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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第三章 日常編
40/49

前夜にて

 襲い来る即死級トラップの数々――罠を、壁を、柱を、矢を、衝撃を、炎を、雷を、光をどうにかこうにか改造魔法で防ぎきる。

 黒いロングコートと仮面を纏い髪を藍色にした俺は、龍王に大まかな事情を説明し、床に両手をつく。


「ほ、本気で死ぬかと思った……!」

「いや、すまんすまん、魔王じゃと思ってな」

「こんなに見た目違うのに!?」

「じゃって魔力すごいし、『この姿で会うのは初めてだな』とか思わせぶりなこと言うし、それになんか髪が青っぽかったからついな……で、『鍛冶師イーヤ』よ、何の用じゃ?」

「……まあ、俺にも非があるといえばあるけど……んん、いや、龍王スペクルよ、我があなたに頼みたいのはただ一つ。――魔王との戦いに加わってほしい」


 龍王がピクリとまぶたを動かす。


「……カゲヤちゃんから聞いておらんのか? ワシは迷宮から出られん。魔王も、わざわざ自身が不利になる迷宮内で戦おうとはせんじゃろ」


 もちろん聞いている。龍王自身から。


 たしかに、龍王はさほど直接戦闘力が高いわけでもない。迷宮と半分融合した存在であるため、迷宮の力が龍王の力のほとんどだそうだ。

 素材提供やモンスターによる間接的な支援はできるが、直接の戦いには加われないということだった。


「だが、我であれば、あなたを直接的な有効戦力とすることが出来る。あなたも魔王には何度も煮え湯を飲まされているのだろう?」

「まあの。基本ワシ防衛しかできんし。直接殴れるなら殴りたいところじゃ。……しかし、本当にそんな方法があるのか?」

「あるとも」


 俺は作戦の内容を説明する。最初は半信半疑だった龍王だが、俺が証拠として軽く実演したのを見て、驚きつつも深く頷いた。


「なるほどな、これなら、魔王でもワンパンじゃろうて」

「故に、強いモンスターを送り込む必要はない。こちらの方が数段確実性が高いからな」

「うむ、準備を整えておこう。……しかし、そうなると迷宮をトラニピアに移動させねばならんな」

「どうせ数百年経って国土の広がった竜公国を守るには、この迷宮の規模じゃ足りないだろう」

「まあそれもそうじゃが……」

「あとは、戦力ではなく素材生産に全力を回してほしいというぐらいか。……いや、もう一つあったな」

「なんじゃ?」

「あなたの逆鱗をくれ。星幽剣は魔王の逆鱗から作られていた。数千年生きた龍の逆鱗なら、真なる勇者の剣にふさわしい」


 すっ、と龍王が後ずさる。


「……いや、ワシ魔王みたいな頭のおかしいやつと違って、そういうエグいの無理なんじゃけど。そもそもめっちゃ敏感なんじゃよアレ」

「頼む、世界の危機なんだ。あ、できたら個人用に欲しいから二枚」

「それ聞いたらもう渡したくなくなったんじゃが」

「……仕方ない、少し待っててくれ」


 俺は一度転移魔法陣に乗り、自宅へと帰る。

 ぐーすかとソファで寝ているシエディアを見つつ、《自己改造》でカゲヤに変身し、服を着替える。


 そしてまた転移で迷宮へと向かう。


「おお! カゲヤちゃんではないか!」

「はい、数時間ぶりです。……お願いです龍王様、光弥のためにも、私に逆鱗を譲ってください」

「む、むむ……いや、そうは言われてもじゃな……」

「ダメ、でしょうか……?」

「いいじゃろう、持っていけ」


 すっ、と仰向けになって顎の裏を見せる龍王。なんともスムーズである。


 やはりカゲヤちゃんは最強だな、と思いつつ、逆鱗を探す。……お、あった。へえ、本当に逆さになってる。

 うん、これは絶対にいい素材になるぞ、出来るなら毎日採取しに来たいぐらいだ。


 超高性能回復薬を片手に持ちつつ、剣を居合に構え――


「……な、なあ、やっぱりやめんかカゲヤちゃ――グオァアアア!!」


 綺麗に逆鱗のみを斬り離し、回復薬を塗る。みるみるうちに傷が塞がり、徐々に鱗が生えてきた。


「オ、オオ……し、死ぬ……」

「もう治ってますよ」

「む? おお、本当じゃ」

「というわけでもう一枚……」

「いやいやいや! 流石にそれは無理じゃ、えーとそうじゃな、カゲヤちゃんに娘ができた時とかに――」

「……わかりました、少し待ってください」

「え?」


 これだけは使いたくなかったが、逆鱗のためだ。仕方ない。


「《自己改造・軽量版》」


 全身から紫電を放ち、十歳ほど幼くなったカゲヤ――カゲナの姿へと変化する。


「……!? え、な、なんじゃこれ? いやいやおかしいじゃろ!?」

「おじいちゃん、逆鱗ちょうだい?」



 バリバリと手から紫電を放つ。魔王でさえ干上がりそうな大魔力を放出しながら、龍王スペクルの逆鱗を改造し、魔法金属を馴染ませていく。

 剣を形作り、内部に魔力回路を配置し、発動効果を設定し、全体の調整を行い、不備が出ないよう丹念に丁寧に構成を整え……。


「……ねえインヤさん、それまだ終わらないの? そろそろアイス食べに行こ?」

「待ってくれ、あとちょっとだから」

「あとちょっとあとちょっとって言ってもう三時間ぐらい経ってるじゃない……これだから職人タイプは……」


 そんなこと言っても、これから星王国に代々伝わることになるだろう真の聖剣を作る作業だ。ここで気合を入れずしてどうするというのか。


 退屈そうにミニフェルスの毛づくろいをするシエディアを尻目に、聖剣を精製していく。


 もう一週間はこの作業にかかりっきりだ。

 しかし、後は全体の微調整を終えるだけで、この剣は完成する。


 見た目にも中身にも一ミクロンの歪みもないことを確認し、机の上に聖剣を置き直す。


「できた……! できたぞ、シエディア!」

「……すぴー……」

「あ、寝てる」


 ちらりと時計を見る。先程のやりとりからさらに三時間が経過していた。


 あくびをしながら、シエディアが起き上がる。


「むにゃ……あ、できたんだ」

「ああ、名付けて……『神星剣アルカナ』ってところか」


 神星剣アルカナ。決して華美ではなく、さりとて無骨でもない、繊細にして荘厳なる長剣。

 白く瞬く淡い燐光を放ち、星空のような煌めきを宿す姿。これぞまさに聖剣という風情である。星幽剣なんてこの剣に比べれば安物の中古品もいいところだ。魔王には美意識が足りない。


 当然のようにロマン機能満載だが、基本的には三つの能力に特化している。


「……見ただけでもすごいのは伝わるけど……正直このレベルになると私でもよくわかんない」

「大雑把に解説すると、『身体能力の強化』、『神聖魔法の強化』、『攻撃魔法の発動』って感じだな。他にもモンスターにしか使えないとか、通常の攻撃じゃ絶対に壊れないとか色々あるけど……まあ、それはいいか」


 作っておいた鞘に剣をしまう。

 セットで鎧も作っておいたし、早めに光弥に渡しておこう。


 それをぼんやりと眺めていたシエディアが、静かにつぶやく。


「魔王との戦いが終われば、私もまた魔界に帰ることになるのね……」

「あー、そうか、丁度残りの契約期間がそれぐらいか」

「うう、もっとカゲヤちゃんと一緒にいたかった……」


 フェルスを抱き抱え、ゴロゴロとベッドの上を転がるシエディア。

 フェルスがとてつもなく迷惑そうな顔をしているが、シエディアがそれに気づく様子は全くない。


 ……まあ、それだけ残念ということなのだろう。いつもより悲しそうな顔に見える。


「……《自己改造》」


 俺の身体が紫電に包まれ、カゲヤのそれへと変化する。


「ほら、お母さん。今日はちょっとぐらい言うこと聞いてあげるから」

「(やっぱり意外とチョロいわねこの子)」

「おい今なんて言った」

「なーんにも言ってませーん」



 そして、魔王復活の日は少しずつ近づいていった。



 カゲヤの姿になった俺は、いつもの装備を着て王城の通路を歩いていく。


 空はすっかり暗くなり、周囲に人影はない。月と星明かりのみが城壁を照らしている。


 いつぞやの練兵場にたどり着いた。

 場内の真ん中に立ち、鞘から冥剣ドゥリンダナを抜く。

 剣先を地面につけ、騎士っぽいポーズで光弥を待った。


 こういう凛々しい系のポーズは数えきれないほど練習しているので、我ながらびっくりするぐらい様になる。

 しかも今回はロケーションが最高である。月光の中、古い王城をバックに佇む美少女。完璧だ。シエディアを呼んで写真撮って貰えばよかった。


「………………」


 ……まだかな。そろそろ姿勢維持するの疲れてきたんだけど。


「………………」


 ……ていうか、あいつ本当に遅いな。

 いや、普通に男として思うんだけど、女の子待たせるのってどうなの? もしかしてイケメンだからちょっと待たせても大丈夫だろとか思ってるのか? ふざけんなカゲヤちゃん舐めてんなら帰るぞ。


 そんなことを考えてると、ようやく光弥がやってきた。


「ごめん、影耶」

「……いや、大丈夫だ」


 文句の一つも言いたいが、キャラ的に我慢する。クール美少女はこの程度で怒ったりしない。


 光弥の装備は、俺が数日前に渡した聖剣を含む武装一式だ。


 剣を構え、向かい合う。


「いくぞ、光弥」

「……ああ」


 これは、最終試験だ。

 俺がこの戦いに勝てば――俺程度に負けるようなら、光弥に魔王と戦う資格はない。


 そして、いつかのように距離をつめ、剣を振り下ろし――









 ――次の瞬間には、俺の喉元に剣先が突きつけられていた。


 いつの間にか弾き飛ばされたドゥリンダナが、背後の地面に軽い音を立てて刺さる。


「……強くなったな」

「……」


 ポツリとつぶやく。


「私は――帰ることなんて、本当はどうでもいいんだ」

「……」

「ただ、私の知る誰かに、不幸になってほしくない」

「……」

「約束してくれ、光弥。――無事に、魔王を倒して、元の世界に帰るって」

「……うん」


 俺は少しだけ微笑んで、光弥に背を向けた。


「……その言葉が聞けただけで、満足だ。明日、また会おう」


 そして俺は、一度も振り返ることなく、練兵場の外へと歩いていった。



「もっと不真面目にやるつもりだったのに、予想以上にシリアスになっちゃったんだけどどうしよう」

「カゲヤちゃんって実はばかなの?」

「だって……なんか雰囲気がいい感じだったからつい……」

「そういうのがよくないんだと思う」

「ま、まあ、これで明日の計画は万全になったようなものだし……いい感じに光弥だけ元の世界に帰せるはずだ。いや、絶対に帰す!」

「……本当、一緒に帰っちゃわないように気をつけてね?」

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