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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
プロローグ 何気ない日々の終わり
4/39

自宅で裁縫箱を探す

 0401/19:20/母さん/矢吹家

 母さんの部屋は、リビングの壁を一枚隔てた向こう側にある。

 僕は砂金を制服のポケットに入れると、さっそく廊下に出た。


 少し奥に行って、右を向くとドアがある。そこは洋室で、フローリングの床の上に一畳ほどのラグとダブルベッドがあった。


 僕はまず手始めに、手前のクローゼットを調べる。

 たしか裁縫道具は母さんの部屋にあったはず……そう思い返しながら、荷物を出していく。しかし、いくらひっくり返してみても、それらしいものは全く出てこなかった。


「おかしいな。どこにやったんだろ」


 そうこうしている間に、母さんが帰ってくる音がする。

 玄関の戸が開き、ただいまーと言う声。


「やばっ」


 僕はあわてて、また荷物をクローゼットの中にしまいはじめた。


「龍一、龍一いるのー?」


 母さんが僕の名を呼んでいる。

 きっと僕が二階の自室にいると思っているのだろう。でも返事がないので、諦めてダイニングへと移動したようだった。

 急にザアアア、と流しの水が流れる音がする。


「ふう。僕がまだ昼寝してると思われてるならいいんだけど……」


 そう、僕はたまにジュン姉と遊んだ後、疲れて自室で寝てしまうことがあった。そういうとき母さんは、帰ってきてもしつこく僕を呼びつづけるということはしない。

 今回もたぶんそうされたのだろうと思い、今のうちに早く片づけてしまうことにする。しかし、うっかりアイロン台と思われる大きな板を床に落としてしまった。


 ゴトンッ!


「な、なにっ? 今の音……龍一?」


 気付かれてしまった。

 母さんのいぶかしむ声と、ぱたぱたという足音が近づいてくる。


「うっ、まま、まずい!」


 見つかってしまう……!

 僕は観念したが、せめて元の状態にみえるようにしておかなければと、あわててクローゼットの扉を閉めた。


「龍一? そこにいるの?」


 そう言って部屋に入ってきた母さんは、ただただ呆れた顔をした。


「なにやってんのー、そこで」

「あ、えーと? その……裁縫道具を探してて……」

「裁縫道具ぅ?」

「そう。ちょっと、使いたくて……」

「ふーん。何に使うか知らないけど、とりあえずそこにはないわよ」

「え?」

「こっち」


 鼻を鳴らすと、スーツ姿の母さんはすたすたと歩いていく。

 僕は大人しくあとをついていった。


 母さんが向かったのはダイニングだった。

 え? ダイニング?

 盲点だった。食器棚の上に、手を伸ばしている。食器棚……そうだった。よく見たらあそこにあった。上部に取っ手が付いた木の箱、あれが我が家の「裁縫箱」だ。


「あんた、家の物の位置くらい、把握しておきなさいよ。ホントそういうところ、お父さんにそっくりなんだから……」


 そう言って、母さんはドンとそれを食卓の上に置く。

 僕はちょっとむくれながら言った。


「悪かったね、父さんに似てて。でも似るのは親子なんだから、しょうがなくない?」

「そうだけど。でも悪いところは似なくていいわ。で? いったい何に使うの? 服が破れたとかなら母さんがやってあげるけど」

「いや、そうじゃなくって、その……」


 なんと説明しよう。

 なんとなくジュン姉から頼まれたとは言い出しにくかった。だって言ったら絶対からかわれそうだったから。


「ああっ、もういいから放っといて!」


 とたんに恥ずかしくなって、奪うようにして裁縫箱を持っていこうとした。けれど、母さんが僕のその手を止める。


「待って。その前に……母さん、あなたに言っておかなきゃならないことがあるのよ」

「え?」

「いいから、ちょっとそこに座りなさい」

「う、うん……」


 いつになく真剣な表情の母さんに、僕はその手を振りほどきながら食卓についた。

 母さんも僕の対面に座る。


「あのね、龍一……。今日ちょっと、母さん帰るの遅かったじゃない?」

「え? あ、そうだっけ?」


 僕はすぐダイニングの壁にかけられている時計を見た。

 そういえば、いつもは六時台に帰ってきているのに、今日は七時を越えてしまっている。


「ああ、たしかに。それで? 何か用があったの?」

「うんまあ……。あのね、母さん今日、仕事が終わってから公民館に呼び出されてたの。それで遅く――」

「公民館に? 呼び出されてたって……誰に? なんで――」

「町内会。緊急町内会が開かれてたのよ。昼間っからね。母さんは昼にそれを電話で知らされてた。でも、仕事があったからすぐには行けなくて……終わってから向かったの。そしたら、そこにはすでに五地区全部の代表者が集まっててね。あれは実質、村の全体集会だったわ」

「村の、全体集会? それって……」


 祭りがあるわけでもないのに、それだけ人が公民館に集まるなんて……絶対に「ただ事」ではない。

 いったい何が起きたというのだろうか。


「いい、龍一? 心して聞いてね」


 母さんの表情がいっそう険しくなった。

 なんだ、なにを言おうとしてるんだ?

 僕は思わず生唾を飲み込んだ。


「コワガミサマの……現お嫁さんである『シゲ婆さん』がね、今朝亡くなったの」

「え?」

「それで……。次のお嫁さんが……隣の家の純ちゃんに決まったのよ」


 トナリノイエノジュンチャンニキマッタノヨ。

 何を……言ってるんだ?


「なにそれ」


 僕は理解が追いつかなくて、そんなマヌケな一言しか出せなかった。


「あんたと純ちゃんは小さなころから仲良しだったから、わたしも伝えるのが……とても辛いわ。でも、もうこれは決まってしまったことなの。純ちゃんも拒否しなかったらしいし……明日にはもう輿入れするって」


 コシイレスルッテ。

 コシイレ? コシイレ、って何だ。


「シゲ婆さんを見てるから、あんたもよくわかるでしょ? 純ちゃんはもう……これからずっと、あの山の上の境雲神社に住むの。だからせめて、明日は純ちゃんをちゃんと見送ってあげて――」

「ま、待って! ねえ……そんな、嘘でしょ? ジュン姉がそんな……」


 そんな言葉をようやく紡ぎ出せたが、母さんは残念そうな顔をするだけだった。


「わたしも、わたしだってこれが嘘ならどんなにいいかって思ってるわ。でも……誰かがやらなきゃいけないの」

「嫌だ」

「龍一……」

「嫌だ! そんな。なんで、なんでジュン姉が!!」


 僕は食卓の上の裁縫箱をつかむと、そのまま二階の自室まで駆けあがった。


「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! なんでジュン姉が!」


 そう叫びながらドアを勢いよく閉め、ベッドの上に倒れ込む。


「どうしてっ!! なんで、ジュン姉も……断らないんだよっ! さっきだって、なんにも言って――」


 そこまで言ったところで、ジュン姉の今日の態度を思い返した。

 そういえば、なんだかいつもと様子が違っていたような……。僕にめったにしない頼み事を……あの砂金の加工をお願いされた。

 僕はポケットの中を探って、例のブツを取り出す。


「僕に、これを頼んだってことは……僕のことを忘れないために……とかだったのかな」


 ジュン姉が何を考えていたかはわからない。

 これはあくまでも僕の希望的観測だ。

 そういう風に、僕との思い出を残したいと……思ってくれてたのだとしたら。それはとてもとても嬉しいことだ。でもその代わり……むちゃくちゃ悲しくなる。どうして、どうしてなんだ……。

 じんわりと目頭が熱くなってくる。


「な、泣いてる場合じゃ、ないな……」


 もしそれが、「最後の」ジュン姉のお願いだったとしたら、どうにかして叶えてあげたい。


 僕が……ジュン姉をさらって、ここではないどこかに連れて行って、村との一切のかかわりを絶つことができたら、そうできるだけの力が、あればよかった。

 でも、そんなものはない。僕はただの中学生なのだ。

 僕には、何の力もない。


 自転車の通学だってひいひい言ってる非力な人間なのだ。

 どんなに好きな人でも、「命に代えて守りたい!」なんてことを思ってても、何もしてあげられない。それが……今の僕だった。


「どうして……ジュン姉……」


 僕が苦しいと感じている理由はもう一つあった。それは、ジュン姉がこの件を「拒否しなかった」ということだ。

 なにかしら、嫌だと抵抗してほしかった。

 なんなら僕にも助けを求めてほしかった。

 でも、ジュン姉は……僕に何も言ってくれなかった。そんなそぶりも一切……見せなかった。


 それは僕を頼れないという意志の表れだ。

 僕に言ってもどうしようもない。だから最後まで余計なことは言うまい、心配させまいと思ったのだろう。ひとりで、運命を受け入れることを決めたのだ。


 少しは頼ってほしかった。

 頼れない、僕だとしても。

 唯一ジュン姉に頼ってもらえたのは、この「お願い」だけだった。なら、僕はこのお願いを全力で叶えるしかない。それしかもう僕にできることはないのだから。


 僕はもう一度砂金を見つめた。


「身に着けられるようにしてほしい、って言ってたよな……」


 僕は裁縫箱の引き出しを開けた。

 中には、糸や針、そしていくつかの端切れなどが入っている。


「ジュン姉。僕は……料理と洗濯と掃除はできるようになったけど……裁縫は全然なんだよ。でも頑張る。これからジュン姉がやらなきゃいけないことに比べたら……きっと、ホントたいしたこと……ないんだから……」


 ぼろぼろと目から熱いものがあふれてくる。けど、僕はそれをすぐに制服の袖で拭った。

 ジュン姉が好きそうな柄の布を選び、裁断する。そして、針に糸を通し、縫っていく。


「ジュン姉……ジュン、姉……」


 そうして、僕は徹夜で「それ」を完成させた。

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