決着
不毛地帯トラニピア――その地下に移動していた大迷宮が、紫電とともに変形する。
地面を突き破って、巨龍と化した魔王さえも超える巨大な岩の龍が現れた。
迷宮そのものを一体のドラゴンへ変ずる、俺の用意した文字通り最大の秘策。
「貴様……! まさか、龍王スペクルか!?」
「その通りじゃ! お前とこうやって雌雄を決することが出来るとはワシも思っとらんかったぞ、魔王サニウス!」
魔王龍と迷宮龍、両者がぶつかり合い、世界が揺れるような轟音が響く。
……迫力半端じゃないな。まさに怪獣映画そのものだ。
迷宮龍が腕を振るい、魔王龍の身体へ拳を叩きつける。
白い稲光が走り、攻撃の命中した場所を白い結界が覆った。
「ぐ……!」
「いかに強固な防御でも、その上から封印を施してしまえば動けまい!」
迷宮龍の連打が魔王龍に突き刺さった。身体中が斑に白く染め上げられていく。
「ふはははは! どうじゃ、魔王! これが我が封印魔法の真髄よ!」
……問題は、その封印魔法の真髄を発動させるのに俺の魔力をバカスカ使っているということだろうか。
魔王核の補助こそあるものの、これだけの大魔法、俺でも維持するのはギリギリだ。今のような後先考えない出力を発揮し続ければ、数分と経たずに魔法は力を失い、迷宮龍は地下へと還っていく。
調子に乗ってボコボコ殴りまくってんじゃねえジジイ、と内心罵声を吐きつつ、ドンゴ二世に乗った。
「一世、三世! 魔王の本体を探せ!」
『OK』『Year』
二体のドンゴが龍王の作った魔力探知機を抱え、巨龍たちの周囲を飛び回る。
二世の背の上で、半壊したアルイーヤから降りた。ずっと窮屈な所にいたせいで胸が痛い。文字通りの意味で。
アルイーヤから魔王核を取り外し、自律モードに変えてシエディアの元へ向かわせる。
「……頼む、二世」
「……Roger」
「《全体改造》」
紫電とともに、ドンゴ二世と魔王核が融合した。
鋼色の機体が黒く染まり、胸に暗い輝きが灯る。
発見した魔王の本体がある部位を目がけて、二世が光線砲を発射する。
「Maximum、Feuer!」
「グアアアアア!?」
破滅将プラトの魔法を模した、極大威力の黒い光線が魔王龍の鱗を貫いていく。
砕かれた鱗の奥に隠れた魔王本体の眼光が、二世の上に乗る俺を射抜いた。
「貴様かッ、カゲヤァアアア!!」
「ッ――避けろ、二世!」
魔王龍の口内が輝き――咆哮とともに、青光のブレスが放たれた。
二世が全力で空を飛んでブレスから逃れようとするが、魔王龍は迷宮龍の妨害も無視して、俺たちに首を向け続ける。
青い光が空を薙ぎ払い、俺たちへと追いすがってきた。
「……ああ、もう! 《自己改造――我が具足は獸魔となりて》!」
黒い稲妻が俺を包む。
身体の変化が終了した瞬間、手に黒雷の剣を生み出す。
「《魔雷の絶刀》!」
全力でブレスを切り裂く。
青い光は俺たちを避けるように上下へと分かたれた。
即座にビーストモードを解き、通信機に向かって叫ぶ。
「シエディア!」
「ママです!」
「もう何でもいいから早くやってくれ、ママ!」
「よっし! いくわよ、フェルス! 《他者改変――我が従魔は具足となりて》!」
フェルスの身体が槍に変わり、氷の鎧がシエディアを覆う。
氷は槍本体も覆っていき、時間も凍るような冷気が穂先に収束した。
「なんちゃらイーヤ二号! 飛ばして!」
自律モードのアルイーヤが、唯一壊れていない片脚にシエディアを乗せ、蹴り上げる。
彼女が飛ぶ先は、先程二世が空けた魔王龍の穴。
「《装魔一凍・氷龍槍》!」
むき出しになった本体の心臓に、シエディアの一撃が突き刺さった。
※
氷の槍が突き立った瞬間、魔王の鱗がバラバラになり、その巨体が崩れていく。
突如現れた岩の龍も、形を元のそれへと変え、地中へと還っていった。
立て膝をつけて、僕と魔王の間に降り立ったシエディアさんが、ポーズをとりながら静かな声で呟く。
「絶対零度なんてちゃちなモノじゃないわ。時間そのものを凍結させ、無に固定する絶凍の一撃……さあ、氷の果てに消――」
「シエディアさん、危ない!」
「へ?」
――鱗の残骸から飛び出した魔王が、シエディアさんの身体を背中から貫いた。
震える影耶の叫びと、呆然としたシエディアさんの声が響く。
「な……そんな、シエディア……!」
「え……あ、れ……?」
「……先の一撃、見事だったぞ。確かに、余の心臓は止まった。あの世で誇るがいい」
魔王が手を動かす。――茨のように鱗が飛び出し、内部から身体を破壊する。
「かふッ……」
「これで、蘇生も不可能だ。転移妨害の結界がある以上、魔界に帰ることも出来ん。そのまま死んでいけ」
「っ――魔王ぉおっ!」
いつに間にか駆け出していた僕は、全力で魔王に向けて剣を振るう。
しかし、刀身は鱗――ではなく、その下の強靭な筋肉に受け止められる。
筋肉は青く輝きながら不気味に脈打ち、心臓の代わりに血液と魔力を循環させていた。
「もはや余の命は数刻と持たぬだろうが……貴様らだけは殺してやるぞ、勇者共!」
「くっ……!」
魔王の、徒手による攻撃。明らかに大きなダメージを受けているにも関わらず、その苛烈さは先程より遥かに激しくなっていた。
拳に吹き飛ばされる。追いすがられ、追撃を喰らう。
視界の先に、シエディアさんへと駆け寄る影耶の姿が見えた。
影耶はシエディアさんの周囲に、紫電の魔力を放出する。
「嫌だ、死ぬな、シエディア……!」
そして、何かが砕ける音がして――シエディアさんは、光となって消えた。
※
『まあ魔界に帰っただけなんだけどね』
「本気で心配したんだぞばかぁ!!」
通信機に向かって叫ぶ。
本当に、ギリギリだった。
すんでのところで転移妨害の結界を砕かなければ、シエディアはそのまま死んでいただろう。
『いや、その……つい油断して……』
「うぐっ、ぐすっ……」
『……も、もしかして泣いてる?』
「泣くに決まってんだろバカ! アホ! ドジ! ポンコツ!」
『えっと……ご、ごめんなさい……』
目から涙が溢れる。なんとか助かったからよかったものの……こうなるなら身代わりのネックレスを返してもらうんじゃなかった。
「あ……そうだ、光弥は……」
涙を拭いつつ、光弥の方を見る。
「死ね、勇者ァアアア!」
「っ――危ない!」
魔王が拳を振り上げる。鱗が変形して作られた巨大な棘が、光弥へと振り下ろされ――
――轟音とともに、魔王の腕が消し飛んだ。
光弥の身体には、限界超越の白い光が宿っていた。
「ばか、な……!」
「……よくも、影耶のお母さんを。あの子の、この世界のたった一人の家族を!」
……いや、うん。怒りでパワーアップしてるみたいだから何も言わないけど。
だが、この短時間であの能力の連続使用はまずい。魔力だってまだ回復しきっていないはずだ。数秒と経たずに動けなくなるだろう。
俺は、地面に転がっていたフェルスの槍を手に取り、ドンゴの背中に飛び乗った。
※
「ハァアアアッ!!」
「お、のれ……!」
斬る。斬る。斬る。
怒りに任せ、魔王の身体を切り裂いていく。
だが、足りない。
魔王の防御力と再生力を突破するだけの有効打が与えられない。
魔力は見る間に目減りして、今まさに枯れ果てようとしている。
これでは最初の焼き直しだ。
「まだだ、まだ終わらぬぞ、勇者ァ!」
魔王が僕に腕を振るい――その間に、一つの影が割り込んだ。
「貴様……っ!」
「イーヤ……!」
イーヤの渾身の体当たりが、魔王の身体を大きく吹き飛ばす。
しかし、その代償としてイーヤの身体は崩壊していき――無言のまま、砕け散った。
「っ……!」
イーヤが捨て身で作ったチャンス。
だけど、もう、魔力が――
「――光弥!」
「影耶――!」
ドンゴから飛び降りた影耶が、僕の手の上から神星剣を掴む。
彼女の小さな手から、凄まじい量の魔力が放たれ、刀身に蓄積されていく。
「《双星一刀》――」
言わずとも理解した僕は、剣を鞘に収め――
「――《神龍剣》!」
――黒白の一撃が、魔王の身体を消し飛ばした。
「が……!」
時を凍らされた心臓と、唯一攻撃から外れた頭部のみが大地に落ちた。
首のみとなった魔王が、末期の言葉を呟く。
「は、はは……此度も、余の負けか……」
「……」
「だが、余は終わらぬ。ああ、確かに貴様は勝った。だが、次はどうだ? これほどまでに強くなった余を、並の勇者が倒せるものか。空間魔法により、我が魂は時空を超えて未来に飛ぶ。貴様ら人間が滅びぬ限り、余は何度でも――」
「いいや、お前はここで終わりだよ、魔王サニウス」
影耶が、魔王の頭部にシエディアさんの槍を突きつける。――時間を凍らせる冷気が迸り、魔王の頭部を氷に包んでいく。
「ぐ……!?」
「確かに、お前の魂は時空を超えて不滅なんだろう。だが、時そのものを止め、空間そのものを破壊すれば、いかにお前であっても死から逃れることはできない」
「くっ……空間魔法が失われたこの時代で、空間そのものを破壊することなど、できるはずが……」
「――魔王核、起動」
魔王の頭部を凍らせながら、影耶がドンゴに飛び乗り、何かを囁いた。
ドンゴの胸元から黒い波動が放たれる。
凍っていく魔王が、目を見開いた。
「まさか……まさか、貴様ぁあああッ!」
「じゃあ、行くか。……ごめんな、ドンゴ」
槍とその先の魔王を抱えた影耶を乗せ、ドンゴがふわりと宙に浮く。
「影耶、どこへ――!」
「ああ、光弥。お前のことは嫌いじゃな……いや、最後ぐらいはいいか。――す、好きだったよ……ありがとう」
影耶が少し照れながら笑って――ドンゴが、猛スピードで真上に飛翔する。
追いかけようと魔力の翼を生み出すが、一瞬で消耗しきった魔力が底をつき、ほとんど飛び上がらないまま地面へと落ちる。
「影耶ぁあああっ!」
黒い光が爆ぜて――影耶は、帰ってこなかった。
※
壊れた身代わりのネックレスを外しつつ、フェルスとともに地下室に帰ってきた。
ボロボロになった装備を脱いで、部屋着へと着替える。
「あ゛~~~~~……つっ、かれたぁ……」
おっさんみたいな声をあげる美少女。普段だったら人目のないところでももうちょっと我慢するのだが、流石に今日は無理だ。魔力的にも精神的にも疲労がやばい。
元の姿に戻れればいいのだが、魔力ももうほとんどない。明日一日はカゲヤのままだろう。
「ああいうリップサービスとかするもんじゃないな……」
ミニフェルスを抱きかかえる。ひんやり冷気が気持ちいい。
ほとぼりが冷めるまで引きこもっておかないとなーと思っていると、ミニフェルスが抗議の鳴き声をあげた。
「なんだよフェルス……え? 戦いで身体結構汚れてるから抱きつくな? さっさと風呂入ってこい? い、いや、そんなこと言われても……あ、こら、引っ張るなフェルス! やだ、ちょ、待って、待ってってば!」
元の大きさに戻ったフェルスに猫の子のように首根っこをくわえられ、俺は風呂へと運ばれていった。




