通常ルート:甘過ぎ酸っぱ過ぎる一日(前編)
魔王を倒した後、光弥だけ元の世界に帰って、その後戻ってこないルート。つまりはインヤさん&カゲヤちゃん完全勝利なルートでのとある一日です。
ただし、エイシアから嫌われたままだったり、魔王を完全に滅せなくて封印状態になってたりします。まあ、今回は関係ないです。作者も深く考えてません。いつも通りのカゲヤ達の日常をお楽しみください。
いつもの地下室。
シエディアがお菓子を齧りながらのんびり本を読む中、俺は作業の手を止め、おもむろにテイレシアスを取り出し、改造魔法を発動させる。
「……《自己改造》」
バリ、と紫電が走り、俺の身体がカゲヤのそれへと変化する。
少しぶかぶかになったジャージの裾を踏まないように気をつけつつ、鏡の前へ歩いていく。
「あれ、急にどうしたの、カゲヤちゃん?」
「……」
シエディアの言葉も無視して、じぃっと鏡を見る。
全身を映し、頭からつま先まで、余すところなく身体を見渡す。
「もう、返事してよ、ママ拗ねちゃうぞー」
シエディアが後ろからぎゅっと抱きつく。
でへへ、と楽しそうな顔をしながら、俺にくっついて笑う彼女。
俺の理想を体現した美少女を抱きしめ、独占するようなシエディアの姿。
それを鏡越しに見た俺の、ずっと思っていた感情が溢れ出した。
「…………い」
「うん?」
「お母さんだけずるい!!!」
唐突に怒りを顕にした俺に、シエディアが困惑した声で問いかける。
「……えっと、ずるいって何が?」
ばっとシエディアから離れ、手の平で自分の身体を指しながら叫んだ。
「だってこんな……こんな美少女がすぐそこにいるのに、私――俺は一度も会えないんだぞ! それなのにシエディアばかりイチャイチャして……!」
「いや、そんなこと言われても……」
「こんなの生殺しもいいところだ! 俺だってカゲヤと色々したいのに! デートとか恋人繋ぎとか、き、キスとか!」
「欲望がピュア」
カゲヤの姿のままベッドに飛び込み、枕を抱きしめる。
ゴロゴロと転がりながら、抑えきれない愚痴を漏らす。
「うぅ、もう無理だ……写真や鏡越しなんかじゃ耐えきれない……直接会ってイチャイチャしたい……」
「会うも何も、って感じだけど……。ほら、私なら恋人の真似事ぐらいやってあげるよ?」
「シエディアはバカだからやだ……カゲヤちゃんがいい……」
「ど、童貞のくせに生意気な……!」
シエディアが怒りながら何か言っているが、今の俺にはどうでもいい。
確かにシエディアは美人で、結構気も合うし、何気に優しいところだってある。本人に言ったら調子に乗りそうだから言わないが。
だが、それでも俺はカゲヤとイチャつきたいのだ。俺の好きな要素を全て詰め込んだ至高の美少女と甘酸っぱい感じに恋愛したいのだ。
「んー……それなら、ちょっと考えがあるかな」
「え?」
「私の改変魔法で肉体の構成要素を取り出して、魔力で仮初の肉体を作るの。魂は宿らないけど、意思通りに動かすぐらいなら出来ると思うわ」
「本当か……!?」
「魔力は大量に消費するけどね。やる?」
「もちろん!」
ベッドから起き上がり、シエディアに向き直る。
流石は叡智に優れた魔人だ。さっきのバカという発言は撤回しよう。
「ほら、早く早く!」
「えー、けど結構複雑だし、こういう形でするのは初めてだから神経使うし……」
「アイテムボックスに入ってるデラックスアイスパフェ食べていいぞ」
「術式起動――《他者改変・仮想分霊構築》!」
シエディアが俺の体内から魔力を取り出し、溢れ出る青雷と紫電が入り交じる。
魔力が大量に消費される疲労感と、身体から重要な何かが抜き取られる喪失感。ふらつきそうになるのをこらえ、魔法が終わるのを待つ。
「――よし、術式終了!」
光が収まった後、俺の隣でベッドに横たわっていたのは、裸を晒す、黒髪の――男だった。
「…………」
「…………」
ちら、と鏡に目をやると、先ほどと何も変わらないカゲヤの身体が映った。
「……バカ!」
「だ、だって初めてやるんだから仕方ないじゃない!」
「うっさい、ぬか喜びさせて……! もうアイスパフェやらないからな!」
「何よ、わざとじゃないのに!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいると――背後で、何かが起き上がった。
「ぐ……何が起きた……? あれ、何でカゲヤが……!?」
「え?」
※
シエディア曰く、魂が宿ったわけではなくて、俺の魂の欠片が混ざり、疑似的な精神が作られただけ、だそうだ。
予備のジャージを着た分身が、シエディアの言葉に頷いた。
「ああ、確かに……なんとなく、本体から分かれたって感覚だな」
「なるほど、自分が本体じゃないって自覚があるわけね」
目の前で俺と全く同じ姿の男が、俺と同じ口調でシエディアと話している。分身の方は現状に特に違和感を覚えていないみたいだが、俺としては複雑な感覚だ。
「まあ、魔力が切れれば消えると思うわ。今日中には消費しきるかな」
「え、それって大丈夫なのか? 分身の意識が死ぬってことじゃ……」
本当に魂があるわけではないと言っても、なんとなく後味が悪い。
「ううん、終わったら本体の方に帰って融合する、って感じになるんじゃないかしら。記憶なんかも統合されるはずよ」
「ふうん、なるほ――」
いや、待てよ……?
俺が思案する中、分身とシエディアが話を続ける。
「俺の方は分身の自覚があるから消えても何とも思わないけど……記憶が統合されたら本体が混乱するだろうから、早く戻った方がいいんじゃないか? 自分以外に自分がいるってのはあまり良い気分じゃないだろうし……」
「うーん、それもそうね……あれ、カゲヤちゃんどうしたの?」
俺は分身の隣に移動し、ぐいっと身を寄せる。
「…………」
「え? いや、カゲヤ……さん?」
何故か自分に対してさん付けになる分身。
少し悩んだが、意を決して――分身の手を絡めるように握った。
「な――」
「お、お母さん。つまり、分身の方が感じた、『カゲヤと手を握った』って記憶も、後で私に統合されるわけだよな?」
「う、うん。そうだと思うけど……まさか」
俺は分身の手を引っ張り、胸の中に抱き寄せる。
「え、あ――」
「き、決めたぞ、分身――今日一日、私と思いっきりイチャイチャしよう!」
※
ぎゅう、っと分身――インヤの身体を後ろから抱きしめる。
自分ゆえか、男を抱きしめることへの嫌悪感はあまりなかった。しかし、胸を自分から誰かに押し付けるのはすごく恥ずかしい。
「……な、なあ、カゲ、ヤ……」
「ど、どうした、インヤ?」
「当たってるん、だが」
「あ、当ててるんだ」
「お、おう……」
カゲヤの演技をしながら自分の名前を呼ぶのは何とも言えない照れ臭さだ。小っ恥ずかしいような演技は何度もやってきたが、こんなのは経験がない。
ぎこちない俺たちを見たシエディアが、大きくため息をつく。
「……二人ともウブ過ぎない? 私が抱きついても素っ気ないのに」
「だってカゲヤだぞ……? シエディアと違って、好みどストライクの美少女と、こんな……」
「あ、ああ。お母さんはぶっちゃけタイプじゃないんだよな」
「ダブルでディスられた……」
シエディアが落ち込むが、俺たちはそれどころではない。
カゲヤにしてほしいことやさせてほしいことは色々考えてきたが、恥ずかしすぎて全部頭から吹き飛んでしまった。
一旦離れ、動悸を抑える。
「た、立ったままだと落ち着かないし……一旦座ろうか」
「あ、ああ。俺もそう思ってた」
インヤがベッドに座る。
俺は、少し躊躇しながらその前に座り、インヤの身体に背中をもたれかけた。
「な……」
「ほ、ほら、ぎゅっとしていいんだぞ……?」
インヤの腕をとり、身体に回す。
「いや、その……」
「へ、ヘタレるな、俺……! 今日しかできないんだから……!」
「あ、ああ!」
インヤが、俺の身体を抱きしめる。
シエディアの「めんどくさいなこいつら」という視線を感じながら、そのまま何も言えず三分ほど経過する。
俺は恥ずかしい感情だけだが、インヤの方は感動やら高揚やら歓喜やら、色々入り交じっていることだろう。
羨ましさが溢れるものの、後でその記憶が俺のものになるのだからと我慢する。
「え、えっと、それから……何かしてほしいことはないか、インヤ? 今日は、恥ずかしいことでも、やる、けど……」
「……」
「あれ?」
「カゲヤちゃん、インヤさん萌え死んでる」
わ、我ながら耐性がない……!
確かにカゲヤからこんなことを言われれば俺も似たような感じになるだろうが、それでも今日しか出来ないんだから頑張れ、俺。
顔を抑えて動かなくなったインヤを再起動させ、再度質問する。
「ほら、やっと会えたんだぞ? 色々やりたいこと、あるだろう?」
「きゅ、急過ぎて頭が追いつかない……」
ヘタレだ……自分のことながらめっちゃヘタレだ……。
「けど、魔力が切れる前に思いっきりイチャイチャしないと勿体ないだろ? お母さんはめんどくさがりだから、そう何回もやってくれないだろうし……」
「確かにそうだな……あいつ基本ぐーたらしてるだけだし……」
「カゲヤちゃんたちにめんどくさがりとかぐーたらとか言われたくないんだけど!」
当然ながら自分同士なので、シエディアに対する見解はぴったり一致だ。
「じゃ、じゃあさっき言ってたみたいに、デートとか」
「よ、よし! コースは……どっちが考えても一緒か。適当に思いついたところを回ろう」
「あ、私も行きたい!」
「ダメ」「ダメ」
シエディアに絶対に留守番しているよう言いつけ、デラックスアイスパフェを与えて部屋から叩き出す。
さて、早速着替えを――
「……」
「……」
インヤと目が合う。
俺も俺も、着替える時はこの部屋で着替える。
普通に考えるなら、どちらかが出ていくべきなのだろうが……。
「み、見てていいぞ」
「い、いや……」
「確かに恥ずかしいけど、私の生着替えだぞ! インヤも私なんだから、見たいだろ! あとで私の記憶になるんだから、ちゃんと見てくれないと困る!」
なんだかややこしくなってくるが、直接カゲヤの着替えを見れるチャンスなのだ。恥ずかしいからって、フイにするわけにはいかない。
だが、俺のことだから、なんだかんだ言って目を逸らしてしまう気がする。
こんなに恥ずかしいのを堪えたのに、記憶が統合されてみたらちゃんと見てませんでした、なんてことになったら目も当てられない。
「……インヤ」
「どう、した?」
「き、着替えさせてくれないか?」
インヤの手をとり、俺のジャージの裾に当てる。
光弥のラッキースケベみたいに――いや、それ以上にじっくり、カゲヤの下着姿をその目に焼き付けさせなければならない。
「流石にそれは……」
「いいから! 後で見れなくて後悔するのは私なんだぞ!」
無理矢理手を引っ張りあげ、思いっきり裾を持ち上げさせた。
「いや、今は俺の服のままだから――あ」
そして、ブラジャーを着けていないおっぱいが露出した。
「――みゃぁああ!?」
「ごっふ!?」
恥ずかしさで、思わずインヤの顔を殴り飛ばす。
こうしてなんやかんやで時間がかかりまくり、俺たちがデートにいけたのはそれから一時間後のことだった。
解放条件・通常ルート
・カゲヤの好感度が本編の半分以下。
・迷宮イベントにカゲヤを参加させない。
・決戦前夜で、カゲヤに敗北する。




