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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第四章 海開き
28/39

海辺の惨事

0723/14:30/ジュン姉/足下ヶ浜

 その後、僕は足下ヶ浜沿いを通って自宅へ向かった。


 夜のお役目が今日もある。

 だから、それまでに昼寝をしておかなければならない。


 夏休みに入ってから、完全に昼夜は逆転してしまっていた。

 日中はできるだけ寝ていて、夕方から起きる。そんな生活が学校に行かない分、常態化していた。


 だんだん暑くなってきたし、それくらいの対策をしてもいいだろう。

 僕としては、いつもより寝られる時間が増えたことは助かっていたけれど……それでも何かが間違っていた。



 ――こんなこと、本当はしたくない。



 実は今も……生あくびが出てしまっている。

 眠い。ひたすら眠い。

 このままでは熱中症になってしまう。


 この感覚はたぶん、ジュン姉も同じだと思った。

 ジュン姉も「昼はほとんど寝ている」生活のはずなんだ。

 外に出たら僕のようにこうなってしまうはず。


 そんなささいなことが、少しだけ嬉しかった。

 ジュン姉とまだ同じことがあるのだと思えたから。


 でも同時に、それは悲しいことでもあった。

 本来ならこんな生活はしなくて良いんだ。しなくて……いいはずなんだ。


「さあさあ、かき氷はいかがー!」

「こっちはイカ焼きもあるよー!」


 商店通りを歩いていると、ふとそんな声が聞こえてきた。

 それは店の方ではなく海側、堤防の方からだった。


 この時期、美岸地区や鎖橋地区の人たちは、この辺りの砂浜に「海の家」を建てる。

 提供するのはあくまで軽食だけだが……それぞれの工夫がまたすごい。


 まず、旅館の多い美岸地区の「海の家」の方は、シャワーと着替え室完備で、さらにマッサージ師も常駐している。

 もう一方の漁師が多い鎖橋地区の「海の家」の方は、いろんな海鮮が串焼きで提供されて、加工食品の販売なんかも同時に行われている。


 それらはすべて、自分たちの地区の本格的なサービスへと誘導するための、いわば「お試し」の機関だった。


 僕は活気のある海辺を通過し、坂を上っていく。

 この道をずっと行けば家に……。


「ジュン姉」


 けれどジュン姉が、道の先に立っているのを見つけてしまった。


 どうしてこんなところに……。

 しかも昼間っから。


 僕は思わず息を飲んだ。

 よく見ると、なんと白いビキニの水着を着ている。


「水着……ビキニ……?」


 あのタコのお面はつけたままだったけれど、それにしてもどうしてあんなかっこうを……。

 そう思って見ていると、どうやらジュン姉は三人の男に声をかけられているようだった。

 ジュン姉ばかり見ていて、他が見えていなかった。


「……いけない」


 気を取り直して、そこに急ぐ。

 男たちはしきりとジュン姉に何か話しかけていた。


「ねえねえ、キミ、どうしてそんなお面つけてるの~?」

「この村の子ー?」

「いま、何してるのぉ? 暇してるなら俺らと遊ばなぁい?」


 チャラそうな三人組だった。

 大学生くらいだろうか。

 まだ夏休みに入ったばかりだというのに、日焼けしまくっている。さらに耳にピアスなんかつけていて、誰もが下卑た笑みを浮かべていた。


「ちょっ、お前ら……!」


 そう声をかけようとしたとき、ジュン姉と目があった。

 ジュン姉は、僕を見つけるなりうっすらと笑って口元に人差し指を立てている。


 黙って見てて、ってことかな?

 でも……。  

 僕が迷っている間にも、男たちはジュン姉を取り囲みはじめた。


「誰か待ってるの~? でも、ここにいても暑いだけだって~」

「そうそー。あっちの海で泳いだら、きっと涼しくなるよー」

「俺らと行こうよぉ。ついでに、そのお面もとってさぁ。俺たち君の顔が見たいなぁ」


 いろいろ話しかけられているが、ジュン姉は一度も言葉を返さない。

 やがてその無反応さにキレた一人がジュン姉につめ寄った。


「そろそろ無視しないでほしいかな~。これでも俺ら、貴重な時間使ってるんで~」

「……」

「なんか言ってよー」

「……」

「ああもうっ、面倒くさ。いい加減ソレ取って、ツラ見せろっ! なんつってぇ……」


 ついに男たちの手が伸びて、ジュン姉のお面が取られそうなった。

 けれど、その瞬間。半透明の触手がジュン姉の体から出て、一番近くの男の手がからめ取られた。


【無礼者め。貴様らには天罰を与える】


 そして、ジュン姉の口からはコワガミサマの低い声が、出た。


「なっ、なんっ? 今、男みたいな声、出したよな?」

「テンバツ、とかって言ってなかった……?」

「腕が……腕が動かねぇ! なんだこれ!」


 男たちはみな度肝を抜かれていたが、腕を固定されて動けなくなった男だけはさらに焦りを見せていた。


「なん、なんだよ~、お前~」

「オカマかー? 体は完全に女だけどー、声がこれって、マジないっしょーw」

「ほんと……何が起きてるんだよぉ! ちょ、やべーってコレ! オイ、お前らコレ、どうにかしてくれ!」


 動けない男は、半笑いでいる他の二人に助けを求めたが、彼らはキョトンとするばかりで何もできなかった。


 コワガミサマのあの触手が見えてないらしい。

 当の男もその触手に触れようともしないし、他の二人は何をひとりでパニクっているんだ? というようなまなざしで見るだけだった。


 やがて、ジュン姉側の根元で、触手が断ち切られた。

 そしてそれがうねうねと動きながら腕の中に入って行くと、突然その男は……駆け出した。


「あっ、おい、どこ行くんだよ~」

「待てってー!」


 逃げ出したのかと思ったが、どうやらそうではないようだった。

 男は坂を駆け下りながら、絶叫している。


「足が、勝手にぃぃぃっ……! 止まれ、止まれぇぇぇっ!」


 坂の下は例の砂浜だった。

 彼はそこに行きつくと、おもむろに海へと入って行く。


「あああぁっ!! ああああああぁぁぁぁっ!」


 ざぶざぶと沖へと泳いで行く。

 残った二人はようやく我に返り、彼を追いかけはじめた。彼の名前を呼びながら、戻ってくるように砂浜から叫ぶ。が、戻らない。


「なっ、突然どうしたんだよアイツ!」

「なんで、あんな遠くまで……おーい、誰か! 誰かアイツを助けてくれ!」


 いつもいるはずのライフセーバーたちが、いつのまにか砂浜からいなくなっていた。

 彼を「見ないこと」にしたのだろう……。

 

 海の中からはたくさんの透明な触手が突き出ている。


 あれは僕ら村人にしか見えないものだ。

 誰にでもあれがコワガミサマの天罰だとわかるように。天罰を受けるものの近くには、コワガミサマの「おしるし」が現れるのだ。


 さらに海面には、よく見ると何匹もの魚が跳ねていた。

 あれも、「おしるし」だ。たぶん、ミツメウオ……か何かだろう。僕にはそんな気がした。


「行こう、リュー君」


 気が付くと、すぐうしろにジュン姉がいた。

 ぞくっとしながらも、振り返る。でも僕は……そんな「恐怖」よりも、思わず胸元の方に目が行ってしまっていた。


「あ、似合う? リュー君のために着てきたんだよー、これ」

「あ、うん……。に、似合うよ、ジュン姉……」


 どぎまぎしながらそう答えると、「えへへ」と笑いながらジュン姉は坂を上っていきはじめた。

 ビーチサンダルでスキップをする度に、その胸がぷるんと揺れる。


 正直、いろんな意味で卒倒しそうになっていた。

 怖さと、エロさと。その両方のドキドキで僕はノックアウト寸前だった。


「一緒にうちでプールしよ」


 そして、そんな爆弾発言が飛び出したのは、ジュン姉の家の前まで来た時だった。 

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