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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第三章 反逆
21/39

作戦

0405/12:10/平井編集長・成神さん/上野公園

 すべて話し終えた。

 伝えられることは全部。


 村の事も。

 ジュン姉の事も。

 僕の事も。

 コワガミサマの事も。


 かなり一方的にしゃべり続けてしまったけれど、平井編集長さんと、成神さんは、たまに質問を差し挟む以外は黙って僕の話を聞いてくれた。

 笑いもせず、茶化しもせず、とても真剣な表情で。

 僕の話を親身になって聞いてくれた。


 言っても信じてもらえないかも、というのは僕の杞憂だった……。


 僕の話を聞き終えた成神さんが口を開く。


「わかった。君も、少し見えるんだね。その村の中だけみたいだけど。神様のお嫁さん、か……イタコみたいな降霊術だね。でも、邪神を崇め奉ってるってのが……一番驚いたな」


 邪神。

 それは不幸をまきちらす、邪悪な神様のことだ。


 コワガミサマが、そういう存在だっていうのか?

 僕らにとって、コワガミサマは必ず願いを叶えてくれる、ありがたーい神様だ。


 でも……言われてみれば、ジュン姉の未来も奪われたし、僕だって天罰を受けたりしてしまっている。僕らの運命はすべてコワガミサマの機嫌次第だと言っても過言ではない。

 それが幸せかって言うと……わからない。

 生まれた時からこういう暮らしをしてきたからだ。


 力が弱くても、ある神様を信仰することで幸せになれるなら、それは「いい神様」なのだろう。

 でも、僕らの村のコワガミサマはとても強い力を持っている。

 そして、その力に比例するように、信仰する人にはなんらかの不幸がもたらされる。常に罪悪感を抱いていなければならない、という不幸が。


 なら、やはりコワガミサマは「悪い神様」で、「邪神」……なのだろうか。


「成神、お前これどう思う? どうしたらこの子らを救える?」


 編集長さんが腕組みしながら、そう成神さんに訊いている。


「うーん、そうですね……とりあえず、今から現地入りするのはちょっと……目立ちますよね。人口の少ない村らしいですから、その境雲村ってところは。矢吹君、そうなんでしょう?」


 訊かれて僕は、うなづいた。

 というか、この人が僕の村に来るのか……?


「だったら余所者は……あ、ヨソモノっていう夜にその村に出現する方、じゃないですよ? 俺っていう旅人の方です。余所者は、余所者ってだけで警戒されますからね。正体がバレたとき、村の人たちや……その、コワガミサマがその時どう出るかって考えたら、かなり不利ですよ。最悪奇襲されて返り討ちです」

「そ、そうか……それはマズイな」


 編集長さんはそう言って、バツが悪そうに頬をかいた。

 成神さんは続いて僕を見る。


「観光スポットって、ないの?」

「えっと……村に、ですか? な、なくもないですけど……主に、夏だけですかね。村の南西に『足下ヶ浜』ってビーチがあるんですけど、そこの海開きがあるんです。普段は村人しか立ち入れないけど、その時期だったら他の街の人とかも利用できて。さっき言った、みぎ……」

「ああ。思い出した。汀トンネルってとこが、開くんだよね。夏に。そうか……。じゃあ、その時期になったら『まぎれられる』かな」

「まぎれって……オイ、成神、まさか夏まで待つってのか!?」


 成神さんの言葉に、編集長さんがガタッと身を乗り出した。


「確実にやろうとすると、それくらい慎重に行かないとでしょう。ほら、人の気を隠すなら人の中って、いつも言ってるでしょ? 大勢の観光客と一緒に村に入ったほうがきっといろいろ動きやすいハズです」


 成神さんは人差し指をぴっと立てると、苛立つ上司をなだめるようにそう言った。


「お前がそう言うなら、まあ……現地で行動するのはお前だけだしな」

「そういうことです。あっ、足下ヶ浜……って、南西の海岸だっけ? それも一応書き足しておこうかな」


 そう言いながら、成神さんはボールペンで、テーブル上のペーパーナプキンに何かを書きこみはじめた。

 話の途中でも、成神さんはしょっちゅうメモを取るようにそんなことをしていた。


 それは……僕らの村のおおまかな地図、のようだった。


「矢吹君の話を整理すると、こんな感じかな。ああ……やっぱりすごく不思議だ、この村」

「な、何が……」


 成神さんはくるりとペーパーナプキンの向きを変えると、僕の前にそれを滑らせてきた。そしてスマホで何かを調べると、その結果が出た画面をペーパーナプキンの隣に置く。


 手書きと、デジタル、二つの地図が並ぶ。

 その地図は……どちらもある形を示しているように見えた。


「どうもさ、この村って……『人の形』してない? 地名とかもさ。なんだかそれになぞらえてるような気がする」

「え? 人の形……ですか」

「うん。頭地区とか、足下ヶ浜とかさ。この汀トンネルも、右わ……右腕から名付けされてるっぽくない? 鎖和墓地とかも、左わ……左腕とかね。まあ、全部俺のあてずっぽうだけど」

「そ、そんな……」


 考えてもみなかった。

 でも、そう言われると、たしかにその通りのような気がしてくる。

 もしかしたら、他にもそんな風に体の一部を表している場所があるんじゃないだろうか……。


 僕はためしに、他の場所を思い出してみた。

 神社のある「(かしら)地区」、その他は、住宅地のある「(むね)地区」、商店街のある「(はら)地区」、足下ヶ浜や旅館のある「美岸(みぎし)地区」、漁港のある「鎖橋(さはし)地区」など。

 僕はそのままそれを成神さんたちに話した。成神さんは、それぞれ「胸」「腹」「右足」「左足」にあたるのでは、と言う。

 

「これは……偶然にしてはできすぎてるな。なにかその神様に、特別に関係していることかもしれない。だとしたら、ヨソモノとやらが村の中だけに発生するのも、きっとそれなりの理由があるはずだ」


 そう言ったまま、成神さんは何か神妙な顔をして黙ってしまった。けれどまたすぐに顔をあげる。


「いや、矢吹君、これはかなり重要なことだよ。その土地が、怪現象の原因になることも多い。もし、村の地名の謎も解いていくことができれば……」

「成神さん。僕にできることがあったら、なんでも言ってください」


 僕は成神さんが言葉を続ける前に、そう言った。

 すると成神さんの目が、驚いたように見開かれる。


「そうか……。ありがとう。俺たちは、今すぐ君を助けることはできない。でも……そうだな、海開きが始まるまでに、いろいろ村のことを調べておいてくれないか。きっとその情報は……君の村の神様、コワガミサマをどうにかするために、必要になるはずだ!」


 僕は、そう熱く語る成神さんに大きく頷いた。


「はい、わかりました。どこまで調べられるかわかりませんが……やってみます。海開きは、夏休みの始まる七月下旬からですが、それまでに少しでも情報を集めておきます」

「ああ。一人でその間、耐え続けてるのはとても辛いと思うけど……頼んだよ」

「はい」

「よーし。そうと決まったら、腹ごしらえだ! これも俺のおごりだから、気にすんな! 矢吹少年!」


 がはははは、と笑って、編集長さんがまたメニュー表を開きはじめる。

 僕は見通しがある程度立ったことで少し安心した。と、同時に、ある疑問がひとつ浮かびあがってくる。


「あ、あのう……ここまで話を聞いてもらってなんなんですけど……そういえば編集長さんと成神さんはどうして僕にここまで優しくしてくれるんですか? 正直相談だけで終わると思ってました。でも、実際成神さんが村に来てくれるって……こんなの、何の得にも……」

「得か? それならあるぞ。俺にも、成神にもな!」

「えっ?」


 編集長さんはにんまり笑いながら、成神さんと目くばせしあう。


「俺の得! それは、不思議な村と不思議な神様のデータが手に入る、ってことだ。それはそのまま使うことはできないだろうが、いずれなんらかの記事や、まとめ本で使えるネタになる。一方、成神はだな……」


 そこで成神さんの片手が持ち上がり、ストップがかけられた。


「編集長。それは今後、俺があの村に行った時にでも直接矢吹君に話しますよ」

「そ、そうか?」

「ええ。だから、今はまだ……。まあ、どうしても気になるんだったら、今ちょっとだけ話すけどね。俺は俺で、個人的に『ある目的』があって、君の村やそのコワガミサマってやつに関わりたい、って思ってるんだ。少なくともメリットがあるからやろうとしてる。だからあまり気にしないでくれ、矢吹君」

「はい……」


 僕は、それを聞いて、とても心強い味方を得たと思った。


「おーい! 注文良いか」

「はーい」


 編集長さんが、元気よく女の店員さんを呼びとめる。

 なんでも遠慮なく頼め、と言われたけど、結局すっごく迷ってしまった。

 パスタに、オムライスに、ハンバーグ。どれも美味しそうだが、でも、すごく高そうだ。


「す、すいません……」

「いいってことよ!」


 どうにか一番安そうなサンドイッチを選ぶと、ようやく注文を終えられた。


 料理が来るまでの間、なんとなく境雲村のことを思う。

 これから村に戻ったとして、僕はまたあそこで普通に生きて行けるのだろうか。

 こんな「裏切り」みたいなことをして……。


 そんなことを思っていると、ふと視線を感じた。

 ちらっとそちらを見ると、なんと成神さんがとっても「嬉しそうな目」で僕の方を見ていた。思わずゾッとして訊いてしまう。


「あ、あの……どうしたんですか? 成神さん」

「ああ、いや、なんでもないよ」


 そう言って、成神さんは本当になんでもない風に手元のアイスコーヒーをすすりはじめた。もう、その視線は僕には向いていない。

 僕はその様子に言い知れぬ恐怖を感じた。


 こ、この人たちは……僕の味方、だよな……?


 気を落ち着かせるために、僕も飲み物を口にする。

 けれど、それは肌寒い外気のせいですっかり冷たくなっていたのだった……。

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