通常ルート:甘過ぎ酸っぱ過ぎる一日(後編)
お久しぶりです。
いや、さぼってたわけじゃなくてR18版とか書いてたんです。はい。
そろそろ次回作を書く予定なのでこのシリーズは一旦区切り。
「よ、よし、こんな感じか……?」
普段の黒っぽい服ではなく、ピンクや白を基調とした、いわゆるガーリーな可愛らしい服を着ている自分を鏡に映す。
普段よりむしろ露出は少ないのだが、なんだか逆に恥ずかしい。可愛いけど。
「けど、私が男と一緒に街を歩いてたら絶対面倒なことになる気が……」
「ああ、たしかに……。そういえば認識阻害とか、そういう感じのアイテムが……」
「お、あった」
タンスの中から髪留めを取り出し、身につける。
簡易的な物でありあまり魔法の力は高くないので、じっと見つめられればバレるが、とりあえずはこれでいいだろう。
分身とともに地下室を出た。
「……」
「……」
手を握るか迷う。
どっちも自分だから躊躇する必要はないはずなのだが、何故か躊躇ってしまう。
どちらからともなくおずおずと腕を伸ばし、手を握る。
「(……なんか結構大きく感じるな)」
よく慣れた自分の手ではあるものの、カゲヤの手で握るとなんだか違和感がある。
ふと顔をあげてみると、インヤはめちゃくちゃ目を泳がせていた。
……気持ちはすごくよくわかるが、わざわざこんな可愛らしい服装をしているんだからちゃんと見ておいてほしい。見れなくて後で後悔するのは俺なんだぞ。
それに、ちゃんと前を見てないと転ぶかもしれな――
「えいっ」
「は?」
「え?」
一瞬視界に入った銀色の影がインヤを突き飛ばした。
咄嗟に受け止めるが、思った以上に勢いが強く、一緒に倒れ込んでしまう。
「いつつ……大丈――」
――そして、前を見ると、シエディアがインヤの頭を抑えて、俺の胸へと押し付けていた。
「ほらほらインヤさん、カゲヤちゃんとのラッキースケベだよー?」
「何やってんだシエディアぁ!」
「むぎゃあ!?」
シエディアの脳天にチョップを叩き込み、インヤが改造魔法で身体を拘束する。完璧なコンビネーションである。
「だってじれったいじゃない! きょうび十歳ちょっとの子でももうちょっと進んでると思う!」
「う、うっさい! いいんだよ私たちはこれぐらいで! いくぞ!」
「あっ、ちょっと待って縛ったまま逃げないで!」
シエディアを放置し、俺たちは街へと向かった。
※
最初にシエディアのちょっかいこそあったものの、そのせいで程よく緊張がほぐれたのか、俺たちはなかなかに街での散策を楽しむことができた。
当然ながら趣味嗜好も同じなため、今は気の合う友達と遊んでいるような気分だ。
「あっ、インヤ、今度はあのお菓子食べないか?」
「いや、そろそろ遅くなってきたし、夕飯食べられなくなりそうだからやめとく」
「……分身が食べた分の食事ってどうなるんだろうな」
特に中身があるわけでもない雑談をしながら、帰り道を歩いていく。
それにしても、今日は普通に楽しかった。
もしまたこんなことがあるなら、今度はシエディアも連れていってもいいかもしれない。できたら次回は俺がインヤの方で。……いや、後で統合されるってことは……うーん……わからん……。
宿の近くですねていたシエディアを拾い、二人で宥めつつ地下室へと戻る。
「じゃ、夕飯はカゲヤちゃんが作ってね」
「え? いや、いつも通りロッジさんの食堂で食べればいいだろ」
「何言ってるの、インヤさんが美少女の手料理食べれるチャンスなんだよ?」
「いや、自分が作るのと変わらないんだから意味ないだろ。な?」
「…………」
おい、どうした俺。なぜ即答しない。
「ねー、作ってよー、久しぶりにカゲヤちゃんのご飯食べたいー」
「やだよめんどくさい……」
それに美少女の手料理っていうなら、まあ、その、シエディアも時々作ってくれるし。
「……今インヤさんとカゲヤちゃんが同時にちょっと目を背けたんだけど、何考えたの? 何、なんか二人とも照れてない?」
「何でもないぞ」
「よし、食堂行くか」
無駄に目ざといシエディアの追及をかわし、食堂へと移動する。
もしかしたら顔見知りであるロッジさんには認識阻害が効かないかもしれないが、今の時間なら忙しいだろうし俺たちに構ってる暇もないだろう。
「あ、カゲヤちゃんにインヤさん!」
「……」「……」
「何その露骨に面倒くさそうな顔!」
リセプが来ていた。ここの食堂は宿の利用者以外も使えるので、時々リセプがやってくることもあるのだ。
「そういえば、二人が一緒にいるところって初めて見た気がする」
「……気のせいじゃないですかね」
「うん、一応インヤとは冒険者パーティの仲間だからな、時々あったりもするさ」
「その割には今日は結構お洒落してるけどもしかしてデートとか――」
やめるんだ、もしイティーさんあたりの耳に入ったらまた誤解される。
「宿の主人さん、こんばんは。今日はインヤさんに会いに来たのですが……あ、インヤさんにカゲヤさん――って、で、デート!? 兄妹で、まさかそんな……!」
などと考えた傍からイティーさんがやってきた。恐ろしく早いフラグ回収である。いつもの二倍ぐらい早い。多分インヤの方でもフラグを建てていたのだろう。
どうにかこうにか誤魔化し、逃げ帰るように俺たちは食堂をあとにした。
「無駄に疲れた……」
「今日はもう寝るか……ベッドはどうしよう」
「ああ、適当に改造魔法で布団を作るから、カゲヤは先に寝てていいぞ」
「ん、そうか? じゃあ、おやすみ……」
既に服を着替えていた俺は転がるようにしてベッドに横になる。
思った以上に精神的疲労が溜まっていたのか、俺はすぐに眠りに落ちていった。
※
分身である俺の目の前で、本体がすーすーと寝息をたてている。
「……」
その寝顔はひどく可愛らしく、俺の手は自然とカゲヤの方に伸びていた。
「……いや、流石にそれは」
触れる手前で手を引っ込めようとする。
「むにゃ……」
「――!?」
瞬間、カゲヤが寝返りをうち、胸が手に触れ、柔らかな感触を伝えてきた。
「……ん」
カゲヤの唇から少し艶っぽい声が漏れる。
「う……」
理性にヒビが入るのを感じた。
触れられたことでわずかに意識が覚醒したのか、カゲヤが薄く目を開け、こちらを見る。
「どう、したー……? まだ、寝てないのか……?」
そのふにゃふにゃとした締まりのない声を聞き、俺は――
※
と、そこで分身が消え、記憶が統合された。
カゲヤの状態の俺に、分身の記憶が流れ込んでくる。
「……」
意識が完全に覚醒し、ぱち、と目が開く。
「…………ぅぁ」
徐々に顔が熱くなっていき――俺は、思わず枕に頭を埋めた。
「な、何やってんだ俺……! ていうかなんだあの声……!」
あんな声を出してしまったのが恥ずかしい、けどめちゃくちゃ可愛かった、だからって我慢が効かなくなるのはどうなのか、おっぱいの感触が最高に良かった、最後もし分身が消えなかったら――と、様々な思考が脳内を駆け巡り、頭が破裂しそうなほど混乱する。
「あー、もう! 寝る! もう寝る!」
布団を頭までかぶる。
しかし、そんなことをしても悶々とした気持ちは全く晴れないままで――結局俺は、朝まで一睡もできず夜を過ごすのだった。




