それでまとめると何が言いたいのか
「で、カゲヤのどんなことが聞きたいんですか? 自分も彼女と会うことはあまりないので、言えることは限られますが……」
変なことを聞かれても困るので、とりあえず予防線を張っておく。
当然のことながら、カゲヤのことなら何でも答えられる。好きな食べ物からスリーサイズまで何でもござれだ。だって自分だし。
キャラ設定だって綿密に練ってあるので、家族構成なんかを尋ねられても淀みなく答えられる。いや、俺が知ってたら不自然だから答えないけど。
「そうなんですか? パーティメンバーだって聞きましたけど……」
「ほとんど彼女のワンマンパーティですから。自分以外のメンバーも、基本的にはサポート要員で、戦闘は不得手な者ばかりです」
「……それにしては、イーヤはかなり強かったように思うんですが」
「私たちの前では正体を隠していたようですね。いやーまさかイーヤの奴が鋼鉄の悪魔だったなんて驚きだなー聞いた時はおったまげてしまいましたよーあっはっはー」
我ながら白々しいってもんじゃないな。ミサイルやら麻酔弾やらをしこたま撃ち込んだ相手に対してこの度胸。流石は俺である。
「そ、そうですか。……それで、話なんですが」
「はい。自分に答えられることなら何なりと」
「あ、いえ、そんな大したことじゃないんです。ただちょっと気になったんですが――影耶のあの装備って、イーヤが作ったんですか?」
……。
……ふむ。確かにカゲヤの装備品が誰に作られたかと問われれば、設定的に考えてイーヤになるだろう。
だが、どうだ。
あれだけ悪役然とした口上を吐いていたキャラが、なかなか露出度の高い胸元を大きく開いた生脚を見せつけるスタイルの、少し可愛い感じの意匠を混ぜたコスプレ風装備を作っていたとしたら。
仮に今回のプランで光弥を倒せなかった場合は、今後もイーヤとして活動する予定である。その時に俺はどう見られるか……。
……いや、こう考えてしまう弱気がそもそもの間違いである。今回でこいつは倒す。イーヤはあの時死んだことにして復活はなし。死んだ奴が何作っててもいまさら気にしない。そういうことにしよう。
「そうですよ。イーヤがカゲヤに似合うように気合入れて作ってました」
「あ、やっぱりそうなんですね……」
「それだけなら自分はこれで――」
「待ってください。すいません、本題はそれじゃないんです。……影耶が、この世界に来てから、どんな戦いをしてきたのか……教えてください」
ほう。
聞きたいというのか、我が麗しの魔剣士美少女が紡ぎあげた華麗なる英雄伝を。
ならば仕方ない、語ってやろうではないか。俺としては早く帰りたいのだが、そう言われてしまっては語らないわけにはいかない。別に俺がせっかく考えたドキュメンタリーを交えた文庫本10冊分のストーリーを語りたいとかではないが、語ってほしいと言われては仕方ない。いやーホント仕方ねーなー、あー参った参った。
俺は懐から一枚の鏡を取り出した。鏡に魔力を込め、戦うカゲヤの映像を映し出す。うーん、改めて見ても最高だな。これは冒険者になったばかりの頃か。今に比べると演技が拙いが、なかなかいい感じだ。
「え、あの」
「じゃあはじめますね。異界よりこの世界に落ちた彼女が初めてその勲を上げたのはちょうど今から一年ほど前、ハルマーと名乗るアンデッドの魔剣士が星王国に攻めてきた時のことでした……」
※
「そっ、それで吸血鬼に襲われた影耶はどうなったんですか、インヤさん!」
「その時のカゲヤは、ただ一言――『決死の覚悟で来るがいい、貴様が奪った血の全てを以て。それが貴様に残された唯一の贖罪だ』と」
「くぅ……ッ!」
俺が語るものと同じ言葉を、映像の中のカゲヤがつぶやく。
そして煌めく無数の剣閃。カメラ付きドローンでは捉えきれないほどのハイスピードの剣戟の末――一筋の黒い斬撃とともに鮮血が舞い、吸血鬼は倒れた。
「……ふう。とりあえず、三章まで一通り終わりましたね。どうでした?」
「すごかったですね……。手に汗握る展開でした」
最初は戸惑っていた光弥だったが、話が進むにつれ段々といい反応を返してくれるようになり、俺の語り口調にも熱が入ってしまった。
「それにインヤさんの語りも上手くて……、影耶のセリフなんて、彼女の口調そっくりでしたし」
「で、でしょう?」
……うん、ちょっと熱中し過ぎたな。そろそろ帰るか。
適当に挨拶をして部屋から出ると、シエディアが呆れたような顔で立っていた。
「インヤさん……」
「い、いや少し熱が入っちゃって……」
「……まあ、いっか。とりあえず、これ渡しておくね」
「うん? なんだこれ」
シエディアから渡されたのは、透明な液体の入ったガラスの小瓶。どうやら魔法薬らしく、瓶を通して僅かに魔力が感じられる。
「勝てないくらい強い敵が出た時に飲むといいよ。一本作るのに結構な魔力使っちゃったから、大切にね」
「……よくわからないけど、一応もらっておく」
とりあえず懐のアイテムボックスに小瓶をしまう。
「シエディアの方はもういいのか? 一応ある程度は信頼を高めておいて欲しいんだが……」
「はあ……。今何時かわかってる?」
シエディアが窓を指さす。外は夕焼けの茜色に染まっていた。
……そんなに時間経ってたのか。
「一応この国に住んでるっていうことにしてあるから、今日はもう帰るの。インヤさんも一緒に地下室に帰る?」
「そうだな、帰るか。……準備に使えるのはあと一日か。徹夜で武装――ビーストモードの改良をしないと間に合わないな」
「いやあれ以上は無理だって。今日は久々にカゲヤちゃんのコスプレ撮影会でもしよ?」
「……本当に無理か? 実はあの猫耳とか尻尾とか要らないんじゃないか? あれ無くせばもう少し……」
「ダメ! 猫耳猫尻尾は必須! インヤさんにもわかるでしょこのロマンが!」
「けど流石にアレは……」
シエディアと今後の計画について話しつつ、物陰に隠れて自宅へと転移する。
とりあえず重たい装備を外し、ソファに座り込む。
「あー……。話っぱなしだったから、結構疲れたな……」
「じゃあはい」
「なんでこの流れでテイレシアスを差し出すんだよ。今日はもう変身しな……痛い痛い!」
「やだー! 一日一回はカゲヤちゃんに会わなきゃやーだー!」
「朝に会ったじゃん! 今日はもう我慢しなさい! だいたいお前昨日色々やらかしただろ! ちゃんと覚えてないけど!」
「初々しかった頃のコスプレもよかったけど今のノリノリなカゲヤちゃんのコスも見たいの!」
「面と向かって言われると割と恥ずかしいんだけど!」
なんだかんだでカゲヤの姿になった。
……もしかして、俺は割と流されやすい人間なのではなかろうか。
「というかね、あの装備を気に入ってるのはわかるけど、いつもあればかりじゃよくないと思うの。冒険者である前に女の子だし」
「な、なるほど?」
「というわけで、新しい装備を作りましょう!」
昔シエディアに渡したアイテムボックス付きの袋から、貴重な素材がいくつも取り出される。
「これ、伝説級の素材じゃないか! 私でも見たことないレベル……。シ……お母さん、いつの間にこんな……」
「ふふん、私だって一年間、魔界でただ食っちゃ寝だけしてたわけじゃないのよ」
「食っちゃ寝はしてたんだ」
「カゲヤちゃんのお土産に、魔界でしか取れない素材をアイテムボックスに詰め込めるだけ詰め込んできたの! ドタバタしてて渡すのすっかり忘れてたけど」
シエディアから手渡された素材の一つを手に取る。……いい、これはいい。こんな素材がいくつもあれば、これからの異世界生活が捗ること間違いなしだ。
この机に置かれた鉱石なんて、上手く使えば電子レンジを作ることさえできるだろう。
そう思いつつ魅惑の素材達に手を伸ばそうとした瞬間、腕をシエディアに掴まれる。
「ふふ……。まさかただでもらえるとでも? 今夜はメイド服を着て私に仕える……それが対価よ」
「メイドか……いいだろう。じゃあ着替えてくるからちょっと待ってて」
「はーい」
衣装部屋へと移動し、クローゼットからメイド服を取り出す。
これが水着とか裸エプロンなら流石に躊躇したが、メイド服ぐらいならいくらでも着てやろうではないか。
久しぶりなので少々手間取ったが、なかなか上手く着こなせた。髪型はポニーテールにしておこうかな?
腕時計の機能を発動させ、ウィンクをしながら写真を撮る。
……うーん、まだウィンクがぎこちないな……まあこれはこれで可愛いからいいか。キャラ的に考えても、ウィンクがちょっと下手なクール美少女とか美味しいし。
「〜♪」
仮にアングが見たら三度見ほどしそうな満面の笑顔を浮かべ、可愛らしい歌声を響かせ廊下をスキップ。
壁に取り付けた姿見の前で、鏡に映る可愛いメイドさんを見ながら両肘を曲げ、くるりと一回転。エプロンスカートがふわりと広がる。あー楽しい。
……こほん。
少しカゲヤのキャラにそぐわないことをしてしまったので、凛とした表情に切り替えつつ、扉を開けて優雅に一礼。そしてスマイル。
「ただいま戻りました、お母様」
「……! な、なんという破壊力……! 腕を上げたわね、カゲヤちゃん……!」
「恐縮です」
ふふん、俺だって伊達に一年も演技していない。
その割に最近演技がボロボロな気がしないでもないが、それはそれとして美少女クールメイドぐらい完璧にやってやるさ。
「うう、新しい装備を考えようと思ったのに、カゲヤちゃんが可愛すぎて集中できる気がしない……!」
「ふふ、ありがとうございます」
そう言いつつ、紅茶を淹れてシエディアの前に置く華麗なメイドムーブ。まあアイテムボックスからロッジさんからもらった紅茶を淹れたての状態で出しただけなんだけど。
「うーん、新装備は『わふく』? にしようと思ってたけど、メイド服をアレンジした感じなのもいいかなあ……」
「それなら、私はセーラー服をアレンジした装備を……」
「あー、これもいいね。いっそのこと全部作っちゃう?」
そんな感じで、決戦二日前の夜は更けていった。




