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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第三章 日常編
35/49

宿屋にて

 寝返りをうつ。

 瞬間、腕の怪我が圧迫される痛みで目が覚めた。


「いづっ……!」


 壁の時計を見る。ちょうど朝だった。


「あ、起きた? 朝ご飯作ってこよっか?」

「え? あ、ああ……」


 腕をかばいつつ、ベッドから起き上がる。


 ……珍しいな、この時間ならシエディアも寝てるはずなんだが。

 それに、普段の彼女なら自主的に料理を作ろうなんて言い出さない。大体何か一つ頼みを聞いてやらないとひたすらゴロゴロしてるだけだ。

 全く、いい大人が毎日ぐーたらしてて恥ずかしくないのだろうか。おっと、何故か心も痛いぞ。


 まあ、きっと弱っている俺を気遣ってくれたのだろう。なんだかんだ言って良い奴だ。


 しばらくして、シエディアが料理を運んできた。


「じゃ、いただきま――」


 痛みで箸を取り落とした。

 ……やばいな、怪我の度合いを甘く見てたか。


 そんな俺を見て、シエディアが天使のような顔で微笑んだ。魔人なのに。


「食べさせてあげよっか?」

「おい、流石に怪しいぞ、何が目的だ」

「信用がない……!」


 ある意味これも信用である。こいつが露骨に優しい時は大体何か裏があるのだ。そんでもって後から「ふふふ、魔人に願いを叶えてもらっておいて、代償無しで済むとでも?」などと腹立つドヤ顔で決めポーズをしながら言うのだ。


 シエディアは、こちらをチラチラと見ながら、言いにくそうに要望を口にする。


「……インヤさんのアイテムボックスに入ってるデラックスアイスクリームパフェ、食べていい?」

「ダメだ」

「なんでー! 例の喫茶店のパフェ、期間限定な上に朝早くから行列並ばないと食べれないのに! しかもアレ、先代店主さんが作る裏メニューで限られた人しか食べれないって密かに有名なんだよ!?」

「ダメな物はダメ!」


 あれは俺がカゲヤとして喫茶店にアルバイトにいって、給料の代わりに作ってもらったものだ。一口たりとも食わせはせん。まともに働くの死ぬほどめんどくさかったんだぞ。接客業とかホント無理。


「食べたかったら、シエディアもアルバイトしにいけばいいだろ。サキさんが『シエディアさんなら是非ウェイトレスをしてほしい』って言ってたぞ」

「いや、まともに働くのって死ぬほどめんどくさいじゃない? 接客業とかホント無理」

「何でこんなに気が合っちゃうかな……」


 ……しかし、どうするか。このままじゃ飯も食えないしトイレも危うい。


 カゲヤの姿ならこの程度の傷はすぐに治るが、まだ魔力が回復しきっていないため、《自己改造》が使えない。

 総量が膨大なためか、俺の魔力は一度使い切るとなかなか全快しないのだ。あと半日もすれば、まともに魔法が使えるようになるだろうが……。


「じゃあ、私の《他者改変》で応用する?」

「いや、前に俺の代わりにテイレシアスを使った時、魔力使い果たしてただろ?」

「ふふん、私がいつまでもあの時のままとでも? ちゃーんと改良型の低コスト改変魔法を編み出してるわ」


 シエディアの手に小さな青雷が現れる。……なんだろうな、嫌な予感しかしない。

 テイレシアスを持って近寄るシエディアからバックステップで離れるが、魔人の身体能力には勝てない。


「シエディア、やめよう。絶対どっちかが不幸になるやつだってこれ」

「インヤさんが不幸になる方に賭けるわ」

「そういうことを言ってるんじゃないから。というかナチュラルにひどいな。やめろ、手を押しつけようとし――」

「《他者改変・軽量版》!」


 俺の身体が青い雷に包まれる。眩さにとっさに目を瞑る中、身体が徐々に変化していく。


 ……目を開くと、長い前髪が視界に入った。腕の痛みは消えている。……もしかして、普通にうまくいったのか?


「シエ――あうっ」


 バランスを崩して倒れる。身体が縮んだせいか、ズボンの裾を踏んでしまった。


 シエディアは、倒れた俺を震えながら見ている。


「どうした? やっぱりなにか不具合が――ってあれ、声が高すぎるような……」

「か、可愛いぃいいいっ!」

「ふぇっ!?」


 シエディアに抱き上げられる。

 いや、これはおかしい。確かにカゲヤの身体はシエディアより頭一つほど小さいが、こんなに高く持ち上げられ――って、まさか。


 恐る恐る鏡を見る。


「や、やっぱり……」


 そこには、カゲヤを十歳ほど幼くしたような、可愛らしい少女――否、幼女が抱きしめられている姿が映っていた。


「あぁ……最高……。ねえねえカゲヤちゃん、ママって呼んで? 今なら違和感ないよ?」

「やめっ……あう、やめろってば! ほおずりすんな! もう、《初期化》! 《初期化》!」


 しかし、魔力が足りない。腕から抜け出ようにも、慣れない身体ではうまく動けない。おのれシエディア。


「待っててね、今、服用意してくるから!」

「まっ――ああもう……」


 小さな女の子が見た目に似つかわしくないしかめっ面をしているのを鏡越しに見ながら、俺はため息をつくのだった。



 扉に捕まりながら、俺の身体を引っ張るシエディアに必死に抵抗する。

 普通の幼女なら一瞬で引き剥がされていただろうが、どうもこの姿でも身体のスペックは変わらないらしい。扉の蝶番が壊れそうになりつつも、何とか抵抗出来ていた。


「べつに外行く必要ないだろ! 部屋にいればいいじゃんか!」

「やだー! 私じゃ簡単な服しか作れないから、もっと着飾ってあげたいの!」

「後で魔力が回復したら改造魔法で作るから!」

「そしたらもうこの形態になってくれないでしょ!?」

「当たり前だ!」


 そして、ついに扉が引きちぎれた。


「ああっ!?」

「よっしゃ! さ、行きましょカゲヤちゃ――いや、カゲナちゃん?」

「はあ……もうなんでもいいよ……」


 カゲナ(仮称)こと俺を抱き抱え、地下室のはしごを登っていくシエディア。おおう、この姿だとめちゃくちゃ高く見えるな……。


「あれ? どしたの、しがみついて」

「! な、なんでもない!」


 ……もしかして、いつも(カゲヤ)より精神が身体に引っ張られる度合いが大きいのだろうか。なんか口も微妙にうまく回ってないし……。


 シエディアがハッチを開け、(インヤ)がとっている宿の一室に出る。

 ダミーなのでほとんど物がないが、一応錬金術師っぽい設備は整えてある。使い方とかわかんないけど。


「あ、ハッチは閉めといてくれ、ロッジさんにバレたらまずい」

「わかってるわかってる」


 ハッチを閉めると同時に隠蔽ギミックが作動し、傍目には普通の床と見分けがつかなくなる。


 シエディアが扉を開け、廊下へと出る。


「じゃあ行こっか、カゲナちゃん。ママとお洋服買いにお出かけ――」


 そこで、ドサリ、という何かが床に落ちる物音が聞こえた。

 シエディアの腕の上でとっさに辺りを見渡すと、見覚えのある――というか昨日会ったばかりのメイドさん、イティーが呆然とした顔で立っていた。

 床に落ちたバスケットには、様々な果物が詰まっている。まるでお見舞いの品のようだ。


「(あれ、なんかすごい嫌な予感がするぞ)」


 イティーさんは、震える声でシエディアに問いかけた。


「あの、シエディアさんですよね? インヤさんの部屋から出てきたということは、もしかして――」

「え? あ、はい、妻です」


 何抜かしてんだこいつぶっ飛ばすぞ、と拳を握りしめるが、ここで俺がシエディアを超パワーで殴り飛ばす姿を見られるのは色々とまずい。


「い、インヤさんにこんな大きな子供がいたなんて……! あの人、すごい初心な感じだったじゃないですか……!?」


 ふらり、とよろめくイティー。いや、うん、確かに童貞だけど、そんなに驚かれると割と悲しい。


「ち、ちがいます! この人は――そ、そう! 誘拐犯! 誘拐犯です!」

「ちょっとカゲナちゃん!?」

「な――小さな女の子を狙うなんて、なんて卑劣な……!」

「シエディア、何してんだ?」


 そこで、宿屋の息子、ロンがやってきた。


「そこの少年、逃げてください! ここは私が何とか抑えます!」

「いや、シエディアはインヤのイトコだぞ? ……ていうか、その子誰だ? カゲヤねえちゃんの妹か?」



 なんやかんやで(カゲナ)はカゲヤの妹ということになった。


 ダミー用の部屋のソファで、俺を膝に乗せたイティーがニコニコと微笑む。


「カゲナちゃんはいくつなんですか?」

「えーっと……は、八歳……です……」


 何この羞恥プレイ。


 イティーの隣に座ったシエディアが、頬を膨らませる。


「ちょっと、イティーだけずるい! 私にも抱っこさせて!」

「ダメです! シエディアさんの抱き方は乱暴なんですよ! というかなんで魔人の貴女がインヤさんの従姉妹になってるんですか!」


 言い争うイティーとシエディア。このままでは埒が明かないので、俺はイティーへと問いかける。


「イティーさんは、インヤ……兄さんのお見舞いに来たんですか?」

「それもありますが……お姉さんの方に用事があったんです」


 カゲヤに用事? ギルドの依頼ならリセプが来るだろうし……エイシアか光弥に何かあったのか?


「えっと、じゃあお姉ちゃん呼んできます」

「え? あ、待ってくださいカゲナちゃ――」


 膝から降りて、部屋の外に出る。

 ……魔力はギリギリ回復しているが、服がない。アイテムボックスがついた上着は地下室に置いてきてしまったし……。一旦宿の裏に回って取りに行くか。


 宿を出ると、色んな物が大きく見えた。


「う、うあ……」


 見慣れている街並みのはずなのに、なんだか不安になってくる。


 挙動不審に辺りを見渡しつつ、宿の裏へと歩いていく。普段ならすぐの距離が、随分と遠く感じる。


 普段は使わない、近道となる路地裏へ入る。ここまでくればもう少しで――


「おいおい、こんなところに中々良いガキがいるじゃねーか! こいつは高く売れそうだぜぇ! くけけけけ!」

「な、なんて典型的な人さらい……!」


 いつもならこの程度のチンピラ、改造魔法で服を拘束具に変えて巡回騎士の前に転がしておくのだが、二倍近い身長差と、先程までの不安、そして心が大きく引っ張られていることで、身体がガタガタと震える。


 やばい、どうしよう、なんだか涙目になってきた。


「さあ、奴隷商人のとこまで連れて行って……」

「や、やだぁっ!」

「ごっぶぅううっ!?」


 俺のパンチを腹に受けた名も知らぬチンピラは、四回転しながら吹き飛び、地面へと落下した。

 ……そういえば、身体能力は変わってないんだった。


 命に別状はなさそうなので、軽く改造魔法を使って身体を拘束し、通りに放り出しておく。


 地下室へと帰り、《自己改造》を使ってカゲヤへと変身した俺は、少し辺りを不安げに見渡しつつ、宿の一室へと戻るのだった。

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