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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第三章 反逆
22/39

帰郷

0405/16:10/ナギサちゃん・入江さん/商店通り

「じゃあ、矢吹君。また何か新しいことがわかったら、すぐに連絡をくれ」

「はい、わかりました」

「くれぐれも無理はしないようにね……」

「はい。今日は本当にありがとうございました。では……」


 深く一礼すると、僕は平井編集長さんと成神さんの二人に別れを告げた。


 オカルトに詳しい彼らから、何かしらの対処法を教われたら……ぐらいの気持ちで来たのだけど、まさか実際に霊能力を持った成神さんが、僕の村までやってきてくれることになるとは思わなかった。

 これが、いい結果につながればいいんだけど……。


 駅前の横断歩道を渡り終え、ふと振り返ると、もうあの二人の姿は消えていた。


 車で……来たのだろうか。電車で来たのなら、彼らもこの駅を利用するはずだけど……そういうそぶりは全くなかった。

 彼らの会社はたしか新橋、だったはずだ。

 でも、もう僕のやることは終わったので、あまり気にせずホームへと向かう。


 僕は、これから二時間半かけてまたあの村に戻らなくてはならない。

 ジュン姉の待つ、境雲村へと――。


 そう思うとちょっと気持ちがげんなりしてきてしまった。いやジュン姉に、とかじゃなくて。ジュン姉には早く会いたい。でも、長距離の移動はとにかく疲れるのだ。

 しかも、今日もまた夜に「お役目」の仕事がある。寝不足で、疲労困憊で。果たして僕の体は朝まで持つだろうか……。


「ジュン姉……」


 けど、ジュン姉はひとりでは怖くて夜の村を歩けないのだ。ジュン姉のためにも、今夜も僕が側についていてあげなくてはならない。


 新幹線の座席にすっぽり収まると、すぐに強烈な眠気が襲ってきた。

 ふわふわした意識の中で、さっきの二人のことを思い返す。


 あの二人は……明らかに僕を利用しようとしていた。


 でも、僕だって、彼らを利用しようとしている。そこに大きな違いはない。問題なのは、成神さんの本心が最後までよくわからなかったことだ。

 あの人は、まだ何かを隠している……。


 結局、「まだ時期じゃない」とか言って何も話してくれかったから、それが何なのかを知ることはできなかったけれど、でもこういうのは信用問題だ。

 本当は、最初から嘘・偽りなく誠実な、信頼関係を築いていかなければならないはずなんだ……。


「あの人は……ちょっと注意しておこう」


 そんな風に思っていると、発車のベルが鳴り、車外の景色が動き始める。

 僕は、移動の間仮眠することにした。



 境雲村に着くころには午後四時を回っていた。

 自転車で海岸沿いの山道を下ると、そのまま猛スピードで商店通りに入る。

 もう夜のお役目まであまり時間がなかった。自宅に戻っても、眠る時間はそんなにとれないだろう。でも、少しでも体を休めたい……。


 そう思って急いでいたら、前から台車を押してきた少女とぶつかりそうになってしまった。


「うわっ、っとと」

「うわーーっ!!」


 向こうは華麗に台車を方向転換させて、僕を避けた。

 一方、僕はハンドルさばきを間違って、堤防の壁に派手にぶつかってしまった。


 大きな衝突音の後、僕は地面に投げ出される。


「痛てて……」

「大丈夫?」


 台車を押していた少女が、僕に走り寄ってきた。

 まだ春だというのに、日焼けしたような色の肌だ。小学校六年生くらいだろうか。ジーンズにパーカーという活発そうな恰好の少女は、僕にそっと手を差し出していた。


「あ、ありがとう……」


 僕はその手を取り、ようやく助け起こされた。

 あらためて少女を見ると、少し苛立ったような表情をしている。


「何を急いでいるのか知らないけど、もうちょっと気を付けなよ。うちの魚がダメになるところだったじゃない。まだ配達中なのに……」

「え?」


 少女はホレ、と言わんばかりに、サムズアップした右手で背後の台車を指し示していた。

 台車の上には、白い発泡スチロールの箱にぎっしりと、氷とミツメウオが詰められている。


 ミツメウオというのは、この村でしか獲れない貴重な魚のことだ。

 見た目はアジそのものだが、目が三つある。左右と、頭の上に一つ。だからミツメウオ。


 村外の人には「奇形」だと気味悪がられているので、「アジの加工品」としてしか出荷していないが、村民はこれを普通に食べていた。

 またこれがとてもうまいのだ。

 年中脂がのっているわりに、臭みはほとんど無く、うま味が噛むたびに滲み出してくる。焼いても、煮ても、何をしても美味しい。僕が一番好きな魚だった。


「ご、ごめん」


 僕は素直に、相手に損害を与えそうになったことを謝った。


「まあ、こっちは無事だったから良かったけど……そっちは大丈夫?」

「あ、うん……ちょっと腰を打ったけど、大丈夫」

「そう。じゃね」


 少女はそう言うと、あっさり離れていった。

 肩のところで思いっきり外ハネしている毛先が、歩くたびに揺れている。


 彼女は、漁師たちがたくさん住む、鎖橋(さはし)地区の人かもしれない。

 村民には、漁港からいつもこんな風に魚が直配されるからだ。少なくとも漁港関係の人なのは明白だった。


「……ん?」


 その時、僕は急に妙な視線を感じた。

 この騒ぎを聞きつけて、定食屋やスナックから顔を出してきた客たちの視線……じゃない。

 僕はキョロキョロとその視線の主を探した。


 いた。


 台車だった。

 台車の上のミツメウオたちが皆、ぎょろりとこちらを向いている。


「ひっ……!」


 思わず全身に鳥肌が立った。

 だって、だって、もうあの魚たちは死んでいるはずだ。いくら活きが良いからって、あの状態で……しかも全部の魚が僕を見ることなんて、「ありえない」。

 この異様な現象に、少女も気づいたようだった。


「あれ? ミツメウオたちが、誰かを見てる。って、あんたか……」


 じっと、憐れむような目で少女が僕を見る。

 何? なんで「憐れ」まれなくちゃならないんだ? 僕、何かした?


「ナギサちゃん? すごい音したけど、いったいどうし……」


 そう言いながら、定食屋兼居酒屋「海女」の中から、割烹着姿の女性が出てきた。

 店主の入江さんだった。

 入江さんは店先でやじ馬をしていたお客さんたちを押しのけると、僕と、倒れている自転車、そしてナギサちゃんと呼ばれた少女と、台車の上のミツメウオたちの様子を見た。


 そして、一瞬で何かを悟ったようにつぶやく。


「ああ、龍一君か……。あなた、コワガミサマのお嫁さんの付き人になったらしいわね」


 すると、ざわざわとお客さんたちがどよめきだす。

 あれが付き人になった子どもか、と……。


「ミツメウオも……なるほどね」


 なにがなるほど、なんだろう。

 入江さんは僕の疑問を見透かしているかのように、丁寧に説明しだした。


「この魚はね、調理する前に誰かをじっと見ることがあるのよ。その見られた人は、なんらかの禁を破って、近々コワガミサマから天罰を受ける人だって言われてる。龍一君、なにかヘマをしたの? 大丈夫?」

「……ッ!」


 僕は一気に確信をつかれたような気がして、顔を背けた。

 バレては、いないはずだ。いないはずなんだ。

 

 だって、相談しただけだ。

 あの人たちに……。

 それに成神さんがこの村に来たって、結局どうにもならないかもしれないんだ。だから、これは、天罰を受けるようなことじゃない。


 たとえ天罰を受けることになったとしても、僕はそれでもいいって覚悟を決めて行動したんだ。

 だから……。


「お、お騒がせしました!」


 僕はそれだけ言うと、自転車を起こして急いでその場を去った。

 自宅まで懸命にペダルをこぐ。

 けれど、僕の脳裏には、いつまでも彼らの視線がこびりついていた。ナギサという少女と、入江さんと、お客さんたち……そして、ミツメウオたちの不気味な視線が。

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