第四話 ファッキン老害おじさん、シスダー
白衣を着た人たちが、がやがやとせわしなく辺りを歩き回っている。別に普段から忙しいわけではない。
忙しいのはボケっとしている光矢の周りだけである。
光矢は軽い気持ちで病院に来た。しかし検査を受けるたびに主治医の顔が青ざめていくのだ。彼を調べる機械は次第に大きな設備になり、まるで人間ドックに来ているようだった。
すべての検査を終わらせ、主治医が結果を言うために診察室に入る。光矢はそれを待っていたところだ。
無表情でカルテを確認する主治医。普通の人ならば異様な事態に気がつくのだが、光矢は高橋のために何を買うかしか考えていなかった。
医者の口が開く。
どんな結果なんだろう。
「残念ですけど、体のあちこちに異常があります。明日にでも、大きな病院で診てもらってください」
突然の宣告が光矢を襲う。しかしあまり実感がわかない。
「明日は学校があるんですけど、休んだほうがいいですか?」
のんきな言葉に若干、眉をひくつかせる主治医。
「視力が大幅に低下、免疫機能が全滅、内蔵が機能不全の一歩手前、死にたいなら行ってもいいけど、お勧めはしません」
行くなという事だけは光矢にも理解できた。
「でも体はすごく調子いいですよ」
「なんで君、生きているんだろうね」
主治医の目はゴキブリの生命力を見たときのようだった。
「とにかく! 今日はもう帰って絶対安静です、君は今死にそうだからね」
そう言われ光矢は病院から追い出されるように出て、ひと段落する。
診察は終わったが、光矢に次の問題が襲ってきた。
「どうしよう……高橋のプレゼント、買えないじゃん」
主治医が言うには安静にしないと死ぬらしい。
しかし、光矢はよくよく考えてみた。自分の命と高橋のプレゼント、どちらが大事なのかを。
「俺の命より高橋のプレゼントのほうが大事に決まってる、行こう!」
◆◆◆
空が徐々に赤くなるころ。
光矢は無事にプレゼントを買い終わり、帰路についていた。
彼にプレゼント探しは荷が重かったせいか、はたまた医者の言葉を聞かなかったせいか、彼の思考はオーバーフローし、正常な判断ができなくなっていた。
ただ元からちゃんと思考できていたかというと、そうでもない。
彼がさまざまな贈り物の候補の中から選んだのは大きめのブリキ缶に入ったクッキーの詰め合わせだった。他人から見たらそれはお中元やお歳暮と思うだろう。
光矢は足が棒のようになる感覚を覚えながらも、なんとか贈り物を確保でき、心なしか彼の顔は輝いて見える。
しかし、輝いて見えるのは彼の額から湧き出る脂汗のせいかもしれない。
「プレゼントは買ったけど頭がクラクラする……これは、本当に死ぬかも」
頭痛、吐き気に伴い、グワングワンと視界が揺れる。
なんとか姿勢を制御しようとするが、その姿は千鳥足の酔っ払いを連想させるほど不安定だ。
(それでも高橋にプレゼントを渡せないなんてそれこそ死んだも同じだ!)
固い決意は素晴らしいが、もはや光矢の容体は救急車を呼ぶレベルだろう。
重い体を動かし、なんとか休憩できそうな公園に来たが、もはや体は動きそうにない。
光矢はベンチで休憩をとることにした。
公園の隣にある工事現場で何を建設しているのか考えを巡らせながら寝転がっていると鼻水が垂れてくる。
光矢は医者が光矢自身の免疫系が全滅していると言っていたことを思い出した。風邪でも引いたのだろうか。
光矢は強烈な寒気に襲われ思わず、
「ハ……ハックションッ――」
光矢がくしゃみをした瞬間に突如大きな破裂音、ダイナマイトでも爆発したかのような衝撃に襲われる。
光矢は天地がひっくり返ったかと思った。
だがひっくり返ったのは天地ではない、光矢自身が吹き飛んだのだ。
「な、何が起きたんだ!?」
幸い光矢は爆発の衝撃で数メートル吹き飛んで尻もちをついただけだった。
横になっていたベンチに目を向けると、そこには元の姿など無く、バラバラになった無残な残骸だけが散らばっている。
「ああ……プレゼントがっ!」
周りにはひしゃげたブリキ缶とクッキーの一部と思われる破片が散乱していた。
「なんで……なんでこんなことに」
とりあえず光矢は涙目になりながら公園に隣接してある公衆トイレに入った。
洗面台で顔を洗い、光矢は鏡に映った自分自身を見つめる。
「目が赤い……」
光矢は爆発したときに眼球を傷つけたかと疑った、なぜなら、視界に入る景色がいつもと違うからだ。
周囲の景色から泡が延々と広がり続けるような形で波紋がそこかしこから飛んでいた。しかしどうやら怪我はしておらず、目が充血しているだけのようだ。
波紋の出所の一つは光矢のズボンのポケットの中だった。
「この変な波って……電波か?」
光矢は、というよりだいたいの人間は電波など初めて見るが断定してもよいだろう。ポケットから取り出したスマートフォンは時々波紋のようなものを出していた。
「とにかく病院へ戻らなくちゃ」
未知の現象が光矢を病院へ行くように駆り立てる。
足取りは相変わらず千鳥足だ。
こんな状態では無事に病院にたどりつけないと判断した光矢は救急車を呼ぼうと、一瞬だけスマホの画面に意識を集中した。
その瞬間、誰かにぶつかる。
「あっ、すみません、大丈夫ですか?」
「探したぞ、予言の少年!」
「……はい?」