ただし今回は決闘ではなく死闘
Q:説明ややこしくない?
A:説明部分は流し読みしても大丈夫です。ラブコメなので。
俺は抜き身の剣を持って、光弥へと近づいていく。
戦う前に、一旦俺がどうすればいいのかまとめておこう。結構色々な新事実が判明したし。
まず、大目的。元の世界に帰らないこと。
次に、小目的。帰るために必要な魔王の心臓を、光弥ではなく俺が手に入れること。
今までは、聖剣で遮断要石を壊さなければ、魔王は無敵のままという話だった。
故に、俺は光弥を殺して聖剣を奪おうとした。
だが、それは嘘であり、遮断要石を壊しても魔王の無敵は崩れないという。
では何故今までの勇者は魔王に勝てたのか? それは、勇者は無敵の障壁があったとしても魔王に勝てるから。
しかし、今代の勇者である光弥は、聖剣――星幽剣によって勇者としての力が星幽剣に奪い取られ、弱体化している。
成長力を奪ってどうのこうの、と言っていたが……まあ、その辺はどうでもいい。ぶっちゃけ聞き流した。
俺にとって大事なのは「魔王の無敵を破る力」が、勇者に備わったままなのか、星幽剣に奪われているのか、ということだ。
前者ならば、俺の勝利条件はなくなる。光弥以外に魔王を倒せる人間がいないということだからだ。俺は泣く泣く光弥に協力して魔王を倒させ、心臓を与えることになるだろう。
だが、後者であるならば、俺のやることは最初と全く変わらない。――すなわち、光弥を倒して星幽剣を奪い、星幽剣を使って魔王を倒す。
……今からそれを確かめなければならない。頼むから後者であってくれ。
「(一瞬だ。一瞬だけ星幽剣に触れれば、改造するまではいかなくても、どっちなのか判別できる)」
全身に、改造魔法を纏わせた。ほとんど見えない程度の微かな紫電が舞う。
あまり慣れていないので少し難しいが、改造魔法は手を使わなくても発動できる。
今からわざと一太刀喰らい、魔力を通して星幽剣を解析する。俺なら隠蔽魔法を突破して詳細な情報を得ることができるはずだ。
「いくぞ、光弥」
「目を覚ましてくれ、影耶!」
一瞬で距離を詰め、大上段から冥剣ドゥリンダナを振るう。光弥はとっさに剣を構え、それを受け止めた。
火花というには激しすぎる光が舞い、風圧が両者の前髪を大きく揺らす。
「さあ、せめて私に一太刀でも入れてみせろ」
「……君を斬るなんて、無理だ……!」
今まで一度も見たことがないような悲壮な顔で、声を漏らす光弥。
悪いが、早く剣に触らせてくれないと困るのだ。かすり傷でいいからさっさと斬ってくれ。
「こないなら、このまま殺してやろう」
「ッ……!」
ドゥリンダナに身体を任せ、超絶的な技巧からなる連撃を繰り出す。
時々わざと隙を作ってみせたが、光弥は剣を振るわず、ひたすらに防御に徹する。
「どうした? 今のお前なら、私とも良い勝負ができるはずだ」
「お願いだ、正気に戻っ――」
「ここまで攻撃されているのに、説得とは呑気だな」
光弥の言葉を遮り、腹を蹴りつけ吹き飛ばす。
「本気で戦わなければ、死ぬぞ」
「……《禊の波動》!」
恐らく、俺の支配を解除しようとしたのだろう。神聖魔法の白い波動が放たれ、俺の身体に当たる。
「無駄だ、勇者よ。余の邪悪魔法による支配を、神聖魔法で解くことはできん」
魔王が補足を入れてくれる。まあ神聖魔法は自前のアイテムで無効化しているし、そもそも最初から支配されていないのだけれども。
吹き飛ばされた光弥がゆっくりと立ち上がる。
「立ったか。魔王様の言う通りだ、早く私を――」
だが、どう見ても戦意が感じられない。剣を構え直すこともせず、過呼吸のように息を荒げつつ、汗まみれの苦しげな表情でこちらを見るだけだ。……大丈夫かあいつ。
見かねたように、エイシアとアングが俺に向けて魔法を行使する。
「カゲヤ、それ以上はあなたでも許しません! 《牡牛座の星弾》!」
「……《土の戒め》!」
魔法陣から放たれるいくつもの光の弾丸と、地面から伸びる土の縄。
が、この程度は問題にもならない。ブーツの底から衝撃波を放って地面ごと縄を粉砕し、同時に反動で天井に飛ぶ。
追いすがるようにエイシアが魔法陣を俺へと向けるが、照準が合うより早く天井を蹴り、エイシアのすぐそばに着地する。
「な――」
「《黒の枷》」
「くっ!?」
魔法で彼女の身体を拘束し、ゆっくりと剣を振りかぶりながら無防備に光弥へ背中を見せる。
「先にこちらから殺しておくか……。死んでくれ、エイシア王女」
「――やめろぉッ!」
来た。
剣を構えて突っ込んでくる光弥へと振り返り、身を捩って肩の辺りに浅く刃を受けた。
痛みに顔をしかめつつ、星幽剣に魔力を通して詳細を解析する。
―――――
名前;星幽剣ジョーカー
種別:剣
詳細:魔王の逆鱗から生み出された魔剣。勇者の「超速進化」と「遮断無効」の力を奪う。ただし――
―――――
「(よし!)」
一瞬なので情報を解析しきれなかったが、星幽剣に空間遮断を突破する力がついているのは間違いない。
このまま光弥に蘇生剣エレウシスを刺し、剣を奪って魔王を倒せば……。
と、そこで光弥の剣が――いや、光弥が震えていることに気づいた。
「あ、ああ……!」
「……光弥?」
「ごめん、ごめん影耶……、僕は、僕は君を……!」
「え、あ……」
光弥は泣いていた。
滝のような涙を流し、ぐしゃぐしゃな表情でこちらを見て、顔を伏せる。
今にも崩れ落ちそうなその姿からは、いつもの超然とした態度が全く感じられなかった。
………………ざ、罪悪感がすごい!
やばい、どうしよう、心が痛い。すごく痛い。
こんな状態のいたいけな少年に、短剣を突き刺して殺す? 無理だ、絶対に無理だ。いくら生き返るからって、そんなことをしたら俺の方が罪悪感で死ぬ。衝動的に切腹して自殺する。
俺の脳裏に、朝のシエディアの言葉が浮かぶ。
『……うーん、ねえカゲヤちゃん……相手の好意を盾に一方的に殴るのって、心痛まない?』
ああ、すごく痛む。
イーヤとして殺しにいった時は良かった。俺が敵意をぶつけて、光弥も敵意をぶつける。そこに心が痛む要素なんてない。
だから、さっきまでは大丈夫だと思っていた。
多少は心が痛むかもしれないが、どうせ生き返らせるし、代わりに魔王を倒してやるんだからむしろ良心的だと考えていた。何が良心的だ、こんなん外道の所業である。
「あ、う……」
言葉が出ない。いや、もう何も言い出せない。
うろたえる俺に、魔王が声をかける。
「どうした? さっさと勇者を斬れ。ああ、まずは足を――」
「うるせえ! 黙ってろ!」
「なっ――」
とっさに魔王に素で罵声を飛ばしてしまうが、もう知ったこっちゃない。
倒れそうになっている光弥を抱き止め、涙に塗れた顔を胸に埋めさせる。ああ、今日だけはなんだってしてやろう。そう――
「か、影耶……?」
「悪かった、光弥……」
「もしかして、支配が――」
「もう大丈夫だ。安心しろ――私が魔王を倒して、お前を元の世界に帰してやる。だから、許してくれ」
「え――?」
呆然とする光弥をエイシアに預け、懐から一本の小瓶を取り出す。
シエディアから受け取った魔法薬。一体どんな効果があるのかは知らないが、使うなら今だろう。
小瓶と一緒に術剣アゾットを握り、両手に剣を装備した俺は、魔王に向かって相対する。
「……ほう、小娘。我が支配から抜け出したのは見事だったが……貴様程度が、余に勝てるとでも?」
「ああ、そうだ。ごちゃごちゃ難しいことを考えず、最初からこうすればよかった。私より強い相手なんて、この異世界に一人もいない。――ビーストモード、発動」
俺の全身から紫電が迸る。
紫電は徐々にその光を反転させ、黒紫の稲妻へと姿を変えていった。
暴風のように吹き荒れる魔力に最上階が揺れる。障壁塔が揺れる。大地が揺れる。世界が揺れる。
黒雷に視界が暗く染まる寸前、魔王の目が見開かれたような気がした。
「いくぞ、魔王サニウス――! これこそが、私の本領! 《自己改造――我が具足は獣魔となりて》ッ!」




