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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第一章 異常な日々の始まり
7/39

頭地区の人

 0403/15:30/宮内あやめ・園田/汀トンネル前

 僕はとても……学校に行く気分になれなかった。

 あんなことがあって。

 生きる気力をまるで失っていた。

 ずっと家に引きこもって、死ぬのをただ待っていたかった。


 でも、そうすると母さんが泣くから……学校に行った。

 ちゃんとした理由がない限り、「生活」をサボってはいけない。「正しく」生きないとコワガミサマの天罰が下る。別に、いまさら神様の天罰が下ったって構わなかったんだけど、それだと母さんがまた泣くから……やっぱり学校に行った。


 僕は今日も、クラスの誰とも話をしない。

 それでも新学期は粛々と始まり、クラスメイトたちは新しい教室で、新しい教科書を開き、新しい先生の授業を受けた。


 僕だけが変わらなかった。

 周りだけがどんどん変わっていく。僕は変わりたくないのに。変わりたくなかったのに。ずっと以前のままジュン姉と過ごしたかったのに。

 周りだけがどんどん、変わっていった。


 別の教室や、体育館に移動する。元の教室に戻る。めまぐるしく時間が過ぎていく。そしてすべての教科が終わって、駐輪場に行く。

 白いヘルメットをかぶり、じいちゃんのお古の黒い自転車にまたがる。


 校門を出ると、ひたすら東の山道を目指した。

 この道は一本道である。

 うねうねとやたら曲がりくねっているが、村へと通じる道はこの道ぐらいしかない。木立の間を吹き抜ける風や、遠い波の音を聞きながら、僕は重いペダルを漕いでいった。


 時折見知った人に車で追い抜かされる。

 山をぐるっと迂回する形になっているので、とにかく先が長い。ああ……トンビみたいに空を飛んでいけたらいいのに。


「いや……もっと楽なルートがあるか」


 そうつぶやいて前を見る。

 左手の山側に、黒い鉄柵の門があった。こもれびを浴びてそこだけ明るくなっている。その門の奥には「(みぎわ)トンネル」という半円状の闇がぽっかりと口を開けていた。


「ここを通り抜けられれば、一番いいんだけどな……」


 けれどそこは、普段は厳重に鍵がかけられた「開かずのトンネル」だった。

 夏になれば足下ヶ浜の「海開き」があり、その時期だけは一時的に開放される。だがそれ以外は「(かしら)地区」の人たちしか使用できないようになっていた。


 なんとなく立ち止まって見つめていると、ふいに黒塗りの車が後ろから近づいてくる。トンネルの少し手前で停まると、運転席からスーツ姿のおじさんが降りてきた。


「ん? 君は……」

「あ、どうも」


 目が合ったので会釈しておく。


「…………」


 しかし、おじさんは無言のまま、ポケットの鍵を取り出して鉄柵の錠前を外しにいった。そして、重そうな両開きの門を開けはじめる。


 あ、そうか。この人も……「頭地区」の人なんだ。

 鍵を持っているので、たぶんそれしか考えられない。


 頭地区というのは、村の五つある地区の中で、最北の山間部のことだった。

 そこには境雲神社があり、「神様のお嫁さん」以外は神社をお世話する「宮内」の一族しか住むことが許されていない。ある意味「禁忌の土地」だったので、自然とそこの人たちは他の村人たちから一目置かれる存在となっていた。


 当然、僕も村の掟に従い、もっと丁寧な言葉で話さなくてはならなかったのだが……ちょっと挨拶の仕方を間違えたかもしれない。

 でも、運転手のおじさんはあまり僕を気にせず、車に戻っていった。

 なんとなく急いでいるみたいだった。


 おじさんが運転席のドアに手をかけようとした時、突然、ういいいんと後部座席のパワーウインドウが開いた。中からはポニーテール頭の女子が顔を出す。


「園田、ちょっと待ってて。あの子と少し話をしてくるから」

「…………。かしこまりました」


 園田と呼ばれたおじさんは、驚きながらも深くお辞儀をすると、うやうやしく彼女のために後部ドアを開けてあげた。

 すらりとした二の足が地面に下ろされる。

 出てきたのは、僕と同じ中学校の制服を着た女子だった。


 黒地のセーラー服に赤いスカーフ。

 それが、そよ風に揺れていた。

 ややツリ目がちの眼は猫のようだと感じる。体がわりと小柄だったのも、よりそれを強くイメージさせた。しかし……綺麗な顔立ちの子ではあったが、ジュン姉の可愛さには遠く及ばない。


「はじめまして。あなたが、矢吹龍一君ね?」


 鈴の音のような声があたりに響く。

 なんで僕の名前を知っているんだと思ったが、頭地区の人ならばありえると思った。

 彼らは村のことならなんでも把握している。そうしないと、コワガミサマに仕えることはできないのだ。


「そうだけど……何? いや、ナン……デスカ?」


 途中で気付いて、あわてて言い方を変える。

 こんな風にしゃべっていたことが母さんにバレたら、絶対怒られてしまう。


「わたしは宮内あやめ。頭地区の者よ」


 宮内……。

 やっぱり、と思った。


「あなたが、あのお嫁さんの……幼馴染だった人ね」


 だった、という過去形に、僕は唇をかみしめた。

 何も言えないでいると、宮内あやめはふっと微笑む。


「わかった。もういいわ。あなたがどんな人なのか、どんな顔をしているのか……一度確認しておきたかっただけなの。それじゃあね」


 そう言って、背を向けて去っていく。

 僕はようやくそこで我に返った。


「ちょ、ちょっと待ってください! ジュン姉は……ひ、日向純は今、どうしてるんですか? 元気でやっていますか!?」


 そう呼び止めると、宮内あやめは振り返るなり、僕の頬を張った。


「痛っ! な、なにす……」

「その名を外で口にするな! コワガミサマが聞いたら天罰が下るぞ!」


 鬼気迫る声でそう言われる。

 けれど、僕は頬を押さえながら、ゆっくりと視線を上げた。


「そ、そんな……別にもう、どうなったっていいんです。僕は。でも……ジュン姉のことだけが、心配で。お願いです、お願いですからどうか、教えてください!」


 宮内あやめは、僕の言葉を無視して去っていった。

 そして運転手にドアを開けてもらうと、また車に乗り込んでいった。彼女の奥の席には、もうひとり太った中年男性が座っているのが見える。

 あれは……誰だろうと思っていると、運転手の男も乗り込んだ。


「……さん、お待たせしてしてすみません。園田、行って」

「はい、かしこまりました」


 宮内あやめが、中年の男の名を呼んだようが、よく聞こえなかった。

 しばらくすると、またういいいんと窓が閉まって車が発進しはじめる。トンネル内で停車すると、また運転手が鉄柵を厳重に閉めていった。その間、いっさい僕の方を見ない。


 どうしたらいいんだろう。

 僕はすべて、諦めていたのに。やっぱり……ジュン姉のことが心配だ。


 走り去っていく車を見て、僕は「迷い」を自分の中に感じていた。

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