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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第三章 反逆
24/39

繰り返す日々

0405/18:30/ジュン姉/住宅地

 それからまた僕らは「夜のお役目」にとりかかった。

 たしかに昨夜よりも、ヨソモノの数が減っていた。だからとても楽だった。


 でも……ジュン姉とは、昨日のような和やかな雰囲気ではいられなかった。

 ほとんど黙っていて、気まずい感じ。

 淡々とヨソモノの願いを叶えていくだけ、だった。


 僕は間違ったことはしていないはずだ。

 でもジュン姉は……ものすごくガッカリしたようだった。ジュン姉なりに僕のことを考えていたのに、全部僕に台無しにされてしまったのだ。

 それは、怒りもするだろう。


 でも……僕はそれじゃ嫌だったんだ。


 ジュン姉に守られてる、っていう状態は。

 こんな、コワガミサマに毎回、体をきつく縛り上げられて、苦しんでいるジュン姉を見ているのは。


 ジュン姉が、コワガミサマや村の所有物になっているのも……嫌だった。


 僕が、助けたかったんだ……。


「リュー君」

「……!」


 ふいに呼び止められて、僕はジュン姉を見る。

 ジュン姉は相変わらず、白いタコのお面を被っていて、今どんな表情でいるのかはわからない。けど、声の感じからしてものすごく真面目な顔をしているっていうのはわかった。


「わたしさ、もう『人生終わりだー』って思ってたんだ」

「え? 終わり……?」


 突然、何を言ってるんだろう。


「うん。ほら、学校に行けなくなってたじゃない? ずっと。小学校高学年ぐらいから」

「あー、うん……」


 ジュン姉は筋金入りの自由人だった。だからそのために、引きこもりになった。


 小学校低学年くらいまでは、わがままにふるまっても先生のお叱りを度々くらうだけで済んでいた。でも、中学年ぐらいになると、その自由奔放さは他のクラスメイトに悪影響を与えるほどになり、高学年の頃には他人と付き合うのが完全に無理になってしまっていた。


 とにかく、ジュン姉は「型にはまる」というのが大嫌いな人だった。

 人間というより「生物として生きる」というのが正しい人。

 いつも自分の身の周りのことだけに集中していて、他にはまったく興味を示さない。


 僕は、物心ついた時からこの隣の家の不思議なお姉さんと遊んでいたので、僕だけは彼女に受け入れられていた。僕だけが唯一、ジュン姉と仲良くできたのだ。

 でも、学校の人たちは、違っていた。「普通はこうでしょ」とか「普通はこんなことしないよ」とか、ジュン姉にいちいちつっかかっていた。


 ジュン姉のお父さんお母さんも、ジュン姉が、周りの人とあまりにも上手くいってないので、ジュン姉の考え方をことごとく否定するようになっていた。あんまりいろんな人に否定されるので、ジュン姉はやがて自分を守るために殻に引きこもるようになってしまった……。


 以来、僕にしか心を開かない。


「引きこもって、誰とも会わなくなって。あーもうわたしは人として終わりなんだーってずっと思ってたんだ。お父さんお母さんが死んだら、自分だけじゃ生きて行かれない。それくらい、ポンコツ人間なんだーって」

「そんなこと……」

「そんなこと、あるよー? リュー君だけだよ、わたしを『普通』だと思ってくれてるのは。……ありがと。きっとわたし、どこへ行ってもうまくやれないんだ。働くなんて、絶対無理。だから、そういうの、早くから色々わかってたからさ、だからお父さんとお母さんが養ってくれているうちは、将来のことなんて考えずにずーっとリュー君と遊んでたいって思ってたの」

「ジュン姉……」


 ジュン姉がかくんと下を向く。


「あーあ、あの日々が続いてるうちは、現実を見なくて済んだのになー。でも……コワガミサマのお嫁さんに選ばれちゃって、わたしはこういう役目しかないんだ、むしろこういう役目なら一人でも生きて行けるんだーって、そう思っちゃったらさ。あの話を……受けるしかなくなってたんだ。お父さんお母さんの……ためでもあったけど」


 なんとなく、ジュン姉の声が沈んでいる気がした。

 それでも変わらずにジュン姉は話し続ける。


「でも、やっぱりリュー君と離れたくなくて……。わたし、悪あがきしちゃった。コワガミサマに、リュー君をわたしの付き人にしてって、お願いしちゃったの。夜の村が怖くなくなるまでって期限付きだったけど、わたし、ずっと怖いままでいさせてってそれも追加でお願いしたんだ。それで……」

「ぼ、僕といるために、そんなお願いを……? それ、どうやって叶えて……」


 ヨソモノも、村人も、お願いを叶えてもらうためには対価が必要になる。

 罪悪感をコワガミサマに捧げないといけないのだ。

 その強い罪悪感を抱くために、嫌な行動をあえてしなければならなくなるのだが……。


 ジュン姉は……いったいどれだけの罪悪感と引き換えにしたのだろうか。

 たしか「僕と夢で逢う」という願いも叶えてもらってるはずだ。

 だとしたら……。


「ふふ。それは、リュー君には教えたくないな」

「えっ?」

「どうやって叶えてもらったか、なんて……それを知ったら、きっとリュー君に嫌われちゃうよ」

「な、なんで……」


 僕は嫌な予感にごくりと唾を飲み込む。

 ジュン姉はお面の内側でふふっと笑い声を漏らすと、話を変えた。


「とにかく。わたしはすっごく頑張って今の状態を手に入れたの。だから……リュー君がいろいろ頑張ってくれたのは嬉しいんだけど……わたしはそれを、望んではない……かな?」

「なっ、そんな……」


 望んでない、だって?

 何で?

 何で僕の方法を、拒否……するんだ?

 コワガミサマのお嫁さんを辞めてはくれないって、こと?


「ごめんね、リュー君」

「…………」


 僕は黙ったままジュン姉を見つめた。

 いや、きっと本心では違うはずだ。そう、信じ込まないとやっていられない。

 でも……いろいろと諦めてしまったのかな、とも思った。


 ジュン姉はとても親思いだ。

 だから、僕だけのことを考えられないのかもしれない。お父さんとお母さんのことを考えたら、自分に都合のいいことだけを選べないんだ。きっと。


 ジュン姉は、本来は外国でも宇宙でも、どこでだって自由に生きれる人だ。

 でも、不登校になって以来、一度も村から出ていない。

 とすれば、それは親を思って……両親を心配させまいと、遠くまでは行かないようにしているのだろう。

 そう思うと、すごく悲しかった。


「さー、次のヨソモノを探しに行こうか」




 翌日から、僕は何にも期待しなくなった。

 ジュン姉にももう何も言わない。

 成神さんが来るまでは、極力おとなしくしていようと思った。


 どうせ僕はただの中学生なんだ。なんの力もないし、管理された箱庭の中であがくだけの、コワガミサマから許可された行動しかできない人形……。


 僕は来る日も来る日も、ジュン姉と一緒にヨソモノの願いを叶え続けた。


 来る日も来る日も。

 悲しい夜のデートを。

 ひたすら、繰り返し続けた――。





「はあ……。それにしてもこの魚、変な形してるけどやっぱり美味いんだよなぁ」


 とある平日の夕方。

 僕は自宅で、冷蔵庫の中に入れられていたミツメウオをグリルで焼いていた。香ばしいにおいが部屋に充満している。


 今日は母さんは仕事で遅くなる、と言っていた。


 あれから、母さんも特に僕に何か言うことはなくなった。

 完全に僕を信頼しているか、妙なことを言ったりやったりして、村人たちから反感を買わないようにしているのだろう。


「きっと、頭地区の人とかに言われたんだろうな。息子に変な気を起こさせるようなことは絶対に言うなよ、とか……」


 母さんは隣町の貝瀬市役所で働いている。公務員だ。


 境雲村は三十年程前に貝瀬市に吸収合併させられた。

 村には一応前の役場が残っているが、ほとんど機能していない。職員も一人だけいるにはいるが、たんなる連絡係に過ぎない。

 簡単な質問には受け答えするが、重要な手続きは直接貝瀬市に行ってもらうようになっていた。


 だから、村人は、貝瀬市役所に行ったときには母さんと会うことになるのだ。


 母さんは、居心地の悪い思いをしていないだろうか。

 嫌味とか言われたり。好奇の視線を向けられたり。僕がそうされるのはかまわないけど、母さんがそうされるのは嫌だった。


「はあ……」


 海開きの日がやってくるまで、ずっとこのモヤモヤが続くのだろうか。

 無力な自分を嫌悪し続ける日々が……。


「あと、少しの我慢だよね」


 壁のカレンダーを見て、そう自分を納得させる。

 七月と書かれた、青い朝顔が描かれたカレンダー。


 もう、夏が来ていた。

 海開きまでは残りあと約三週間、もう少しの辛抱である。



 魚が焼き上がったので、平たい皿に載せ、僕はさらに炊き上がった白米と醤油さしを用意した。

 食卓にそれらを置くと、「いただきます」と手を合わせる。


 ほくほくとした身が美味しい。

 夢中で食べていると、いつのまにか骨だけになった。

 箸でまだ身が残ってそうな所をいじる。すると、ふと頭の部分に箸の先端が突き刺さった。


「あ」


 ちょうど頭のてっぺんの、三個目の目の部分だった。

 突き刺さった勢いで、どろりと眼球が皿の上に零れ落ちる。


 眼球もまた美味いんじゃぞ、とよくじいちゃんが言っていた。けど……僕はあの触感がどうしても受け入れられなかったので、いつも残してしまっていた。

 今、改めて見ても、あまり食欲はそそられない。


「……ん?」


 眼球の裏に、ふと妙な輝きを見つけた。


「ん? これは……」


 それは、砂金のようなものだった。

 びっしりと細かい粒が付着している。箸先で触ってみると、しっかりとした固さがあった。まさか……と思いつつ、いや、金色をした骨か何かだと思い込む。砂金じゃない。そんなことがあるわけがない。


 でもどう見ても……あの足下ヶ浜でジュン姉が拾ったのと、同じ輝きだった。


「なんで、魚の目に……?」


 この魚は一般の市場には、頭を切り落として出荷される。そのままだと奇形のため、大変気味悪がられるからだ。

 でも、境雲村では丸々一匹この姿で取引されている……。 


 これは、何か秘密がありそうだと僕は思った。探れば、謎のひとつも出てくるかもしれない。


 僕は……今からでは夜のお役目に間に合わないだろうから、明日学校の帰りに、漁港へ聞き込みに行ってみることにした。

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