金鉱山跡
0723/16:00/成神さん/金鉱山跡
成神さんの術のおかげで、僕らは誰にも気付かれることなく、神社の前まで来ることができた。
目の前には大きな門があり、その左右には延々と上部に有刺鉄線がついたフェンスが伸びている。
「うーん。これ、どうやって入ろうかな……」
がっちりと閉まった戸とフェンスを前に、成神さんはとても困っていた。
年に二回しか一般解放されない門は、常に守衛の人が見張っており、イレギュラーな参拝客は必ずチェックされることになっている。
よって、ここを通ることはできない。
「あっちの方に入れるところがあります」
以前、僕は境雲神社から抜け出そうとしたときに、フェンスの穴を発見していた。なので、僕はそこへ成神さんを案内した。
「よい、しょっと」
枠から微妙にフェンスが外れている所を、強引にこじ開けて入る。
「これは、野生動物とかが開けたもの……かな? この先は森が続いているけど、この辺ってクマは出る?」
「クマの被害は近年聞いたことないですね。でも、シカくらいはいるかもです」
「ああ、そう」
僕らは神社の横の森の中を進んだ。
右手には長い参道と、宮内の者たちが住む家々が見える。何名かの黒服がうろついていたが、例によって誰も僕らに気付く者はいなかった。
「ジュン姉、もう神社に帰ったのかな……」
また今日も夜のお役目がある。それに供えて、戻って休んでいる可能性は高かった。でも、あんな出来事があった後だ。ジュン姉がきちんとお役目を果たせるか心配だった。僕という付き人がいなくなって、ヨソモノたちとちゃんと対峙できるだろうか。
「ジュンさん……とかいうお姉さんのこと、心配かい?」
「え?」
成神さんにふとそう言われて、僕は顔をあげた。
「え、ええ。今夜もまた夜のお役目が……ヨソモノの願いを叶えるという儀式があるんです。今までは僕と一緒だったけど、今日はジュン姉一人だから……」
「じゃあやっぱり、それが始まるまでには調査を終えておかないとな」
「え?」
「この森の奥には、金鉱山の跡がある。それをこれから調べに行く」
「ちょっ……神社に、行くんじゃないんですか?」
「神社もだけど……金鉱山もね、気になるからさ。それにこれは君が教えてくれた情報だ。自分でもちょっとこの鉱山のことをいろいろ調べてみたんだが……たぶんそこに何かある。そう確信したね。だからまずはそっちの調査に行く」
「何かって……なんですか?」
「まあ、行ってみてからのお楽しみ」
境雲村の金鉱山。
僕が村の人に聞いて調べたところによると、江戸時代から大正時代ぐらいまで稼働していたらしい。でも、今では掘り尽くされて閉山している。誰も寄り付かないのでどうなっているかは誰も知らなかった。そのことを、メールで成神さんに伝えたのだけれど。
彼は、何をもってそこを調べようと思ったのだろう……?
住職の話も伝えたからか。それで、金のことをあれこれ探ろうとしているのだろうか。
たしかに、全ての始まりはそこだ。
僕らは神社の裏側まで回って、その奥の山道を登りはじめた。
「うわっ、なんだこれ……?」
足元に急にレールが出現した。
ほとんどは草に覆われていて見えなかったが、武骨な鉄の塊がどこまでも伸びている。
「これは……鉱石を運び出す貨車用の鉄道だな。隣町の市立図書館で文献を見たが……どうやらこれはさっきのフェンスのあたりまで伸びていて、かつてはあの汀トンネルとかいうトンネルを通じて隣町まで続いていたようだ」
足元のレールを見ながら、成神さんがそんな風に説明してくれる。
「隣町って……貝瀬市、ですか? 境雲村に来る前に、そこで調べてたんですか」
「まあね。バスに乗っている間、道の様子をなんとなく眺めて来たが……どこも舗装し直されていてその跡は見えなかった。でも、この山にはまだ残っていたみたいだな。そのまま放棄されていると言った方が正しいか」
たしかに成神さんの言った通りだった。
レールは存在しているが、草も木も伸び放題で、打ち捨てられているという表現がぴったりだった。だんだん山道と呼べるような道はなくなっていき、僕らはかろうじて見える鉄の軌跡をたどりながら、木々の間を抜けていった。
「こんなものがあるなんて、全然知りませんでした……」
「無理もない。閉山も、もう何十年と昔の事だからね。様変わりもするだろう。君らのような若者は知らないはずだ」
そうして僕らは、ようやくその先に切り立った崖を見つけた。
細い滝が崖の上の方から流れ落ちている。その滝の向こうに、暗い、ぽっかりとした入り口が出現していた。レールの先はその中へと続いているようである。
入り口付近には建物があった名残りなのか、石垣だけが残っていたり、錆びついて変形したトロッコなどが横たわっていた。
「じゃあ、行くか」
「はい。濡れないでしょうか」
「まあ、横から上手く入れば大丈夫だろう。携帯のライトで進もう。俺は酸素の確認のためにライターを付けていく。君はライトの方を照らしてくれ」
「はい」
スマホのライトをかざしながら坑内に入ると、冷たくて湿った空気に出迎えられた。
僕はぶるっと身震いする。それはたんに肌寒く感じたから、だけじゃない。まるで一個の生物の体内に入ってしまったかのような妙な恐怖を覚えたからだ。
「大丈夫かい、矢吹君」
「あ、はい。なんか、変な感じです。まるでここ……」
「ふふ、やっぱり君は素養があるな」
「え? 素養?」
「霊能力の、だよ。俺の弟子にならないか? もしくは俺たちと同じ編集部員に。編集長には俺から話を通しておくからさ、将来うちで働かないか」
「え、ええと……考えておきます」
僕に霊能力があるだって?
たしかに、コワガミサマを見たり、ヨソモノをはっきり認識できてはいる。でもそれは、コワガミサマが僕に、ジュン姉の付き人の任を与えたからだ。そう。そう思っていた。でも……もしかしたらそうではなないのだろうか?
「僕が、『月刊オカルト・レポート』の編集者……」
それもいいかもしれないと思った。
まだ中学生で、将来の事とかあまり考えたことがなかったけれど、村の調査とかちょっと楽しかったし。向いているのだったら、いつかやってみたい。
「おっと、その気になってきたかな? じゃあ、そんな矢吹君にひとつ質問だ。この風景、どう思う?」
「えっ?」
ふと前を見ると、成神さんの肩越しに、何か妙なものが見えた。
それは……一面の触手。
半透明のコワガミサマの触手に似た何かが、ある位置からびっしりと、坑道の壁や天井、床に生えていた。
「なっ、なっ……!」
「俺たちは感知されない術をかけているから、これに襲われることはない。近くを通っても触れられないし、捕まることもないだろう。でも……俺たち以外の普通の人間が入ったら、どうなると思う?」
「え、ど、どうなるんですか?」
「さあね。君の報告によると……この『透明な触手』というのはコワガミサマのもの、なんだろう? じゃあこれは人間にどんな作用を施す?」
「え、そ、それは……」
わからない。
生身の人間には、直接的な作用……があるはずだ。
さっきの、チャラい大学生たちみたいに。天罰が与えられると、行動が操られたりする。
「そん、な……。鉱山が盛んだったころも、こうだった……んですか?」
「さあ、どうだろうね。ただこれが見えるのは、一部の者たちだけだ。僕らみたいなね。あくまでも霊的な存在だから、あっても大抵の人間には気づかれなかっただろう。いや、この村の人たちにだけはみんな『見えて』いたのかな?」
「え、ええと……」
僕は少し考えた。
「たしかに、天罰を与えられる時だけは、こういった触手が見えるそうです。僕はいままでそんな状況に遭遇したことがあまりなかったから、見始めたのは今年に入ってからなんですけど……。でも、だったら鉱山で働いていた人たちは……?」
成神さんはにやっと笑って言った。
「働かせられていた、のかもしれないね。そして触手が見えても『ないもの』と思い込まされていたのかもしれない。金がこの山にあると最初の人間に噂を流させ、人を呼び、この金を掘り出させた……。そういうふうに、君の村の神様は人を操ってきたのだろう」
「ど、どうしてそれを……」
「ふふっ。矢吹君。君自身が、教えてくれただろう、この村の成りたちを。住職の話だよ」
「ああ……」
「あれ、よくよく考えて見たら面白いんだ。普通、貴金属が出ると山師がその噂を聞きつけ、大勢の人を連れて掘りに来て、事故のないように、より多くの貴金属が出るように、近くに神社を建てたりするんだ。でも、この村は違った。全部逆だった」
「逆?」
「そう。最初に、コワガミサマという神様が居て、金の出土があり、それによってより人々が集まり、村ができていった。神様は最初からいた。そういうことをする存在はアレしかいない」
「え……アレ?」
成神さんは洞窟の触手群を眺めながら言った。
「侵略者だよ」
「し、侵略者?」
「そう。地球以外からやってきた生命体」
「……はあ?」
僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
なんだって? それじゃあまるで……オカルトだ。地球以外から……? そ、そんなの……。
「住職曰く、『コワガミサマは昔、他の神様たちと一緒に天から降りてきた』……つまり、そういうことだろう?」
「えっ、えっと……ちょっと待ってください。それ、なにかの冗談ですか? コワガミサマが……まさか宇宙人だって、そう言いたいんですか!?」
「まあそういうことになるだろうね。一度、僕は同じような存在を『消した』ことがあるんだ。これはそのケースにとてもよく似ている。やっぱりね」
「え? えええぇっ!?」
祓う力があるとは聞いていたけれど……そんな、宇宙人を消す? どんな超人だ。まるで、小説か、漫画の中の主人公みたいじゃないか。
「デイダラボッチ信仰は日本の各地にあるんだよ。巨人とか、世界にも似たような神話が伝わっている。それらは全部、宇宙からやってきた侵略者なんだ。僕はそれを消滅させる能力を持った民の末裔……僕がここに来た理由は、それだ」
成神さんはそんなことをポロっとカミングアウトしてくる。
僕はもう、頭が追いつかなかった。
コワガミサマが宇宙人? デイダラボッチ? 巨人? そしてそれを消滅させることができる民が成神さんだって? 僕は、動揺しながらも、畏敬の念で彼を見た。
「そーれっと」
成神さんはポケットから何かを取り出すと、それを洞窟の奥に放った。
かつんと地面の岩に当たる音がする。
「さて、これでいい。調査と仕事が終わった。次は神社の方に行こうか」
「え……あ、はい」
人の形をしているけれども、僕は成神さんもなんとなくその「宇宙人」なんじゃないかという気がしてきた。でも、今それを問いただすのは恐ろしい。
僕らは洞窟を後にすると、また線路をたどって下山していった。




