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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
プロローグ 何気ない日々の終わり
3/39

ジュン姉と自宅でご飯

 0401/11:50/ジュン姉/矢吹家

 しばらく行くと、青い屋根の二階建ての家が見えてくる。

 そこが僕の自宅だ。

 ちなみに、茶の木の低い生垣を隔てて、すぐ隣にある平屋がジュン姉の家である。


 僕は自転車を庭先に停めると、「矢吹」と上に表札がかかった玄関の引き戸を開けた。


「ただいまー」


 返事はない。

 父さんとじいちゃんはすでに仏様になっているし、ばあちゃんも両親が結婚する前に亡くなっている。

 唯一生きている母さんは、仕事で毎日夕方まで帰ってこない。


 靴を脱いで上がると、ジュン姉はいまだ玄関前で立ち止まっていた。


「あれ、ジュン姉どうしたの? お昼ご飯まだでしょ、一回家で食べてくる?」


 普段は僕は午後に帰ってくる。

 だからいつも、午後からジュン姉とTVゲームをしていた。

 休みの日とか、午前中から遊ぶ場合は、ジュン姉は一回自宅でお昼ご飯を食べてくる。今日はその日の動きに近かった。


 ジュン姉は首を振ると、玄関を閉めて靴を脱ぎはじめる。


「ううん。戻らない」

「え? お腹すいてないの?」

「すいてる」

「え、じゃあ食べてくればいいじゃん」

「今は……帰りたくない」

「え?」


 ジュン姉が靴をそろえながら言う。


「帰りたくない」


 もう一度言った。


「あ、そう……」


 よく、わからないけど親と喧嘩でもしたのだろうか。


 ジュン姉の家はちゃんと両親がそろっている。

 たしかお父さんは薬剤師で、お母さんは専業主婦だ。


 いつでも家にお母さんがいるというのはうらやましい。家事も掃除もしてくれて、手の込んだ料理もいつでも出してくれる。本当にうらやましい。

 ジュン姉の家に一度お邪魔した時に食べた、あの煮込みハンバーグは絶品だった……。


 とかなんとか思い出しつつ台所に移動すると、テーブルの上にメモがあった。


『適当に冷凍庫の中の物を食べて。足りなければカップラーメンでも作ってね』


 これである。

 働いているからと言って、母さんは少々家事を手抜きし過ぎではないだろうか。

 僕はメモをジュン姉に見せながら言った。


「こういう状況だからさ、たいしたものはないけど……良かったらジュン姉も一緒に食べる?」

「……うん」


 ぐうう~~と、途端にジュン姉のお腹が鳴る。

 ジュン姉は恥ずかしそうに言った。


「ご、ごめん……」

「はは。すぐに作るから、そこに座ってて!」

「うん。リュー君、ありがと」


 僕はさっそく、冷蔵庫の側面にかけられたエプロンを身につけ、流しで手を洗うと食事の準備を開始した。

 ジュン姉は食卓について、僕をじっと眺めている……。見なくても、音とかでそれがなんとなくわかってしまう。


 なんか、妙に緊張してきた。いつもなら一人で作って食べるだけだけど、誰かがいるとちゃんとしなきゃって気になってしまう。


 冷凍庫から、ラップで小分けされたご飯とギョーザを取り出す。

 ご飯の塊を電子レンジにかけている間に、フライパンを準備する。ついでにちらっとジュン姉を振り返ると、やっぱりこっちを見ていた。


「え? あの……ちょっと……そんな見られると恥ずかしいんだけど」

「あ、ごめん」


 ジュン姉はあわててそっぽを向き、持っていた砂金をじっくり観察しはじめた。

 僕はそれを見て、ようやくコンロの火をつける。


 そして数分後――。


「さ、できたよー」


 僕は食卓の上にアツアツの餃子が載った大皿と、ご飯をよそった茶碗を並べた。それぞれの茶碗の前には小さな小皿とお箸も置く。


「じゃあ、さっそく食べようか」

「うん。ありがとリュー君! 美味しそー。いただきまーす!」


 テーブルの上にはすでに醤油さしとラー油がある。それを小皿に注ぎ、ぷりっとした餃子を浸して食べる。

 ……うーん、美味い!

 見るとジュン姉も同じように幸せそうな顔をしていた。


「はー、美味しー。幸せ」


 その顔を見ていると、つい僕の口からもぽろっと本音が漏れてしまった。


「ああ、ずっと……こうしてたいな」


 すると、ジュン姉がきょとんとして、こっちを見てきた。


「リュー君?」

「あ、いや。お、美味しいからずっと食べてたいなーって、そ、そういう意味だよ。あははは……」


 焦った。

 僕のジュン姉に対する気持ちが、ちょっとでもにじみ出てしまったんじゃないかと。

 でも、きっとまだ、バレてはいないはず。だからどうか、忘れていてください。今のことは……何もなかった、そう思っていてください。そう、ひそかに祈る。


「……うん、そうだね。ギョーザ、すっごく美味しいもんねー。何個でも食べられちゃう。リュー君、お料理上手だねっ!」


 どうやらジュン姉は気づかなかったようだ。

 あー、ヒヤッとした。僕は唾を飲み込むと、謙遜してみせた。


「そんな……僕、料理上手なんかじゃないよ。ただ冷凍のやつを焼いただけだし……」


 するとジュン姉は身を乗り出して、おおげさに褒めてきた。


「ううん。そんなことないよ! こんなにこんがり焼けてるしっ! 皮も破れてないし! すごいよ! うん、やっぱリュー君はいいお嫁さんになるね!」

「お、お嫁さんって……! それをいうなら『お婿さん』だろ! てか、ジュン姉はどうなのさ」

「え?」

「ジュン姉は料理の腕、とかってどうなの?」

「えーと……。まず、やったことがない……かな?」


 そう言って、てへっと苦笑いをする。


「そうだった……たしかに、そんなことしてるの一回も見たことないもんね。バレンタインだって、たいていジュン姉のお母さんの手作りで……」

「そうそう。ちなみに洗濯とか掃除もぜーんぶお母さん!」

「それは、自慢するとこじゃなくない? てか……うーん、ジュン姉がお嫁さんになった時、それだと困らないかなあ?」


 そう言うと、ジュン姉は急に真顔になった。


「え……こ、困る? かな……?」

「あ、うーん。そうだね。その……相手にもよると思うけど。まあ、僕は母さんが普段いないせいで、洗濯とか掃除もできるようになったけどさ。だから、その……僕みたいな旦那さんだったらいいんじゃないかな? うん。それなら安心だよ。ジュン姉はそのままでも……だから大丈夫!」


 僕は妙なことを口走ってしまっていた。

 言ってる途中で後悔したが、それでも最後まで言い切ってしまった。ジュン姉は、僕の言ったことに疑問を呈すどころか大人しく聞き入り……というか、むしろ思いもよらないことを返してくる。


「たしかに、リュー君がわたしのお婿さんだったら……。ううん、わたしがリュー君のお嫁さんだったら、良かったのにね」

「え?」


 今、なんて言ったのだろう。


「ふふっ。なんか、こうして一緒にご飯食べてると、まるで新婚さんみたいだね!」


 さらにそう言って、ジュン姉はまたギョーザを口に運んでいく。


「…………」


 嘘、だろ?

 そんなのまるで、ジュン姉も僕のこと……。


 僕は顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。

 やばい。ジュン姉の顔をもうまともに見られない。


 僕は黙々と昼食を平らげると、ジュン姉の食器も一緒に下げて、すぐに流しで洗いはじめた。


 食事の後片付けが終わると、僕らはリビングに移動してテレビゲームをしはじめる。ゲームをしている間はお互いを見ることもないし、余計な会話もしなくていい。


 プレイしたのは、色つきの生首が上から落ちてきて、四つ同じのがくっつくと消える「落ち武者」というゲームだった。少々見た目はキモいが、連鎖で消える時のエフェクトがすごいので、つい連鎖を狙ってしまう。


「よしっ、十五連鎖いったー!」

「あーっ、ひどいリュー君!」


 十連鎖以上行くと、ずっと「おのれえええ!」しか言わなくなるのだが、その声をずっと聴いていたくなるのもまた、このゲームの醍醐味のひとつだった。

 ジュン姉のプレイ画面にはすでに大量の人魂が降ってきている。あれは一緒に消さないといつまでも残る「邪魔魂(じゃまだま)」だ。


 あっというまに夕方になり、ジュン姉は「そろそろ帰るねー」と腰をあげた。

 台所のテーブルの上に置きっぱなしだった砂金を手に取り、つぶやく。


「あ、ねえ、リュー君」

「ん?」

「これさ、明日までに身に着けられるような形に、してもらえないかな?」

「え?」

「常に持っておきたいなって思って。ね、出来ない? リュー君」

「身に着けるって……うーんと? ネックレスとかにする、ってこと?」

「うん、そういう感じ。どんな形でも……いい。お願いできないかな?」


 突然の頼みごとに、僕は頭を抱えた。

 そういう手芸的なことは全くやったことがないからだ。かといって、そういう高度なことを代わりにジュン姉ができるとも思えない。僕はしぶしぶうなづいた。


「うーん……わかった。なんとか、やってみるよ」

「本当!」

「うん、すてきなアクセサリーにできるよう、頑張ってみる」

「うわー、やった! ありがとうリュー君!」


 そう言いながら、がばりと抱き着かれる。

 おおっと、やばい。胸が! ジュン姉ほんと胸でっかくなったよなあ……ここ数年ですくすくと……。


「じゃあ、よろしくね! バイバイ!」


 至福の時はあっという間に過ぎ、ジュン姉はさっさと帰っていってしまった。

 あとに残されたのは、あのでかい砂金のみ……。


「さて、どうしようかな」


 とりあえず使えそうなものがないか、僕は母さんの部屋を物色しにいくことにした。

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