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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第三章 反逆
20/39

東京へ

0405/11:30/平井編集長・成神さん/上野公園

「龍一、朝ごはんよー」


 そう呼ばれて目が覚めた。どうやら二度寝してしまっていたらしい。

 自室の入り口に、母さんが立っている。


「起きなさい。って、あんたそれ……大丈夫なの?」


 ベッドから起き上がった僕の「腫れた頬」を見て、案の定そんな心配をされる。


「うん、大丈夫だよ。学校……行くね」

「ああ、うん、まあ無理しないでね……」


 そう言うと、母さんはそれ以上何も言わずにまた階下へ降りて行ってしまった。

 いろいろ、昨夜のお役目について訊かれると思ったんだけどな。

 

 どんなことしたの? とか。

 純ちゃんはどうなったの? とか。

 誰に殴られたの? とか。


 もしかして、いろいろ訊くの我慢してるのかな。


 いや……たぶん、あえて訊かないんだ。

 きっと詮索しはじめたら、それだけこのお役目を全力で止めたくなってしまうだろうから。そんな危ないこと、息子にこれ以上させられないって。頭地区の人に抗議しに行ってしまう気がする。


 そう。母さんは、そういう人だ。


 きっとコワガミサマに対しても。

 なんてことを息子にさせているの、と、きっと食ってかかるに違いない。

 たとえ天罰を加えられたってかまわない。そういう覚悟の人なんだ。母さんって人は。


「……やっぱり母さんの子なんだな、僕は」


 ハハッと思わず笑う。

 僕だって、ジュン姉のためにかなり無茶なことをしている。

 これはやはり、血筋のせいなのかもしれない。


 身支度をしていると、スマホが鳴った。

 「ある人たち」からのメールだった。


 さっきの今で……もう?

 内心とても驚きながら、ささっと文面を読み下す。


「PCじゃなくて、スマホ《こっち》の方に連絡くれって書いたけど……まさかこんなに早く……さっきメールを送って、10分かそこらしか経ってないぞ。しかもこんな提案をしてきてくれるなんて……」


 妙な興奮を覚えた僕は、机の上の貯金箱にすぐに手をかけた。

 ぐいっと下のふたを開けて、一万円札二枚を取り出す。


 これは僕の、なけなしの「全財産」だった。

 でも、「今」これを使わないといけないと思った。ジュン姉を救うためには――。



 朝食を食べて、学校に向かう……フリをする。

 ヘルメットをかぶり、自転車に乗って「行ってきまーす」と出かける先は、学校ではなかった。隣町の貝瀬市に向かうまでは同じだが、用があるのは「駅」なのだ。


 貝瀬駅に着くと、僕はとりあえず新幹線の乗れる駅まで鈍行で向かった。

 この路線に急行などはない。

 ひたすら海沿いの町をタタン、タタンと進んでいく。


 そして、大きな駅で東京・上野行きの新幹線に乗る。

 シートに体を預けると、急にどっと疲れがでた。

 僕は体力がない。精神の方ももともとそんなに強くはない。だからこんな「大冒険」をしてしまうと、途端にぐったりしてしまうのだ。


「ジュン姉……ごめん」


 ジュン姉を救うために、僕は……非力な僕は、頭を使わないといけなかった。

 たとえ今夜、ジュン姉があの鎖和墓地で僕をずっと待つことになったとしても、このチャンスを逃すわけにはいかない。


 うとうとしていると、いつの間にか上野についていた。

 広いホームに、見たこともないくらいのたくさんの人がいる。僕はふらふらと構内を彷徨うと、ようやく駅の外に出た。


「えっと……たしかこっちの出口、だったよな……」


 上野公園がある方に足を向ける。

 駅の前はすぐ道路で、小さな横断歩道があった。段差を下りると、その先に……変な雰囲気の人たちがいるのが見えた。


「えっ……?」


 サングラスにスーツというガタイの良い男性と、全身真っ黒な服を着た、長髪の男性がいた。

 赤信号だったので待っていると、二人は僕を見つけたみたいだった。

 ガタイの良い男性の方が、笑顔で僕に手を振ってくる。


「あ、はは……」


 メールには、二人の特徴が書かれていたが、まさかあのような人たちだったとは。僕は思わず苦笑いを浮かべた。

 信号が青になり、僕はゆるゆるとその二人に近づいてゆく。


「やあやあ、君が矢吹龍一くんだね! はじめまして。俺は『月刊オカルト・レポート』の編集長、平井だ。こっちは記者兼、霊能力者の……成神なるかみだ。よろしく!」

「あ、はい、はじめまして……」


 僕はハアハアと息切れしながら、その編集長さんにお辞儀をした。

 そう。

 僕はオカルトに詳しいだろうこの人たちと、コンタクトをとることに成功したのだった。


 でも……この平井という編集長さんはともかく、記者兼、霊能力者の成神さんって……? と、僕はとっさに疑問符を頭に浮かべる。

 霊能力者だなんて、本当だろうか。自称、とかならテレビでもよく見かけるけれど。

 

 すると、成神さんは僕がそう思っているのに気付いたのか、はたまた別の理由からか……眉を思いっきりしかめてみせた。


「あ、えっ、ええと……?」


 僕はなにか失礼を働いてしまったかと、あわてて顔色を窺う。

 成神さんは吐き捨てるように言った。


「ふーん。なるほど、こいつはまたヤバそうなのが来たね」

「え?」


 初対面でそんなことを言われて、僕はどうしたらいいのかわからなかった。

 割と僕、真面目で普通のやつですよ? そんな、ヤバいだなんて……。


 けれど、すぐに編集長さんの方も同じことを言いだした。


「たしかにな。俺も初めて見たときはとんでもねえ、と思ったよ。龍一君、その胸のお守り、そこには何が入ってるんだい?」

「え? こ、これは……」


 逆に質問されて、僕は戸惑いながらも正直に答える。


「僕の村の海岸で採れた、砂金……が入ってます。それが何か?」


 すると編集長さんはポリポリと頭を掻きだした。


「いやあ、ね、そこから黒い触手みたいなのがわさーっと出ているのが見えたからさ。何なんだろうと思って」

「え?」

「実はね、君がメールをくれた子だってすぐにわかったのは……制服姿だったからとか、年や背恰好からそう思ったわけじゃない。本当は、その触手みたいなのが決め手だったんだ」


 触手? 見えないけど……。それは、コワガミサマのもの……なのか? 僕にはわからない。

 急にゾッとして、僕は胸元のお守りを握りしめた。


「なんか、その気、見たことありますよ」

「ん? そりゃ本当か、成神!」

「ええ、まだよく思い出せないですけどね……絶対どっかで一度……」


 成神さんはまたわけのわからないことを言っている。

 気?

 僕は、頭がくらくらしてきた。多少、人に酔ったかもしれない。


「おっと、ここでこれ以上立ち話するわけにもいかないな。この先の喫茶店で、少し休憩しながら話を聞かせてもらおうか。もちろんお茶代くらいは出すぞ!」

「あ、はい……ありがとうございます」


 編集長さんのありがたい申し出に、僕はまたふらふらと二人に付いて行った。

 少し歩いていくと、美術館が軒を連ねている。大きな木もたくさん植わっていて、なんだか心安らぐ公園だなと思った。けれど、平日だというのに人がかなり多い。


「ああ、あそこでね、今ゴッホの展覧会をやってるんだよ。だからまあそれなりに人がいるかな、今日は……」


 編集長さんが美術館のひとつを指さしながら、そう説明してくる。

 たしかに、ゴッホの絵が描かれたのぼり旗がいくつか立っていた。編集長さんの隣を歩いていた成神さんが、ごほんと咳払いをしながらつぶやく。


「編集長、これじゃ席が無くなってるかもしれませんよ」

「何!? そいつは大変だな。もうすぐ昼だし、座れなかったらどうしよう! どうしようか、成神!」

「いや……まあ、テラス席ならまだ大丈夫だと思いますよ。今日は平日ですし」

「そ、そうだな! うん。まあ最悪ダメだったら、その辺のベンチで話そう! 自販機で飲み物も買えるしな!」


 がはははは、と豪快に笑いながら編集長さんはまたずんずんと歩いていった。


 結局。

 その心配は杞憂に終わり、僕らは割と混みはじめてきた喫茶店のテラス席につくことができたのだった。


「はははははっ! 良かった、良かった。俺は別に、会社近くの喫茶店でもいいんじゃないかって言ったんだぞ? それをこの成神が、わざわざここがいいって言うもんだからさあ……」

「編集長。木を隠すなら森の中。人の気を隠すなら人の中、ですよ。ただでさえ、慎重に行かないとまずそうな案件なんですから……大人しく俺の言う事を聞いてください」

「だからぁ、言う通りにしたろ? さっ、何頼む、矢吹君」

「あ、ええと……」


 よくわからない二人の会話を聞いた後、そんなふうに水を向けられた僕は、おそるおそるホットティーを頼むことにした。天気のいい日だとはいえ、まだまだ四月の外気は肌寒い。少しでもあったかいものをと思って、それにした。


「すまないね、矢吹君。俺たちの都合に付き合わせちゃって」


 三人分の注文を終えた編集長さんが、メニュー表を畳みながら僕にそう言ってくれる。


「あ、いえ……。大丈夫です。こっちから会いたいって、言ったわけですし……その、なんというか、お気遣い……ありがとうございます……」


 そう言った後、僕は急に口が重くなってしまった。

 ようやくこの二人に会うことができたのに。いったいどうしたというんだろう。


 信じてもらえなかったら……?

 言っても、何も変わらなかったら……?

 そんな思いがぐるぐると頭の中で渦を巻いている。


「……だいぶ、思いつめてるみたいだね。ずっと辛い思いをしてきたのかな」


 意外にも、そんな言葉をかけてくれたのは成神さんだった。

 成神さんは、よく見るととても整った顔つきをしている。相変わらず眉間にしわは寄っているが、その目はどことなく優しく、慈愛を帯びているようにも見えた。


「あ、あの……」

「ああ、まだちゃんと俺から自己紹介をしてなかったね。先ほど編集長も言った通り、俺は少し特殊な力を持っているんだ。おいおいまたそれは説明していくけど……簡潔にいうと、平井編集長は『見える』だけの力。俺は『祓う』力を持っている、ってこと」

「えっ!?」


 祓う。

 それは……何か良くない物を浄化したり、無くしたりする力、のハズだ。

 そんな力を持ってるなんて……。てか編集長さんの方も、見えるって、微妙にすごいじゃん!?


「あはは。すっげえ驚いてる」


 そう言って、編集長さんがニヤニヤ僕を見つめていた。


「でも、あんまり俺はこの力好きじゃないんだよなー。仕事上では便利な時もあるけど、基本ウザイだけだし。サングラスをかければ多少は見えづらくなるけど、面倒事も多くてなあ……」


 そう言いながら、かけていたサングラスをとったり外したりする。

 その目には今、何が見えているのだろうか……。


「ホント、これ、見えるだけでなんにもできねーんだ。だから逆にしんどいよ。まあ、成神も強い力があるってだけでいろいろ苦労をしてるからなぁ……。だから、君の悩みも、俺たちには少しわかるつもりだよ」

「平井、編集長さん……」

「だから、なんでも俺たちに話してほしい。力になれるかは、君の話をすべて聞いてみないとわからないけど」

「成神、さん……」


 二人にそう言われて、僕は……胸がいっぱいになった。


 互いに、今は同じように思っているはずだ。

 相手の話が本当かどうか、信じるに値する話なのかどうかということを必死で吟味しようとしている。


 村のことを話しても、この人たちにはすぐには信じてもらえないかもしれない。

 でも、まずは僕が信じるとこからだ。きっとわかってくれるはず。勇気を出してさあ、一歩を踏み出そう……。


「あの、メールでは……僕の村の風習のこととか、幼馴染のお姉さんを助けたいってことまでを書いたんですけど……あの、でも……。聞いてくれますか? 僕らの村のコワガミサマのことを……」


 そうして、僕は村でのできごとを二人に話しはじめたのだった。

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