しかしどうあがいても起こる予想外
決行前日。
俺は元の姿に戻り、光弥を真っ向から叩き潰すための武装「ビースト・オブ・ロストアームズ」の改良に勤しんでいた。
勤しんでいたのだが……。
「くそ……。俺の改造魔法でもこれが限界か。魔力抵抗がブラックミスリル以上の素材ってあるか? 魔界産の素材ならなんとか……」
「ないよ。そもそもインヤさんの全開の魔力に耐えられる素材なんて、魔界全体で見てもそうそうないってば。私が採ってきたのも、地上では珍しい素材ってだけで、特別性能が高いわけじゃないんだから」
「……結局、防御力はほとんど上がらなかったか……」
作業机に並べたカゲヤの装備の前で、ため息をつく。
「まあまあ、代わりに通常装備の性能は上がったんだからいいじゃない。もしかしたらビーストモードを使わずに……勝てるかも……しれないし……。……ちらっ」
「ギリギリまで使わないからな」
「ちぇ」
ビーストモードはデメリットが大き過ぎる。
その分戦闘力は凄まじく、魔王でさえも単騎で倒せる可能性を持つが……。できれば使わずに済ませたい。テスト使用に短時間発動させるだけでも結構キツいのだ。
「ところで今更なんだけど、シエディアは魔王が倒されてもいいのか? 魔人は魔王の仲間だと思ってたんだが……」
「あー、魔人にも色々いるからねえ……。人間に召喚されるのを嫌がってるのもいれば、地上を楽しい遊び場みたいに思ってるのもいるし。あ、もちろん私は後者ね。人間がいない地上なんてつまんないから、人間を滅ぼしたい魔王とは正直相容れないかな」
「へえ、じゃあむしろ魔王を倒したいぐらいの気持ちなのか」
「本気で倒したいと思ってるわけじゃないけどね。ちょっと嫌がらせするぐらいかな? どっかの時代で魔王に直接召喚された時は、裏切って当時の勇者に魔王城の抜け道教えてあげたりしたっけ。直接魔王の寝床にいけるやつ」
「嫌がらせってレベルじゃないと思う」
それ普通に魔王倒されちゃうんじゃないか?
……とにかく、ビーストモードはギリギリまで温存させておこう。
特にハプニングが起こらなければ、使わなくても済むはずだ。正直自分でもフラグにしか思えないが、なんとかなると信じよう。
今日はもう特にできることもない。
よし、ロッジさんの食堂に行って昼食にするか。最近はずっと空腹にならないカゲヤの姿でいたので、たまには普通に飯が食いたい。
そう思いつつはしごを登ろうとすると、シエディアがついてきた。
「……どうした?」
「一緒に行く」
「やだよ、お前と一緒に外出ると大体ろくなことにならないし」
「ちょっと、酔っ払ってでろんでろんになった私たちの娘をフォローしてあげたのが誰か、もう忘れたの?」
「それはありがたいと思ってるけど、私たちの娘ってなんだよ。娘じゃないし俺のだよ」
なんやかんやでシエディアと一緒に食堂へ向かうと、廊下で赤毛の少年と遭遇した。ロッジさんの息子、ロンである。
「あ、シエディア!」
「おー、ロン君かー。一年ぶり、大きくなったねー」
「……なんか、ロンと会ったの久しぶりな気がするな」
「何言ってるんだよインヤ、何日か前に会ってるじゃんか。……てか、改めて見てもインヤとシエディアって全然似てねーなー、ホントにイトコなのか?」
シエディアのことは、俺に金をたかりに来た従姉妹という感じで説明している。
無職の俺に金をたかりに来るっておかしくないか、と思わないでもないが、シエディアの残念さを鑑みれば妥当である。
「確かに顔は似てないけど、性格は結構似てるんだぞ? ロンも、見た目が美人だからって騙されるなよ」
「やだなあもう、急に美人とか言われたら照れちゃうでしょ!」
「な?」
「なるほど」
※
そうして普段通りの一日を過ごし、ついに決戦当日。
腕時計に取り付けたアラーム機能を止める。普段より一時間以上早い起床だ。
シエディアは下着姿でぐーすか眠っている。……なんというかもう少し恥じらい……はともかく、危機感を持ってほしい。仮にも若い男と一緒の部屋だぞ。色々不安になる。というかわざわざシエディア用の個室を作ったのに使ってくれないし。
いや、これもある意味信頼だろう。何を信頼しているのかはおいといて。
「ねみい……。あー、起きたくねえ……。……《自己改造》」
寝ぼけ眼でテイレシアスを手に取り、改造魔法を発動。
鏡を見ると、眠そうな顔で目をこするカゲヤちゃんが映った。可愛い。
ぐっと身体を伸ばすと、身体を変化させたせいでぶかぶかになった寝間着が少しはだけてしまう。当然ながらノーブラなので、胸元がいい感じに垣間見えた。最高。
「ふあ……。……ふへへ」
あくびを一つ。完璧美少女の寝起きで無防備な姿を独占できる喜びに、つい頬が緩む。カゲヤちゃんのラッキースケベは俺だけのものだ。覚悟しとけよ光弥。
もうずっと寝起きでいたいぐらいの気持ちだが、我慢して立ち上がる。
着替えていると、シエディアも起きてきた。
「カゲヤちゃんおはよ……。あ、なんかやたらニコニコしてる。アホっぽいけど可愛い」
「やだなもう、照れちゃうだろ」
「これで血の繋がりを感じないとか無理じゃない?」
リニューアルした装備を身に纏う。性能面での変化が主なので、見た目はあまり変わっていない。微妙に装飾が増えたのと……。
「……なんだこのスリット」
「セクシーでしょ?」
「そういうのは求めてないから。《一部改造》」
「ああん」
シエディアが勝手に改変した箇所を、改造魔法で元に戻す。現状の装備でも結構恥ずかしいぐらいの露出なのだ。かなり良いデザインに仕上がったのである程度は頑張っているが、これ以上防御力が下がるのはダメだ。キャラ的に考えても。
身支度を整え、表情を切り替える。先程までのぼんやりとした雰囲気から、冷たい刃のような気配へと。よし、最高にキリッとしてる。可愛い。
「……なんか今日は普段より気合い入ってない?」
「それはそうだろう、ついに光弥を叩きのめすことができるんだから」
「……うーん、ねえカゲヤちゃん……相手の好意を盾に一方的に殴るのって、心痛まない?」
「なんだ、皮肉か?」
「そういうことじゃないんだけど……。まあ、いっか」
シエディアは自分の装備を取りに部屋から出ていく。
……なんだか気になるが、これまでさんざん光弥をいたぶってきたのだ。今更躊躇するはずもない。
その後アイテムや段取りを確認し、シエディアとともに神光国へと転移した。
※
光弥たちと合流し、障壁塔へと向かう。久々にドンゴ二世に乗っての移動だ。
同乗したシエディアが今日の表向きの予定を改めて説明する。
「そろそろ結界も解けてる頃だし、行って登って壊して帰ってくるだけの簡単なお仕事だよ!」
「……私にとっては、あの高い塔を登るのは結構な重労働なのですけどね。はあ……」
「重力を操る魔法で飛ぶことはできないの?」
「ああいうタイプの魔法は、術者自身に効果を及ぼすことができないんです、コウヤ」
エイシアがため息をつく。彼女のスタミナは一般的な女性とあまり変わりない。
「それなら光弥が負ぶさっていけばいいだろう」
「なっ……カ、カゲヤ! コウヤは大事な勇者様なのですよ? そんな小間使いみたいに……」
「いや、僕は別に構わないけど」
平和に馬車が進んでいき、障壁塔へと到着した。
外に出て、障壁塔を見上げる。……確かに無駄に大きいよな、この塔。多分モンスターが自分たちのサイズを基準にして作っているからだと思うのだが。
「魔王の配下が塔を取り返しにきたり、ってことはないよね?」
「騎士たちが周囲を警戒しているとのことです。問題ありませんよ」
「けど、転移とかで侵入される可能性もあるんじゃないか?」
「コウヤは知らないでしょうが、転移魔法の使い手なんてほとんどいないんですよ? 私の召喚魔法はかなり限定的な状況下でしか使えませんし、転移アイテムだって蘇生薬に匹敵する貴重品です」
「転移アイテムの利便性は相当な物ですからな、全世界に支部を持つ冒険者ギルドでも、数名の最高位冒険者にしか転移護符を配布できていません。俺も錬金術師として、いつかはそういうアイテムを作ってみたいもんです」
普段からバンバン転移アイテムを使っている俺とシエディアは自然と目をそらす。タクシー並の気軽さで使ってるのがなんだか申し訳なくなる。
「自在に転移を使いこなせる存在がいるとすれば、それこそ空間魔法を自在に操る魔王ぐらいでしょう」
「そうなんだ。影耶がよく星王国に転移してるから、そんなにすごいことだと思ってなかった」
話をしつつ、障壁塔を登っていく。
最上階の一階下でエイシアが疲れ果て、休憩を挟むということがあったものの、急ぎで向かう必要もないので特に問題は無い。
階段の手前でシエディアに視線で合図をする。最上階についたら彼女が魔人としての正体を現して光弥たちを裏切り、その後邪悪魔法で遮断要石を守りながら光弥に精神支配の魔法を放つ。それを俺が庇って光弥と戦闘へ――というシナリオだ。
光弥なら精神支配の魔法を避けたり無力化したりしそうだが、例の防具に仕込んだ高圧電流のトラップでスキを作る。一回しか発動できないので上手くタイミングを見計らう必要があるだろう。
そして、シエディアが先導して部屋の扉を開く。俺は懐のリモコンに手をやって準備を――
「…………そんな」
「……シエディアさん、どうかしたんですか?」
「……嘘、なんでここに……!」
あれ? ちょっと、台本と違うんだけど。
やばいな、急いでカンニングペーパー作って渡すか――と思った瞬間、部屋の中から見知らぬ男の声が聞こえてくる。
「何故、だと? 貴様が余に為した不敬を忘れたか、魔人シエディア」
そこにいたのは、青く輝く金属のような鱗を持った、一体の龍人。
それぞれが大きく突き出た鱗は、鎧のように全身を覆っている。鱗は顔さえも覆い隠しており、奥に覗いた眼光のみが不気味に灯る。
細身でありながら全身鎧を幾重にも纏ったようなその姿は、機械めいた無機質さを連想させた。
「(なんだアレ、かっけえ……)」
スマートなシルエットでありながらラスボスとしても十分通用する威圧感と重厚さ。特撮ヒーローの怪人役に据えれば、人気になること間違いなしだ。
俺が年甲斐もなくときめいていると、シエディアが普段は決して出さない険しい声で言った。
「魔王、サニウス……!」
「ああ、数百年ぶりだな。喜ぶがいい、かつての貴様の裏切りを、余自ら裁いてやろう」




