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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
アナザールート
38/39

ルートB 成神の場合

0724/13:55/成神・平井/月刊オカルト・レポート編集部

 がちゃりと戸が開き、男が入室する。

 部屋にいた者は男を見ると一瞬で晴れやかな顔になった。


「おっ、帰ったか。成神!」

「はい。ただいま戻りました」


 とある出版社の五階。月刊オカルト・レポートの編集部。

 成神と呼ばれた男は、そこに常駐していた編集長の平井と軽く挨拶を交わすと、すぐさま来客用ソファへと体を投げだした。


「で? どうだった、『取材』の方は」


 席を立った平井が、給湯室の方へと歩を進めながら訊ねる。


「……いつも通りですよ。無事に終えてきました」

「そうか。それは上々上々。ま、ひとまず休め」

「はい」


 成神はごろりと仰向けになると、額の上に片腕を乗せた。

 すると、どこからともなくコーヒーのいい香りが漂ってくる。顔を上げると、二つのマグカップを手にした平井が戻ってきた。


「ほい、コーヒー」

「ありがとうございます」


 片方を差し出されて、成神はそれをありがたく受け取る。

 平井はカップに口をつけながらローテーブルをはさんだ向かいのソファに座った。


「今回はどこに行ったんだ?」

「また、そこからですか?」


 成神は起き上がりながら、うんざりしたように平井を見る。


「ああ、今回も『取材に行く』としか聞いてなかったからな」

「やっぱり記憶が改ざんされてる……。毎回こうだ」

「仕方ないだろう。それがお前の『能力』なんだから。取材に行くってことだけはわかるが、どういうわけか俺は帰ってきたお前からしか取材の内容を把握できない。まあ、毎回すごい話を聞かされるから面白くっていいんだがな」


 あっはっはと豪快に笑って、平井は早速飲み干したカップをテーブルに置く。


「まあ、とにかく早く話せよ。成神」

「はいはい。今回向かったのは境雲村という東北の小さな集落です」

「ほうほう」

「俺たちにコンタクトを取ってきた中学生がいましてね。矢吹龍一君というんですが……この子の、幼馴染のお姉さんがこの村で信仰されている邪神のお嫁さんになってしまったらしくて。それをどうにかしてほしいというお願いでした」

「はあ。矢吹君、ね……」


 まったく思い出せていない様子の平井を見て、成神は苦笑する。


「やはり思い出せませんか」

「ああ、顔も名前もさっぱりだ」

「まあ……その子はもとより、その村も、取材に行く前はたしかにこの世に存在していたんですが、今では地図上からもさっぱり消えてますからね。信じろとか、そういう話はしないですよ。今回も」

「いつも思うけど、これ、本当に奇妙な現象だよなあ……」

「話を戻します」

「あ、ああ……」


 強制的に軌道修正をされて、平井はすぐ我に返る。


「それで、成神はいままで何をしてきたんだ?」

「彼と会ったのは四月でしたが、いろいろ準備をしなければならなくて、結局村には七月に行くことになりました。昨日行って、今日帰ってきました。ここまではいいですか?」

「ああ。いいぞ」

「それで、昨日の午前中は……境雲村の隣町、貝瀬市の資料館に行ってました。境雲村との歴史を調べるには村よりも近隣の大きな自治体の方が有力だと思いましてね。で、これが、境雲村についての資料のコピーです」

「……? なんだこれは。真っ白じゃないか。」


 ローテーブルに広げられた書類は、どれも白紙だった。


「たしかにコピーできてたんですけどね。まあこれも毎回の事ですが、神を消滅させた後はだいたいこうなります。その資料館の原本も、今は無くなっていることでしょう。境雲村はかつて金鉱山があったらしいんですが、それも最初からなかったことになっています。すべて……俺のこのノートにしか、情報は残っていないです」

「はあ。どれ、見せてみろ」


 平井は成神から一冊のノートを受け取ると、それをぱらぱらとめくった。


「ここまで詳細な地名、地形、歴史が調べてあると、お前が急ごしらえで作ったわけじゃないことはだけはわかる。まあ、これもいつものことだが信じるよ。……で? 村に着いてからはどうしたんだ」

「まず、またその矢吹君と接触しました。そしてまた別れてから、村の各地にこれを――」


 続いて成神が取り出したのは、小さな桐の箱だった。


「この中には、僕の血と肉の一部が入っています。これを、村の各地に放置しました」

「ああ、それな。気味悪いけど、神を消滅させるための装置、だったっけ?」

「そうです。まあ、今回は村全体が神と結びついていたので、何カ所も置く羽目になってしまいましたけど」


 成神は矢吹龍一とともに村のあちこちを巡ったことを話した。


「コワガミサマと呼ばれる神が、人の運の確率を操作する神だというのは、村を調査していくうちにわかりました。そこかしこに、神の関与した痕がありましたからね。それ故、村はとても歪な状態でした。土地も、そしてそこに住まう人たちも、なにもかもが――」

「神と密接につながりすぎていたわけか」

「はい」


 成神はマグカップを手に取ると、その中の液体を見つめた。


「まるで、このコーヒーのように混沌とした空間でした。コワガミサマを排除すれば、すべてが崩壊する、無くなる。それをわかっていても俺は……」

「ああ。たしかお前は、そんな邪神を葬ることが使命、だったか」

「はい。俺は、あくまでも俺のために行動しようとしてました。当初の目的通り、神を消滅させるのが、最優先。矢吹君たちのことは二の次。彼を欺いてでも、己の使命を果たそうと――しました。でも……」


 ぬるくなりはじめたコーヒーを、成神はぐいっと一飲みした。


「せめて約束を守ってあげよう、と思って。一回でも彼と、約束してしまいましたからね。彼と、彼の幼馴染のお姉さんを助けてあげるって。だから、例の装置を使ってすべてを消滅させた後、本来ならば消えるはずの彼を、彼だけを、●●●●●様の夢から抜け出させてあげたんです」

「ほう」

「そして、さらに、彼に別の選択肢を選ばせてあげました。彼が、自分の意志でその道を選ぶことで、●●●●●様が別の夢を見れるようにしたんです。そうしたら、彼はあろうことか、輝くトラペゾヘドロンを顕現させました」

「輝くトラ……? なんだっけ、それ」


 平井の間抜けすぎる質問に、成神はあきれながら答えた。


「もう、これも何回目ですか? 輝くトラペゾヘドロン、ですよ。全ての事象を改変させることができる神器です。これには、驚きましたね。まさか彼がそんなものを顕現させられるとは思ってませんでしたから。とにかく、矢吹龍一君は彼の望む世界を作り出して、そこへと旅立っていきました」

「てことは……」

「はい。もう誰もあそこには残っていません。何も。あるのは大自然と、俺の記憶だけです」

「はあ……一夜にして消え失せた村、か。それは割と面白い記事になりそうだな」

「お気に召していただけたようで、結構です」


 成神は立ち上がると、自分と平井のマグカップを手に取って言った。


「これ、俺が洗ってきます」

「そうか? 悪いな」

「いえ。淹れてくれたお礼です」


 にっこりとほほ笑むと、成神は給湯室に行き、ささっとマグを洗って戻ってきた。


「はあ、でも……毎度のことながら疲れますね、こういった『取材』は」

「そりゃあ、お前のライフワークなんだから仕方ない」

「そうなんですけど。でも、編集長にもいろんなこと、いちいち忘れられてて、毎回面倒くさいんですよ。去年だって……」

「面倒くさいってな、お前。そりゃ俺のせいじゃないだろ」

「そうなんですけど。でもやっぱ面倒くさいです」

「お前なあ。もうコーヒー淹れてやらんぞ」

「すいません。じゃ、さっそく記事、書いちゃいますね」

「頼んだ」


 そうして、成神は自分のデスクに向かい、平井はそばにあった新聞を広げて読み始める。

 編集室にはカタカタと、ノートパソコンのキーを叩く音だけが響きわたった。

 成神はふと、メールソフトを起動させてみる。

 そこには矢吹龍一とのメールのやりとりが何通も保存されていたはずだが、今は一件もない。当然だ。すべては無かったことになったのだから。


「今は、いったいどんな世界にいるのかな、矢吹君……」


 そのつぶやきはとても小さく、誰にも聞かれることは無かった。

 けれど、それに応えるかのように、ポンと一件、新しいメールが受信される。


『うちの村で、奇妙な風習と信仰があるんです。一度話を聞いてもらえませんか?』


 それはまた新たな邪神の存在を知らしめる、一報だった。

 成神の口角は自然と上がっていく。


「そんなに急かさないでよ。今はこの記事をまとめるのに忙しいんだからさ」


 カタカタとまたキーボードの音がしはじめる。

 と同時に、ソファの方から大きないびきが聞こえてきた。見れば平井が大きくのけぞった姿勢で居眠りを開始している。


「呑気なもんだなあ。まあ、あの人はあれくらいでちょうどいいんだけど」


 今日も編集部は、平和な午後を迎えている。

 平和すぎて、思わず成神もあくびが出てしまうような始末だ。


「あーあ。もう一杯、コーヒー飲もうかな」


 コキコキと首を鳴らしながら立ち上がり、成神はまた、給湯室へと向かったのだった。

すいません、更新が少し遅れてしまいました。

ルートB成神エンドです。

次回はジュン姉がたどったルートを書こうと思います。

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