どれだけ相手がチートであろうとも負けられない戦いがここにある
「これほどまでに自身の不幸を嘆き、それを受け入れようとしている女の子を見捨てることは、勇者としてではなく、一人の男としてできません。ですから――」
要約すると、「かわいそうな女の子を放っておくなんてできない! 一緒に元の世界に帰ろう!」ということらしい。
「……い、いや、ほら、勇者殿がそう言っても、魔王の心臓なんていう貴重品をそう簡単に使うわけにはいかないでしょう。ですよね、王様?」
「……いや、我の浅慮で無辜の民に重責を背負わせてしまった。ならば、出来うる限りの望みをかなえずして何が王か」
「(ふざけんじゃねえぞテメエ……)」
口の中で呪詛を漏らす。
まずい、これはまずい。
なんとかしてこの流れに逆らわなければ、悲劇のヒロインとして元の世界に連れ帰られてしまう。
そうなれば終わりだ。俺が何の憂いもなく異世界を満喫しているのは、元の世界に残してきた知り合いも家族もいないからだ。帰ったところで身寄りのないコスプレ美少女が生まれるだけだし、そもそもこの快適な生活を手放すつもりは毛頭ない。
「……っ。先程から言わせておけば……、勇者だなんだともてはやされているが、何も知らないお前に何ができる! ただの高校生が半端な覚悟でどうにかできるほど、この世界は甘くはないんだ!」
ダダ甘な異世界生活を死守するため、素の苛立ちと共に思ってもない言葉をぶつける。
正直もっと勇者に嫌われるような罵詈雑言を吐き散らしたいが、カゲヤのイメージ的にそれはできない。いくら美少女であっても、クソ野郎だと思われたらクソ野郎でしかない。相当な時間をかけて作り上げた今のイメージを失えば、それもまた終わりである。取り戻すとすればどれほどの労力がかかることか。
「貴女だって僕と同じ高校生でしょう!?」
「いゃ……そ、それは確かにそうだけど」
そうだ、そういえばそれぐらいの外見設定にしてた。精神の方が二十代だからついツッコミどころのあることを言ってしまった。
いかん、流れに逆らえない。ダメだ、こんなことなら欲張るんじゃなかった。この悠々自適な生活を失うぐらいなら魔王の心臓なんて便所に捨ててもいい。
しかし、一度言った言葉はどんなチート能力を持っていようと元には戻らない。なんでこの世界には時間操作魔法がないんだ。
というか衆人監視の状況というのが良くない。勇者と二人きりなら記憶を抹消するなり何なりできたが、何人もの権力者がいる状況での発言に加えて最高権力者が許可を出すところまでやられては打つ手がない。
……いや、待て。
そもそもこの流れは「私一人でも魔王は倒せる」という発言から始まったはずだ。ならば――
「――ならば、その覚悟を証明してみろ」
「ッ――」
「勇者、鈴木光弥! 私、佐藤影耶は、あなたに決闘を申し込む!」
※
広間にいた人物が観客席からこちらを見下ろす中、王城の中にある練兵場で勇者と向かい合う。
―――――
佐藤影耶 女性 異世界人 17歳
剣術/ランク6
闇魔法/ランク5
魔術/ランク3
―――――
これが、カゲヤの情報として表示されるものだ。
カゲヤの時につけている腕時計はマジックアイテムに改造されており、偽装腕輪と同じ効果を持っている。
なお、異世界人であることはバラしている。これには「謎の多い美少女いいよね」という趣味もあったが、それ以上に「錬金術師インヤ」の素性を隠す役割がある。仮に俺が異世界に関わることを言ってしまったとしても、カゲヤから教わったということに出来るのだ。
さて、この情報は偽装であるため、実際には剣術も闇魔法も使えない。
インヤの時と比べれば身体の性能が大幅に上がっているが、能力が変わった訳では無いのだ。
なので、カゲヤの身体でなければ扱いきれないような武装によって、本来無いはずの能力を補填する。
「全力でいくぞ。悪く思うな、勇者殿」
「……ええ、受けて立ちます、影耶さん。ただ……同じ日本人である僕を『勇者殿』なんて呼ぶ必要はありません。光弥と呼び捨てにしてください」
「(何初対面の女子に自分の名前呼び捨てにさせようとしてんだこの野郎、カゲヤちゃんはもっと高嶺の花的なクールキャラでやってんだぞ、馴れ馴れしくすんじゃねえ)……わかった、光弥。だが、同郷であるからといって手加減はしないぞ」
いきなり距離感を詰めようとしてくるイケメン勇者に内心で半ギレしつつ、異界の魔剣士カゲヤが持つ三銘魔剣の一つ、『冥剣ドゥリンダナ』を抜刀する。
フランスに伝わる名剣、ドゥリンダナ。またの名をデュランダル。
決して朽ちないと言われる不壊の剣で、その鋼の輝きはいかなる時も変わらずにあったという。
だが、今俺が抜いた剣は輝きとは程遠い、刀身に向かって常に闇が収束する暗黒の魔剣だ。
この剣の刀身は意思を持った浮遊する剣の魔物を使い、柄には骸骨戦乙女の胸骨が埋められている。
これによってドゥリンダナは自動で使用者の身体を動かし、素人である俺に、達人の技量を与えることが出来る。この剣さえあれば凡夫が英雄を倒すことさえ容易だろう。並の人間では腕が壊れるかもしれないが。
勇者の能力がどんなものかはわからないが、異世界に来て一ヶ月だというなら戦闘経験はほとんど積んでいないだろう。
ならば、様子見などせず、白兵戦で一気にカタをつける。
「――ふッ!」
「速いっ……!」
自己改造による超人的な脚力で一息に光弥との距離をつめる。
そのまま大上段からの全力の振り下ろし。単純な攻撃だが、たとえ防御されたとしてもドゥリンダナの硬度とカゲヤの腕力であれば防御ごと敵を粉砕できる。
手加減など一切ない普通に死ぬような斬撃だが、まあ最悪死んでも首さえあれば蘇生できる。そして自分の無力を痛感して帰ってほしい。
だが、そんな斬撃に光弥は反応した。とっさに剣を構え、俺の一撃を受け止める。火花というには激しすぎる光が舞い、風圧が両者の前髪を大きく揺らす。
鋼さえ断ち切るはずの斬撃を防いだ一振りの剣を睨みつける。
「……『聖勇剣スペード』。なるほど、聖剣と呼ばれるだけはある」
勇者にのみ扱える聖なる剣。よくある奴だ。
「だが、武器の性能だけで私に勝てると思うなよ、勇者光弥!」
気勢を上げて、武器の性能頼りの連撃を繰り出す。
自分でもどうなってるのかよくわからない圧倒的な技量からなる剣筋を、光弥はやや押されながらも防いでいく。いやなんで防げるんだコイツ、一ヶ月前まで普通の高校生だったんじゃないのかよ。
「……流石にやるな。確かに、お前は強い。だが――」
一瞬の隙をついて、大きく脚を上げたハイキックで光弥の胸板をしたたかに蹴りつける。
魔法で影の結界が展開されてなかったら、絶対パンツが見えていただろう。
「――私には、勝てない」
ブーツの底に刻まれた魔法陣から衝撃波が撃ち出され、光弥が勢いよく吹き飛び周囲に土煙が舞う。
よし、やったか……? いや、やっていなくても構わない。一本決めた今がチャンスだ。
ドゥリンダナを鞘に納め、こちらを見ている観客に向けて言う。
「わかっただろう。強大な加護を与えられた勇者といえど、所詮は戦った経験のない子供に過ぎない。故に――」
「まだだ、影耶」
立ち込める土煙が、強い魔力によって吹き飛ばされる。
そこには、何事もなかったかのような佇まいで剣を構える光弥の姿があった。
超人的な身体能力に、達人級の技量、それに加え圧倒的な防御力。そしてイケメン。なんだこいつチートかよ。そしてさりげに呼び捨てにしてくるのをやめろ。
「……見事だ。先程の言葉を覆そう、光弥。お前ほどの剣士はこの世界でも数人といないだろう」
……流石に、これでも腕前を認めないようだとイメージが悪くなる。美少女って大変なんだな。
「だが、剣だけでは勝てない。魔王はおろか、私にさえ」
ドゥリンダナとは違う、もう一本の剣を抜く。
小剣というには短く、短剣というには長い、紫水晶で形作られた一振りの剣。
その名も『術剣アゾット』。白兵戦よりも、魔法戦において力を発揮する魔剣だ。
アゾットを片手に持ち、もう片方の手を光弥に向けて突き出す。
「《黒魔の咆哮》」
詠唱と共にアゾットの刀身から放たれた雷のような魔力が突き出した方の手にまとわりつき、そこから闇の魔力を凝縮した黒い光線が発射される。
この攻撃には大した破壊力はない。衝撃で相手を吹き飛ばすことができるだけの見掛け倒しだが、勇者を遥か遠くに吹き飛ばすことができれば観客にはこちらが勝ったように見えるだろう。
だが――
「《禊の波動》!」
「ッ!?」
勇者を中心に放たれた輝くオーラが黒色の光線を消し飛ばす。
オーラは俺の元まで届き、光線を作り出しているアゾットの魔力さえ吹き飛ばした。
「……僕が得たのは聖剣を振るう力だけじゃない。この神聖魔法が、僕が得たもう一つの力だ」
「神聖魔法……!?」
神聖魔法。適性を持つ者が少ない魔法で、魔法や魔力に対して効果を発揮する。主に魔法の無力化や軽減、マジックアイテムの無効化や封印に使われる。
魔法やマジックアイテムに対しては無敵と言っても過言ではない。
考えるまでもなくマジックアイテム頼りの俺には不利すぎる。なんでよりにもよって神聖魔法なんだ。
だが、完全に無効化されるというわけではないらしい。アゾットはしばらく使えないが、ドゥリンダナや上着のアイテムボックスは力を失っていない。そして何より、俺の姿がカゲヤのままだ。
条件はまだわからないが、無効化できる物とできない物があるのだろう。
身に着けた物のほとんどは無効化されているが、それなら他のアイテムや、さきほどのような白兵戦で戦えばいいだけだ。
そう思いつつ、懐に手を入れ……。
「……あ」
あることに気づき、手を止める。
「行くぞ、影耶。君に、僕の覚悟を――」
「ちょ……ちょっと待って!」
こちらに突撃しようとする勇者を押し留め、懐に入れかけた手を腰にやる。
「や、やばい……」
――内部に影の結界を展開するスカート、「ベール・オブ・シャドウレディ」が無効化されている。
「(ど、どど、どうしよう、これはまずい、キャラ的に考えて!)」
魔法系の遠距離攻撃が出来ない以上、白兵戦主体で戦うしかない。――すると確実に見える。パンツが。
そうなればめちゃくちゃ恥ずかしい――ではなく、これまで築き上げたクール美少女カゲヤのイメージが崩れる。
それは許せない、外では完璧美少女だからこそ家で楽しめるのだ。完璧美少女の無防備な姿は俺だけの物でなくてはならないのだ。
いや待て、そういえば先日作った投げナイフが――
「(太ももにホルダーあったら取り出した時にスカートめくれるじゃないか俺のバカ!)」
ダメだ、どうすればいい、焦りでこの状況を打破する手段が浮かばない。
もはや何もかも投げ捨てて家に帰りたいが、そんなことができるはずもない。キャラ的に。
観客が何十人もいるこの状況下でスカートの中を死守する方法は、もはや一つしかなかった。
これまでずっと保ってきたポーカーフェイスが崩れかけるのを必死に堪え、静かな声で言う。
「……ああ、私が間違っていた。認めよう――お前の覚悟は本物だ、光弥」
――こうして、異界の魔剣士カゲヤは、勇者コウヤが魔王を倒す旅に出ることを認めたのだった。