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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第四章 海開き
30/39

廃屋

0723/15:30/成神さん/廃屋

 境雲村にいくつもある廃屋。

 その、比較的新しい家に僕は逃げ込んでいた。


 表からだと追っ手にすぐ見つかってしまう。

 だから、わざわざ裏手に回って勝手口を壊した。

 戸の上部にある硝子窓を割って、中の鍵を開けたのだが……音を不審に思う人はいなかった、と思う。なぜなら周辺の民家も皆廃屋だったからだ。


 中に足を踏み入れると、むわっとした空気が立ち昇った。

 今は七月。気温は優に三十度を超えている。

 僕はさすがに熱中症になってしまうんじゃないかと思った。でもどうすることもできない。


 自宅に帰る?

 いや、それだけはできなかった。どうせ頭地区の黒服たちが張り込んでいるだろう。


 それとも、頑張って境雲村から逃げ出す?

 運よくそうできたとしても、その先どこへ行っていいかわからない。僕には親しい友達もいなければ、頼れるような親戚だっていないのだ。


「それに……僕だけ遠くへ行くことはできない……」


 僕はそうつぶやくと、スマホを取り出した。


「もしもし……成神さん?」

『おっ、矢吹君。どうしたんだ?』


 今頼れる人はこの人だけだ。

 僕は、震えそうになる声をどうにか落ち着けさせると、成神さんに今の状況を軽く説明した。


『なるほどね……。わかった。ちょっと待っててくれ』


 成神さんは今は境雲マートにいるらしく、すぐにこちらに向かってくれることになった。ついでに何か差し入れを買ってきてくれるらしい。

 ありがたい。

 僕はこの廃屋の大まかな特徴と位置を伝えると、電話を切った。


「とりあえず、これでいいか……」


 スマホをしまい、入ってきた裏口付近に移動する。

 別の窓を開ければ家の中に風が通るだろうが、裏口以外の窓は全部雨戸が閉まっていて、それを動かそうとすればさらに大きな音が出そうだった。

 なので、僕はわずかに外気が出入りしている、唯一の場所……裏口で涼をとる。


「はあ……ジュン姉、大丈夫かな……」


 僕は、置いてきてしまったジュン姉の身を案じた。

 ジュン姉もコワガミサマに反抗してしまった。僕なんかのために……。ああ、大丈夫だろうか。なにかさらに嫌な目にあってはいないだろうか……。


 僕は、ふと自らの右手に目がいった。

 そういえば……ジュン姉の胸に、この手が触れてしまった。あの感触を思い出して、少し興奮してしまいそうになる。でも、すぐに自分の頬を張った。


「バカ野郎っ! あれは……ジュン姉は操られていたんだ! コワガミサマに! はじめから……おかしいとは思ってたんだ。でも、いったいいつから……いったいいつからジュン姉はあんな風に?」


 そういえば、今日はおかしい点だらけだった。

 水着なんて露出の激しい恰好、ジュン姉がするはずがない。ジュン姉は、人前に出るのだって好かない性質で、重度のひきこもりだった。なのにわざわざ往来に立って、海水浴客らの目に留まるようにしたりしていたなんて……。


「あれらはすべて、コワガミサマの意志だった……?」


 僕を誘惑したのも、僕をいいように操りたかったからかもしれない。きっとそうだ。

 ジュン姉を利用して。なんてひどい神様だ。


 僕を操るのは簡単だ。

 だってジュン姉が大好きなんだから。

 ジュン姉が全部望んだことにすれば、僕はその通りに動く。僕は、最高にチョロイ男だ……。


「だとすると、前に僕がジュン姉を助けようとする計画を拒否したのも……もしかして……」


 コワガミサマがそう仕向けたのだろうか?

 だとすると合点がいく。

 最初から操られていたのだとしたら……拒否するように言わされていたのかもしれない。


「いつからコワガミサマはジュン姉を操っていた? まさか最初から?」


 わからない。

 本当のジュン姉は、僕をどう思っていたのだろう。わからない。


 助けてもらいたがっていたのか。それともそうじゃないのか。

 それ以前に、そもそも操られてなどいなくて、あの拒否はジュン姉自身の本当の気持ちだったとのか……。いろいろと考えたらきりがない。


「お待たせ」

「うわっ!」


 うんうんと悩んでいると、いつのまにか裏口に成神さんが立っていた。

 僕はビクッとして顔をあげる。


「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか……。わざわざこうやって来てあげたのに」

「す、すいません……」

「まあ追われていたら、普通そうなるよな。あ、これ」


 成神さんはそう言って「境雲マート」と書かれたビニール袋をこちらに差し出してきた。


「あ、ありがとうございます」


 受け取った重さから、中身はペットボトルの飲み物かなと思った。


「いいよいいよ。それくらい、気にしないで。あーでも、この村ってあそこしか買い物できるとこないんだな。コンビニすらないとか……驚いたよ」


 僕はペットボトルのお茶を取り出すと、がぶ飲みした。

 実はさっきからずっと汗が噴出し続けていて、のどがめちゃめちゃ乾いていたのだ。


「良い飲みっぷりだね。てか、暑っついなここ……」

「夏、ですから、ね」

「ははっ」


 乾いた笑いをもらすと、成神さんはすっと真顔になる。


「にしても……だよ。君、ついにあの神様に『正式に』反逆したんだね。ずいぶん思い切ったことをしたものだ」

「……はい」


 僕はようやく飲み終わると、一息ついて成神さんを見た。


「前々から少しずつ抵抗はしてたんですけどね。でも、全く相手にされてませんでした。僕がどんなに吠えても、いつだって代わりはいるって……。でも、それももう終わりです」

「ついに我慢の限界が来たわけだ」

「はい」


 僕はペットボトルを強くつかむと、眉間にしわを寄せた。


「成神さんが来てくれたから、もう我慢しなくていいやって、タガが外れちゃったのかもです。すいません。勝手なことして……」

「いや、いいよ。まだあちら側についててもらった方がよかったけど……でも、こういうのって変に長引かせるのも良くないしね。君が『夜のお役目』に出なくて済んだ分、村の調査を一緒にできるようになった。まあ、結果オーライかな?」


 成神さんはそう言うとにこっとこちらに笑みを向けてきた。

 相変わらず整った顔だ。


「え? あの……調査、ですか? あの、僕今追われている身なんですよ。そんな僕が村の中を歩いたら……」

「ああ、それは大丈夫」

「……?」


 危惧したことを伝えると、成神さんはパタパタと手を顔の前で振った。そして、一足飛びで僕の前に来ると、何事かを口の中で唱えはじめる。

 そして最後にポンと右肩が叩かれた。


「はい、これでダイジョーブ」

「え? 今の……何かしたんですか?」

「うん。俺と一緒の『不感知』の術をかけた。これで村の人たちや、超常的な存在……つまりコワガミサマからも目をつけられることはないよ」

「えっ? い、今ので? ほ、本当ですか?」

「まあ……さっき買い物した時だけは一時的に術を切ってたけど、ね。ほら、影の薄いやつっているだろ? あれの力をめっちゃ強くした感じだよ」

「へ、へえー」


 言うは易し。でも、効果は……織り込み済みだ。なんせコワガミサマが成神さんの姿を確認できないんだから。

 僕はあまりのことにポカンとしてしまった。

 ほんとに……成神さんって何者なんだろう。僕にもその術をかけられるなんて思いもしなかった。


「さて。じゃあ、この天然サウナにいつまでも入っているわけにはいかないからね、行くとしますか」

「え? どこへ、ですか?」

「神社だよ。まずは元凶を調べておかないと」

「え……ええっ?」


 まさか、敵の本拠地に乗り込もうとするなんて。

 僕は呆気にとられるどころか、さらに度肝を抜かれてしまった。


「さ、さすがにそれは危ないんじゃ……」

「危ない? なんで? 俺らは今『誰にも見えない』んだよ? だから、へーきへーき」

「ええ……」

「夜は夜で、やりたいことあるからね。さ、明るいうちに行っとこう」


 そうして僕らは、村の北の境雲神社へと向かったのだった。

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