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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第三章 日常編
37/49

ギルドにて

 王城に行った翌日。

 昼頃に起きた俺は、扉越しにシエディアへ声をかけた。


「シエディア、起きてるか?」

「んぅ……インヤさんか……あと十二時間寝させて……」

「昼に起きた俺が言うのもなんだけど、丸一日寝る気かお前……」


 まあ、今日は宿の食堂で食べるか。


 ロンやロッジさんの「昨日のカゲナちゃんはどうした?」という質問を適当に受け流し、もしゃもしゃと昼飯を食って地下室の自室へ戻る。


「ふぅ」


 ソファに腰掛けつつ、昨日のことを思い返す。


 ……やっぱり、竜公国の迷宮に行けないのは痛いな。


 昨日帰ってから少し調べてみたのだが、大迷宮は守護神がかつていたと言われる神聖な場所らしく、入るには王族に類する人物の紹介がないとダメだそうだ。

 正直、権力者たちが魔法素材を独占したいだけなんじゃないのか、と思わなくもない。


「ブラックミスリルとかが手に入れば、カゲヤのビーストモードも改良できるんだけどな……」


 と、呟いた瞬間、俺の脳内にあまり関連性のない悪魔的な閃きが走った。




 ――カゲヤがビーストモードで、猫ポーズしながら「にゃーん♪」って言ってる姿が見たい。




「…………いやいや」


 あんな格好に自分からなるのは流石にちょっとね、ははは。


 ……いやけど、やっぱり――ダメだ、落ち着け。


 待て、一旦カゲヤになればこの欲求も抑えられるんじゃないか? うん、男だとね、やっぱそういうのあるし。


「よし、《自己改造》」


 眩い紫電が走り、俺の姿がカゲヤのそれへと変わる。長く艶やかな黒髪がふわりと舞った。


 自身を鏡に映す。やはりカゲヤちゃんは最高に可愛い。スタイル抜群最強美少女だ。これが俺だと思うと少し恥ずかしいが。


「この子が猫耳猫尻尾生やして猫ポーズ……」


 あれ、おかしいな、全く欲求が抑えられていないぞ。むしろ強くなっている。


 ……壁に耳を当てる。ふがーという寝息が聞こえた。よし、シエディアは寝てるな。というか犬みたいな寝息だなこいつ。


「い、一瞬だけ、一瞬だけだから……」


 誰も聞いていない言い訳をしつつ、暗黒姫騎士女子高生コスチュームセットを身につける。


 そして、冥剣ドゥリンダナと、術剣アゾットを、それぞれの手に持つ。


「よし……《自己改造――我が具足は(ビースト・オブ)獸魔となりて(・ロストアームズ)》!」


 バリバリと音を立てて強烈な黒紫の雷が舞い、俺を包む。


 広がった魔力が一瞬で収束し、身体が再度変化した。


 胸と腰、それと手足の先に黒い毛皮を纏った猫耳美少女が鏡に映る。

 しかも、付け耳ではなく、ピコピコと可愛らしく動くリアルな猫耳だ。尻尾も同様。


 両足の間にお尻を落とした座り方――いわゆる女の子座りとかぺたん座りと呼ばれる座り方をして、左手を太ももの間の床につける。


 そして、右手を猫の手にしつつ、顔の横に持ち上げる。


「に、にゃー……」

「おはよー、ねえねえ、フェルスったら寝相悪くて、ベッドに転がりこんで顔に乗ってくるし、その上飼い主を起こしときながらふがー、って寝たまま――って、あっ」


 シエディアに思いっきり見られた俺は、即座にビーストモードを解いて、右手に記憶を抹消するための改造魔法を纏わせる。


「《精神改造》…ッ!」

「いやいやちょっと待って! それはまずい、それはまずいってばカゲヤちゃん! 大丈夫、可愛かったから! ほら、続けてもいいよ? あ、写真撮ろっか?」

「うああああああああっ!」


 顔が熱くなるのを感じながら、シエディアへ猛スピードで突進する――が、右手が頭に触れた瞬間彼女の姿が掻き消えた。


「そっちは残像だから、ちょっと落ち着いて――って危ない!」

「あ、やば――」


 壁に突っ込みそうになった俺は、咄嗟に右手(・・)()を守ろうとして――



 目が覚める。

 ベッドから起き上がり、周囲を見渡した。


「どこだ、ここ……?」


 見覚えのない部屋だった。


「痛……」


 ずきりと痛む頭を抑える。

 ……あれ、俺の髪ってこんなに長かったっけ。なんだか頭の中をかき混ぜられたかのように記憶が曖昧だ。


「あ、起きた? 記憶が混乱してるかもしれないけど、一時的なものだし、何なら一旦《初期化》すれば元に戻――」

「あの、どなたですか……?」

「めちゃくちゃ混乱してる! ほ、ほら、私よ私! カゲヤちゃん、覚えてないの?」

「カゲヤ……? いや、『ちゃん』って俺は――」


 そこで、壁に取り付けられた鏡に気がつく。


 鏡面に、長く艶やかな黒髪を持つ、パジャマを着た女の子が映っていた。

 少し小柄な体格ながら、服の上からでもわかるスタイルの良い体型が目を引く。整った顔は冷たい印象を抱かせるが、どこか愛嬌がある。笑った顔が見たくなるような、そんな顔だ。率直に言って、すごい可愛い。とんでもなく好みのタイプだった。


「えっと、あの子は――って、あれ?」


 手で指し示そうとした瞬間、俺と同じように鏡の向こうの女の子が腕をあげる。

 首を傾げてみると、女の子も同じように、こてんと小首を傾げた。


 下を向いてみる。――おっぱいがあった。


「あ、あれ? 俺――いや、私……?」


 自然と俺、という一人称を使っていたが、私、という一人称を口にしてみると、なんだかしっくり来るような気もする。以前から時々使っていたような、そんな感覚だ。


「もしかして、何も覚えてないの……?」

「は、はい……。えっと、シエディアさんでしたよね? 俺……私の名前ってなんでしたっけ……?」

「(やばいわね……ちょっとワクワクしてきたわ……どうせいつでも戻せるし楽しんじゃお……)」

「え?」

「いえ、何でもないの。あなたの名前はカゲヤって言って、私はあなたのママで――」



 手から紫電を放ち、魔法を発動させる。


「えっと……《全体改造》!」


 パリパリと音を立てて、光とともに黒猫のぬいぐるみが作り出された。


 シエディアさん――いや、ママの話によると、ここは魔法の存在する異世界らしい。

 私は改造魔法という珍しい魔法の使い手で、材料さえあれば色んなものを作り出せるそうだ。

 他にもすごく高い身体能力を持っていて、記憶を失う前は英雄的な魔剣使いだったらしいが、正直信じられない。

 だって、剣の振り方なんて全くわからないのだ。記憶を失う前はちゃんと剣術に精通してたんだろうけれど……。


「出来た……!」


 ぬいぐるみを抱き抱え、私はママのいるキッチンへと走っていく。


「ママ、ほら!」

「わあ! すごい、初めてなのにここまで出来たの!? さすが私の娘!」

「やだなもう、照れちゃうでしょ、えへへ……」


 ママに優しく頭を撫でられる。この年でこんなことをされるのは結構恥ずかしいけれど――あれ、そういえば私って何歳なんだろ。


「ねえ、私って何歳だったっけ?」

「二十――じゃなくて、十七歳だよ? ……いや、ある意味では一歳ちょっとだけど」


 十七歳か……確かに見た目的にはそれくらいかな? なんとなくもう少し年上な気がしてたけど。


「じゃ、ご褒美にアイス食べる?」

「! いいの!?」

「まあインヤさんのお金で買ったやつだしね……」

「え?」

「気にしないで。はい、あーん」


 ママがスプーンでアイスを一口すくい、こちらに差し出す。

 少し照れながら私はそれを口に含む。


「あむっ……」

「カゲヤちゃんが、こんなに素直に……! ふふ、予想以上に精神が身体に引っ張られてる……!」


 何故か知らないけど感動している。


 ママはしばらくニコニコしていたが、ふと思い出したような顔で私に言う。


「そういえば、リセプさんだっけ? 冒険者ギルドの人が、早く前回の依頼の報告をしてほしいって言ってたんだった」

「え……? けど、そんなの覚えてない……」

「大丈夫、ちゃんと記憶を失う前のインヤさ――じゃなくて、カゲヤちゃんから聞いてるから」


 そう言って、ママはブレザー制服のような衣装を持ってくる。……作りはしっかりしているが、まるでコスプレのようなデザインだ。


「じゃ、ギルドに行くから、これ着てね。カゲヤちゃんが普段使ってる装備」

「え!? けどこの服、結構胸元開いてるし、スカートも短いし……。誰がこんな恥ずかしい服作ったの?」

「なんて答えづらい質問……」


 とりあえず着てみる。うぅ、やっぱり結構露出が多い……。


 鏡に自分を映す。――すごく似合っていた。こんな装備なのに、ありえないくらい様になっている。


「あ、カゲヤちゃん、もうちょっとキリッとした顔してみて?」

「う、うん……。……!?」


 ……どうしよう、すごい可愛いしかっこいい! もしかして私はナルシストなのだろうか、鏡に映る自分の姿にドキドキしてしまっている。


「冒険者のカゲヤちゃんは、硬い印象のある凛とした子ってイメージだから、外にいる間は頑張ってね」

「うん、わかった」

「あー、口調ももうちょっと……無骨っていうか男の子っぽくして?」

「けど、私女の子だし……」

「(やばいわね、ちょっとやり過ぎたかも……ちゃんと元に戻るかな……)」

「ママ?」

「な、何でもないわ。さ、行こっか」



 ギルドへと入ると、武装した人――冒険者の人たちが、一斉に私の方を向く。

 少し萎縮してしまいそうになるが、なんとか堪えて受付の方へと行く。


 えっと、リセプさんはどの人だろう。


「あ、カゲヤちゃん!」


 よかった、向こうから呼びかけてくれた。


「もう、本当に毎度毎度とんでもないことしてから放置して……! なんで障壁塔が崩落して、あたりが大魔力で荒らされてるの?!」

「え……あ、あぅ……よくわからないけどごめんなさい……」

「ちょ、あれ!? な、泣かないで、ね?」


 ポロポロと涙をこぼす私を、ママがよしよしと抱きしめた。


「ごめんね、リセプさん、今カゲヤちゃん色々あって疲れてて」

「は、はぁ……」


 私たちを見た冒険者の人たちが囁く声が聞こえる。


「おい、リセプさんスゲーな、カゲヤさん泣かしたぞ……?」「マジかよ……あの人って実はヤバいのか?」「砂や水で巨大な城を作る大魔術の使い手って噂もあるらしいぜ……」

「聞こえてるんですよ皆さん! ていうか最後!」


 なんやかんやで、ママが代わりにリセプさんに報告をしてくれた。


 砂や水の城って、なんのことだろう。何となく思い出せそうな気もするけど……もしかして記憶が戻ってきてる?


 終わったようなので帰ろうとママの袖を引くが、リセプさんに引き止められた。


「あの、勇者様がカゲヤちゃんに用事があるらしいから、できれば会ってほしいかなー、なんて……」


 言いづらそうにリセプさんが口にする。さっき私が泣いてしまったことを気にしているのだろう。


「うーん、この状態で会わせるのは流石にまずいわね……悪いけど、帰らせてもら――」

「あ、影耶もギルドに来てたんだ」


 私と同じくらいの年頃の、かっこいい男の子が、ギルドへと入ってきた。

 ……誰だろう。日本人っぽい顔だけど、もしかして彼が勇者なのだろうか。


「こ、これがコウヤくんの運命力……インヤさんが絶対に勝てないと言ったのも頷ける……!」

「ママ?」

「ごめん、カゲヤちゃん、私じゃ顔見られるとややこしくなるから、なんとか上手く抜け出して!」

「ええ!?」


 そう言って、ママは超スピードで消え去った。


 わたわたと慌てる私に、コウヤ? が声をかける。


「実は、例の迷宮に大量のモンスターが現れたって情報が届いたんだ。影耶にも力を貸してほしい」

「ち、力……? いや、けど、私そんな、助けるとかできないし……」

「そんなことないよ、僕はいつも影耶に助けられてる。イーヤの障壁塔の時も、魔王と戦った時も」


 その言葉で、忘れた記憶の一場面が想起される。


 ――崩落する障壁塔の中、瓦礫を切り裂いて走ってくる光弥の姿。

 ――魔王に支配された私に傷をつけてしまい、涙を流す光弥の姿。

 ――聖剣で魔王を貫くも、倒れかけ私に受け止められる光弥の姿。


 まるで映画のようなワンシーンに、自然と胸が高鳴ってしまう。


「あ、あわ……」

「……? 影耶?」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「顔赤いけど、大丈夫?」


 光弥が顔を近づけてくる。バクバクと心臓が鼓動を上げ、そして私は――


「きゅぅ」

「か、影耶!?」



 目が覚めると、何故か俺は光弥に膝枕されていた。


 ……いや、やめてほしいんだけど。どういう経緯でこうなったのかわからないが、男の股間がすぐ近くにあるというのはなんというか精神的にキツい。


 というかこいつ太もも硬ったい。細身なくせに筋肉すごいわ。


 頭を抑えながら、ゆっくりと起き上がる。


「う……何かフラフラするな……」

「……あ、影耶、大丈夫?」

「ああ……どういう状況だ? うまく思い出せないんだが……」

「冒険者ギルドで影耶を見つけたんだけど、急に倒れて……今は休憩室だよ」

「そう、か……。何でギルドに?」

「迷宮に大量のモンスターが出たらしいから、影耶にも攻略メンバーに加わってもらおうと思って。出発が一週間後になったことも含めて、ギルドの人に伝えてもらおうとしたんだ」

「な!? そうか、わかった、一緒に行く!」

「う、うん、ありがとう。……あ、せっかく会ったんだから話を――」


 光弥を無視して家へと走る。

 探索・採掘用ロボや、大容量アイテムボックスなど、準備しなければいけないものが山ほどあるのだ。ああ楽しみ。


「ただいま!」

「カゲヤちゃん! 大丈夫だった!?」

「何が?」

「……あれ、もしかして戻ってる?」

「何の話だ? よくわからないけど、迷宮に行くことになったから準備するぞ!」

「よ、よかった……! ちゃんと戻ってる……!」

「ちょ、放して! 準備しなきゃいけないんだって!」

「ごめんね、流石に反省した……うん、インヤさんがキャラが大事っていうのよくわかった……」


 何故かしおらしいシエディアに困惑しつつ、俺は迷宮探索――じゃなくて、素材集めの準備を始めるのだった。

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