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遺伝子を継ぐもの  作者: ポンスケお茶おいしい/キチキチキッチン
第一巻
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第五話

 どこかの国の民族衣装だろうか、大きな布を纏った、大柄でスキンヘッドのおじさんが光矢の目の前に立ちはだかっている。


そして、また赤い目だ。


余裕のない光矢の頭の中はハテナマークで満たされる。


「あ、あの急病なので道を譲ってほしいのですが」


 光矢は道を譲ってもらえるように尋ねてみた。


もちろん期待などしていない。


だってこのおじさん変質者っぽいからだ。


 声をかけられたら簡単に事案に発展する日本社会では、その言動から彼は変質者だと容易に判断できる。


「なんだ少年、もしや目が赤くなって、いつもと違う景色が見えたり、体が頑丈になったりしていないか?」


 やたら具体的な病状に心を読まれているのではないかと疑う光矢。


「なんでわかるのっ!?」


「その病気ならワシが詳しい、一緒に来れば治療してやろう」


 変なおじさんは体に纏わせた布の内側から熊のように大きな右手を出し、光矢の腕を捕まえた。


光矢の腕は万力に挟まれたように固定され、振りほどくことができない。


「折角ですけど、かかりつけ医がいるので大丈夫です。そもそもあなたは誰ですか?」


 あまりの握力、そして自分の腕が潰されていないことに驚く光矢。


「そうだな……あえて言うならば慈善団体だ、親のいない子供を保護している」


 しらじらしい答えに光矢は冷や汗が滝のように流れる。


「慈善団体がなんで俺を探しているのですか? 俺、親はいますよ」


 父親だけ、という注意が付くが。


「今からいなくなるのだ、だから先に保護しておく」


 光矢は対話が不可能と言う初めての経験に背筋が凍りつき、恐怖で身がすくむ。


「ちょっ、まって、あんたはおかしいっ!」


 辺りを見渡せば、よく小学生が連れ込まれる、ドアガラスに濃いスモークがかかった大きな車があるではないか。


さらには人も光矢とおじさん以外いない。光矢が今考えていることは外れではないだろう、誘拐だ。


 光矢はずるずると引きずられ、車に連れ込まれそうになる。必死に抵抗するが重機につかまれているようだ。地面には光矢が引きずられた跡が残る。


「つべこべ言わずに来るのだ」


「だれか助けてぇっ!」


 辺りに人はいない。もちろん理解している。それでも、ダメもとで光矢は力を振り絞り叫んだ。


「ちょっと待ったぁ!」


 鈍器が高速でぶつかったような音が光矢の目の前で響く。


 何者かがおじさんの後頭部にドロップキックをプレゼントしたのだ。


その刹那、すらりとした両足とゆらめくスカートが光矢の目の前に広がった。


吹き飛んだおじさんは道端に転がり、うめき声をあげている。


非常に強烈な衝撃を受けながら、光矢もようやく万力のような手から解放され尻もちをつく。


 見上げれば茶色の長髪に赤い瞳、今朝の女の子が光矢の目の前に立っていた。


「おまえは……今朝のダンプカーっ!」


「助けたのにその言い方はどうなの?」


 呆れたように光矢を見つめる女の子。


 うめき声を上げながら立ち上がるおじさん。


「ぐぬぬ、カレンか……お前がここに居るということは、米軍はワシに気づいているのだな」


 おじさんにカレンと呼ばれる少女はシスダーと光矢を遮るように立っている。


「そんなに量子波を出していたら嫌でもわかるわよ」


 米軍? 量子波? 先ほどから光矢の頭はパンク寸前だ。


「ちょうどいい、お前もそこの少年もまとめて拉致して、洗脳してやる!」


 おじさんは過激な言葉を放つがカレンと呼ばれる少女は意に介さない。


「それはどうかしら?」


 ふと気がつくと、不審者の体に緑色の光点がいくつもあるではないか。


おそらくレーザーだろう。


かなり遠くから照射しているがくっきりと不審者の体に当たっているようだ。


「下手に動くとミサイルが飛んでくるわよ」


 少女が爆弾発言をする。


 腐ってもここは市街地の公園だ。


「やめて!」


光矢は叫んだ。しかし、両者お構いなしである。


「そういえば基地が近くにあるのか」


 御殿場市にはキャンプ富士と呼ばれるアメリカ海兵隊の基地の他にも、自衛隊の教導部隊、装備研究所、さらには東富士演習場がある。


 日本における軍事基地のメッカの一つと言えるだろう。


「ここは実質米軍の基地なのよ、あなたの好きにはさせないわ」


「いまはまだ騒ぎを起こしたくないのだが」


 不審者は口に手を当て、思案する。なにか都合が悪いようだ。


「……シスダー、あなたがいるということは何かロクでもない事を考えているのでしょ?」


 少女が聞くとにやりとシスダーと呼ばれるが笑う。


「そんなことは後で嫌でもわかるだろう。楽しみにしていろ……だがまずはそのガキをよこせぇ!」


 シスダーは叫ぶと同時に少女に襲いかかる。


「この、やめなさいっ!」


 カレンは光矢へとのびるシスダーの腕を捕まえ、自分に引き寄せ、不審者のぼろ布を持ち背負い投げを繰り出す。


 吹き飛ばされたシスダーは公園の植え込みに突っ込む。


「ミサイル撃たないの?」


 光矢が気の抜けた質問にカレンは驚く。


「あんなのはハッタリに決まってるでしょ!」


 心外だと訴える目を向けるカレン。


 もちろん市街地にミサイルを撃ち込まれるのは光矢も反対だが、そんな事を言っている場合ではないことは分かり切っていた。


だがすぐにシスダーがカレンの元に突っ込んできた。


まずは誘拐するのに目障りな障害である、カレンと呼ばれる少女を排除しようとしているようだ。


「うおおおおお」


シスダーと呼ばれる不審者は野太い声で叫びながら少女にダンプカーのように、ものすごいスピードで襲いかかるが難なくかわされる。


不審者は勢いが衰えないまま、今度は公園に隣接されている工事現場にクラッシュした。


コンクリートが砕け、細かい粉が舞う。


「すげー」


 光矢は驚嘆するが彼女の顔色は優れない。


「ねぇ、あなた立てる?」


 片膝をついた光矢を見ながら、少女は彼に語りかける。


「え、立てるとおも――イテッ」


 光矢は体のバランスを崩し、また尻もちをつく。


 光矢が自分で爆発した時か、不審者が光矢と共に吹き飛ばされた時なのかは分からないが、足をひねって立てなくなっていた。


 それを見た少女は、


「わかった。じゃあちょっと影に隠れていて」


 少女の頼もしさに惚れてしまいそうになる光矢。


「大丈夫なのか?」


 心配そうに見つめる光矢に対してカレンは明るくふるまう。


「大丈夫、すぐに終わるから」


 そう言い終わった瞬間、工事現場から大量の鉄骨やコンクリートが光矢たちに向かって飛んできた。


 カレンは難なく弾き返すが、隣で守られている光矢の心中は穏やかではない。


 弾いた鉄骨の一部が光矢の足元の地面に突き刺さる。


「ひえっ」


 驚く光矢。


 資材が飛んできた場所から、先ほどのおじさんが高笑いをしながら姿を現す。


「ククク……なかなか楽しませてもらったぞ、カレン」


 多少のほこりは付いているが、特に目立った外傷はなく、カレンと呼ばれる少女が劣勢なのは明らかだった。


 しかし、それでもハッタリをかますカレン。


「早く帰らないと大変なことになるわよ」


 カレンは警告しているようだが、シスダーにはまったく効いていない。


「もう遊びは終わりだ、本気を出す」


 そう言うとシスダーは腕から火花を発しながらカレンに殴りかかる。


「あ、やば」


カレンがうめくと同時にシスダーの腕から衝撃波が発生した。


強烈な爆発に工事現場の資材どころか、鉄骨でできているビルの骨組さえもバラバラに吹き飛ぶ。


「いてて、戦争でもやっているみたいだ」


 光矢は吹き飛ばされ、植え込みに嵌っていた。


 爆発した場所に目をやると、服が破けたカレンとシスダーが格闘戦をしている。


 建設中のビルの鉄骨を足場に、縦横無尽に飛び回り、いたるところで爆発が起き、そしてカレンが鉄骨やコンクリートを盾にシスダーの相手をしていた。


 まるでテングと義経の見ているようだ。


 一通り暴れ、鉄骨でできたビルが崩れると再び光矢の元に戻ってきた。


 カレンは息を切らし、頬についた汚れを拭う。


 余裕のシスダー。


「すこし力を強くしたらこれだ、Mクラスの悲しい差だな」


 シスダーがカレンをバカにしている事は分かるが、それ以外は光矢にはまったく理解できない。


「本当は私はまだ本気を出していないんだけどね」


 カレンの言葉に苦笑するシスダー。


「だったら遠慮しないで出してみろ」


 両手から火花を散らしながら、お構いなしに近づいてくるシスダーに後ずさりするカレン。


「なぁ、勝てそう?」


 光矢が心配そうにカレンに聞く。


「余裕、余裕、私が本気を出せば簡単だから」


「声震えてるぞ」


 カレンが光矢を睨みつける。


 口をつぐむ光矢。


 そんなとき、彼女の耳に装備しているインカムから機械的な音声が響いてきた。


『ミサイル攻撃の準備はできていますがどうしますか?』


「うん。やっぱり駄目かも、やって」


「おい、なんか聞こえたぞ」


光矢がうろたえると、遠くから射出音が聞こえ、こちらに轟音が近づいてくる。


近づいてくる音に気が付きシスダーも身構える。


光矢はこれが現実なのか判断できなくなる。


「……準備して」


 カレンが光矢に聞こえるくらいの声量でつぶやく。


 その間一秒。


「え?」


 どういう意味か理解する前にミサイルがシスダーの頭上に降ってきた。


 高速で飛来する様子は隕石が落ちてくるようだ。先ほどの爆発などまだ生ぬるい。神の雷と形容できるような白銀の矢が光矢の目の前で炸裂する。


 ミサイルが爆発した付近はまるで月のクレーターを再現しているかのようだ。


「うわあああああ」


 光矢の悲鳴もかき消されるほどの爆音。


 一発だけではなく、続けて何発も大きなミサイルがこれでもかとシスダーが居た場所に着弾する。


 シスダーも避けようとするが、範囲が広すぎて逃げる事は不可能だった。


 シスダーが爆発に巻き込まれた事を確認し、カレンが光矢の元へ走る。


 ミサイルの爆発による揺れで地面が揺れる。瞬きをするたびに視界には空と地面が交互に飛び込み、光矢には立ち上がることすら困難だ。


「さぁ。逃げるわよ!」


 カレンが光矢の腕を引っ張り、走り出す。


 女子の世界記録すら塗り替えそうなスプリントだ。


 光矢は付いていけず、あえなく転ぶ。


 しかし、光矢が転んだことなど無視して、走り続けるカレン。


 引きずられる形で逃走する光矢。


 容赦なく光矢の体がアスファルトに削られる。


「痛い! 引きずるなぁ~!」


光矢の悲鳴などお構いなしでカレンは彼を大根おろしのように引きずりながら離脱した。


肉がそげようと構わない。


とにかく急いでカレンはミサイルが流星群のように降り注いでいる工事現場を後にした。

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