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絶対に元の世界には帰らない!  作者: 401
第一章 召喚編
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趣味で美少女になってるとか知られたくないので地下室を作ってある

 目を覚まし、横になったまま腕時計に目をやる。

 十二時だった。


「……昼だよな、これ」


 この部屋は地下にあるので、今が昼か夜かわからないのが欠点だ。

 今にして思うと、なぜデジタル時計ではなくアナログ時計を買ってしまったのだろうという後悔しかない。

 調整は面倒だし壊れやすいし全く良いことがない。その上、ここには時計屋なんて存在しないから、修理してもらうことすらできない。

 買い替えられるならとっくに買い替えているところだ。


「まあ、壊れても特に問題があるわけじゃないけどな」


 そうつぶやきつつ、腕時計を外して代わりに簡素な金属製の腕輪を着ける。

 壁に備え付けられたはしごを登り、天井に設けられた跳ね上げ式扉(ハッチ)を開けると、宿屋の小さな一室に出た。

 ハッチを閉めると、自動で偽装用ギミックが動き、傍目には何の変哲もない床にしか見えなくなる。

 この地下室の存在は決して知られてはならない。というか勝手に部屋を改造したことがバレたら宿の主人に叱られる。


 愛用の黒い上着を羽織り、部屋を出て食堂に行くと、ちょうど昼時だったようで何人もの客が昼食をとっていた。

 忙しそうに料理を作っている宿の主人に挨拶する。


「ロッジさん、おはようございます」

「もう昼だぞインヤ! いい加減仕事しろ!」


 俺を叱りつけつつ、ダンと料理の皿を差し出す宿の主人ことロッジさん。

 どうやら俺がそろそろ起きてくることを予想して食事を用意しておいてくれたらしい。


「あ、どうも。……いつもありがとうございます」

「なんだかんだお前には世話になってるからな! それ食って稼いでこい!」


 適当に返事を返し、机について食事をする。


 ぼんやりとした頭でサンドイッチを食べていると、隣に誰かが座った音がした。


「ん? ……ああ、ロンか、どうした? 宿の仕事しなくていいのか?」

「いや、インヤに言われたくねーよ」


 宿屋の息子、ロン。先日九歳になったばかりの少年だ。

 父譲りの赤髪を短く切りそろえた、まさに腕白小僧という言葉が似合う日に焼けたガキンチョである。


「なあなあ、今日は何か面白いもん作ってきてくれたのか?」

「今日なー。なんかあったかなあ……」


 ごそごそと懐を漁ってみると、折り紙で出来た手裏剣がいくつか入っていた。


「とりあえずある分全部やるからこれで満足してくれ」

「えー、昨日も手裏剣(紙の投げナイフ)だったじゃんか」

「今度カッコイイ水の杖(みずてっぽう)とか作ってきてやるから」

「ホントか!?」

「ほんとほんと。気合入れて作るから、しばらくはそれで遊んでろ」

「おう!」


 手裏剣を持って宿の外へ走っていくロン。町の子供に見せびらかしにいくのだろう。


 食べ終わる頃には、幾分か目が覚めていた。


「結構寝たし、久々に冒険者ギルドにでも行ってみるかなー」


 部屋に戻り、それなりにちゃんとした格好に着替えた後、申し訳程度の簡単な革鎧を身に着け、自作したボウガンを背負う。

 そして、最後に一振りの剣を腰に下げる。


「やっぱ剣って重いな……。けど、一応これ持ってないと不安だし」


 外出すると、騒がしい大通りの町並みが目に入る。


 あたりにコンクリートでできた建造物は一つもなく、石作りの建物ばかり。

 道を歩く人々は、誰もが赤や青などの派手な髪色で、黒い髪の人間は一人もいない。

 電灯や電線、いや、電気を使った道具は一つとして見られない。

 道を歩く人の中には、杖を持ち、ローブを羽織った者や、頭の上に動物の耳を生やした者もいる。


 俺、佐藤さとう陰矢いんやは、三年前から異世界にいた。


 異世界はライトノベルでよく見るようなファンタジー世界で、人々は剣と魔法でモンスターと戦い、エルフや獣人などの異種族と共存しながら暮らしていた。

 特にモンスター専門の傭兵として生活する者たちは「冒険者」と呼ばれ、その中でも上位の力を持つ者は英雄として人々から名声を一身に集めている。


 そして、今俺が訪れた建物が、冒険者ギルド。冒険者達に仕事を斡旋し、彼らを管理する世界規模の組織である。


「あ、インヤさん! 久しぶりですね!」

「久しぶり」


 俺がギルドの受付近くに行くと、受付嬢のリセプが声をかけてくる。

 リセプは時々宿に食事しに訪れることがあり、他のギルドの職員に比べると親しい間柄だ。


「確か、インヤさんがギルドに来るのは一ヶ月ぶりでしたよね?」

「あー、もうそんなに経ちますか……」

「インヤさんぐらいの錬金術師ならギルドに来なくても大丈夫だと思うんですけど……」

「一応、あの『異界の魔剣士』カゲヤのパーティに入ってますからね。パーティメンバーが長期活動無しで除名されたってなったら外聞が悪いですし」

「そうですねー。……カゲヤさんって今何してるんですか?」

「さあ? ギルドの極秘任務にでも参加してるんじゃないですかね」


 雑談しながらさらさらと「冒険者への依頼表」に必要事項を書き、依頼料の金貨と共にリセプに手渡す。

 高ランクの冒険者パーティへの依頼なので、それなりの料金が必要となるが、今の俺の所持金からすればはした金だ。


「……はい、確かに。『錬金術用素材の納品。中位火竜の牙一個』。ギルドへの依頼ありがとうございます。それではこれより依頼を達成できる冒険者を募集しますね」

「毎度毎度こんな茶番に付き合わせてすいませんね。じゃあこれ、中位火竜の牙」


 上着の懐から五十センチはある巨大な白い牙を取り出し、受付のカウンターの上に置く。


「……いつも思うんですけど、どこに入ってるんですかそれ?」

「俺は懐の広い男ですからね」

「ふっ」

「今鼻で笑いました?」


 リセプは控えの書類に俺の名前を書き込み、ギルドの証明スタンプを押す。


「それじゃ、錬金術師インヤからの依頼達成完了です。冒険者インヤさん、お疲れ様でした」

「どうも。じゃあまた」

「はい、ご利用ありがとうございました」


 書類を受け取りギルドを出ようとすると、やたらと派手な杖を持つ、背の高い魔術師風の男が俺の前に立ちはだかった。


「よう、腰巾着」

「……またお前か、アング」


 錬金術師アング。

 俺と同じく冒険者をやっている錬金術師だ。

 冒険者としても錬金術師としても結構な実力を持っており、特に冒険者としては五段階あるランクのうち、上から二番目のⅣランクに属している。


「カゲヤさんがどこにいるか教えろ」

「またそれか。俺だって知らないよ。会えるなら会いたいもんだね」

「仮にもパーティメンバーだろう、知らないわけがあるか」


 アングは、最高位パーティの錬金術師が俺であることが気に食わないらしく、事ある毎にその座を奪い取ろうと絡んでくる。


「知らないって。大体お前こないだカゲヤと会ったんだろ?」

「あんなのが会ったと言えるか! 一言挨拶されただけだったんだぞ!?」

「カゲヤも忙しいんだろ。あんまりしつこく構うなよ」


 アングをあしらいつつギルドの外に歩いていく俺に、忌々しそうにアングは舌打ちをした。


「……チッ。高ランク冒険者に任せて寝ているだけの奴が偉そうに……」


 特に反論することもできないので、聞こえないフリをして宿へと戻る。

 アングの言うことももっともだが、この役を代わってやれない理由があるのだ。


「数日だけ、とかなら代わってやってもいいんだけどな……」


 宿の自室へと帰り、部屋の鍵をかけてから地下室へと降りる。


 地下室の天井にはこの世界には似つかわしくない蛍光灯が設置され、部屋の中を照らしている。

 他にも冷蔵庫やエアコン、水道にノートパソコンなど、およそファンタジーらしくない物品がいたるところに置かれている。


 だが、これらはどれもが電化製品ではなく、俺がこの世界に来てから自作したマジックアイテムだ。


 蛍光灯は光魔法で光っており、冷蔵庫やエアコンには氷魔法が使われ、水道は水魔法で綺麗な水を常に出すことができる。

 これらには貴重な鉱物や魔物の素材が惜しみなく使われ、仮に全て売ったとすれば国一個がまるっと買えてもおかしくないほどの資産が手に入るだろう。

 当然、このノートパソコンもマジックアイテムである。


「ステー、タス、オープン、っと……」


 キーボードでコマンドを打ち込み、画面に情報を表示させる。


―――――

インヤ 男性 人間 22歳

錬金術/ランク3

魔術/ランク1

―――――


「うん、ちゃんと偽装されてるな」


 この世界では、ロールプレイングゲームと違い、攻撃力や体力が数値化されることはない。

 だが、他人の情報を大まかに読み解く魔法は存在する。

 その魔法を再現し、力量をある程度数値として表すことができるのが、このノートパソコンだ。

 手首に着けた腕輪を外し、もう一度同じコマンドを打ち込む。


―――――

佐藤陰矢 男性 異世界人 22歳

改造魔法/ランク10

―――――


 力量を隠すための魔法を発動させる腕輪がなくなったことで、俺の本当の能力が表示される。


「うーん、やっぱ10より上は能力のランクって上がらないのか? それとも10以上は測定できないとかかな」


 改造魔法ランク10。

 これが、異世界にきた俺が唯一得た力である。


 どんな力かと言えば、どんなモノでも改造できる魔法だ。

 剣を槍に変えることもできるし、光る鉱物を蛍光灯にすることもできる。

 とはいえ万能ではない。鉄を金にすることはできないし、ただの石に魔法の力を付加することはできない。

 だが、逆に言えば素材さえあればどんなモノでも作れる。


「この間火竜の牙が手に入ったし、新しい武器でも作るか」


 上着の懐からギルドで出した火竜の牙を取り出す。

 この一見ただの上着に見える「ストレージジャケット」もマジックアイテムだ。懐に大量の物を収納することができる。

 さて、この牙は何に使おうか……。


「火属性の武器は結構あるし……。贅沢だけど飛び道具にでもするか。《全体改造》」


 紫電と共に発動された改造魔法が牙を分解し、数十本のナイフ型の塊へと変える。

 それらを懐から取り出した鉄と融合させ、龍の装飾を施した投げナイフに加工していく。

 できたナイフの柄に風属性の魔法石を仕込み、投げ放った後は魔力ジェット噴射で加速するように改造。


「こんなもんかな、カゲヤの太ももにホルダー着けて、そこに入れとくか」


 ……カゲヤの太もものサイズってどんなもんだったかな。


「直接測った方が早いか。《自己改造》」


 腰に佩いた剣を抜き、自身と融合させていく(・・・・・・・・・・)

 室内に先程より遥かに強い紫電が走り、強い光に目が眩む。

 光が止むと、視点が先程よりいくらか低くなっていた。


「あー、あー。うん、成功したな」


 自分の声が変わっていることを確認する。

 部屋にある鏡の前に立つと、男物の服を着た美少女が映っていた。


 異世界から訪れたⅤランクの最高位冒険者にして、絶世の美少女である魔剣士カゲヤ。

 その正体は、錬金術師インヤが自分の趣味全開で変身した姿である。


「……やっぱドキドキするな、これ」


 少し顔を赤らめながら、艷やかな長い黒髪をヘアバンドでまとめる。

 最初は髪をまとめることすらできなかったが、最近になって大分慣れてきた。未だに慣れないことも多々あるが。

 ズボンを脱いで、白い太ももを露出させる。

 カゲヤに変化できるようになってから半年ほど経つが、この姿で裸になるのは慣れない。少しズボンを脱ぐだけでも、顔が真っ赤になる。

 このままでは当初の目的を忘れてしまうので、懐からメジャーを取り出して太もものサイズを測る。


「……よし、《初期化》」


 一瞬紫電が走った後、元の姿に戻る。

 身体と融合していた剣は手元に戻ってきていた。

 当然ながらこの剣は魔剣である。とはいえ、俺以外にとってはやたら頑丈なだけの普通の剣でしかない。

 剣の銘は「テイレシアス」。魔粘生女帝(クイーンスライム)の核や最上位淫魔アークサキュバスの魔石など、まあ全部合わせたら国一個ですら全く足りないんじゃないかな、というぐらいの素材が大量に使われている。

 正直趣味と言い切るには疑問符が付き過ぎるほどの時間と労力と資金が費やされているが、ノリと勢いで作って……いや、できてしまった。後悔はしていない。


「うーん、なんかちょっと装飾過多な感じのホルダーだけど、まあいいか」


 カゲヤの装備に関してはコスプレのような気持ちで作っているので、実用性はあまり考慮していない。マジメに戦っている人たちから見れば憤死モノだろう。


「そういや、三日後に王城に来るように言われたっけ」


 ふと、以前カゲヤの姿でギルドに行った時の伝言を思い出す。

 カゲヤは国でも数人しかいない最高位冒険者なので断ること自体はできるだろうが、別に断る理由もない。

 ホルダーとナイフをカゲヤ用に作ったアイテム収納装備にしまいつつ、三日後の予定を立てる。


「この世界の礼儀作法とかわからないけど、あっちから呼んでるんだし大丈夫だろ」


 楽観的に考えつつ、新しいマジックアイテムの作成に取り掛かっていく。










 ……今にしても思うと、なぜこの時未来を予知できるアイテムを作っておかなかったのかと思う。


 まさかあんなことになるとわかっていたら、絶対に王城にいかなかったのに。

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