第三話 ヒロインと愉快な仲間たち
第3話
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太陽も程よく昇り始め、富士山がよく見える校舎に学生があふれる。
差し込んだ太陽光が西にある富士山を美しく彩った。それを毎日見ている光矢でさえ、何度も感情を揺り動かされる。
しかし、光矢はそんな事を気にしている場合では無かった。一難去ってまた一難、彼は不測の事態にうろたえている。
「ない……無い! ペンからノートまで全部ないっ!」
鞄に入っていた道具一式が消えていた。
「あぁ~、今朝の事故の時かぁ!」
今朝の大クラッシュで相手の荷物を拾うのを手伝ったのはいいが、自分の荷物を忘れるという大失態をしてしまったようだ。
頭を抱え込み机に頭をこすりつける光矢。
彼のポカは珍しくは無いが、そのことで同級生にバカにされるのが彼にとってたまらなく苦痛なのだ。
「よう光矢、おまえまた忘れ物か大変だなー」
気さくに話しかけてくる男は家島長門、光矢の友達だった。
「そう思うならペンとノートを貸してくれ」
「すまない俺のペンとノートは俺用なんだ」
「なんだとー」
怒る光矢だがよくよく考えてみればそれはそうだ。
「そうだ光矢、今日は土砂降りだから、早めに買った方がいいぞ」
「なにを?」
「今日は高橋の誕生日だろ」
「そっか、長門はなににするんだ?」
「俺は妹にしか誕生日プレゼントは買わない」
「……シスコン」
長門の影に隠れていた少女がぼそりと喋る。
「なんだと?」
「はいはい、あんたは人の邪魔なんかしていないでさっさと席に着くの!」
家島長門に説教をかます少女は九条アキ、わざわざ男同士で話しこんでいる最中に会話に割って入ることからも分かる通り、非常に家島長門に入れ込んでいる。
「やめろアキ、おれは頼めば貸してやろうと――痛い、耳を引っ張るな!」
家島長門は九条アキに連行された。
この展開になることは知っていたが問題の解決にはならない。
途方に暮れる光矢。
「……私が貸してあげようか?」
光矢が声のするほうに顔を向けると、そこにはちょうど首の中間あたりまで髪がかかっている女の子、高橋が満面の笑みで立っていた。
笑顔のせいなのか、彼女の大きな黒目はひときわ輝いて見える。
「高橋、いいのか?」
光矢が高橋と呼ぶ少女に確認を取る。
「大丈夫、いつものことでしょ」
光矢はいつもの事と言われ少し、恥を覚えたが他にどうすることもできないので、高橋の言葉に甘えることにした。
「そういえば、今日はお父さん帰るの遅いよね、余ったご飯持ってきてあげる。お母さんいないから大変でしょ?」
以前から、母親を亡くして、いつからか彼女は光矢の一人きりになる時間を埋めようとしていた。
「高橋……いつもありがとう」
彼女の手をとり精一杯の感謝の気持ちを表現する光矢。
慌てふためく高橋。しかしそれも数秒で終わる。
みしり、と建物が軋む音がした。それと同時に光矢はめまいを起こしたかと思ったが、一瞬で状況を理解する。
「地震だ……これは大きいぞ」
突然建物が軋み始めたかと思えば、地面が突き上げたかのように振動したのだ。
急いで机の下に隠れる生徒達。ざわつく校内。
幸いなことに揺れはすぐに収まった。
「震源はかなり近いな、高橋大丈夫か?」
高橋に手をさしのばす光矢。
「最近多いよね、昨日も揺れたし、心配だね」
高橋の不安も無理はない、地震はここ数日、昼夜を問わず続いている。
しかしすぐに地震は収まるだろうと、地元民は誰もが不安から目をそらしていた。
「俺も心配だ」
心配といえば、光矢はひとつ忘れていたことがある。
「あ、今日は病院へ目の検査に行って遅くなるから、ご飯作らなくていいよ」
病院へ予約なしで行くので遅くなるのは目に見えていた。
「大丈夫、作りながら待ってるからっ!」
「遅くなるからいいよ」
高橋に申し訳ないので断ろうとする光矢だが。
「大丈夫!」
彼女の表情から見えない強制力を感じた光矢は降参するほかない。
「そ、そうか、じゃあお言葉に甘えて……」
ここ数日、いやもっと前からこのやり取りは続いている。
光矢は高橋の日ごろの行為に対して並々ならぬ思いを抱いていたが、どのように表現すれば良いかわからないままでいた。
「……なぁ、どうしてこんなに良くしてくれるんだ?」
「え、えっと……ほ、ほっとけないからだよ! 深い意味はないよ!」
表情がころころ変わりながら、手を小刻みに振り答える。
「そうなのか」
光矢はそういうものなのかと納得したが、彼は恩返しがしたくてたまらなくなった。
「そういえば、今日は高橋の誕生日だよな、何かほしいものあるか?」
お礼をしようとする光矢の頭には今日が高橋の誕生日である事と、何か物をあげれば喜ぶだろうという、安直なことしか思い浮かばない。
「えっ、いいの!? うれしい!」
少しばかり飛び跳ねて、喜びを表現する高橋。
しかし、落ち着きを取り戻し、深呼吸、そして気を取り直して一言。
「こほん、ええっとですね、私はとくにほしいものは無いから、光矢君が好きなものを買ってきてくれたらうれしいな」
「そ、そうか。 わかった、何か特別なものでも用意するよ」
高橋の表情の移り変わりに若干戸惑いながら、答え、考える。
光矢は正直困ってしまった。高橋のほしいものを考えるなど異性に対して思考停止している光矢にとっては宇宙の起源を解明することより難しい。
しかし、光矢は強く決意した。
(たとえ命を賭けてでも最高のプレゼントを見つけてみせる!)
ひそかに決意を固める光矢を見ていた家島長門と九条アキは戦々恐々としていた。
「あいつは高橋の事となると頭がクルクルパーになるからな……心配だ」
「テレビのニュース速報に出なければ良いけど……」
光矢の恩返しが始まる。