった、
『その紅い眼、君は開眼者ですね、珍しい量子波だ』
コリエルは光矢に語りかけた。先ほどの突起物はセンサーなのだろう、光矢の目にはレーザーのようなものがメガネから出ていることに気がつく。
「量子波って?」
聞きなれない言葉に光矢はコリエルに質問を投げかけてみた。先ほどの羞恥心など、宇宙に放り投げたようだ。
『気』
「なるほど」
単純明快。
光矢は今日一番納得した。
『君にこれをプレゼントします』
そう言うと、コリエルは無線で電子ドアを開き、遠隔操作で白を基調としたサッカーボールほどの大きさの本体に、さらに三個の球体型のキャスターが付いた車形の小型ロボットを入室させた。
基地のシステムはコリエルと繋がっているようだ。
ロボットの上には色とりどりの花がまとめられた花束がのせてある。
「なんで花?」
『あなたの顔を監視カメラのネットワークから見つけたからです。今日の君の行動パターンは典型的な求愛行動を行う男性ですね』
まさか監視カメラのネットワークから個人を特定するとは、光矢の背中に冷たい物が走る。
そして個人を特定すると言うプライバシーの問題より、求愛行動という単語に反応して衝撃を受ける人間が一人、光矢の横に居た。
「えぇ! 光矢好きな人が居るの!?」
驚きのあまり思わず叫び、表情が曇るカレン。
「すっ、好きじゃないって! いつもお世話になってるからお礼に買っただけ!」
光矢はすぐさま否定する。しかし、カレンの疑いの眼差しが光矢に突き刺さる。
「……あやしいっ!」
理由を話しても疑われる状況に理解ができない光矢。
必死に弁解する様がさらにカレンの懐疑心を煽る。
光矢がいくら説明しても誤解が解けないことでさらに混乱して必死になり、無限ループで問題を根深くしていく。
その後、カレンに延々とプライベートな質問をされていると、何者かが室内に入ってきた。
「君か、新しい開眼者は」
「だれですか?」
見るとスキンヘッドで小太りの中年に入りかけの男が光矢の目の前に立ち、品定めをするかのように光矢の顔を見つめる。
軍服らしきものを着ているので軍属ということはわかるが、海兵隊なのか、それともアドバンスドフォースの所属なのか分からない。ただ階級は高そうだ。
光矢はカレンに疑問の視線を投げかけた。
「アドバンスドフォースを指揮している将軍よ」
「えっ、将軍!? みんな若いね」
カレンは言わずもがな、ラマヌジャンだって三十代に見えるし、将軍もスキンヘッドとはいえまだ四十歳前後に見える。
「新しい組織だからね、みんな若いのさ」
『それに老人が居ないほうが新しいことをやりやすいです』
コリエルは親を老人にでも殺されたのだろうか。
機械音声で分かりにくいが言葉の節々からとげが出ている。その場合、殺されるのはラマヌジャンになるが。
「ちなみにコリエルは何歳?」
『さんさい』
三年で老人を嫌うようになるとは、すごいのは人工知能か、それとも老人なのか。
これには光矢も苦笑いしかできない。
「それにしてもよく来てくれた、怪我の治療をしたら基地を満喫してくれ」
先ほどから怖いくらいのもてなしを受けているが、光矢にはどうも裏があるような気がして仕方ない。なのでそろそろ、というかようやく帰ることにした。
「いえ、せっかくですけど治療が終わったら帰らせてもらいます」
「えぇーなんで? もうちょっと一緒に居ましょうよ!」
カレンも引き留めてくる。
光矢は彼女の純粋な目で見つめられると胸が痛んだ。
「さっきからなんで俺を引き留めるのさ?」
「シスダーがまだ近くをうろついている、できるだけ我々と一緒に居てほしい」
将軍はシスダーが暴れることを警戒しているようだ。
「でも、明日も学校があるし……」
光矢が難色を示す。
仕方ないと、将軍も譲歩することにした。
「……わかった、じゃあ自分の身の守りかただけでも覚えていくのはどうだい?」
将軍が妥協案を提案してみると、光矢は少し考えた。
身を守るとは一体どういうことだろう、とてもじゃないが光矢はどう頑張ってもシスダーから逃れる事はできないと思った。
「少しでもシスダーに対抗できれば、その間にカレンが助けに来れる」
「うーむ、面倒くさいなぁ」
やはり却下だ。光矢にはさっさと帰って、高橋にプレゼントを渡す任務があるのだから。
そう決心した、瞬間。
「ビーム撃ちたくない? あなたならビーム撃てるわよ」
「えっ! マジ? やるやるっ!」
カレンが光矢をマインドコントロールしているかのように、あっさりと光矢の心を変えさせる。
嘘か真か、そんなことは関係ない。
なにかを撃てると聞いてはやらない手はなかった。
光矢は光の速さで却下を却下した。
「じゃあ早速行きましょ」
光矢は彼女の手の平の上で踊らされてるような気がしたが、今となってはどうでもいいことだ。
だってビームが撃てるのだから。