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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第三章 日常編
30/49

喫茶店にて

 季節はすっかり夏になり、空から太陽の光が燦々と降り注いでいる。ここ地下だから関係ないけど。


「いやー、暑いとアイスが美味しいねえ……」

「この部屋エアコンついてるけどな」


 シエディアへ雑にツッコミを入れつつ、工作用ナイフで水鉄砲用の部品に溝を入れる。

 三日後までに町内の子どもたち全員分の海用おもちゃを作ってやらねばならないのだ。改造魔法を使えばすぐにできるが、こういう手作りの工作もなかなか楽しい。


 魔王城に隕石が落ちた(落とした)日から、一週間が経った。


 あれから各国の首脳部は様々な対応に追われているそうだが、庶民にはあまり混乱が広がっていない。もしかしたらこれから影響が出てくるのかもしれないが……そう大したことにはならないだろう。目下の最大の懸念であった魔王軍がまるっと消滅したわけだし。

 それはそれで問題があると思わなくもないが、その辺は人々への被害がゼロとなったことで許してもらおう。

 まだ他の三つの障壁塔に残党が残っているが、そのうち討伐されるだろう。


 あの後、エイシアは星王国へ聖剣の伝説が偽りであったことの報告をし、三ヶ月後に復活する魔王への対処をしている。仕事の合間に古文書や星魔法を使って、本当の伝承を探っているそうだ。


 光弥は魔王の復活に備え、星王国にて修行中。まっとうに鍛え、順調に……いや、驚異的な速度で成長しているらしい。心強いことだ。


 アングは消滅した魔王城の調査を行うため、高ランクの冒険者達とドンゴに乗って魔王城跡地へ。そろそろ魔王が眠る黒い球形の結界を見つけている頃だろうか。


 そして俺は、部屋でのんびりくつろいでいる。いやー色んな人が大慌てしている中で怠惰を貪るのは最高だなー。


 工作が一段落したところで、作業机を離れてテーブルへと向かう。


「シエディア、俺にも一個アイスくれよ」

「えー? あと一個しかないからダメ。私が暑い中頑張って買ってきたんだよ?」

「あと一個あるならいいだろ。というかもう他の全部食べたのか」

「だーめーでーすー。これはインヤさんじゃなくてカゲヤちゃん用のなの! カゲヤちゃんに『ママ、カゲヤにアイスあーんってして……?』って言ってもらう用のやつなの!」

「お前はカゲヤに何を求めているんだよ」


 シエディアが持つカップアイスを奪いとろうと手を伸ばすが、魔人の圧倒的身体能力によって見事にかわされた。……ならばこうだ。


 アイテムボックスから魔剣テイレシアスを取り出し、改造魔法を発動。

 俺の身体が紫電を放ち、カゲヤのそれへと変化する。服はそのままだが。


「さあ、これで身体能力は五分だぞ、お母さん?」

「ママの超スピードに叶うとでも? 大人しくあーんってされなさい、カゲヤちゃん」

「断る!」


 先程とは比べ物にならないスピードでアイスに手を伸ばすが、瞬間、シエディアの姿が陽炎のように消え失せた。


「ふっ、残像よ」

「私が言えたことじゃないが、また無駄に高等技能を……」


 何度も手を伸ばすが、その度に高速移動でかわされる。

 確かにシエディアの方が早いし、こっちはノーブラなので派手に動けない。いや別に痛いわけではないけれど揺れまくって集中できない。しかし、こちらにも戦闘経験というものがある。先読みを駆使し、徐々にシエディアを追い詰める。

 そして、ついに俺の指先がアイスへと届き――


「あ」

「あっ」


 シエディアが手を滑らせ、俺の手がアイスを弾き飛ばしてしまう。


 アイスは壁に衝突し、べちゃっとなって中身を四散させた。


「えっと……ごめんね?」

「ああ……。……はぁ」


 ……なんだろうな。前から薄々思っていたが、もしかしてこの状態だと精神が身体に引っ張られているのだろうか。これぐらいのことがひどく悲しい。


 とりあえず部屋を掃除した。


「仕方ない、買いに行くか……」

「あ、じゃあ、せっかくだしあの喫茶店行かない?」

「そういえば最近行ってなかったな……」


 一年前、カゲヤが冒険者デビューするきっかけとなった喫茶店へと向かうことにした。


 カゲヤの姿のまま服を着替え、準備する。半袖シャツとジーパンのラフなスタイルだ。

 アイテムボックス付きのジャケットは暑いので、腰に巻いておく。正直置いていきたいが、また帰る途中にモンスターと遭遇でもしたらこれが無いと困る。


 宿の裏に続く隠し階段から、日が降り注ぐ外へと向かった。


「あっついなあ……」

「今日はかなりキツいね……。日傘でも持ってくればよかったかな? カゲヤちゃんって日焼けとか大丈夫?」

「下位火竜のブレスまでなら火傷しないから大丈夫」

「なんかベクトルが違う」


 地竜硬皮ドラゴンハイドをベースに構成されたカゲヤの肌はこの程度で日焼けなどしないが、それでも暑いものは暑い。

 件の喫茶店は貴族街に近いところにあるので、庶民が暮らすこの区からは結構遠いのだ。


 まあ、徒歩でも十分いける範囲だ。多少暑い空気を吸っておいた方がアイスも美味しいだろう。



「……リニューアル、オープン?」

「……の割にはお客さんあんまりいないけど」


 古風な洒落た佇まいだった喫茶店が、なんというか……庶民向けな雰囲気の店へと変わっていた。

 まあ、根が庶民な俺にはこっちの方がむしろ入りやすい。


 扉を開けて店内を見渡すが、店主さんの姿がない。……バックヤードで仕事中だろうか。

 代わりに、いつも店主さんがいた場所に一人の女性が所在なさげに立っていた。

 多分店員だと思うが、見たことがない人だ。新しく雇ったのかもしれない。


 声をかけてみると、彼女がこの店の新しい店主だという。前の店主――キーサさんの娘だそうだ。


「もしかして、父の知り合いですか?」

「ええ、そうで……いや、えーっと、友人の友人です」


 危ない。キーサさんと知り合いなのはインヤであってカゲヤではなかった。


 なんだか事情が気になったので、新しい店主――サキさんに、キーサさんを連れてきてもらった。シエディアは興味がないようで、美味しそうな顔で先にアイスを食べている。……少しは待ってくれてもいいのに。


「おお、カゲヤさんですか。お噂はかねがね……」

「いえ、こちらこそうちのメンバーのインヤが世話になって……」


 キーサさんから一通りの話を聞いた。


「そうですか……。お客さんが増えてきたので、大衆向けの店で成功した経験のある娘に店を譲ったけれど、これまでは貴族の婦人が客の中心だったので、お客さんが来なくなってしまったと」

「ええ……。私では手が回らなくなってしまって。娘は材料を大量に仕入れる伝手がありますし、庶民向けの味に料理を改良したのですが、そのせいで貴族の奥様達の足が遠のいてしまい……。今までは彼女らの評判のおかげで、一般の方々にも多く来ていただけたのですが……」

「なるほど……」


 一度来てくれた普通の客からの反応はかなりいいらしい。時間をかければ客は段々増えていく見込みだそうだが、現状はかなり厳しいそうだ。

 要は、広告が足りないということだ。新装開店をしたばかりで、広告のための資金も足りていない。


 この店が潰れるのは困る。ここは一肌脱ぐとしよう。


「わかりました、少し待っていてください」

「え? あ、はい」


 店の外に出て、こっそりと物陰に隠れる。


「《瞬間着替え》、《初期化》」


 元の姿に変身し、何事もなかったような顔でキーサさんとサキさんの前へと戻る。


「い、インヤくん?」

「久しぶりです、キーサさん。カゲヤに呼ばれて転移でやって来ました」

「そ、そうか……」


 明らかに困惑しているが、構わない。さっさと終わらせてアイスを食べたい。シエディアがさっきからニヤつきながらこっちを見ているのだ。ちくしょう、これ見よがしに美味そうに食いやがって。


「話は聞かせてもらいました。――というわけで、広告用の資金です。受け取ってください」


 テーブルの上に、バーンと数百枚ほどの金貨を置く。広告料がどんなものかはわからないが、これだけあれば足りるだろう。


「……いや、これはちょっと」

「足りませんか?」

「多すぎるだろう。またポーションで荒稼ぎしたのかね? あんまり他の錬金術師に迷惑をかけてはいかんよ」

「失礼な! 普通に稼いだ金ですよ!」


 普通に冒険者として依頼を受けて稼いだ金だ。(カゲヤ)が。

 別にマジックアイテムやポーションにこだわらなくても、その辺の木炭からダイヤを作るなり、空き地にデカい城を一分で建てて売るなり、やり方はいくらでもある。前までは売るためのコネがなかったが、今はカゲヤの肩書きがあるので楽なもんだ。異世界って最高だな。


「とにかく、これだけの金貨を渡されても返す当てがない」

「いや、返さなくていいんですけど」

「なおさら受け取れないんだが」

「くっ……」


 相変わらずキーサさんは真面目である。どうしたものか。


 と、そこでいつの間にか隣に来ていたシエディアが、ドヤ顔で俺たちに言い放つ。


「話は聞かせてもらったわ」

「インヤくん、この方は誰かね」

「従姉妹のシエ――」

「妻です!」

「奥様ですか、これはどうも」

「違います。従姉妹のシエディアです」

「何言ってるのインヤさん、もう子供だっているのに」

「いないから。お前何しに来たんだよ」

「インヤくん、難しい問題なのかもしれないが、認知は――」

「違いますって!」


 そもそもまだ童貞だ、クソッタレ。サキさんの俺を見る目が加速度的に冷たくなっているのでやめてほしい。


「もう、初めて会った日、あんなに激しい(戦いの)夜を過ごしたじゃない」

「話ややこしくしに来ただけならもう帰れよお前!」

「ああっ! ごめんなさい! 違うの、ちゃんと提案があるの!」


 テーブルの下で手から紫電を放つ俺に怯えたシエディアが、ようやく本題を話しだした。



「……で、その案がこれか」

「そう! 今をときめく話題の美少女、魔剣士カゲヤがウェイトレスをするとなれば、その宣伝効果は並の広告の比ではないはず!」

「そうかなあ……。不安なんだが」


 カゲヤの姿になった俺は、半袖ミニスカのメイド服を着て店に立っていた。ついでに何故かシエディアもメイド服である。


 確かに店内にいる客からは好評だが……。


「いくら半袖だからって、こんな生地厚くて黒い服だと暑い……。普段の服と違って胸もキツいし……」

「これも宣伝効果を上げるためだから」

「……せめて手袋だけでも脱いでいいか?」

「宣伝効果のために我慢して」

「そんなに変わらないだろう……」


 ただでさえカゲヤの状態だと髪が長くて暑いのだ。


 半袖ミニスカという本職の人が見たら怒りそうなデザインの癖に、作りだけは結構キッチリしていて、襟がしっかり首元を覆っているし。まったく、一体誰だこんな服を作ったのは。まあ俺なんだけど。


「お母さんは暑くないのか?」

「ふふん、この程度で根を上げるなんて、カゲヤちゃんもまだまだ……あっ」

「……おい、今エプロンの下から出てきた氷の狼はなんだ」

「こっ、こらっ、ミニフェルス! 戻りなさい!」

「よーしよしよしミニフェルス、お母さんより私の方にこようなー」


 冷気を放つ可愛らしい狼を抱き抱える。ああ涼しい。


 ミニフェルスをシエディアと取り合っていると、一人の女性客が店内へ……、あ。


 冒険者ギルドの受付嬢――リセプの姿を見た俺は、すっとシエディアの影に隠れる。


「どしたの?」

「いや、メイド服で仲のいい友人に会うのはちょっと……」

「そこのお嬢さーん! 今ならメイド服で恥ずかしがるカゲヤちゃんの姿が見れますよー!」


 こやつめ……。


 リセプが俺のそばにやってくる。顔が熱いのは気温のせいだけではないだろう。


「あのー、カゲヤちゃん?」

「……違います。旅のメイド、イーニャです」

「カゲヤちゃんじゃない。もう、魔王を撃退して帰ってきたと思ったら、すぐに行方をくらまして……勇者様とか王女様とか、色んな人にカゲヤちゃんのこと聞かれて大変だったんだよ? なに、ビーストモードって」

「うーんなんのことかさっぱりだなー」

「もう……。いいよ、それなら直接勇者様を呼ぶから」

「え? いやいやちょっと待った! や、やだ、ごめんリセプ、私が悪かった!」

「ダメ! 最近ずーっと後始末を私に任せてるんだから、たまには自分で説明しなさい!」


 ギルドの通信アイテムで光弥とエイシアを呼ばれてしまったものの、なんとか有耶無耶にして逃げ出すことに成功した。


 その後、勇者と王女による宣伝効果もあって、喫茶店は以前以上の常客を獲得できたとか。



 喫茶店のバックヤードに隠れた俺は、こっそりと店内を覗く。


「……サキさん、光弥はもう行きました?」

「大丈夫ですよ。ほら、約束のアイスパフェです」

「あ、どうも。……ん、美味しい……!」

「限定メニューですけど、カゲヤさんがまたウェイトレスに来てくれるなら、賄いとして作りますよ?」

「……か、考えておきます」

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