『美少女異界魔剣士誕生秘話 中編』
目が覚める。
ベッドから身体を起こすと、やたら露出の多い衣装を纏った銀髪女魔人がソファで横になって寝ていた。
なんでこいつは男と同じ部屋に二人きりなのにこんな無防備になれるんだ。もしかして童貞だからそんな度胸がないとでも思われているのだろうか。その通りだ。
「あ、おはよ……なんだ、インヤさんか」
「なんだとはなんだ。というかお前いつまでいるんだよ」
シエディアを召喚してから丸一日以上経過したが、シエディアはまだ俺の家(地下室)にいた。
「いつまでって……。そうだねえ、一ヶ月ぐらい?」
「結構いるんだな……。魔人って、そんなに長く召喚されてるものなのか?」
「普通なら、高位の術者でも三日が限度だけど……。インヤさんがめちゃくちゃ魔力注いだから、今回は相当長く現界してられるよ。まあ、一人の契約者から魔力を受け取れるのは一回だけだから、延長はできないけど」
「ふーん、割と適当に込めたつもりだったけど」
「あれで適当かー……。魔力だけなら魔王よりよっぽど多いんじゃない?」
シエディアが何かをぶつぶつと呟くが、俺にはそれより昨日からずっと気になっていたことがある。
「ところで、お前のその格好どうにかならないのか? どうみても痴女だろそれ」
「痴……っ、し、仕方ないじゃない、召喚時に魔界から持っていける物の量って決まってるし」
「ああ、そうなのか……。じゃあ、とりあえず適当に何か作るから」
俺はアイテムボックスから取り出した布に改造魔法を使い、簡単にチュニックとスカートを作る。
「おおー……。適当って言う割には、意外とセンスある感じの……」
「こっちで改造魔法使えるようになった後に造形とか服飾とか色々勉強したからなあ……」
「ねえねえ、これもう一セット作って!」
「え? まあ、いいけど……」
俺が再度改造魔法で作った服を手渡すと、シエディアはそれに魔法をかけ始める。
「……何してんの?」
「サイズ調整。……うん、全体の大きさを変えるだけなら、私の改変魔法でもいけるかな」
一回り小さくなったその服を、彼女は俺の手に押し付ける。
……いや、何がしたいんだ? 預かっとけばいいのか?
困惑する俺をよそに、部屋の隅へと歩いていくシエディア。
そして、そこに立てかけてあった剣を構えて、俺へと突進してきた。とっさに回避する。
「おまっ……! 何すんだ、殺す気か!」
「いや、刺したら変身するかなって」
よく見ると、彼女が持っているのは先日偶発的に生まれた魔剣だった。
「……それならそうと言ってくれよ。わかったけど、ちょっと心の準備をしてから……痛い痛い!」
「着るなら親子でペアルックしたいじゃん?」
「それが目的か! ああもう、わかったから剣先で突くなってば! 死んじゃうから! 俺改造魔法以外は普通の人間だから! 《自己改造》!」
バチッ、と紫電が走り、俺の身体が変化する。
満面の笑みを浮かべたシエディアは、俺の服に手をかける。威圧感があるように感じるのは、身長が変わってシエディアに見下されているからだけではないだろう。
「……あの、やっぱりちょっと心の準備を」
「ダメ」
※
「無理! 無理だって! ブラジャーはまだ早いって!」
「早いわけないでしょそんな立派なおっぱいで!」
「いや俺の覚悟的な意味で! 流石に恥ずかしいから!」
「ノーブラの方が恥ずかしいでしょうが!」
シエディアの手から逃れようとするが、まだこの身体に慣れていないので上手く抜け出せない。無理に力を入れれば昨日のようにシエディアが吹き飛ぶということもあるかもしれない。いや、こいつが吹き飛ぶのは別にいいのだが、部屋が壊れるのは困る。部屋にはこの世界では貴重な電化(風)製品が大量に置いてあるのだ。
「……よし、じゃあ次はパンツね。改変魔法で下着作るのは大変だったんだから、ちゃんと着けてね」
「まっ、いやいやいや、ダメだって! あっちょっとズボン脱がさな――」
※
心拍数がやばい。間違いなく顔が赤くなっている。
「ほらほら、鏡見てみて!」
「わ、わかったから……、……お、おお」
シエディアに腕を引かれ、鏡の前に立つ。
……昨日の簡素なワンピースもよかったが、こういうのもいいな。
「……けど、この服少し微妙だな。やっぱり適当に作った服じゃなあ……」
「え、十分にいいと思うけど……」
「いや、色とかシエディアに合わせたからな、もっとこんな感じに……《材質改造》」
改造魔法を発動させ、カラーリングを変更する。
「……お、おお! なるほど! 確かにこっちの方が似合う!」
「えへへ、だろ?」
「うんうん! 最高! 素敵! あ、じゃあさ、こういう感じの服どう?」
「なるほど、いいな……。よし、《全体改造》!」
「あー! すごい! 私のイメージ通り! インヤさん天才!」
「そ、そう? ほら、どうだ?」
「いい! すっごくいい!」
「じゃ、じゃあこんな感じのを……」
「ひゅー! あ、ちょっとポーズとってみて! そうそう……」
そして、気がついたら俺は姫騎士風の装備を纏っていた。
「――いや待て! どうしてこうなった! うわ、いつの間にか五時間も経ってるし!」
「え、ほんと? そ、そんなに熱中してたのね……。……なんかつい最近こんなことあったような」
たしかにこの身体は疲労や空腹がないように作ったが、俺もそうなっているとは思わなかった。
とりあえず、今日作られた服の中から楽な服を取り出して着替える。……めちゃくちゃ服量産されたな。あとで地下室を拡張して広いクローゼットを作っておこう。
「シエディアは腹減ってないか?」
「魔人だから食べなくても問題はないけど、ちょっと休憩したいかな」
「じゃあ簡単に飯にするか。……どうした?」
シエディアが俺を見て眉間に皺を寄せる。擬音をつけるなら、むむむ、という感じだ。
「……言葉遣いもうちょっとなんとかしない? 腹減ったとか飯とか、女の子にしてはちょっと言い方が乱暴すぎるっていうか……」
「え、いや、流石に……」
「あれだけファッションショーしてたんだから今更でしょ? ね、一人称を『私』にするだけでもいいから。インヤさんもこの子が乱暴な口調してたら嫌じゃない?」
「……それは、まあ、そうかな」
せめて、この姿でいる時は少し心がけてもいいかもしれない。
とりあえず冷蔵庫からロッジさんが作ってくれた軽食のサンドイッチを取り出し、シエディアに手渡す。
「はい、シエディア」
「ママって呼んで」
「……えーと、お母さん」
「ママって呼んでよー!」
という一幕をはさみながら、サンドイッチを食べる。
……なんかこれいつもより大きいような。ああいや、俺が小さくなったのか。
「えっとインヤさん、これなに?」
「サンドイッチだよ。知らないの?」
「パンで料理挟むのは見るけど、こういう形のは見たことないかなあ。なんかパン自体も私の知ってるのと違うし……」
そう言いつつシエディアはサンドイッチを一口齧り、目を見開く。
「お、美味しい……! え、こんなの食べたことないんだけど、インヤさんが作ったの?」
「いや、作ったのは上の宿にいるロッジさんだ。レシピとか材料を提供したのはお……私だけど」
「ええ? 今って龍西暦一〇二七年よね? この時代ってそんなに料理発展してるの?」
「あー……そういえば言ってなかったか。今更だから言うが、お、私は異世界人なんだ。レシピはそっちの世界のものだよ」
「異世界人……。ふうん、勇者召喚以外でも異世界人ってやってくるのね」
魔人は、毎回召喚される際の時代が違うらしい。シエディアが召喚されやすいのは九〇〇年代だそうだ。それ以降ではシエディアの召喚法はほとんど失われており、一〇〇〇年代以降に召喚されるケースはあまりないらしい。
シエディアとは結構気が合うし、彼女が帰った後、暇な時に召喚してみようかと提案してみたが、生き血の魔法陣に人間の肉片を捧げることが必須であるらしい。……さすがにそう簡単に人間の肉片を用意することはできない。先日の召喚は本当に偶然だった。
魔法陣の控えは貰ったし、人間の肉片を入手することがあれば召喚してみよう。そうそうないと思うけど。
「本来なら人間の肉片なんかより、大量の魔力を用意するのが一番大変なんだけどね。インヤさんには関係ないけど」
「そうだな。……さっきから思ってたけど、この状態でインヤって呼ばれると違和感があるな」
「ええ? ……うーん、それもそうね。じゃあシエルダちゃんで」
「却下で」
「なんでー! いいじゃない、私の娘みたいで!」
「だから嫌なの! だいたいこの子……私のイメージにあってない! もっとこう――」
その後小一時間に及ぶ喧々囂々の議論の末、この姿での名前は「カゲヤ」に決まった。
「また無駄に時間を……。もう外じゃとっくに日が暮れているころかな」
「けど寝るには早くない? カゲヤちゃんもまだ眠くないでしょ?」
「……カゲヤって呼ばれてもそれはそれで違和感……。……まあいいか、じゃあ地下室の案内をしておくよ、一ヶ月滞在するんだし」
立ち上がって、部屋の案内を始める。生活スペースはあまり広くないが、作業用の施設はそれなりに広く作ってあり、全て合わせた面積は地上の宿より大きい。
まずは寝室兼居間。六畳程度のコンパクトな空間だ。
その気になればもっと広く作ることもできるのだが、根が小市民な俺には広い部屋は落ち着かない。
次に作業場。ここは広い。具体的に言うとシエディアとバトルできるぐらいには広い。……俺の血がまだ残っているので、あとで掃除しておこう。
そして倉庫。素材や作った物品が入っている。かなり高く天井を取っており、エレベーターで移動する。……こんなに天井高くなくてもよかったな。もったいないし、いつか巨大ドラゴンゴーレムでも作るか。
あとは転移用の魔法陣が設置された部屋。世界各地に魔法陣が設置されており、乗れば一瞬で移動できる。たまに遠い国から特産品を仕入れてロッジさんにわたすために使ったりする。
他には趣味で作った管制塔や射撃場など。全然使ってないので本当に趣味の部屋だ。
あとはトイレや洗面所などの生活用の施設……あ。
「……じゃあ、私は今日作った服を片付けるためにクローゼットを作ってくるから」
「ん、後は勝手に見ていいの?」
「ああ、他には特に面白いものもないから」
そういって廊下に出て、ダッシュで居間に戻る。
「よし、今のうちに……!」
身体に手を当て元の姿に戻ろうとする……が、このまま戻ると服が破けることに気づく。最悪圧迫されて肉が潰れるかもしれない。
仕方ないので服を脱いでいく。幸い楽な服だったので簡単に脱げ……。
「……ブラジャーってどう外すんだ」
背中のホック? に手を回すが、うまく外れない。
まずい、このままじゃ――
「ねえねえ、ここってすごい広いお風呂あるんだね! カゲヤちゃん、一緒に入ろ!」
「あ」
「うん? なんだ、カゲヤちゃんも準備してたんじゃない」
「い、いやちがくて」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと女の子の入り方教えてあげるから」
「いやいやお風呂は無理! 覚悟が! 心の準備が!」
その日は、久しぶりに風呂でのぼせた。




