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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第四章 海開き
32/39

境雲神社へ潜入

0723/18:00/成神さん・宮内あやめ・園田/境雲神社

 結局、往復二時間もかかってしまった。

 もうヘトヘトだ。


 昔の人はよく、こんな山道を毎日登ったり下りたりできたものだと思う。さらに坑内での掘削作業もプラスされていたから、今の僕とは段違いに疲れていたハズだ。

 僕なんか、隣町へ自転車で行くだけで息があがってしまうのだから、この弾丸ハイキングはかなりのキツさだった。昔の人はすごいなあ、なんてつい感慨にもふけってしまう。


 やがて、境雲神社の社殿が見えてきた。


 成神さんは、今度はあそこを調べると言っていたけれど……いったい何を探るつもりだろう。

 僕は前を歩く成神さんの背中を見やった。


「矢吹君。これから君の……幼馴染のお姉さんがいるところに向かう」

「え? ジュン姉のところ、ですか?」


 成神さんは真剣な表情で僕に振り返った。

 僕はキョトンとして見返す。


「ふふ、何を驚いているんだ。せっかく俺らはいま『透明人間』になれているんだ。このチャンスを活かさない手はないよ」

「そ、そうですけど、でも……危険では?」

「心配するのはわかる。でも、俺の『不感知の術』は強力だから……うん。安心してほしい。それにこれはコワガミサマを倒すために必要な『調査』なんだよ」

「調査……」


 コワガミサマを倒す。

 やはり……成神さんはそこまで考えて行動しているのか。


 僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「成神、さん。僕はあの神社の全てを知っているわけじゃ……ないんです。だから施設内を案内するとかはその……それに今、コワガミサマからジュン姉の姿を見えなくされるという『天罰』を僕は受けているんです。そんな僕がジュン姉のところに行ってもその、あまり意味がない……というか」


 モゴモゴ言って、僕が煮え切らない態度でいると、成神さんは軽くため息をついた。


「まあ、俺はまだその天罰ってのを受けてないからね。関係ないけど……気乗りしないなら俺だけで行くよ」

「えっ? あっ、ま、待ってください! やっぱり僕も」


 成神さんはこちらのことなどお構いなしにすたすたと歩いていく。


「び、ビビッている場合じゃない……ちゃ、ちゃんとしろ、僕!」


 そう、彼についていかなければ。

 成神さんが何をしようとしているのか、彼を呼んだ僕にはそれを見届ける義務がある。

 僕は急いで後を追った。

 

「じゃあこの辺からいってみようか」

「…………」


 成神さんはいつのまにか建物同士を結ぶ渡り廊下への階段を見つけていて、そこをタンタンと上っていた。


 脱いだ靴を持って僕もついていく。

 幸いあたりには誰もいなかった。

 まあ、いたとしても僕らの姿は見えないし、気づかれないはずなんだけど……僕はずっと緊張しっぱなしだった。見つかるんじゃないかと思って。


 成神さんは廊下の先に行くと、いきなり突きあたりの部屋の戸をからっと開けた。

 どこも障子戸だったが、ここにも人のいる気配はない。がらんとした和室だけが広がっている……。


 成神さんは口の前で人差し指を当てると、そっとつぶやいた。


「いいかい、矢吹君。俺たちの姿は見えないけれど、こうして戸を開けたり物を動かすと、それは認識されてしまう。だから極力しないことだ。あと声。これも小声ならいいけれど、びっくりした時とかの大声は気づかれてしまう。俺たちは幽霊、みたいなものだからね、気付かれたらこの術は簡単に解けてしまうんだよ。今後はそれらに注意しながらついてきてくれ」

「は、はい……」


 幽霊。

 この状態は、とても妙な気分だった。


 成神さん自身も言っていたけれど、僕らは今、透明人間とも言える「誰にも姿が見えない」状態だ。

 村の中を歩いていた時も思ったけど、誰からも認識されないというのは、妙な寂しさを覚える。でも、同時に万能感もあって……つまりは本当に妙な気分にさせられていたのだった。


 成神さんは戸を元のように閉めると、今度は明確な意志をもって進みはじめる。


「すごく禍々しい気が……奥から流れてきている。たぶん、あっちだ」


 彼の言うままについていくと、向こうから急に誰かがやってきた。

 あれは……宮内あやめだ。

 宮内あやめと、その運転手である園田だった。彼らは何事かを話しながらこちらに近づいてくる。


「まずい、ちょっと脇に隠れよう」


 成神さんは廊下の手すりをまたぐと、中庭の砂利の上に下りた。

 僕も同様にして渡り廊下の下に移動する。


「園田」

「はい、なんでしょうかお嬢様」


 ふたりは、間の悪いことに僕らのすぐ上で立ち止まってしまった。すぐ近くなので声がダイレクトに聞こえてくる。

 宮内あやめは、一呼吸置くととても深刻そうに語り出した。


「あれ、大丈夫なの……?」

「何がでございますか」

「コワガミサマのお嫁さんよ。あの人かなり、精神が壊れてきてない?」

「そう……でございますね」


 精神が、壊れてきている?

 どういうことだ。ジュン姉の身にいったい何が……。


「もともと純粋な女性だったようですからね。そこがコワガミサマの気に入るところだったようですが……身に余る願いをしたために、コワガミサマからの侵蝕が進んでいるようです」


 侵蝕……。

 は?


「依り代にとってそれは避けられないことではあるけれど……あれは進み過ぎね。前のシゲさんは無欲の人だったからあれだけ長引かせることができた。でも、あの人は……」

「そうですね。心配でいらっしゃいますか?」

「心配? わたしが?」


 ハッとあざけるように笑うと、宮内あやめは愉快そうに答えた。


「そうね。すぐに次のお嫁さんを……探さなきゃいけないかもだから、心配と言えば心配ね。でも、この村に年頃の娘はそういないわ。ねえ、わたしがもし次のお嫁さんになったらどうする?」

「あやめお嬢様が、ですか?」

「そう。宮内の人間が過去に選ばれたこともあったそうよ」

「…………」


 園田は一瞬黙り込むと、さっとあやめを抱き寄せて……口づけ、をした。

 口づけ?

 僕らは目の前でいきなりキスシーンが展開されて、目を見開く。


 この二人……って、こんな関係だったのか?

 だって、親子ほどの年の差だぞ。


 あり得ない光景を前に、僕らは息を殺すのに必死だった。

 一方僕らに気付かないあやめは、ニヤリと笑っている。


「なに。なんで今、キスしたわけ?」

「申し訳ございません。そのようなことは起こってほしくない、と危惧しましたので」

「はあ……そう。ま、その可能性はとても低いわ。だからそんな心配しないで」

「はい、お嬢様」


 園田はうやうやしくもう一度あやめに近付くと、丁重にキスをして、それからまた穴の開くようにあやめを見つめた。


「何よ、さっきから……」


 あやめはそんな園田の行動に、照れたようにそっぽをむいて赤い頬を押さえている。

 僕らはいったい何を見せつけられてるのだろうか……。

 あやめのこんな態度を目にするのは初めてだった。でも、別に特別見たかったわけではない。早く通り過ぎてくれないかなあ、などと思っていると、あやめが意外なことを話しはじめた。


「あなたも、そういえばずいぶんと変わったわよね。村の外の人間だったのに。いつのまにこんな……わたしと肩を並べるようになったのかしら」

「……私を拾ってくださった、本家の大旦那様のおかげです。職はもとより、このように素敵な主を私に与えてくださって……感謝してもしきれません」

「わたしはいつあなたの物になったのかしら?」

「おや。賜ったと心得ておりましたが。違いましたか?」

「わたしは『物』じゃないわ。コワガミサマのお嫁さんじゃあるまいし……失礼なこと言わないで」


 やはりあやめは、ジュン姉のことを「物」扱いしていた。

 聞けば聞くほどイライラする内容だった。いちゃついているのもあるけれど……それ以上にジュン姉の扱いがひどすぎる。

 ジュン姉だって、そんなふうに思われたいわけじゃない。だから、あやめが言っていることは凄く失礼なことなのだ。


「…………」


 僕は、宮内あやめの意外な一面を見てしまったことをものすごく後悔していた。でも、ひとつだけ収穫もあった。


 彼女もコワガミサマのお嫁さんになることを避けたがっていた。

 彼女も、恋人とだけ結ばれたいと願っていたのだ。


 それはこの「神様のお嫁さん」というシステムに破たんがあることを意味していた。頭地区の人ですら、そういう認識だったのだ。やはりメリットだけではない。デメリットもある。


 誰だって、犠牲にはなりたくない。

 村のためだとは言っても、自分だけはその哀れな者のひとりにはなりたくないのだ。それが普通の人間の感情というものだ。


 やはり、こんな村の因習は滅びるべきだと、僕は改めてそう思った。


「ふふ。まあ、わたしのことは置いておいて……今のお嫁さんにはもう少し頑張ってほしいわね。そうじゃないと、あの元付き人も……あの役についていた甲斐がないもの。あいつはすごく失礼なやつだったけど、お嫁さん以上に悲惨な運命を辿るんだし。せめて自分のおかげでお嫁さんが延命したのだと知ってほしいわ」

「本当に、お嬢様はお優しい方ですね」

「皮肉は止して頂戴。……さ、行きましょう」


 ふたりはそうして、また別の建物へと行ってしまった。

 延……命?

 ジュン姉の命が、ってことか? それって、いったいどういうことだ。僕の、おかげ……?


「まずいことになってるみたいだね」


 成神さんは宮内あやめたちが完全に離れて行ったことを確認すると、そう小さな声でつぶやいたのだった。

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