復活
ちょっと詰め込みすぎたかも……。
パキ、と黒い球体が割れる。
ひび割れは一瞬で全体に広がり、球体が砕け散った。
黒い破片が旭光に照らされて輝き舞い散る中、魔王は地面へと降り立つ。
魔王城があった場所は焼け野原と化し、周囲には魔王に備えるために建てられたと思われる強固な防壁が乱立していた。
「……魔王城は、滅んだか。四天王の反応もない……」
焦げ付いた大地を踏みしめ、魔王はつぶやく。
そのままゆっくりと俯き、手で顔を抑え――嗤う。
「……く、くくっ、くははははははっ……! 構わぬ、構わぬとも! もはやあの様なゴミなど不要だ!」
軽く指を鳴らす。――それだけで、防壁全てが吹き飛んだ。
「ははっ――はははははッ! 素晴らしい! もはや余を倒しうる者など存在しない!」
防壁の残骸を踏み砕き、魔王は歩みを進める。
「蹂躙してやろう、人類共。今日こそ、お前達の滅ぶ日だ」
※
前方から聞こえてきた轟音に、エイシアが顔を上げた。
イティーがどこからか手に入れた魔王探知機の反応を確認し、即座に号令をかける。
「魔王の復活を確認! 全魔法部隊、詠唱開始!」
同時に、エイシアは星魔法を発動させた。
重力を操り、ベクトルを操作し、魔術師たちから放たれた魔法を束ね、極大の威力を持った集束攻撃魔法へと転化させていく。
無敵を誇る魔王の障壁であっても、超高密度の攻性魔力があれば貫ける。それは、以前の一戦でカゲヤが証明していた。
「発射――《十二天の極星》!」
凄まじい威力を持った十二属性の攻撃魔法が、一点に集束して魔王サニウスへと飛翔する。
全てを消し飛ばすような虹色の輝きを見ても、魔王はその歩みを止めない。
「児戯だな」
――魔王が軽く右腕を振るった瞬間、魔法は跡形もなく消し飛んだ。
「ッ――!」
エイシア達にどよめきが起こる。
ただ一度、魔王が自分たちの攻撃を防いだだけで、戦意が崩れかかっていた。
それもそうだ、ここにいる魔術師達は全てが精鋭の中の精鋭。その彼らが放った攻撃をあれほど容易く振り払うなど、誰が想像できるというのか。
それでも、エイシアは声を張り上げ、号令を下す。
「……後のことは、もう考えません。――総員、全ての魔力を持って、最大威力の攻撃魔法を!」
もう一度、虹色の輝きが生み出された。
先程のそれを遥かに超える極大の魔法を見ても、やはり魔王は歩みを止めない。
「……以前の余なら、それなりの傷を負っていたかもしれん」
同じように、軽く右腕を振るう。
「だが、今の余にとっては紙屑を投げられたのと同じ――グオァアアアアアッ!?!?」
そして、魔王の右腕が跡形もなく消し飛んだ。
※
対魔王兵器、魔導式超電導加速狙撃銃の弾丸が着弾したのをディスプレイ越しに見た俺は、愕然とした表情でつぶやく。
「今ので右腕しか持っていけない、だと……!? くそっ、なんてチート野郎だ!」
「ちょっとインヤさん、今すぐ鏡見てきて?」
冗談はさておき、俺とシエディアは現在魔王から数キロ以上離れた山の上にいた。
地面にはレジャーシートが敷かれ、お弁当が広げられている。十メートルを超える巨大なレールガンがなければ、ピクニックに見えるぐらいだ。
レールガンに新しいブラックミスリルの弾丸を装填しつつ、シエディアと会話する。
「まあ、冗談を抜きにしても、魔王は相当強くなってるな。完全に閾値は抜いていたし、今ので殺せていてもおかしくはなかったんだが……こんなことなら、素直に頭を狙っておけばよかったか」
本当なら右半身を丸ごと吹っ飛ばす予定だったのだ。あんまり心臓に近い位置に打ち込むと心臓ごと消し飛ばす危険があるので、あえて狙いを逸らしたのが裏目に出てしまった。
「アレを相手に手加減しなきゃいけないのはインヤさんぐらいでしょうね……」
「一応弾丸は装填しておいたけど、流石にもう当たらないだろうな」
魔王が油断している中、攻撃魔法に紛れての一撃だったからこそ当たったのだ。一度警戒されれば次からは回避されてしまうだろう。
だが、これで光弥も戦いやすくなるはず――
「ん? あ、インヤさん、魔王が!」
「うん?」
※
魔王は右腕の付け根を抑えつつ、呻きを漏らす。
「お、オオォ……!」
怒りに満ちた目で、周囲を見渡す。
「(間違いない、今のはあの娘、カゲヤの魔力がこもった一撃……!)」
復活と同時に視力も格段に強化された魔王だが、カゲヤの姿を見つけることはできない。
遠くの山の上でピクニックをしている男女がいたが、流石にあれではないだろう。
「(いや、というか何故こんなところでピクニックをしているのだ……!)」
怒りを覚えつつも、右腕の付け根に魔力を込める。
「ハァッ!」
青い光とともに、右腕が再生した。
以前の魔王には到底不可能な芸当だったが、今の彼にとっては容易い。
不完全ではあるが、障壁を纏う鱗さえも元に戻っている。戦闘に支障はない。
無限に再生できるというわけではないが、とりあえずは問題ないだろう。
「出てこないのなら、雑兵ごと消し飛ばしてくれる……! 《獄覇の蒼天》!」
まるで青い太陽のような、巨大な光弾を生み出し、人間たちへと投げつけた。
次の瞬間には光弾が着弾し、青い輝きが世界を焼き尽くす。先程の魔術師たちによる攻撃魔法など比べ物にもならない。
この一撃を人間が受ければどうなるかなど、言うまでもなかった。
だが、そんな一撃を受け止め、斬り裂いた者がいた。
「《降り注ぐ星煌よ。魔に覆われし夜を祓い、天を断つ刃となれ――聖界拓きし熾天の剣》」
青い輝きは人間たちを避けるように左右へと分断され、彼らに傷一つつけることは出来ない。
「勇者……!」
星幽剣さえも上回る剣を持つ、以前の戦いから遥かに成長した勇者に対し、魔王は警戒を顕にする。
人間たちが撤退していくが、この勇者の前でそれを妨げることは出来ない。
「いくぞ、魔王。――僕は、お前を倒す」
※
そして、光弥と魔王の戦いが始まった。
「……なんで両手で顔抑えてるの?」
「いや、なんかいたたまれなくなって……」
「あの詠唱、インヤさんが考えたんでしょ?」
「ちょっと光弥にも恥ずかしい思いさせようかなって……」
見てるこっちが恥ずかしい。完全に自爆である。
そして、光弥の神星剣と、魔王の大剣がぶつかり合う。
一合ごとに光と闇の入り交じった衝撃波が周囲を粉砕し、不毛地帯を更なる荒地へと変えていく。
「インヤさんとカゲヤちゃんは参戦しなくていいの?」
「俺共闘とか苦手だし」
「確かにコウヤ君ごと吹っ飛ばすのがオチね」
あぐらをかいてお弁当を食べつつ、戦いを観戦する。ぶっちゃけこの状況で特に出来ることもない。基本的に範囲攻撃しかできない俺の弱点である。カゲヤの状態でも協力戦はあまり上手くできない。
光弥は鎧から飛び出した魔力の翼で、魔王は鱗を変形させた羽で、空中を縦横無尽に飛び回り、衝突を繰り返す。
現在は光弥が若干優勢のようだ。
「普通にいけるもんだな」
「けど、甘く見ない方がいいよ。魔王はどちらかと言うと防御寄りの能力構成だし……長期戦に持ち込まれれば厳しいかも」
弾き飛ばされ、地面に衝突した魔王へ、光弥が光の砲撃を放つ。
『《天空貫く破邪の流星》!』
神星剣に搭載した中でも最強クラスの必殺技が、魔王の全身を飲み込んだ。
思わず「やったか!?」などと呟きたくなる光景だが……。
『……素晴らしい剣、そして素晴らしい力だ』
魔王がゆっくりと起き上がる。
全身の鱗がひび割れ、砕けていた。ダメージは間違いなく入っている。
『だが、今の余を倒すには不足だな』
割れた鱗の下から、新しい鱗が突き出す。
少し色素が薄く、厚みがないが、それにも障壁が展開されており、さしたる痛痒がないことを伺わせた。
『…………』
それを見た光弥は、剣を正眼に構え、精神を集中させる。
「まさか……もう使う気か? あの能力を」
「短期戦を挑むのは確かに有効だけど……」
かつて光弥がアルティメットイーヤを粉砕した時に使われた、隠された能力が発動する。
『――限界超越』
光弥の全身が白い光に包まれた。
―――――
鈴木光弥 男性 異世界人 16歳
剣術/ランク10
肉体強化/ランク10
神聖魔法/ランク10
魔力増大/ランク10
超速進化/ランク10
遮断突破/ランク-
限界超越/ランク1
―――――
光弥が駆ける。否、翔ける。
今までを遥かに超える圧倒的なスピード。
かなり大きな負担がある能力らしいが、その力は凄まじい。
魔王は反応することも出来ずに切り裂かれた。
『が……!』
『はああああっ!』
もう誰の目にも追えないほどの、最速の連撃。
一撃振るうごとに大気が消し飛び、大地が割かれ、世界が揺れる。
魔王はなんとか反応するものの、明らかに追いついていない。ギリギリ剣を合わせてはいるが、そのまま押し切られていた。
鱗が裂かれ、肉が弾ける。一秒ごとに魔王の全身に幾十もの傷が刻まれていく。
「……あれ、これ普通に勝てちゃう?」
「いけそうかな? 魔王が何か策を仕掛けてなければそのまま――」
そこで、光弥が動きを止めた。
身体にはほとんどダメージがないのに、急な停止……まさか、魔力切れか? 俺ほどではないが、光弥も相当な魔力を持っているはずじゃ――
「いや、違うな……魔王の仕業か」
「もう仕掛けてたってことね……じゃ、行こっか」
「ああ。《瞬間着替え》。来い、ドンゴ三世!」
「《他者改変・全性能強化》。行って、フェルス!」
イーヤに変装してドンゴ三世の背に乗り、フェルスに跨ったシエディアと共に光弥の元へと向かった。
※
魔力を失い、僕の鎧から生み出されていた光の翼が霧散した。
急激な魔力の消耗と身体の負担で強い疲労を覚える僕に、魔王がゆっくりと近づいてくる。
「ぬかったな、勇者。余の剣は周囲から魔力を吸い上げ、無に還す……あのカゲヤという娘で見ていただろう?」
魔力の消耗に気づいてはいた。
故に、短期戦を選んだ。限界超越の力ならば、魔力を失うより早く魔王を倒せると思っていた。
単純に、それ以上に、魔王の防御力が圧倒的過ぎただけだったのだ。
魔王が大剣を振り上げ――
「さらばだ、勇――」
「《他者改変・魔力超強化》! フェルス、全て凍らせなさい!」
「ヴォアァアアアッ!」
瞬間、吹雪が顕現した。
冷気と雪と氷と霜が、魔王を中心として、巨大な氷山を形成していく。
「ッ――馬鹿な、まだ地上にいたというのか、シエディア……!」
「《地形改造・氷王城》!」
放たれる紫電。
氷山が城の形をとり、牢獄となって魔王を閉じ込める。
「言っただろう? 魔王を倒せるのは我のみだとな」
「鍛冶師イーヤ……! それにシエディアさん……!?」
「フッ、私があの程度の隕石で死ぬとでも思ったかしら? そう、あの瞬間私は真なる力に覚醒し――」
「まあそれはともかく、我特製の魔力回復薬を渡しておこう。しばらく休んでいるといい」
「いくらお前でも、魔王には――!」
僕の言葉を無視して、イーヤがロングコートを翻す。
「……台詞を考えておくのを忘れていたな。まあいい、変身!」
イーヤの全身がコートに隠れ、不気味な魔力が放出された。
邪悪を纏った風が吹き抜け、コートの中で紫電が踊る。
――そして、鋼鉄の悪魔が現れた。
※
「(《自己改造》! 《瞬間着替え》!)」
カゲヤの姿に変身しつつ、アイテムボックスから取り出したアルティメットイーヤ二号に乗り込む。
今回は俺が直接魔力を供給することで、性能を底上げするというコンセプトである。
元の体格では等身大のアルイーヤに乗り込むのは厳しかったが、カゲヤの姿なら余裕で……いや、胸と尻がかなり窮屈……ま、まあなんとかなるだろう。
そして、今回はそれだけではない。
「(ドンゴ一世、二世、三世! 封印魔力砲、発射!)」
周囲に待機していたドンゴ達が姿を現す。今回のためにどの機体も改良済みである。
カッ、と封星剣ウィルドカルドの残骸を利用し作られた、封印魔法の籠る光線が放たれた。
「無駄だ! 魔人一人とゴーレム数匹程度に何が出来る!」
魔王が叫び、氷王城ごと魔力砲を吹き飛ばす。
だが、その隙をついてシエディアが改変魔法を発動させた。
「《他者改変・魔力超強化》! イン……カゲ……じゃなくて、イーヤさん、ゴー!」
シエディアの支援を受けつつ、アルイーヤに直接魔力を込め、魔王に拳を叩きつける。
――俺の全力の魔力がこもった拳は、容易く障壁を貫いた。
ボロボロになっていた鱗が完全に砕け散り、魔王が吹き飛ぶ。
「か、は……!? 馬鹿なッ……!」
しかし、代償は大きい。
「(今の一撃で、アルイーヤの拳が潰れた……!)」
俺の魔力に耐えきれる物質などほとんど存在しない。
アルイーヤは元々使い潰すつもりでいたが、たった一撃でこれほどまでに壊れるなど、想定外だ。
……いや、それだけ魔王の防御力が上がっていたということか。
「何者だ、貴様ッ!」
俺は答えない。というか声が変わっているので答えられない。
魔王に向かって突進し、あえて大ぶりな一撃で、もう片方の拳を叩きつけようとする。咄嗟に大剣を盾にする魔王。
その瞬間、俺は拳を勢いよく開いた。
「(《瞬間改造》!)」
「な――!?」
改造魔法によって脆くなった大剣が、砕け散る。
そして掌底を打ち込んだもう片方の手も。
だが、まだ足が残っている。魔力放出で勢いをつけつつ、魔王を遥か上空へと蹴り上げた。
※
雲を突き破り、空の彼方へと飛んでいく魔王。
「ぐ、オオォッ!」
魔力を放出し、反作用で速度を殺す。
「ハァ、ハァッ……何なのだ、あいつは……!?」
鍛冶師イーヤという名前は以前どこかで聞いたが、あの様な力を持つ存在など、聞いたこともない。
短期戦なら自身を上回る勇者に、サポートに特化した魔人シエディア。加えて、正体不明の存在、鍛冶師イーヤ。
敗北という単語が、魔王の脳裏によぎる。
「認めぬぞ……! 認めてたまるものか!」
青い光が空に満ちる。
青空がより濃い蒼に染め上げられた。
魔王の鱗が凄まじい勢いで再生、増殖、肥大化し、その輪郭を変える。
「オ、ォオオオッ!」
鱗が、一体の歪なドラゴンを象った――いや、それでは終わらない。
鱗はさらに肥大化を続け、超大型モンスターをも超える巨体へと姿を変じていった。
そして、山のような巨龍が地へと落ちていく。
※
魔王が怪獣になった。
「ええー……」
俺は少し呆然としながら呟く。
「イーヤさん、今こそ無体な兵器を使うべきだと思うけど」
そうは言われても、流石にアレを止めるような兵器はない。信じられないことに、増殖・肥大化した鱗のすべてに、空間遮断が展開されているようなのだ。
マギスナイプレールガンなら障壁を貫けるが、あの巨体に撃ち込んだところで、海に石を投げるようなものだろう。
「く……!」
いや、光弥。受け止めようとしているみたいだけど流石に無理だから。
転移で逃げてもいいが……落下の衝撃波だけでも、向こうで必死に撤退している魔術師達が相当な被害を受けるのは間違いない。
俺は、切り札を使うことにした。
「(聞こえるか?)」
『おお、イーヤ……む? なんでカゲヤちゃんが通信しとるんじゃ?』
「(気にしないでくれ。そちらの準備は?)」
『問題ない。万端じゃとイーヤに伝えてほしい』
「(ああ、わかった)」
精神を集中させつつ、地面――否、そこに眠る迷宮に手を当て、小さく呟いた。
「(魔王核、接続。魔力波長同期完了。超大規模魔法、展開開始――《広域地形改造》!)」
アルイーヤの胸に黒い輝きが灯り、紫電がトラニピア全域を染め上げる。
「……!? イーヤ、何を――!?」
光弥の声を聞きながら、事前に録音しておいたセリフの再生ボタンを押し込んだ。
『はははは! いざ見せよう! これが我が極地! 我が至高の究極奥義! 名付けて――《万魔迷宮、龍王城》!』




