海辺の惨事
0723/14:30/ジュン姉/足下ヶ浜
その後、僕は足下ヶ浜沿いを通って自宅へ向かった。
夜のお役目が今日もある。
だから、それまでに昼寝をしておかなければならない。
夏休みに入ってから、完全に昼夜は逆転してしまっていた。
日中はできるだけ寝ていて、夕方から起きる。そんな生活が学校に行かない分、常態化していた。
だんだん暑くなってきたし、それくらいの対策をしてもいいだろう。
僕としては、いつもより寝られる時間が増えたことは助かっていたけれど……それでも何かが間違っていた。
――こんなこと、本当はしたくない。
実は今も……生あくびが出てしまっている。
眠い。ひたすら眠い。
このままでは熱中症になってしまう。
この感覚はたぶん、ジュン姉も同じだと思った。
ジュン姉も「昼はほとんど寝ている」生活のはずなんだ。
外に出たら僕のようにこうなってしまうはず。
そんなささいなことが、少しだけ嬉しかった。
ジュン姉とまだ同じことがあるのだと思えたから。
でも同時に、それは悲しいことでもあった。
本来ならこんな生活はしなくて良いんだ。しなくて……いいはずなんだ。
「さあさあ、かき氷はいかがー!」
「こっちはイカ焼きもあるよー!」
商店通りを歩いていると、ふとそんな声が聞こえてきた。
それは店の方ではなく海側、堤防の方からだった。
この時期、美岸地区や鎖橋地区の人たちは、この辺りの砂浜に「海の家」を建てる。
提供するのはあくまで軽食だけだが……それぞれの工夫がまたすごい。
まず、旅館の多い美岸地区の「海の家」の方は、シャワーと着替え室完備で、さらにマッサージ師も常駐している。
もう一方の漁師が多い鎖橋地区の「海の家」の方は、いろんな海鮮が串焼きで提供されて、加工食品の販売なんかも同時に行われている。
それらはすべて、自分たちの地区の本格的なサービスへと誘導するための、いわば「お試し」の機関だった。
僕は活気のある海辺を通過し、坂を上っていく。
この道をずっと行けば家に……。
「ジュン姉」
けれどジュン姉が、道の先に立っているのを見つけてしまった。
どうしてこんなところに……。
しかも昼間っから。
僕は思わず息を飲んだ。
よく見ると、なんと白いビキニの水着を着ている。
「水着……ビキニ……?」
あのタコのお面はつけたままだったけれど、それにしてもどうしてあんなかっこうを……。
そう思って見ていると、どうやらジュン姉は三人の男に声をかけられているようだった。
ジュン姉ばかり見ていて、他が見えていなかった。
「……いけない」
気を取り直して、そこに急ぐ。
男たちはしきりとジュン姉に何か話しかけていた。
「ねえねえ、キミ、どうしてそんなお面つけてるの~?」
「この村の子ー?」
「いま、何してるのぉ? 暇してるなら俺らと遊ばなぁい?」
チャラそうな三人組だった。
大学生くらいだろうか。
まだ夏休みに入ったばかりだというのに、日焼けしまくっている。さらに耳にピアスなんかつけていて、誰もが下卑た笑みを浮かべていた。
「ちょっ、お前ら……!」
そう声をかけようとしたとき、ジュン姉と目があった。
ジュン姉は、僕を見つけるなりうっすらと笑って口元に人差し指を立てている。
黙って見てて、ってことかな?
でも……。
僕が迷っている間にも、男たちはジュン姉を取り囲みはじめた。
「誰か待ってるの~? でも、ここにいても暑いだけだって~」
「そうそー。あっちの海で泳いだら、きっと涼しくなるよー」
「俺らと行こうよぉ。ついでに、そのお面もとってさぁ。俺たち君の顔が見たいなぁ」
いろいろ話しかけられているが、ジュン姉は一度も言葉を返さない。
やがてその無反応さにキレた一人がジュン姉につめ寄った。
「そろそろ無視しないでほしいかな~。これでも俺ら、貴重な時間使ってるんで~」
「……」
「なんか言ってよー」
「……」
「ああもうっ、面倒くさ。いい加減ソレ取って、ツラ見せろっ! なんつってぇ……」
ついに男たちの手が伸びて、ジュン姉のお面が取られそうなった。
けれど、その瞬間。半透明の触手がジュン姉の体から出て、一番近くの男の手がからめ取られた。
【無礼者め。貴様らには天罰を与える】
そして、ジュン姉の口からはコワガミサマの低い声が、出た。
「なっ、なんっ? 今、男みたいな声、出したよな?」
「テンバツ、とかって言ってなかった……?」
「腕が……腕が動かねぇ! なんだこれ!」
男たちはみな度肝を抜かれていたが、腕を固定されて動けなくなった男だけはさらに焦りを見せていた。
「なん、なんだよ~、お前~」
「オカマかー? 体は完全に女だけどー、声がこれって、マジないっしょーw」
「ほんと……何が起きてるんだよぉ! ちょ、やべーってコレ! オイ、お前らコレ、どうにかしてくれ!」
動けない男は、半笑いでいる他の二人に助けを求めたが、彼らはキョトンとするばかりで何もできなかった。
コワガミサマのあの触手が見えてないらしい。
当の男もその触手に触れようともしないし、他の二人は何をひとりでパニクっているんだ? というようなまなざしで見るだけだった。
やがて、ジュン姉側の根元で、触手が断ち切られた。
そしてそれがうねうねと動きながら腕の中に入って行くと、突然その男は……駆け出した。
「あっ、おい、どこ行くんだよ~」
「待てってー!」
逃げ出したのかと思ったが、どうやらそうではないようだった。
男は坂を駆け下りながら、絶叫している。
「足が、勝手にぃぃぃっ……! 止まれ、止まれぇぇぇっ!」
坂の下は例の砂浜だった。
彼はそこに行きつくと、おもむろに海へと入って行く。
「あああぁっ!! ああああああぁぁぁぁっ!」
ざぶざぶと沖へと泳いで行く。
残った二人はようやく我に返り、彼を追いかけはじめた。彼の名前を呼びながら、戻ってくるように砂浜から叫ぶ。が、戻らない。
「なっ、突然どうしたんだよアイツ!」
「なんで、あんな遠くまで……おーい、誰か! 誰かアイツを助けてくれ!」
いつもいるはずのライフセーバーたちが、いつのまにか砂浜からいなくなっていた。
彼を「見ないこと」にしたのだろう……。
海の中からはたくさんの透明な触手が突き出ている。
あれは僕ら村人にしか見えないものだ。
誰にでもあれがコワガミサマの天罰だとわかるように。天罰を受けるものの近くには、コワガミサマの「おしるし」が現れるのだ。
さらに海面には、よく見ると何匹もの魚が跳ねていた。
あれも、「おしるし」だ。たぶん、ミツメウオ……か何かだろう。僕にはそんな気がした。
「行こう、リュー君」
気が付くと、すぐうしろにジュン姉がいた。
ぞくっとしながらも、振り返る。でも僕は……そんな「恐怖」よりも、思わず胸元の方に目が行ってしまっていた。
「あ、似合う? リュー君のために着てきたんだよー、これ」
「あ、うん……。に、似合うよ、ジュン姉……」
どぎまぎしながらそう答えると、「えへへ」と笑いながらジュン姉は坂を上っていきはじめた。
ビーチサンダルでスキップをする度に、その胸がぷるんと揺れる。
正直、いろんな意味で卒倒しそうになっていた。
怖さと、エロさと。その両方のドキドキで僕はノックアウト寸前だった。
「一緒にうちでプールしよ」
そして、そんな爆弾発言が飛び出したのは、ジュン姉の家の前まで来た時だった。




