いわゆるエピローグ的なお話と次に繋がるプロローグ的な何か
さて、塔が完全に崩落し、周囲が瓦礫で埋まったが、事前に一人分のスペースができるようにしておいたので、俺は無傷のままだ。
まあ、一人分のスペースに光弥がやってきちゃったわけだが。
「おまっ……、近、近い! もうちょっと離れて! 離れてってば!」
「まっ、痛っ、ちょっと待って、今瓦礫どかすから!」
俺が入れるだけの空間しか想定してなかったので、めちゃくちゃ狭い。
結果として、光弥と密着する状況になってしまっている。なんだこの罰ゲーム。
「(いや、待て。今こそ必殺蘇生剣エレウシスの出番!)」
必殺蘇生剣エレウシス。刺せばどんな生物でも必ず死亡し、二十四時間後に復活する。
周囲に誰もいないこの状況なら、光弥をさくっと殺せる。聖剣をさっと改造してアイテムボックスにしまい、死体を瓦礫の中に埋めておいて自動で蘇生するのを待てば――
むにっ。
「何どさくさに紛れて胸揉んでんだ馬鹿ぁあああ!」
「ご、ごめん! 瓦礫をどかそうとした時に手が滑っ――がはぁっ!?」
反射的に光弥の顔を殴り飛ばした。
殴られた光弥は瓦礫ごと吹き飛んで外へ――――あ。
「エイシア様! コウヤ様が瓦礫の中から出てきました!」
「本当ですか、イティー!?」
「(しまった、やらかした!)」
ばたばたとエイシアとメイドのイティーが走ってくる足音が聞こえてくる。こうなってしまえばもう光弥を殺すのは無理だ。
「うぅ……ちくしょう……」
こうして、俺の用意した四つのプランは全て破綻し、鍛冶師イーヤが占拠した障壁塔は崩れ去ったのだった。
※
神光国ハーティリア。
世界的な宗教国家であるこの国にも、邪悪なる魔王の障壁塔は存在する。
神光国は基本的に大きな軍を持たないが、戦力がないというわけではない。他に類を見ない能力と武力を持つ神聖騎士を数多く擁しており、中でも精鋭と呼ばれる神聖騎士の戦闘力はⅤランク冒険者にも匹敵する。
神光国の教義にはモンスターを神の敵とみなすものがある。当然、モンスターを統べる魔王など神の怨敵に他ならない。
国の首脳部は神聖騎士からよりすぐりの精鋭を選んで攻略部隊を編成し、障壁塔へと突入させた。
星王国の勇者など待つまでもない。一刻も早く、魔王などという不遜なるモンスターが建てた塔を攻略する、と意気込んだ神聖騎士達は、高い士気を以てモンスター達を殲滅していき――そして、最上階に待ち構えていたボスモンスターに、一人残らず殺害された。
神聖騎士達を殺害したモンスター、死を振りまくアンデッドたる死した英雄のハルメーは、神聖騎士達の血を使って魔法陣を描いていく。
「ああ、ああ、麗しき魔界の使者! いと深き魔の住人、魔人シエディア様! このハルメーに力をお貸し下さい、かの騎士どもを殺せる程度では足りませぬ、この忌まわしき光の国全てを混沌に堕とせる力を、どうか私に!」
ハルメーは狂気に塗れた叫びをあげながら、神聖騎士たちを生贄にした召喚魔法を発動する。
バリバリという稲妻の音と、青い輝き。
凄まじい勢いでハルメーの魔力が吸い取られ、その存在が枯れ果てそうになっていく。だが、ハルメーにとってはそんなことはどうでもいい。彼にはただ、信奉する魔人を召喚できるという喜びしかなかった。
そして、現れたのは銀髪の美女。
一見ただの人間のように見えるが、その身に宿した魔力は強大にして異質。
「魔に染まりし者の願いを叶えるべく召喚に応じ参上した。我は魔界より降りし魔の柱。名をシエディア・クロウ。……あなたが私の召喚者ね? 願いは何かしら?」
現れた魔人――シエディアは、ハルメーを見て妖艶に微笑む。
ハルメーは歓喜にうち震えながら、願いを口にする。
「ははあ! 我が願いは眼下に広がる忌まわしきこの国――神光国を混沌に堕とすことにございます! どうか私にその御力をお貸し下さい!」
「たやすいことだわ。だけど、やるのはあなたよ。私は力を授けるだけ、それが契約の条件」
「もちろんでございます! シエディア様の手を煩わせるなどもってのほか!」
「そう、いい子ね」
シエディアの手から青色の魔力が放たれ、ハルメーを強化していく。
「お、おお、オオオオオオ!!」
「さて……他には何かあるかしら? あなたは今までで二番目に魔力を奉じてくれたから、もう一つぐらいなら願いを叶えてあげるわ」
「ふ、ふふ、ふはは……。ありがとうございます、シエディア様! ああ、まさしく光栄の極み! では……これよりここに訪れるであろう、勇者に対抗するための力を!」
「ふうん、勇者?」
「ええ! 神聖魔法を操る、我らが魔王に歯向かう悪逆の徒! かの魔法に魔術師である我が対抗できる力を!」
「別に、今のあなたなら勇者一人ぐらい、大したことはないと思うわよ?」
「いえ、勇者に匹敵する魔剣士という者が仲間にいるらしいのです。名を――たしか、カゲヤといったはず」
ピクリ、とシエディアの眉が動く。
「……カゲヤ?」
「ええ、召喚されたばかりとはいえ、勇者と互角に戦――」
「まって、今って龍西暦で何年?」
「は? ……あ、いえ、今は龍西暦一〇二八年ですが……」
「やったーーー!!!」
今までの妖艶な雰囲気を一気に崩したシエディアが、満面の笑みで飛び上がる。
「やった、やった、久しぶりにこの時代に召喚された! えーっと、私視点でもあっち視点でも一年ぶりかな? やっとカゲヤちゃんに会える!」
「し、シエディア様?」
「ああ、神聖魔法がどうのだっけ? 適当に邪悪魔法とか授けとくから、それで何とかして。じゃ!」
手から雑な感じで魔力を放ち、ハルメーを強化したシエディアは、背中から魔力の翼を生み出し、障壁塔の窓から飛び出していく。
ハルメーは窓枠に手をかけ、みるみるうちに遠くなっていくシエディアに向かって叫んだ。
「シエディア様ーーー! どこへ行くのですかーー!」
「カゲヤちゃんのところに決まってるじゃない! ついでにインヤさんにもね!」
※
適当な理由をつけて神光国に向かう光弥たちから離脱した俺は、カゲヤの状態で星王国に戻ってきていた。
正直もう飲まないとやっていられないので、リセプの家で晩酌を――
「待って待って、急に家に遊びにきたと思ったら流れるように酒瓶持っていこうとしないで」
「……ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ! だいたい前に私の家に来た時どうなったか覚えてないの!? あんなにぐでんぐでんになってたじゃない!」
「……え? ちょ、ちょっと待って、そんなにぐでんぐでんになってたのか?」
「え、本気で覚えてないんだ……。というかなんで戻ってきてるの? 障壁塔を攻略しにいったんじゃ……」
「いや、そんなのどうでもいいから、酒飲んだ時どうなったのか詳しく」
「どうでもよくないよ! ていうか、聞かない方がいいと思うよ、本気で後悔するから」
「そんなこと言われたら余計気になるに決まってるじゃないか!」
なんだかんだでリセプの家から追い出されてしまったので、地下室へと帰る。
……仕方ない、家で飲むか。
「けど、元の状態で飲んでも、それはそれで何するかわかんないからなあ……。一年前なんか、酔った勢いで魔人召喚とかしちゃったし……。記憶があるだけマシなのかもしれないけど……」
つぶやきつつ、こっそりと宿の裏側に回る。
ここに隠してあるスイッチを踏んで隠し階段の入口を――
「……うん?」
――ハッチが、開いている。
出る時に確実に閉めたはずのハッチが。
血の気が引いた。
とっさに剣を抜き、隠し階段を飛び降りて地下室へと入る。
この地下室を見られた以上生かしてはおけない。誰であろうと一瞬で首を撥ねてやる。
中にいたのは銀髪の女。
カゲヤの暗黒姫騎士コスよりも圧倒的に露出の多い黒の衣装を纏った、独特な魔力を放つ背の高い美女だった。
「あ、おかえりー」
そんな侵入者は、俺のベッドの上で寝転びながらアイスクリームを食べていた。
…………。
「……シエディア?」
「うん、久しぶり、カゲヤちゃん!」
これにて一章は完結です。過去編を挟んで二章へ続きます。




