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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第三章 日常編
34/49

障壁塔にて 後編

 心はぞくぞくとした寒気を訴えているのに、身体が少しずつ火照っていく。


「あ、ぐ……!」

「か、カゲヤさん……?!」

「む……? はは、やっと魅了が効き出したか!」


 段々と、心までが身体の熱に侵されていく。


「来い、女」


 心臓が跳ねる。プラトの声が()の鼓膜を優しく揺らす。


 行ってはダメだと心で叫ぶが、熱に浮かされた私の身体は、自然とプラトへ引き寄せられる。


「プラト……」

「様をつけろ、無礼だろうが」

「ご、ごめんなさい、プラト様!」


 とっさに頭を下げた。目尻がじんわりと熱くなる。この人に嫌われることを想像するだけで泣き出してしまいそうだ。


 プラト様は舐め回すようにじっくりと私の身体を眺める。絡みつく視線がなんだか愛おしい。


「ふむ……良いな。なかなかに魅力的だ。先程の不敬は許してやろう」

「魅力、的……? え、えへへ……」


 嬉しくなって、ついはにかんでしまう。彼に褒められると、幸せな気持ちが溢れてくる。


「私、可愛いですか、プラト様……?」

「いや、俺が魅力を感じるのは強い力に対してのみだ。貴様の容姿になど興味はない」

「んだとテメェ!」

「ごはぁ!?」


 ()は全力でプラトの腹に膝蹴りを入れる。


 こともあろうに、うちの完璧美少女であるカゲヤちゃんの容姿に興味がないだ?


 俺とシエディアが丹念に作り上げた、老若男女誰しも目を見張る最っ高に可愛い女の子をあれほどいやらしく眺めておいてこの感想、もはや許すことは――


 ――そこで、()の頭の中に赤い閃光が走った。


「ぐ、この女……!」

「……プラト様ぁ……」

「いや、もう騙されんぞ! よくも俺に舐めた真似を!」

「ご、ごめんなさい! やだ、許して、嫌わないで……!」

「……もしや、効きにムラがあるのか? 《魅了の燐光》」


 プラト様が手から赤い光を放つ。手を動かす仕草さえ非常にセクシーで、うっとりとしてしまう。


 光が私の身体に刺さった。なんだかくすぐったい。


「んぅ……えへへ」

「よし……これで大丈夫だろう」


 全然効いていないけれど、それを言ってしまうと彼は気を悪くしてしまうかもしれない。黙っていてあげよう。


「よし、来い。……いや、念の為武器はその場に置いていけ」

「はいっ」


 私は喜々として刀をその場に捨て、プラト様へと駆け寄る。


 だが、そんな私の身体を何かが引き止めた。


「離してよ、イティーさん……」

「だ、ダメですカゲヤさん! 目を覚ましてください!」


 イティーが涙目で訴えかける。

 けれど、そんなことをしたって私の心はもうプラト様の――いや待て、涙目なイティーさんめちゃくちゃ可愛くない?

 普段はあんなにクールで、仕事できます系のオーラをバリバリ放ってるのに、そんな表情されたらちょっと惚れちゃいそうになる。

 そうだよ、こういうのだよ。俺はこういう知的さと可愛さのギャップを求めているのだ。シエディアみたいな、見た目がクールなだけのアホは悪いが好みじゃないのである。

 あいつこの前なんか、何を勘違いしたのかフェルスを使って部屋をマイナス百度にして「フッ……私、超クール」とか抜かしやがったし。アホかと。


「(あれ、というか俺、さっきまで何考えてた?)」


 数秒前の自分の思考を思い出そうとした瞬間――バチ、と赤い閃光が走る。


 プラト様に腕を引かれ、彼のそばまで引き寄せられる。


「何をしている、さっさと来い」

「あう……」


 謝罪の言葉を口にしようと思ったが、近くで見る彼の顔が格好良くて、つい口を噤んでしまう。

 乱暴に首に腕を回される。けれど、嫌な感じは全くしない。ワイルドな感じがすごく魅力的だ。


 プラト様はちらりとイティーを一瞥した。もう、私の前で他の女の子を見ないでほし――


「その女は殺しておくか」

「え?」


 彼の手から赤い炎球が生み出される。

 相当な魔力のこもった攻撃魔法だ。あれが身体に当たれば、私だって無傷では済まないだろう。一般人であるイティーさんに当たればどうなるかなんて、言うまでもない。


「だ、ダメです、プラト様……」

「俺のする事に逆らうのか?」

「う……」

「ククッ、やはり魅了はしっかりと効いているようだな。お前はそのまま見ていろ」


 そして、炎がイティーさんに向けて放たれた。



 目の前に迫る炎を見た私は、とっさに目を瞑った。


 カゲヤさんはあのインキュバスに魅了されてしまっている。私を助けることはできないだろう。


 爆風が私の身体を吹き飛ばした。


 けれど――覚えのある感触に受け止められる。


 目を開けた。身体には傷一つない。


「カゲヤさ――あれ?」

「熱っつ……大丈夫ですか、イティーさん?」


 焦げ茶色の髪をした青年が、私を受け止めていた。

 インキュバス――プラトとの間には、床から突き出した石の壁がある。けれど、爆発で大部分が吹き飛んでしまっていた。


 彼の顔に見覚えがあるが、名前が思い出せない。私は、無意識に情報魔法を使った。


「インヤ……さん?」

「ええ、まあ……えーっと、お久しぶりです」


 なんだか場違いな挨拶をしながら、彼はプラトに相対し、私を背中に隠した。周囲を見渡したが、カゲヤさんはいない。


 困惑したようなプラトが、インヤさんへと問いかける。


「なんだ、貴様は……? あの娘はどこに行った?」

「いや、俺もなんか記憶が混乱してて……イティーさん、どういう状況でしたっけ」

「あ……インヤさん、その悪魔はこの障壁塔のボスモンスター――インキュバスロードのプラトです! プラトは私と一緒に来ていたカゲヤさんを魅了し、支配しました! けど、何故かカゲヤさんがいなくなって、代わりにインヤさんが……」

「あーそういえばそう……ん? んん!?」


 何故か急に顔を抑え、悶え苦しみ出すインヤさん。


「どうしました!? まさか、プラトからの攻撃……!?」

「いや、俺は何もしていないが……」

「ガハッ……う、うぉぇ……吐きそう……」


 インヤさんは青ざめた顔で口を抑えつつ、プラトを睨む。


「テメェ……! よくも、よくも……! 楽に死ねると思うなよ……!」

「ハッ! 先程の娘ならともかく、貴様のような軟弱な人間が、俺に勝てるとでも思っているのか?」


 インヤさんは懐からボウガンを取り出し、矢をつがえる。


「やめてください、逃げましょう、インヤさん!」

「無駄だ、メイドの女。ここには強力な転移妨害が張られている。外にはまだサキュバスが数十体残っているこの状況で、貴様らが逃げ延びられる可能性は万に一つもない! ……というか、この状況でお前はどうやってここに来た!」

「え? あー、ほらアレ。超すごい転移魔法でカゲヤと位置を入れ替えた……みたいな?」

「何故疑問形なのだ!」

「うっさいな! さっさといくぞゴラァ!」


 ボウガンから矢が放たれる。

 見事な狙いでプラトへと飛んでいくが、いくら物理に弱いインキュバスでも、あの程度で傷を負わせられるとは思えない。


「ふん、このような児戯で……グギャアアア!?」


 だが、プラトが矢を振り払おうとした瞬間、矢に触れた右腕が木っ端微塵に爆散した!


「な、なんだこれはッ!」

「『物体の固有振動数に働きかけて、硬度に関係なく破壊する感じの矢』だ!」


 プラトは無詠唱で腕を治療しながら、左腕で魔法を構築する。


「《滅びの罪炎》!」

「《気体改造》!」


 巨大な炎球が一瞬で生み出され、私たちへと放たれる。

 しかし、紫電が舞うと同時に炎は千々に分解され、即座に火の粉と化して消え去った。


「な……!? 何をした!」

「『大気を魔法で改造して、魔力を帯びた不燃気体を配置し、魔法の炎さえも瞬時に消し去る感じの技』だ! 喰らえ、『強烈に指向性を定めて、特定対象のみを高圧の爆風で吹き飛ばす感じの爆弾』!」

「さっきから名前が適当すぎるぞ貴様ァ!」

「いいんだよ! 本当なら誰にも見せる予定なかったアイテムに一々かっこいい名前なんかつけてられるか馬鹿!」


 プラトが防御結界を発動すると同時に、一方向のみに広がる爆風が放たれた。

 壁を貫いて、結界ごとプラトが吹き飛んでいく。


「……や、やりました?」

「いえ、まだです」


 壁に空いた穴の向こうで、悪魔の羽を広げて浮遊するプラト。その胸には、最初に見た黒い光が輝いている。


魔王核(ブラックコア)、接続……! 魔力波長同期完了! 超大規模魔法、展開開始……!」

「《大規模改造》! 《地形改造・壁王城》!」


 プラトから凄まじい魔力が放たれ、インヤさんからそれを超える魔力が吹き荒れる。

 バリバリと障壁塔から目もくらむほどの紫電が舞い、それを塗りつぶすほどの黒い輝きが照らす中、二人の攻撃が激突した。


「《破滅の砲光》!」

「えーっと、壁王城パンチ!」



 障壁塔は崩壊し、プラトは地面へと墜落した。


 私とインヤさんは空を飛ぶドンゴに受け止められ、地面へと着地する。


「……右ストレートは消滅しましたが、同時に放たれた左フックは捌けなかったみたいですね」

「そ、そういう問題でしょうか……」


 なんというか、戦い方が大味だ。魅せる動きで敵を斬り倒すカゲヤさんとは全然違う。安心感はすごいが。


 あの巨大な腕に殴られたプラトだったが、ピクピクと身体を震わせて生きていた。しかし、もう虫の息だろう。


「トドメを――」

魔王核(ブラックコア)、起動……!」


 瞬間、黒い波動が吹き荒れた。


「っ――! なんだ、この攻撃……!」

「クハハッ……これは攻撃ではない――余波だ。俺たちの放った莫大な魔力に呼応して、魔王核がついに起動を果たした……空間そのものを炸裂させ、不毛地帯トラニピア……いや、周辺国の辺境ごと吹き飛ばす! もはやこの大陸は人の住める地ではなくなるだろうよ!」

「な……お前も死ぬだろ?!」

「構わん。俺の命はこの輝きを見るためにあったのだ……ああ、想像以上だ、美しい、美しいぞ……! 世界さえ砕く破滅の力よ……!」


 インヤさんが転移アイテムを取り出すが、発動しない。


「妨害魔力は未だに残留している。俺が死んでも逃げられん。貴様の力は凄まじかったが……これは止められぬだろう? すぐに、向こうで会おうではないか――」


 そして、プラトは事切れた。


「い、インヤさん……」

「さ、流石にヤバいですね……どうしよ。とりあえず、イティーさんはドンゴに乗って逃げてください。妨害魔力がどれだけの範囲に広がっているかはわかりませんが、範囲外に逃げれば転移できるはずです」


 そう言って、インヤさんは私に転移護符を手渡し、プラトの胸から脈動する黒い宝玉――魔王核を取り出した。


「うっわやっべえ……止められるか怪しいぞ……。……待てよ、これ、かなり質のいい素材になるんじゃないか?」

「私はって……インヤさんはどうするつもりなんですか!」

「発動を押さえ込みます。《全体改造》!」


 インヤさんの手から紫電が舞い散る。辺り一帯を染め上げるような光が放たれるが、魔王核の脈動は止まらない。インヤさんの魔力を跳ね除けるような波動が放たれ続ける。

 それどころか波動が彼の腕を傷つけ、袖が破ける。金属製の腕輪さえも砕け散り、腕のいたるところから血が噴き出していた。


「ちょ……無理ですよ、逃げましょう!」

「いやほら……っ、別に世界救うとかキャラじゃないですけど、こんな帰りたくないぐらい良い世界、滅んじゃったら困るんですよ!」

「無理ですってば! こんな、国一つを消し飛ばすような魔力……! 魔王や勇者でもどうにもできません!」

「あ、意外とどうにかなりそう!」

「ええ!?」


 脈動がペースを増していき、黒白の光と強烈な余波が吹き荒れ、インヤさんの黒髪(・・)がはためき――魔王核の輝きは消えた。



 こういうのって光弥の役割だろ、と思いながら俺はズタボロになった腕を眺める。めっちゃ痛い。カゲヤの姿だったら絶対泣いてたな。


 もう魔力もすっからかんだ。久しぶりに空になったなあ……。


 服の袖が吹き飛び、腕が肩まで丸見えになってジャケットがノースリーブと化しているが、アイテムボックスは使用可能だった。ポーションを取り出して一気飲みする。


 イティーさんをちらりと見る。……どうしようかな、もう言い訳できないぐらい暴れちゃったけど。


 呆然とした様子のイティーさんが、ポツリと言葉を漏らした。


「『さとう いんや』、『異世界人』……?」


 ……。


 俺は腕に目をやる。――情報を偽装するための腕輪が、袖と一緒に吹き飛んでいた。


「(終わった……。何もかも終わった……)」


 俺はこの後、クール系美人メイドさんに軽蔑の目を向けられつつ、快適な異世界生活の終わりを――


「もしかして……インヤさんは、カゲヤさんの兄なんですか!?」

「……………………………………そ、そうです!」



 ドンゴが牽く馬車に乗って、俺とイティーさんは竜公国へと帰っていく。


「あの、イティーさん。俺が異世界人だってこと、隠しておいてくれるって本当ですか?」

「ええ、何か隠さないといけない事情があるんでしょうし……それに、誰かに伝えてインヤさんの恨みを買うのは間違いなく危険です」


 爆弾みたいな扱いだ。まあ自分でも似たようなもんだと思うが。


 痛む腕に包帯を巻いていると、イティーさんに見られていることに気づく。


「……どうしました?」

「い、いえ……」


 ぷい、と顔を背けられる。……き、嫌われたか? 結構危ない目に合わせちゃったもんな……。


「(爆発を止める時の姿は、ちょっとかっこよかったですね……)」

「え?」

「……ふふっ。なんでもありません。このことは私たちとカゲヤさん、三人だけの秘密ですね」

「いや、実はもう一人いるんですけど」

「…………」


 ぷいっ、とまた顔を背けられる。ああ、多分嫌われたな……。


 そうして、俺は適当な場所でイティーさんと別れ、転移で地下室へと帰還する。魔力の回復と、傷の手当てをしなければ。


 竜公国の観光は、また今度だな。何か適当に用事でもできたらいいのに――と、いかん、こういうこと言うとまたフラグが立って――


「インヤさん、おかえりなさい! ご飯にする? お風呂にする? それとも――」

「まずは見るも無惨な有り様になったこの部屋について」

「いや違うのよ、ミニフェルスが構ってくれないから、他の魔獣を召喚しようとしたら暴れてね」

「お前は本当にさ……まあいいや、今日は寝る」

「え? あっ腕ズタボロじゃない! ちょっと、普通に心配してるんだからちゃんと見せてよ! ほら、インヤさんが作った高性能チューブ軟膏持ってきたから!」

「それワサビだよ! このポンコツ!」

「だ、誰がポンコツよ! ちょっと間違えただけじゃない! どうせアレでしょ、また無駄にカッコつけておいてやらかしたとかそんなんでしょ!」

「……否定できないけど、シエディアに言われたら腹立つな!」

「う、うっさいわね! カゲヤちゃんじゃないのが残念だけど、魔力を使い果たしてるインヤさんなんて怖くないわ、覚悟しなさい!」


 二人でぎゃあぎゃあと騒ぎつつ、俺は日常へと戻ったのだった。

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