大道具と小道具と演出と脚本と悪役と女優を一人でこなすスタイル
そして、障壁塔に到着した。
戦闘力を持たないイティー以外の四人が馬車から降りる。
「それじゃ、イティーはドンゴと一緒に離れた場所で待機を。ドンゴの大きさでは障壁塔には入れませんからね」
「はい、お気をつけ下さい、エイシア様」
エイシアとイティーが話している隙に、胸の谷間に隠したリモコンのスイッチを押す。
「(それじゃ、ドンゴ二世、ドンゴ三世、頼むぞ)」
『Yes,Ma'am』『OK』
瞬間、頭上から機械音声の咆哮が響く。
現れたのは、今日の朝から俺の命令で障壁塔の最上部にスタンバっていたドンゴ三世だ。この日のために、無駄に角や棘をつけて悪っぽいデザインにしている。
「ッ! みんな、上だ! 伏せろ!」
「なっ……アレは、大きなドンゴ!?」
迫真の演技と共に伏せた。
上空から飛来するドンゴ三世に向けて、地上の二世が光線砲を放つ。
「Feuer!」
だが、事前の打ち合わせどおりに放たれた光線砲であるが故、三世はそれを軽々と避ける。
そして、二世の瞳のランプが赤から青へと変わった。
「System,AerialMode」
特に必要のない格好いい変形を伴い、二世の背から一対の翼が飛び出す。
「おまっ……絶対そんな機能なかっただろ!?」
アングが叫ぶが、おまかいなしで二世は飛び立つ。
二世と三世は空中で激突するが、倍近い体格差により二世が押し負ける。しかし、二世は相手の勢いを上手く受け流すことにより、三世を地面へと叩きつけた。これもまた事前の打ち合わせどおりだ。
「せいっ!」
三世が落下するポイントを知っていた俺は、誰よりも早く三世へと斬りかかる。
大上段からの一撃で、特に機能がない飾りの角を切り落とした。ドンゴ三世が苦しげな悲鳴をあげる。当然ながら実際には全くダメージがない。
「AAAAa!!」
「ッ――!」
「影耶っ!」
痛みで暴れた(ふりをした)ドンゴ三世が腕を振るう。台本どおりにガードした俺は、自分で地面を蹴りつつ、勢いよく障壁塔の入り口に向かって吹き飛ばされる。
綺麗に両足で着地するが、ブーツから衝撃波を放つことで「吹き飛ばされて壁に激突しちゃった」的な音を響かせる。
さて……。
俺は胸の谷間からリモコンを取り出し、ドンゴ達と通信する。
「……パーフェクトだ、二世、三世」
『Year』『Thankyou』
「続けて上空でのドッグファイトに以降してくれ。《瞬間着替え》《初期化》」
仮面とコートを身に着け、元の姿に戻ることで地獄の鍛冶師スタイルになる。
さあ、ここからが本番だ。テンション上げていこう。
※
突如現れた巨大ドンゴによって、影耶が障壁塔の中に吹き飛ばされた。
影耶に角を切り落とされた巨大ドンゴは少しの間暴れていたが、すぐにまた空へと飛び上がる。
「Feuer!」「Feuer!」
カッ、と両方のドンゴから光線砲が放たれ、両者の間で大きな爆発が起きる。
「……っ、まさか、鍛冶師イーヤの作り出したゴーレムが、あれほどの力を持つとはな……!」
「イティー! あなたは早く逃げて!」
「は、はい!」
エイシアがイティーさんに命じて、この場から下がらせる。
「コウヤ! アング! 私たちも障壁塔へ! 術者さえ押さえれば、あの大きなドンゴも止められるはずです!」
「ああ!」
「了解ですぜ!」
影耶の後を追って、障壁塔へと突入する。
障壁塔の内部は外壁と同じ、一面が黒い鋼のような材質で作られていた。
天井には吹き抜けがあるが、全てが黒く染まった塔では、それが暗い夜空のように見えた。
そして、そんな黒い塔の中、溶け込むようにして部屋の中心に立つ一人の男。
「黒い仮面とロングコート、そして、藍色の髪……!」
「ははっ、ようこそ勇者一行よ! そう、我こそが地獄より這い上がった鋼の繰り手! 至高の鍛冶師イーヤだ! この障壁塔こそ貴様の死地である! ははははは!」
何がおかしいのか、やたらと高いテンションで高笑いを上げるイーヤ。
あたりを見渡すが、影耶の姿が見当たらない。
「おい、イーヤ! 影耶をどうした!」
「ははは、騒ぐなよ、勇者。彼女であれば既に我が生み出したゴーレム達と戦っている。全く、忌々しいほどに強い娘だ」
タイミングを見計らったかのように、壁の向こうから轟音が聞こえてくる。影耶が戦っている音だろう。
「さて、初対面なのに悪いが、これが最後だ。――聖剣を差し出せ。それは我にこそ相応しい」
「……断る!」
「ふん、貴様に魔王が倒せるとでも? 戦いとはたった一人の力ではない。我のような無限の軍事力を持つ者こそ、唯一絶対の勝者となれ得るのだ」
「……お前が魔王を倒すというのか? 何のために?」
「え? えーっと……。……ふふふ、わからないか? 勇者ともあろう者が、こんな簡単なこともわからないか! はははははは!」
イーヤはそう言って笑うが、こんなことをする人間の考えなんてわかるわけがない。
そこで、エイシアがハッとしたような顔でイーヤに向かって言い放つ。
「まさか……。あなた自身が魔王になろうとでも言うのですか!?」
「! ……そう、そのとおり! はははは、流石名高き巫女姫よ! 名ばかりの勇者とはまるで違うな! だが、えー、我は人を滅ぼすことになど興味はない。我が名が唯一の覇として歴史に刻まれれば、それでよい」
「誰があなたなんかに! 魔王を倒すのは、私のコウヤです!」
そう言って、エイシアが魔法を発動させる。
彼女の周囲に帯型の魔法陣が同心円状に展開し、それに伴って光の粒が舞う。
「《獅子座の大鎌》!」
エイシアが光で巨大な鎌を織る。それは彼女の腕の動きに追従し、重さを感じない動きでイーヤへと襲いかかった。
だが、イーヤの足元から紫電が舞った瞬間――、鎌は、床から突き出した柱に受け止められていた。……否、周囲の床が凹んでいることを考えると、床を柱に変形させたのかもしれない。
「なっ!?」
「《瞬間改造》……。全く、危ないな。舞台はまだこれからだというのに……」
疲れたような態度でイーヤが肩をすくめる。
「まあいい。いでよ、我が鋼鉄の軍勢よ! 他の者たちは無視だ、勇者のみを討て!」
イーヤが命じた瞬間、天井からいくつもの巨体が降ってくる。
二メートルはある鋼鉄のゴーレム達が、イーヤと僕たちの間に立ちふさがった。
鉄でできているとは思えない機敏な動きで、ゴーレムは僕だけを狙って殴りかかってくる。
「コウヤ殿! 《固岩の壁》!」
アングの魔法が発動し、現れた岩の壁がゴーレムの拳を防ぐ。
だが、敵は一体ではない。壁を回り込んだゴーレムの拳を、とっさに聖剣で受け止めた。
「くっ!」
「コウヤ、神聖魔法を!」
「っ、そうか! 《禊の波動》!」
僕の身体から放たれた輝くオーラが、ゴーレム達を浄化していく。
――だが、ゴーレム達は止まらない。一瞬動きが鈍ったが、すぐに何もなかったかのように襲いかかってくる。
「そんなっ!? どうして、神聖魔法が……」
「この塔のマジックアイテムは全て、我から常に供給される魔力で動いている。一瞬魔力を消したところで意味はない」
「なら、お前を倒せば解決するってことだな! 《風の連弩》!」
アングさんの両手に魔法陣が現れ、そこから風属性の魔法の矢が連射される。
エイシアの魔法が防御されたことを踏まえて、全ての矢の軌道を変えている。
しかし、それらはイーヤのそばに浮遊した一振りの剣によって斬り飛ばされた。
「馬鹿な!?」
「『ドゥリンダナ・自動戦闘形態』。……素晴らしい判断力と魔法制御だ、アング。見直したぞ」
「何? お前、俺のことを知って……」
「ゴホンゴホン! さあ、ゴーレム達よ、勇者を叩き潰せ!」
ゴーレム達が連携しながら今まで以上の勢いで襲いかかってくる。アングさんがイーヤの防御を抜こうと様々な魔法を繰り出しているが、浮遊する剣の守りを崩すことはできない。
「くっ……!」
勇者として強化された今の僕なら、鉄の塊ぐらい力を入れれば切り飛ばせる。だが、相手の手数が多すぎて強い一撃を加える余裕がない!
いや、一体ずつ倒していくのが無理なら――
「エイシア! 頼む、少しだけ時間を稼いでくれ!」
「わかりました! 任せてください! 《獅子座の大鎌》!」
エイシアは光の鎌でゴーレム達を薙ぎ払う。ゴーレム達を破壊することはできないが、衝撃を与えて数歩ほど退けた。
その隙に、僕は聖剣を鞘に収める。そして、昨日見た光景を想起しながら、鞘へと魔力を込めていく。
火花が散るように白い光が鞘から溢れ、魔力は聖剣を鞘から抜き放つための圧力、そして、全てを斬り飛ばすための刀身となる。
「……! お前、まさか――」
イーヤがこちらに顔を向けると同時に、僕は魔力と聖剣を解き放つ。
「《双聖一刀・白龍剣》!」
「勝手に人の技をパクるんじゃねえ!」
イーヤが何かを叫んでいたが、その声は白い一撃が生んだ轟音にかき消された。
光が止んだ後には、鉄の残骸となったゴーレム達が転がっていた。
「くそったれが! 魔法銃座、勇者を撃ち抜け!」
ゴーレムを壊されて余裕がなくなったイーヤが叫ぶ。
壁にいくつもの穴が開き、機械弓のようなものが飛び出す。
それらはギリギリと音を立てて様々な色に輝く魔法の矢を引き絞っている。
「やれ!」
「させません! 《星結界――射手座の知慧》!」
僕の前に立ったエイシアが、帯状の魔法陣に加えて、輝く光球を周囲に浮かばせる。
発射された魔法の矢が光球に近づいた瞬間、矢は軌道を反転し機械弓の方へと帰っていく。
矢を返された機械弓は爆散し、全てがその機能を停止した。
「ありがとう、エイシア」
「ふふん、このくらい当然です!」
「さあ、後はお前だけだ、イーヤ!」
※
思った以上に勇者パーティは強かった。なんだよこいつら全員チートかよ。こんなん相手にしなきゃいけない魔王さん達大変だな。
しかし、これはまずい。まさかこれを無傷で乗り切られるとか思ってもみなかった。
俺の予定じゃ、仮にしのぎきられてもそれなりのダメージを与えられるはずだったんだが……。
まあ、いい。ならばプランBに以降するだけだ。けどこの分じゃプランBも乗り切られそうだな……。
「……ふはは、これで終わったと思ったか? 甘い、甘いぞ、貴様ら! ははははは! あーっはっはっはっは!」
「何がおかしい!」
笑わなきゃやってられないんだよ畜生。
やけくその高笑いをしつつ、コートを翻す。
その瞬間、コートの中に閉じ込められていた、魔力を纏う不気味な風が拡散した。なお、これはただの演出だ。当たっても何の効果もない。
そしてそれを合図にして、ゴゴゴゴゴ! と地面が揺れ始める。
「なっ!? なんだ、この揺れは!?」
「ふふふ、恐ろしいか?」
ドンゴ達が外で足踏みをしている揺れだとは夢にも思うまい。
「はははは! いざ見せよう! これが我が極地! 我が至高の究極奥義! 名付けて――!」
名前は思いついていないので、そこで袖の中に隠したスイッチを押す。
そして押すと同時に、二階に備え付けておいたアゾットから、黒い光線の魔法《黒魔の咆哮》が放たれた。俺に向けて。
「ぐぎゃああああああ! こっ、この魔法は、貴様かあああ、カゲヤァアアア!!」
半分本気の悲鳴を上げる。《黒魔の咆哮》はあんまりダメージがない魔法だが、身体自体は一般人の俺にはすごく痛い。死にそう。
「(《自己改造》! 《瞬間着替え》!)」
黒い光線が降り注ぐ中、改造魔法でカゲヤに変身する。改造魔法を使うと激しい光が出るが、この光線の中じゃ関係ない。
光線が止み、カゲヤの姿になった俺が現れる。
先程の光線で少し怪我もしたし、「さっきまで別の場所で戦っていたよ」アピールは万全だ。だが、涙腺が弱いカゲヤの身体になってしまったせいでもう痛くて泣きそう。つらい。
涙を堪えて、光弥たちに事情を説明する。
「くぅっ……、イーヤめ、逃げたか……」
「か、影耶!? 大丈夫!?」
「ああ……。安心しろ、っぅ、かすり傷だ。うぅ……」
「すごい痛そうだけど」
「かすり傷だ。私は二階から魔法を放って飛び降りたのだが、イーヤは私の裏をかき、魔法の中を突っ切って、吹き抜けから上へと逃げた。恐らくは、最上階へと向かったのだろう」
「なら、僕たちも吹き抜けから――」
「無駄だ、見ろ」
光線が止むと同時に黒い鋼で閉ざされた天井を指差す。当然、事前の仕込みである。
「一階ずつ登ってこいということだろうな」
「なるほど……。でも、その前に……」
「どうし――」
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
なんだこれは、新手の魔法か。
「君が、無事でよかった……」
上の方から光弥の声が響く。
もしかして、これはあれか。光弥に抱きしめられたのか。
「僕は――」
「離れろ馬鹿!」
「ごふぉっ!?」
ジャンプして光弥の顎に頭突きをする。
麗しのカゲヤちゃんに軽々しく触るんじゃねえ。殺すぞ。いや殺すんだけども。
「まだ何も終わっていないだろうが! 何が無事でよかっただ、さっさと上に行くぞ!」
「つぅ……、ま、待って……」
「大丈夫ですか光弥!? ちょっとカゲヤ、待ちなさい!」
光弥を無視して階段の方へ向かっていく。
横にアングがやってきて、恐る恐る話しかけてきた。
「えーと、あの、カゲヤさん、顔赤くなってますけど……」
「ああ、そうだな」
怒りでな。
しかし、もう弱気なことは言っていられない。
次のプランBで光弥を確実に倒すことを、俺は決意したのだった。




