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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第一章 異常な日々の始まり
9/39

ジュン姉とコワガミサマの儀式

0403/22:20/ジュン姉/鎖和墓地

 車も通ることができないような細い路地を、ひた走る。


 周囲には民家がびっしりと軒を連ねていた。

 村の中心部から遠ざかっていくほど坂道は急になり、明かりの灯る家は少なくなっていく。


 かつて金山で栄えていた頃は多くの住人がいたらしいが……今は建物のほとんどが空き家だった。

 ちょっと見ても、屋根が落ちたり、窓ガラスが割れていたり、玄関に蔦が這っていたりする。そういう景色は夜になるといっそう不気味だ。けれど今の僕にはそれらを気にしている暇はない。


 自分の鼓動を耳元で感じながら、うら寂しい住宅街を駆け抜けていく。

 そして、ようやくとある場所に到着した。


 東の山のふもと――。

 僕の周りには、どこまでも梅林が広がっていた。梅の黒々とした樹影が、奇妙な姿でいくつも闇夜に浮かびあがっている。


 その先には「七折(ななおれ)階段」があった。

 七度も途中で折り返しがある、長い長いコンクリート製の階段である。

 この東の山の上には村営の「鎖和(さわ)墓地」というところがあった。七折階段はそこに至るための、唯一の道だ。昼間くらいしか行き来する人がいないので、外灯などは一切設置されていない。


 ごくりと喉を鳴らした僕のもとに、山の上から冷たい風が吹き下りてきた。

 まるで「おいで」と呼ばれているみたいだった。

 僕は意を決して、一歩を踏み出す。


 山にもたくさん梅が植わっている。

 その枝枝を横目に、僕は駆け足で上っていく。

 

「はあっ……はあっ、昔は、よくここで……ジュン姉と遊んだっけ……」


 息を切らしながら、かつての思い出を反芻する。

 そう。ここは、僕とジュン姉の遊び場だった。

 階段を上るのはどっちが速いかと競争したり、一番上から村を見下ろして誰それがどこを通ったとか言い合ったり、遠くの山や海をいつまでも眺めていたりした。


 ここにくるとどうしても思い出してしまう。

 でも、どんなに懐かしんでも、あの日々は戻らない。


「ああ……早く、行かなくちゃ。泣いてる場合じゃ……ない……」 


 こぼれてきた涙を拭って、重くなりかけた足を必死で動かす。


 僕は今まで、自分の事だけで精いっぱいだった。

 悲しんで。苦しんで。

 でも、ジュン姉は……そんなことを言ってられる立場じゃなかった。粛々と「式」は執り行われ、問答無用でコワガミサマのお嫁さんにさせられてしまった。きっとお役目だって、どんな心境だろうともやらされてしまうに違いない。


 一日「忌み日」を置いたら、あとはずっとコワガミサマとお役目をまっとうし続けなくてはならないのだと、そう母さんに教えられた。三百六十五日。毎晩毎晩。体調が悪くならない限り、休みなく続ける。それが、ジュン姉の「これから」なのだと――。


 僕は、そんなジュン姉のことも考えず、ひたすら自分の殻に閉じこもっていた。

 現実から逃避して。

 でも……今は違う。何がどうなっても、とにかく僕は、ジュン姉に会うと決めていた。


 七度目の折り返しを曲がって、最後の数十段を踏み越える。

 あと少しで頂上だ。

 墓石がいくつか顔を覗かせている。きっとあの向こうに……。


 なんとか上りきると、誰かの話し声が聞こえてきた。

 こんな夜更けにいったい誰が……?


 おそるおそる墓石の陰からその先を見ると、なんと二人の人間が墓地の真ん中で話し合っていた。


「えっとー、わたしはコワガミサマじゃなくて、コワガミサマのお嫁さんなんだけどー。ええと……このあとって、何すればいいんだっけ?」

「なにとぞ、なにとぞ、私のお願いを叶えてくださいませ!」


 ひとりは声の調子からジュン姉だということがわかった。

 ジュン姉……。数日ぶりのジュン姉の姿に、思わず目頭が熱くなる。だが、ジュン姉は妙なお面を着けていた。

 タコのような長い触手のついた白いお面である。

 あとは真っ白なワンピースを着ていた。


 もうひとりは……中年の男性だったが、どこかで見覚えがあった。


「ん? あれは……」


 そうだ。たしか昼間見た。

 汀トンネルの前で……頭地区の宮内あやめが乗っていた車の中にいた人物だ。


 中年の男性はジュン姉の前にひざまづいて、必死で手を合わせている。


「コワガミサマ、どうか……私めを県知事に当選させてください!」


 県知事? ってことはあの人、県知事の候補者なのか?

 僕にはまだ選挙権がないからあまり気にしてなかったけど、よくよく見ると、たしかに政治家っぽい雰囲気を醸し出していた。

 そんな人がわざわざこの村に来てコワガミサマに「お願い」をしているなんて……。


 前に僕は、頭地区の人が外部の人に「営業」をしているという噂話を聞いたことがあった。


 どんなコネクションかはわからないが、わざわざ有力な人物を村に連れて来て、法外な値段でコワガミサマに願いを叶えてもらうという。でもまさか、本当にそういったことが行われていたとは……驚きだった。


 あの男性は「ただの人間のヨソモノ」だ。いつもの、「普通のヨソモノ」ではない。

 いったいどういう扱いになるのだろう。

 村人のような願いの叶え方になるのだろうか……。


 そう思っている間にも、ジュン姉は首をかしげながら言う。


「えっとー、この人こう言ってるんだけど? どうするの、コワガミサマ?」


 ジュン姉が話しかけている。あの、コワガミサマに。


 前のお嫁さんである、シゲ婆さんは、コワガミサマと普通にお話ができていた。お嫁さんになると、神様と話ができる能力を授かるのだという。でも、ジュン姉も、まさかそうなっていただなんて……。僕は軽いショックを受けるとともに、恐ろしさに静かに身を震わせていた。


「ああー、うん……。わかったー。『儀式』ね……じゃあ、やるね」


 そう言うと、ジュン姉はお面をゆっくりと外した。

 中からは、前と変わらない綺麗なジュン姉の顔が現れる。でもなぜだろう。前と同じだとはっきり解るのに、どうしてもどういう顔なのか詳しく認識することができなかった。前の顔もどうだったのか、記憶があいまいになっている。


「ど、どういうことだ……?」


 まるで頭の中がぐちゃぐちゃとかき回されてしまったようだった。

 綺麗な顔のジュン姉は……その顔を男性に向けると、急に男のような声でしゃべる。


【佐伯一郎……お前は普段、何に対して一番罪悪感を覚える?】


 ゾッとした。これは……シゲ婆さんも昔、同じような声でしゃべっていたことがあった。

 境雲村の住人は、年に二回、コワガミサマに神社でお願いをする機会を設けられる。一つは大みそかの夜から元旦の未明に。もう一つは夏祭りの夜に、だ。


 その時に、御簾越しに聞いた声にそっくりだった。

 この男のような声は、コワガミサマが乗り移っている時の声だと言われている。


「ざ、罪悪感、ですか……?」


 中年の男性は戸惑っている。


【……そうだ。罪悪感を我に捧げよ。さすればお前の願いを叶えよう。……再度訊く。お前の場合、何に対して一番罪悪を感じる?】

「か、家族……にでしょうか」


 男性はコワガミサマの問いに、少しためらいながらも答えた。


【家族か……。お前は家族に対して罪悪を感じるのか?】

「は、はい」

【ふむ……それは罪深い。見たところ、お前は普段から仕事にかまけて家族をないがしろにしているようだな。それがお前の、一番の罪悪か】

「は……はい」

【いいだろう。ではこれからは……より仕事に励め。そしてより家族に罪悪を感じろ。罪悪を感じ続けるほどに、お前の願いは成就され続ける。ただし、罪悪を感じなくなったとき……天罰が下る。それを心しておけ】

「……は、はい!」


 男性はひざまづきながらも、何かを固く決意したようだった。

 ジュン姉はそれ以後黙っていたが、しばらくするとその背後になにやら黒い煙が現れ出した。


「あれは……?」


 僕は怪訝に思いながらも、様子を見続ける。やがてその黒い煙はしゅるしゅると細いひも状のものになり、ジュン姉の体に巻き付いていった。首や腕、足、それから顔、胸などがきつく締め上げられていく。


【ではこれより、契約の儀式をはじめる】


 その声があってすぐに、ジュン姉は高く空に舞いあがった。


「ああっ……くっ、苦しい……ううっ! やっ……あ、あああーっ!」


 苦痛を感じているのか、急にジュン姉が悲鳴のようなものをあげはじめる。

 あれも……以前、シゲ婆さんの時に見たことがあった。


 願いを叶える時には、必ずお嫁さんの苦悶の声が聞かされる。それはコワガミサマに願いを叶えてもらうときの必須の儀式だった。まずはその時感じている純粋な罪悪感を、コワガミサマに捧げなくてはならない。それによって、コワガミサマと自分との間につながりができる。あとは離れていても常にコワガミサマに罪悪感を捧げ続けられるようになる、というものだった。


 いつもは御簾越しでよくわからなかったが、あんな拷問のようなことをされていたとは……知らなかった。


 ぎりぎりと食い込む煙の紐は、確実にジュン姉を苦しめていく。

 多分、願いの大きさによってその強さや長さが変わるのだろう。僕が以前、シゲ婆さんにお願いした時には、あんなに長く苦しんではいなかった。あの時は、ジュン姉にもらった腕時計を無くしてしまって、それを見つけたいというだけのお願いだったのだ。


「あああっ……! うう、ううーっ……!」


 にしても長い。まだ苦しめられている。

 もういいんじゃないか、と思うが、この中年男性の願いはかなり難しい部類に入るようだった。願いに比例するように長くひどく苦しまなくてはならない、というのは……なんとも見ていられなかった。


 ジュン姉は荒く息を吐きながら、空中で身もだえし続けている。

 僕はもうたまらなくなって飛び出した。


「もう、やめろーっ! これ以上ジュン姉を苦しめるな!」


 宙に浮いたジュン姉の脚を掴んで、引きずり降ろそうとする。

 でも、まったく動かすことができなかった。黒い煙は形を変えて、さらに太く巻き付いていく。


「え? りゅ、リュー君……? どうして……」


 ジュン姉が僕を見下ろしていた。

 顔の印象はおぼろげだけど、でも僕はジュン姉が一瞬苦しみを忘れてホッとしているように見えた。


「心配でさ、来ちゃった……」

「え? 嘘……りゅ、リュー君!?」


 ぶわっと、ジュン姉の目に涙があふれているのがわかる。

 それははらはらと僕に落ちてきて、空の星が一斉に降ってきたみたいになった。でも、そこまでだった。一気に僕の視界は暗くなる。


【矢吹龍一か。お前に、天罰を与える……】

「え、やめてっ、コワガミサマ!!」


 二つのジュン姉の声が聞こえたかと思うと、僕の意識はそこでぷっつりと途切れてしまった。

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