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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第零章 過去編
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『美少女異界魔剣士誕生秘話 後編』

「う……」


 目が覚めたが、なんだか頭がぼんやりする。


「あれ……スイッチどこだ……」


 照明をつけようと壁に取り付けたスイッチに手を伸ばすが、何故かいつもの位置にスイッチがない。……いや、スイッチに届いていない。いつもなら布団の中からでも普通に手が届くはずなんだが。


 仕方なく布団から出ようとするが、何かが邪魔で動けない。

 ぐい、と手で押しのけようとしてみるが、低反発な感触で押し返される。

 それどころか強く引き寄せられ、俺より大きい何かに全身を固定される。寝起きの鈍い身体で拘束を解こうと抵抗するが、柔らかいそれから抜け出るのはなかなか難しい。

 ……いや、拘束しているものだけじゃなくて、俺の身体も柔らかいような……?


「……うぅん、カゲヤちゃん、もうちょっと寝かせて……」


 頭の少し上からシエディアの声が聞こえてくる。シエディアは俺の頭を撫で、そのまま俺の細い腰に手を伸ばして再度抱き寄せ――


「わぁああああっ!?」

「むぅ?」


 普段の俺よりずっと高い声で悲鳴をあげ、慌ててベッドから転がり落ちる。身体を強かに打ち、寝ぼけた頭が覚醒した。


「いつつ……。って、服まで変わってるし……」


 俺の身体はカゲヤになっていた。

 しかも着た覚えのない、ピンク色のふわふわとしたパジャマを着せられている。

 胸元を覗いてみると、当然のように就寝用のブラジャーが装着されていた。ここ数日でなんとなくブラジャーの付け方や種類がわかるようになったが、この種類のブラジャーをつけたのは一度だけだ。


 つまりーー


「シエディア、お前また俺に睡眠薬盛ったな!」

「ふぁい……だって添い寝したかったしぃ……」


 カゲヤの姿の時に眠らされ、下着の着替えまでされてベッドに運ばれたということだ。


 シエディアは意外と料理が上手かったので、元の世界のレシピを渡してここ数日の食卓を任せているのだが、時々薬を盛ろうとしてくるのだ。

 魅了の薬で俺に言うことを聞かせようとしてきたり、今日みたいに睡眠薬で添い寝してきたり、挙句の果てには何のつもりか媚薬さえ入れようとしていた。

 カゲヤの姿なら大抵の魔法毒は無効化できるのだが、身体に大きな危険がない、薬の分類に入るものは素通りしてしまうことがあるのだ。魅了薬は無効化できたが、睡眠薬はダメだった。媚薬は盛られる前に対処したのでわからない。


「……何か変なことしてない?」

「こっそり冷蔵庫のアイス全部食べた」

「子供か!」



 シエディアがきてから結構経ったが、今の所は特に問題は起こっていない。

 今朝のようなことは何回かあったが、まあ許容範囲だ。いや、許容範囲内になんとか収めている。


 まあ俺がカゲヤの姿になるという問題が起こっているわけだが、シエディア以外には見られていないし、部屋の中で時々変身するだけなら割と楽しいので別に構わないような気もしている。


 服を脱いで元の姿に戻り、着替えて居間に戻ると、シエディアが険しい顔をして俺を見た。


「インヤさん、大変……。冷蔵庫に、アイスがない!」

「わかってたことだけどお前馬鹿だな?」


 仕方なく上着のアイテムボックスを探るが、アイスクリームもその材料もない。


「……じゃあ、買いに行くか。ちょっと出かけてくる」

「え、外に売ってるの? 『異文化破壊が怖いから、異世界のレシピは宿の主人にしか渡してない』とか言ってなかった?」

「そういうのを考えられるほどの余裕が無かった頃にやっちゃったんだよな……。まあ、アイスクリーム自体はこの世界に前からあったからセーフだと思いたいけど」


 この国に来たばかりの頃は、自分の力がどんなものかわからなくて色々やらかした。効果の高いポーションを大量に流通させてしまったり、伝説級の装備を子供に与えてしまったり。

 俺のチートや知識は下手に使うと世界の文明レベルを変えかねない。もし俺のせいで核戦争が勃発した、なんてことになったら責任の取りようもないので、基本的に俺は何もしない。

 そう、俺が真面目に働かないのはちゃんと理由があるのだ。俺が本気で労働をすると世界のパワーバランスが崩れるから仕方ないのだ。働きたくない。


 そんなことを思いつつはしごを登ると、何故かシエディアも着いてきた。これまでずっと引きこもっていたのに珍しい。


「たまにはお店のアイスも食べたいかなーって」


 一緒に食べに行こうということらしい。俺も甘い物は好きなので、特に異論はない。


 ロッジさんに「こいつは俺に金をたかりにきた従姉妹いとこ」といった感じで適当にシエディアを紹介しつつ(これを言った後シエディアに蹴られた)、行きつけの喫茶店へと向かう。


 喫茶店の店長とは知り合いで、たまに転移で他国から仕入れてきた砂糖を卸している。久しく行っていなかったが、話によると最近は結構繁盛しているようで……。


「……って、行列できてるな。こんなに繁盛してるのか」

「あ、なんか新メニューのアイスクリームパフェとか書いてある」

「ああ、本当だ。どれどれ……」


 ふむ、なかなか美味しそうだ。期間限定で今日までらしい。どおりでこんなに混んでいるわけだ。

 これは是非食べねばなるまいと店の前に置かれた看板を眺めていると、シエディアがポツリと呟く。


「――これ、女性限定って書いてあるけど大丈夫なの?」


 ……。

 ……本当だ。結構大きく書いてあったが気づかなかった。


 周囲を見ると、確かに行列に並んでいるのは女性ばかりだ。異世界にもこういうのってあるんだな。


「ねえ」

「待て待て、コネっていうのはこういう時に使うんだ。こんな流れのわかりきったイベントに俺が流されるわけがないだろ? チート能力者だぞ?」

「今チート関係ないと思うけど」


 シエディアの言葉を聞き流しつつ、店員に声をかける。

 店長とは結構仲がいいし、二人分のアイスをとっておくぐらいはしてくれるはずだ。


「ダメですよ、今店長は忙しいんです。混雑しているのでお引取りください」

「いや、自分は店長の知り合いで……、ほら、錬金術師のインヤって名前店長から聞いたことありませんか? 前は結構この店にも来てたんですが……」

「ああ、店長からは聞いたことはありませんが知ってますよ、一年ほど前に変なポーションを大量に作って、市場を大混乱させた上に自分だけは儲けて、今は働かずに毎日寝てるっていう」

「…………」


 た、確かにそんなこともあったが、アレは仕方なかったんだ。まだこの世界の常識とかよくわからなくて何とか日銭を稼ごうと必死だったんだ。あの後儲けた以上の金をかけてポーションを回収したり普通のポーションを作って市場に貢献したりしたし……。それに変なポーションを作ろうとしたわけではなく、効果が高すぎただけで……。


 というようなことを説明したのだが、聞き入れてもらえなかった。

 ……結構経ったからほとんどの人が忘れていると思っていたのだが、覚えている人は覚えているらしい。


 とりあえず、今日はもうこの店に入ることはできないだろう。


「じゃ、インヤさんは一旦帰って、カゲヤちゃん連れてきてねっ」

「結局こうなるのか……!」



 流石に人が多い昼間に出かけるのは嫌だったので、一緒に帰ってもう少し遅い時間に出直すことにした。


 カゲヤの姿で外に出るのは今日が最初だ。願わくば今日で最後にしたい。


「へ、変じゃない?」

「大丈夫大丈夫! いつもどおり最高に可愛い! ママを信じて!」


 イマイチ信頼できないが、俺にはどうにもできないので大人しく従う。

 着替えが終わり、アイテムボックスがついたいつもの上着を羽織ろうとしたが、シエディアに止められた。


「色が合ってないからダメ。サイズも大きすぎて不格好だし。それに行って食べて帰ってくるだけだから、アイテムがなくても特に問題ないでしょ?」

「フラグにしか聞こえない……!」


 どうか何も起こりませんようにと祈りつつ、宿の裏側に作っておいた隠し階段で外に出る。


 街は少し薄暗くなって人通りも減っていたが、いつもより格段に多い視線を感じる。


「な、何かすごい見られてる気がするんだけど、本当に大丈夫かこれ……」

「カゲヤちゃんが可愛いだけだから大丈夫だよ、いざとなったら私がなんとかするし」

「う……」


 悔しいが頼りになる。悔しい。

 昼の時より近い間隔でシエディアと店に歩いていく。特に何事もなく店についた。


 当然、インヤだとわかるわけもなく、普通に店の中へと案内された。


「……美味しい!」

「うん、ほんと美味しい……! ねえ、別の日もまたこんな感じでどこかに食べに行かない?」

「それは嫌だ」


 アイスはかなりの美味しさだった。元の世界にあったスイーツ店にも引けを取らないだろう。しばらく見ない内に店長は相当腕を上げたらしい。


 十分に満足した俺たちは、とっぷりと日が暮れた街を歩き、家へと帰っていく。人が少なくなったせいか、それともアイスによる満足感のおかげか、来たときよりはあまり人目を意識せずに歩いていく。

 しかし、何事もなくて本当によかった。来る前はどうなることかと思ったが、この分なら家に帰るまでに特にハプニングが起こることもないだろう。


 と、思った瞬間けたたましい音が響き、目の前で大柄な冒険者が吹き飛んでいった。


「ぐわぁああ! くっ……、ランクⅣ冒険者である俺を、たった一太刀で……!」

「フン、雑魚が。その程度の力量で死した英雄(レヴナント)の魔剣士たる、このハルマーに楯突くとはな」

「結局こうなるのか……!」


 見事なフラグ回収だ。もう無視して帰りたいが、こうもすぐそばでやられては見捨てるわけにもいかない。


 両手に剣を持つ、厳めしい鎧を装備した骸骨のモンスター。

 なかなか強そうだが、あいにくこちらには法外な強さを持つ魔人様がいるのだ。


「じゃあお母さん、さっさとやっつけてくれ! そして早く帰ろう!」

「ママ、アンデッドに触ると強化しちゃうから、その辺に隠れてるね!」

「急にそういう設定を出すんじゃない!」


 仕方ないので前に出る。アイテムボックスはないが、なんとかするしかない。

 俺を見た骸骨――ハルマーは、ほう、と声を漏らす。


「……よい。美しいな。今まで数えきれないほどの女を見たが、お前ほどに麗しい乙女は初めてだ」

「そ、そう?」

「(カゲヤちゃん、照れてる場合じゃないと思うけど!)」

「はっ! え、えーと、とりあえず早く帰りたいんで倒させてもらう! 行くぞ!」



「と、トドメだぁっ!」

「馬鹿なぁああああ! こっ、このハルマーがぁああああ!」


「おおおおおお!」「やったあああ!」「カゲヤちゃん最高ー!」


 確かに強かったが、相性があまりにも良かった。

 ハルマーの戦法は大量の魔剣を鎧の中から次々と取り出す、というものだったが、そんなの俺にとっては改造用の素材を提供してくれるも同然だ。そこそこ時間はかかったが、問題なく完封できた。


「すげえ……! あの綺麗な子、なんて冒険者だ?」「カゲヤって名前らしいが、そんな冒険者聞いたことないぞ、あんだけ強くて可愛かったら絶対有名になるだろ」「他国の女騎士か何かか?」「うちの自慢の娘です!」「あんた、あの子の母親なのか!? 若いな!」「え、姉じゃないのか?」


 問題は、周囲に大勢集まってきた観客である。

 大量の魔剣と魔剣をぶつけ合う派手な戦いは、否が応でも人目を集めた。時間がかかったこともあって、夜であるにも関わらず街の住民がやってきてしまったのだ。街に被害なく完封できてしまったこともあって、住民達は剣舞でも見るかのように観戦していた。


 ……どうしよう、これ。


「えっと……」

「ほら、カゲヤちゃん、みんな応援してくれてたんだからお礼しなきゃ!」

「お礼しなきゃ、じゃないよ! どうするんだこれ、もう引っ込みつかないじゃないか!」

「いいじゃん、ほら、みんな可愛いって言ってくれてるの嬉しくないの?」

「……うっ、嬉しいとか思ってないし……」

「嬉しいのね」

「ちちちちち、違うし! 別にちやほやされるの楽しいとか思ってないし!」

「みなさん、ありがとうございましたー! うちのカゲヤちゃんをよろしくお願いしまーす!」



 なんだかんだで一ヶ月が経ち、シエディアは魔界へと帰っていった。

 「私はまた帰ってくる!」とサムズアップをしながら魔法陣へ沈んでいく彼女を見送り、一息つく。


 まあ、別の世界からめちゃくちゃな奴が召喚されてきて振り回されるなんてことはもう起こらないだろう。


「あいつとは結構気が合うし、また来たら家に呼ぶか。……勝手に入って来てそうだけど」


 そうつぶやきつつ、俺は「ランクⅤ冒険者 佐藤影耶」の冒険者カードを眺めるのだった。

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