『美少女異界魔剣士誕生秘話 前編』
一年と少し前、まだ俺の冒険者名義が一つだった頃の……「錬金術師インヤ」の肩書きしか持っていなかった頃の話である。
その日の俺はロッジさんから晩酌に誘われ、普段はあまり飲まない酒を飲んでいた。
まあ別に泥酔するほど飲んだというわけではないのだが、そこそこ上機嫌になっていつもはあまり言わないようなことを口走ったのは覚えている。
「なんでこのあたりにはクール系で黒髪の美少女剣士冒険者がいないんですかね! いたら絶対声かけるのに!」
「いや、お前そんな度胸ねえだろ童貞のくせによ! がはははは!」
「ないですけど! 確かにないですけど! いいじゃないですか夢見たって! 俺だって可愛い彼女欲しいんですよ!」
「仮にお前にそんな度胸あったとしてもそんな女が冒険者になるかよ! だいたい黒髪の奴なんてこの国じゃ見たことねえぞ? そもそも好きな女落とすにはなあ……」
「はー!? マジかよファンタジー世界ってクソですね! けど帰りたくはない! 異世界最高!」
……今思うと相当酔っている気がする。
そう、確かに俺は酔っていて、上機嫌で、テンションが高くて、あんまり正気じゃなかった。
奥さんとの馴れ初めを語り始めたロッジさんは先程までの数倍のスピードで酒を飲み、一瞬で酔いつぶれた。
俺は適当に後片付けをして、部屋へと戻る。
はしごから滑り落ち、地下室の床に頭を打ちつつ寝転がって呟く。今思えばこの時変なところに頭をぶつけた気がする。
「はー、可愛い彼女欲しい……。なーんでファンタジー世界なのに美少女奴隷とかいないんだよ~。適当にチートぶっぱでヒロイン助けて彼女作りて~」
ごろごろと床に転がる。そして転がったせいで微妙に吐き気を催す。そして吐き気とともに一つの閃きがせり上がる。
「ん……? チート……彼女……作る……はっ!?」
もうこの時点でろくでもない閃きであることは確定的に明らかである。そして酔った勢いのまま、俺は素面だったら絶対にしない行動を開始した。
「よし、改造魔法で彼女作ろう!」
※
俺は倉庫からありったけの素材を取り出す。
この素材達はもう二度と俺が生きている間に手に入れることはできないだろう貴重素材ばかりだった。どれもがとてつもない時間と労力と資金を費やして手に入れた一級品だ。国さえ余裕で買えてしまうほどの財産であることは間違いない。
俺は、勢いだけで成功するかもわからないことのためにそれらを使おうとしていた。頭おかしい。
「ははっ、はははっ、はははははは! マッドサイエンティストみたいでめちゃくちゃ楽しいな!」
……一応弁明しておくと、多分、素材のどれかに持ち主を呪う性質があったんだと思う。この辺で俺は完全に狂気に呑まれていた。
適当に取り出した魔剣で自分の腹を〇〇して内臓の位置を確認し、超再生アイテムで自分の体を再生しながら肉を〇〇して人体を作るための参考にし、腕を〇〇てから脚を〇〇――と、全年齢対象の作品だったら絶対書けないことをしながら、自分の肉片と魔法素材で人体構造を模倣した身体を作り上げていった。
だが、俺はここであることに気づく。狂気の中でその事実に気づけたのは幸運だったのか不幸だったのか。
「俺童貞だし、女の人の身体とかちゃんと見たことないから内臓作れても外見が作れないじゃんか!」
そもそも何故内臓から作ろうと思ったのか本当に謎である。
「ああ、どうしよどうしよ……。参考になるような資料なんてこの世界じゃなかなか集められないし……」
自分の身体に剣がぶっ刺さったまま俺は作業部屋をうろうろと歩き回る。ボロボロと血やら肉片やらがこぼれてもお構いなしで。これ大丈夫だろうか色々な意味で。
とにかくこの世界にはネットなんてない。あったら俺も自分の身体の内部じゃなくて人体解剖学の資料を参考にしていただろう。多分。
「ファンタジーで知識を得るって言ったらやっぱ悪魔とか魔人かな?」
なんでこんな発想になっちゃったのだろうか。まさしく悪魔の囁きである。
そして近場に都合よく(?)悪魔や魔人の召喚に使える(自分の)血やら(自分の)肉片が転がっていたため、俺は(自分の)血で魔法陣を描いていく。割と適当だったのだが、奇跡的にそれは魔法陣として機能した。
悪魔召喚には相当な量の魔力が必要とされる。だが、仮にも俺はチート能力者、魔力ならいくらでもあった。
青い光が舞い、魔界との門が開かれる。
「魔に染まりし人の願いを叶えるべく召喚に応じた、我は魔界より降りし魔の柱。名をシエディア・クロ……」
現れたのは、エロい格好をした銀髪の女性だった。
彼女――シエディアは身体に剣をぶっ刺した俺を見て一瞬後ずさったあと、キョロキョロと辺りを見渡して言う。
「……え、今までで一番多く魔力貰ったからやってきたけど……これ何の儀式中? 人体錬成?」
「はい! 彼女作ろうと思いまして!」
「いやそんなしょうもな……あーなるほど、一時的な狂化状態だったのね。あ、敬語じゃなくていいよ。願い叶えてさっさと帰るから。狂化状態の人と堅苦しい会話してても話進まないし」
「あ、そう? じゃあちょっとコレいい感じに俺好みの美少女にしてくれない?」
そう言って俺は……えーと、形容に困る物を指さす。なんていえばいいんだろうなこれ。とりあえずホムンクルスの原型と仮称しよう。
シエディアは最初は戸惑いつつそれを見ていたが、徐々に興味深そうな目へと変わっていく。
「……これすごいじゃない! わ、最上位淫魔の魔石まで使われてる! うっわー、こんなのを恋人作るために使うとか、アンタ筋金入りのアホね!」
「へへ、だろ?」
「何も褒めてないけどね! わかった、久しぶりに本気出しちゃう! えーと、ちょっと頭の中覗かせてね。……うわ酒くっさ」
シエディアは俺と額を軽くぶつける。小さな青い稲妻が走った。
「ふーん、なるほど……。じゃあこんな感じでどう? 《全体改変》」
バチバチと青い稲妻が走る。後から知ったのだが、シエディアの魔法は改変魔法といい、俺の改造魔法の下位互換のような魔法らしい。だが、俺の魔法と比べて他者を弄るのに長けている。シエディアはこの魔法で色々な召喚者に力を授けてきたそうだ。
青い稲妻の中、ホムンクルス(仮)の身体が変形していく。
光が止んだ後には、目をつむった俺好みの美少女が生まれていた。ここで俺のテンションは最高潮に達した。
「やっべえ……。すごい! シエディアさんマジ天才! いよっ、魔界一の知的美女!」
「そ、そう? やだなあもう照れちゃうじゃん!」
「ああ、けどここの部分だけもうちょっとバランスを……」
「うん? ああ、こんな感じ?」
「そうそう! いい! 最高! 素敵!」
「えへへ、でしょ? あ、こことかこうしたら……」
「おお! あ、あとここを……」
そんな感じで夜が更けていった。一晩中ずっとこんなことしてたわけである。
そうして、超貴重な魔法素材をこれでもかと使い、俺のチート能力と無限に等しい魔力で形作られ、魔人の叡智が織りなした完璧美少女が作り上げられた。
一仕事終えた俺とシエディアは、お互い満足そうな顔でため息をついた。この時の俺たちはまるで生まれついての親友であるかのような絆を感じていた。
「よし……完璧だ……」
「うん、本当に……。この娘はもう私とインヤさんの子供と言っても過言ではないわね……」
「いやそれは過言だと思うけども……。で、どうやったら動くようになるの?」
「え?」
「え?」
シエディアの驚いた声を聞いて視線が合う。
「……えーと、普通だったら他の人間の魂を入れたりするんだけど……」
「は? いや、いやいや、そんなのってないだろ、そんなことさせてくれる相手なんかいねえよ! いたら人体錬成とかしてないし!」
「ああ、インヤさん童貞っぽいもんねえ」
「べ、べべべ、別にいいだろ童貞でも! 大体今それ関係ないし!」
「あ、じゃあ私でどう? そろそろ魔界にいるのにも飽きてきたし、地上で受肉したいかなーなんて」
「何言ってんだよ、お前みたいな残念女が彼女とかごめんだわ」
「ざ、残念女!? ちょっと、残念女って何よ! あなたに言われたくはないんだけど! もうあったまきた、魔人を怒らせるとどうなるか教えてやるわ!」
「何だよやるのか!? チート能力者なめんなよ!」
俺は両手から紫電を、シエディアは両手から青雷を放ちながら向かい合う。
まともな状態であれば俺が圧勝していただろう。だが、この時の俺は狂化、怒り、ハイテンション、二日酔いなど、多数の状態異常に苛まれ、加えて身体に剣が刺さったままだった。なぜ今まで大丈夫だったのか。
故に俺とシエディアは互角の戦いを演じ、戦いの果てに俺の改造魔法と彼女の改変魔法がぶつかりあった瞬間、地下室は光に染まり、俺は意識を失った。
※
※
目が覚める。
枕元に置いておいた腕時計は十二時を示していた。
「……昼だよな、これ」
この部屋は地下にあるので、今が昼か夜かわからないのが欠点……、……今なにか声が変だったような。寝起きだからだろうか。
それはともかく、確か昨日は日付が変わった後も起きていたはずだ。
ええっと、何のために夜更かししていたんだったか。確か、ロッジさんと晩酌して、酔った勢いで彼女作ろうとか言い出して――、
「…………!」
布団をはねのけて飛び起きる。
そうだ、シエディアと作ったあの子はどうなった。まさかシエディアに奪われてどこかに持ち去られてしまったのか?
いや、アレだけの戦いなら、シエディアも少なからずダメージを負っているはずだ。そう遠くにいっているとは思えない。作業場の中で倒れていたとしてもおかしくはない。
「シエ……」
「あ、起きたー?」
シエディアは作業場ではなく、部屋の中にいた。
無防備に俺に背を向けながら、冷蔵庫の中をあさっている。
「ねえねえ、ここにあったアイスクリームってもうないの?」
「お前、勝手に……、いや、それはいいけど、昨日作ったあの子はどこにやったんだ?」
「そこ」
シエディアは俺の方を指差す。……後ろにある布団の中か?
かけ布団をどかすが、特に何もない。
「おい、いないぞ?」
「何いってんの、そこだってば」
「いや、だから後ろには何も……」
そのままシエディアは指を差しながら近づいてくる。……あれ、こいつこんなに背高かったっけ?
そして彼女はその指先で、俺の胸をふに、と押した。
……ふに?
「ひゃああああ!?」
「おお、声は確かめてなかったけど、結構可愛い感じになってるー」
「おまっ、いやこれ、ええ!?」
壁にとりつけておいた姿見に自分を映すが、そこに見慣れた俺の姿は映らない。
映っていたのは、昨日シエディアと一緒にやたら高いテンションで作り上げた、黒髪の美少女の姿だった。明らかにサイズの合わない、ぶかぶかな男物の服を着て、呆然とした顔をしている。
「う、嘘だろ、なんで……」
「あー、最後の時に魔法がぶつかりそうになったじゃない? あそこで二人共転んで、その子に手が当たって、二人分の魔法が暴発して……って感じ?」
……そういえば、確かにぶつかる前に転んだような気もする。
「待て、待て待て、こ、これってどうやったら戻るんだ?」
「うーん、もう戻らないんじゃないかなぁ、なんかガッチリ魂が適合した感じになってるし。インヤさんが自分の肉片を混ぜ合わせて作ったから相性がよかったんじゃない? いいじゃん、そのままで。可愛いし」
「そんなん認めてたまるかあああああああ!!」
「うわっ、眩しっ!」
自分の身体に手を当て、改造魔法を発動させる。自分の中から魔法素材を取り出すつもりで身体の中から何かを引き抜いていく。
紫電が収まり、俺の身体は元のそれへと戻っていた。
「も、戻った……」
「あー! なんで戻っちゃうの……、って、その剣何?」
「うん?」
手には、見覚えのない剣が握られていた……いや、見覚えあるな。これ、俺の身体に刺さっていた剣だ。なんだか変な魔力を放っているが……。
「……もしかして、あの子の構成魔力が俺の身体に刺さっていた剣に封印された……みたいな?」
「ああ、じゃあまた改造魔法を使えばインヤさんがあの子になるってこと? うーん、一度適合しちゃったから、もう他の人には使えないかなあ……」
「いや、もういいよ……。はあ、俺が美少女になってもしょうがないってのに……」
「ええ? 何言ってるの、別にいいじゃん! 私とインヤさんが二人で作り上げた娘でしょ!? かわいがってあげようとは思わないの!?」
「そういう言い方するな! 大体父親と娘が同じってなんだよ!?」
「その上父親は童貞っていうね、ふふっ」
「何も面白くないから!」
「いいからもう一回変身してよ! ほら、ここにあった記録用のマジックアイテム? であの子の姿撮っておくから、ね?」
シエディアが勝手に戸棚の中からカメラを取り出して俺に向ける。
……あの子の写真はちょっと欲しい。
「じゃ、じゃあ一回だけ……。えーっと、《自己改造》?」
剣を持ったまま自分を対象にして改造魔法を発動させる。
数秒ほど光で視界が真っ白に染まり、身体が変化する。
「お、おお……」
「やー! 可愛い!」
シエディアがカメラを放り投げ、満面の笑みで俺に向かって抱きついてくる。
「おま、やめ、やめろってば、ひゃう!?」
「ほら、ママだよ! ママって言って!」
「いやママではないだろ! あぅ、やっ、どこ触ってんだこらぁ!」
「へぶっ!」
とっさにシエディアを突き飛ばすと、ものすごい勢いで天井へと吹き飛んで叩きつけられた。
「い、痛い……。魔人じゃなかったら死んでた……」
「ご、ごめん……。……身体能力が強化されてるのか」
手を握って開く。貴重な魔法素材を潤沢に使ったこの身体は、相当身体能力が高いようだ。
「えっと……大丈夫か? アイスクリーム食べる?」
「……可愛い格好してママって呼んでくれたら許す」
「か、可愛い格好って言われても、女物の服なんて持ってないし……」
「改造魔法でぱぱっと作れるでしょ?」
「う……」
渋々と、アイテムボックスから適当な布を取り出して、簡素なワンピースを作り上げる。
慣れない服を着ることに戸惑ったが、時間をかけながら何とか着用する。
「ど、どうかな……。ま……マ……お母さん」
「ああー! 可愛い! すごく可愛い、最高!」
「そ、そう? えへ……」
パシャパシャとカメラのシャッターを切るシエディアに向かってはにかむ。やたらめったら煽てられた俺は、まあ、ちょっとぐらいなら付き合ってやってもいいかなーと思うのだった。




