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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第一章 異常な日々の始まり
8/39

僕の変化

 0403/22:00//矢吹家

 家に帰っても誰もいない。


 リビングには、おとといからのゲーム機が出しっぱなしだった。でも、あれで一緒に遊ぶ相手は……もう……。


 僕は冷蔵庫からペットボトルの烏龍茶を出すと、そのまま口をつけて飲んだ。

 四月とはいえ、一時間近くも山道を自転車で走ってくると喉がカラカラになる。本当に毎日憂鬱だ。今でさえ「こう」なのに、もっと気温が高くなったらどうなってしまうのだろう。


「水筒、もう少し大きくした方がいいかな。でも重くなるしな……」


 悩んだ末、結局そのままでいることにした。

 今使っている水筒は小さめのものだったが、もし足りなくなりそうだったら学校を出る際に水道の水でも入れておけばいい。

 今までだってそれでどうにかなってきた。だから……。


 そう、僕は変化を嫌っている。

 今のままで十分だと、もし変えてしまったらもっと良くないことが起こるのではないかと、恐れている。ジュン姉が隣の家からいなくなってしまったみたいに……。

 そういうのはもう、勘弁だ。


 二階に行って自室のベッドに寝そべる。

 頭に浮かぶのは、ジュン姉のことばかり。

 やがて母さんが帰ってきて、一緒に夕飯を食べた。お風呂に入って、電気を消す。その間ずっと、ジュン姉のことばかり考えていた。


「ジュン姉、どうしてるかな……」


 自室の天井を見ながら思う。

 式が無事に終わったので、コワガミサマのお嫁さんにはちゃんとなれたはずだが……でも「お役目」まで遂行できるかは疑問だった。


 だって、あのジュン姉だ。

 どうしていいかわからずに、今も戸惑っていたりするんじゃないだろうか。


 外からは、今日もヨソモノの叫び声が聞こえてくる。

 男や女の悲鳴。わけのわからない言葉の羅列。そんな呪詛のような声が渦巻く夜の村をジュン姉は歩かなければならない。いくらコワガミサマが側についていようと、あのジュン姉がパニックを起こさないわけがないのだ。


「ねえ、リュー君……。毎晩さ、外から聞こえる声って怖くない?」


 そんなことを以前言っていたくらいなんだから。

 僕は……布団をはねのけると、パジャマから制服に着替えた。詰襟なので、一つ一つ丁寧に金のボタンを留めていく。この制服は黒なので、もし万が一誰かに見つかりそうになっても物陰に隠れやすいだろうと思った。


 村の掟では、夜間の不要な外出は禁じられている――。


 夜は、コワガミサマとコワガミサマのお嫁さんが、ヨソモノたちの願いを叶える時間となっていた。

 そして、村人たちはその様子をけっして見てはならない。もし偶然彼らと行き会ったとしても、お嫁さんやヨソモノたちの顔を見てはならない、とされていた。


 玄関から外に出ると、母さんに見つかる可能性があったため、僕は二階の窓を開けてすぐそばにある庭木に移った。枝から枝へ慎重に足を運んで、なるべく音をたてないように下りていく。

 無事に下りきると、僕はさっそくジュン姉を探しに向かった。


 行ってどうなるものでもないけど。

 でも、ジュン姉の事が心配で、どうしても行かずにはいられなかった。


 変わりたくなかったけど、でも、やっぱり今のままじゃダメだ。

 気づくのが遅すぎた。

 でも、いまなら――。ジュン姉のためだったら、僕も変われるような気がする。


 とりあえず、闇雲に路地を走りまわる。

 何度かヨソモノと出くわしそうになったが、じっと動かないで顔を伏せていれば、相手は気づかずに通り過ぎていった。


 問題なのは、生きている村人と出くわすことだ。「お前、何をやってるんだ?」と確実に注意を受ける。それだけは、避けたかった。


 ジュン姉「に」見つかるのも、注意しなければならなかった。

 こちらから見つけるのはいい。でも向こうからは……ダメだ。

 ジュン姉はもう、コワガミサマのお嫁さんなのだ。一緒にいるであろうコワガミサマが僕に気付いたら、天罰を下されてしまう。


 まあ別に……もういいんだけどね。どうなっても……。

 でもジュン姉がどうなったかわからないまま「終わって」しまうのだけは嫌だった。できたら見届けたあとに、天罰を下されたい。


 だから、僕はものすごく慎重に行動した。

 足を速めるのと同時に、さまざまな場所に目を向ける。少しでも変化があれば立ち止まり、異変があれば率先してそこに向かった。だって、そこにジュン姉がいるかもしれなかったから。


「ジュン姉……!」


 興奮しているせいか妙に頭がはっきりしてくる。

 そうすると、ふと「ある場所」が思い浮かんだ。


「そうだ! もしかしたら、あそこに……」


 僕は踵を返すと、一目散にその場所へと向かった。 

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