第十七話
『空爆が始まります』
光矢は上空を目を凝らし見つめる、ヘリのさらに上空から爆音が響いてきたからだ。視線の先ではちょうど戦闘機が爆弾を投下し始めたところだ。
大まかな核爆弾の位置は判明しているので、その周りを集中して爆撃する戦闘機。総合火力演習など比較対象にならないほどの爆弾を投下し、空気を揺らし、木々がなぎ倒され、見晴らしが良くなっていく。
「なかなか壮観な眺めだ、これでシスダーは死ぬような気がする」
光矢が心の声をつぶやくと将軍が否定してきた。
《こんなことでは死なない、この爆撃は邪魔な草木をなぎ倒してリングを作るためのものだ》
『富士山周辺、さらには首都のライフラインを賭けた死のリングですね』
コリエルが少し気の利いた事を言ってくる。
「ちょっと待った、死亡範囲が東京まで広がってるぞ」
光矢はこう言いたいのだ、それは言いすぎなんじゃないのか、と。
《噴火して首都圏に火山灰が積もれば車が止まる、飛行機も止まる、そして電気が止まり都市は停止する。東京は江戸に改名したほうがしっくりくるようになるかもしれない》
ラマヌジャンが言うように噴火すれば首都圏も終わりなのだ。
《これは東京、ひいては日本を救うための闘いでもある。絶対に負けてはならない》
将軍の言葉に武者震いする光矢。
「ルール無用のなんでもござれな試合か……これが映画なら面白いんだけどな」
《どうせ賭けが失敗したらみんな仲良く土葬だ。気楽に行こう》
皮肉か本音かラマヌジャンが軽口をたたく。
乾いた笑いしか出てこない光矢。
『そろそろ目標上空に到達します。準備をしてください』
コリエルがアナウンスする。
着陸直前だが、そこでふと光矢は気になったことを聞いてみることにした。
「ヘリのパイロットは大丈夫なの?」
《ヘリはエンジンが止まっても着陸できる、大丈夫だ》
ラマヌジャンが答えてくれたが、そういう問題なのか疑問が残ったがそれを聞き返す前にカレンが腕をつかみ話しかけてきた。
「じゃあ行くわよ」
「ん? まだ空だぞ」
カレンがぐいぐい腕を引っ張ってきたので、光矢は引っ張り返す。それではヘリから落ちてしまう。
「なに言ってるの! ノコノコ着陸なんてしたら落とされちゃうわよ!」
「?……???」
光矢は理解が追いつかなかった。
『つまり、飛び降りるということです。パラシュートなしで』
コリエルの親切な説明を理解する前にそれは始まった。
「行くわよっ!」
カレンは開眼し、光矢を道連れにヘリから飛び降りた。
「ぬわあああぁ」
あっという間に光矢たちが乗っていたヘリは点になり、彼らは爆撃によって焦げた匂いが充満した地表に降り立った。
「死ぬかと思った……」
「タフじゃなきゃ、こんなことするわけないでしょ」
光矢はもっと早く知らせろと口にしそうになったが、寸前で飲み込んだ。
すべての元凶シスダーが現れたからだ。
「待っていたぞ少年」
黒く汚れたぼろ布を纏い、人のものとは思えない不気味な笑顔で光矢たちを歓迎するシスダー。
将軍の言うとおり、尋常ではない量の爆撃をしたのにぴんぴんしている。
「周り全部を敵に回しているのにのんきな奴だなぁ」
光矢は敵ながらあっぱれと感心する。
ただ一番のんきなのは光矢自身だ。
「ヘリを狙わないなんて、さぞかし余裕みたいね」
「吹けば飛ぶような有象無象に短い余生を使いたくない。ついでに、待っていればワシを倒しに来たお前たちも捕獲できる」
光矢はこれだけの軍勢を相手に大立ち回りを演じるシスダーを前にして、あらためて背筋が寒くなる。
悔しいので光矢はハッタリ、ではなくちゃんとシスダーを分析をしていることを教えてやることにした。
「お前が核爆弾を使って噴火を起こそうとしているのは知っているぞ!」
「バカっ! 言ったらダメでしょ!」
カレンが光矢の口をふさぐが時すでに遅し。
そんなことどうせシスダーも知っているだろう、さしずめ試合開始前のメンチの切りあいみたいなものだ。
「それでお前は核融合の力で動き、強大なフォースフィールドを纏い、反物質を生み出すワシを倒して、どこにあるのかもわからない爆弾を探し当てることができると確信してここに来たのか?」
「で、できるぞ……カレンが」
震える声で言い返したが少し勝てる気がしなくなってきた光矢、
「ちょっと! あなたも戦うの!」
彼女自身だけが戦うような言い方に驚くカレン。
指揮所で将軍とラマヌジャンが頭を抱える姿が容易に想像できる。
「シスダー、あなたも気づいていると思うけど、光矢は予言の子なのよ。本気を出せばあなたにだって負けたりしないわ」
「そうだ、そうだ」
光矢もやけくそだ。
「最初に見つけた時は私も選ばれし者かと思ったが、見てみろこの貧弱な量子波を。こいつが予言の子ならカエルの子供だって予言の子だ。ワシの若いころのほうがまだ強い」
この発言に光矢はカチンときた。
日ごろから耳にタコができるほど聞いてきた、セリフについヒートアップしてしまったのだ。
「また老人の若いころアピールか、ボケて記憶が混乱してるのかな? おじいちゃんはさっさと老人ホームに帰れっ!」
普段の光矢なら思いもしない罵倒の言葉が深く考えず口からにすらすらと出てきた。
それを聞いたシスダーは眉がひくひく動き、冷静さが欠ける。
「……まだ二十四時間たっていないが、うるさい虫が多すぎる、早めに殺虫剤でもたくとしよう。後三十分だ」
「光矢っ! なんてことしてくれたの!」
カレンが光矢の胸倉をつかみ前後に揺さぶる。
《どうせ最初から三十分のつもりだ、気にするな》
将軍がカレンをなだめ、気を引き締めにかかる。
《コリエル、核爆弾の位置はわかるか?》
子供の喧嘩をよそにラマヌジャンはウェアラブル端末から入ってくる情報を人工知能に分析させる。
『スパースモデリングで補完した結果、シスダー後方の鍾乳洞にあるようです』
コリエルは宇宙から飛んでくるかすかな放射線の違いを補正して核爆弾の位置を割り出した。
《ふむ……》
指揮所でラマヌジャンと将軍が協議し始める。
作戦を微調整するようだ。
「しかし、カモがねぎを背負ってくるとは、なかなか運がいい。想像してみろ、私を倒せず開眼していない者が土砂で埋もれ、命を落とす。ククク……最高に愉快だ」
シスダーが光矢の精神を揺さぶり始める。
《光矢、ヤツの言葉に耳を貸すな。お前の心を攻撃して力を発揮できなくしようとしている》
それは光矢も分かっていた。しかし、将軍の言葉を理解しても、彼の血はたぎり、メラメラと怒りが湧き出てくる。
「そんなことは絶対にさせない!」
「やってみろっ!」
ぼろ布を纏った怪物シスダーはバネのように飛び跳ね、一気に距離を詰めて光矢たちに襲いかかる。
《撃てぇッ!》
将軍のひと声と共に古の鉄獅子が火を吹く。数瞬後にシスダーの周囲に砲弾が降り注ぎ、土を辺り一面にもうもうと巻き上げる。
博物館の戦車たちに続き、74式などの戦後の国産兵器達が肩を並べて、稼働状態の戦闘車両が一斉に砲弾の雨を降らす。
「まったく……そんな砲撃など意味がないのに」
学習するどころか、以前よりも貧弱になっていることに呆れるシスダー。
しかし、そのダメージを与えられない砲撃もシスダーの視界を遮るには十分だった。
「ファッキン老害ゴーホーム!」
砂塵を切り裂きながらカレンがシスダーの目の前に現れ、必殺のパンチを放つ。非常に速い彼女の拳はフォースフィールドを展開していなければ瞬く間に肉体が破裂してしまうほどの威力がある。
舞い上がる土煙の中で、カレンがシスダーに肉薄し格闘戦を仕掛けるが、シスダーも難なくかわし、対消滅攻撃で応戦する。
「そうだ……そうでなければ面白くない!」
降り注ぐ榴弾が、シスダーの対消滅攻撃が、富士の山肌を削り、混沌へと陥れる。
一方で最初の砲撃に乗じて光矢は姿勢を低くし、離れたところで別行動をとっていた。
《とにかく光矢はシスダーが鍾乳洞から離れている間に核爆弾を破壊しろ》
指揮所との通信は良好。光矢はラマヌジャンと将軍の指示のもと、核爆弾があるとされる鍾乳洞へと向かう。
戦車の榴弾のせいか、シスダーかカレンのどちらかの攻撃のせいか大量の小石が光矢の頭に降り注ぐ。
《シスダーの視界から消えたらステルス・コートを纏え、そうすれば見つからずに鍾乳洞に行ける》
「わかった」
光矢は昨日渡された黒いステルス・コートをかぶり、鍾乳洞へと急ぐ。その様はまるで大きなゴキブリのようだった。
光矢が移動している最中もカレンが拳を振るうたびに岩が、木が跡形もなく砕け散り、シスダーの身代わりとなる。
「なんだ強くなっているじゃないか。だが、まだワシが若いころのほうが強いな」
「うるさい老害、さっさと消えろ」
決死の覚悟で戦うカレンとは対照的に赤子をあやすような動きのシスダー。光矢たちの戦況は劣勢と言わざるを得ない。
「カレンは大丈夫かな」
『MクラスとXクラスでは勝負になりません。早く破壊しましょう』
コリエルがカレンとシスダーの戦闘力を数値化したデータを端末上に示す。
いいことは表示されていない。
光矢の心は焦るばかりだ。
光矢はシスダーから身を隠し、できるだけ彼の視界に入らないように、核爆弾が隠されているとされる場所へ向かっていった。