夢2
???/???/ジュン姉/夢
「ねえねえ、リュー君。リュー君ってば!」
ジュン姉の声が、聞こえる。
目を開けると……ジュン姉の顔がそこにあった。
あのタコのお面は被っていない、「いつもの」ジュン姉だ。
くりっと丸い、大きな目。まつ毛が長くて、鼻筋が通っていて、すべすべの肌に、柔らかそうな長い髪。口紅なんかしていなくてもピンク色した、血色の良い唇。
それらが全部目の前で動いていた。
「もう、ボーっとして。ね、どこに行く?」
「へっ?」
周りを見渡すと、僕らは電車に乗っていた。
電車。
こんなの隣町に行かないと乗れないのに。
「えっと……」
窓の外を見ると、見知らぬ海岸が続いていた。どこまでもどこまでも。片方は山で、片方は海。この電車は、いったいどこへ向かっているのだろう。
「ねえ、ジュン姉。ここはどこ? 僕ら、どこに向かっているの?」
「あれ? リュー君が一緒にお出かけしようって言ったんだよ? 忘れちゃったの?」
変なことを言う。
ジュン姉は家から出ることもあまりないし、そもそも村を出ることすらほとんどない。それなのに……この僕が、誘ったって言うのか。電車に乗ってどこかへお出かけしようって。
「ねえ、どこに行く? わたしはねー、リュー君が行きたいところならどこでもいいよ!」
「そ、そう……?」
これは……きっと夢だ。
夢の中で夢と気づけば、それは明晰夢になるという。そうしたら思い通りの夢が見れるのだと。僕は、この夢の中でジュン姉と……。
どうしたいんだろう。
とりあえず、あの村から出て、違うところに行きたいと願っていたから、こんなふうに電車に乗っているのだろうなとは思った。
出不精のジュン姉と行きたかったところ。
それは……遊園地だった。
「わああっ!」
いつのまにか、僕らは遊園地の入り口にやってきていた。
ハッとしてジュン姉を見ると、ものすごく嬉しそうにそのゲートをくぐっている。
受け付けには誰もいなかった。陽の光に溢れているので、昼間なのだとはわかるが……入り口で券を確認する人もいなかった。他のお客さんもいない。
誰もいない遊園地を、僕らは足早に移動する。
「リュー君、これ乗ろっ! これ!」
そう言って、コーヒーカップがたくさん並んだ機械の上に、ジュン姉が乗った。
僕はジュン姉が入ったコーヒーカップの対面の席に座る。すると、自動で機械が動き出した。くるくる回転するカップ。ジュン姉が中心の台座をすごい勢いで回していた。
「ちょ、ちょっとジュン姉! そんなにしたら目が回っちゃうよー」
「だらしないよー、リュー君! こういうのはゲームと一緒。戦うためのなんだからー!」
ジュン姉は引きこもりなのに、無駄に身体能力が高い。
くるくるくるくると、カップは高速で回転していく。やがて、ぽーんとカップは空高く飛んでいってしまった。まるで竹とんぼみたいに。
「わああああっ!」
気が付くと、今度は観覧車に乗っていた。
みるみる空が近くなっていく。遠くにはなんだか見知った地形が見えてきた。あれは……僕らの村、だろうか? 境雲村の入り江にとてもよく似ている……。
「リュー君、楽しいね!」
見ると対面には、やはりジュン姉が座っていた。
「ね、そっちに座っていい?」
「え?」
言うが早いか、ジュン姉はこっち側に座ってこようとした。ゴンドラが傾き、僕はぐぐっと背中が下になってしまう。
「うわっ!」
倒れ込んできたジュン姉を、思わず抱きとめる。やわらかなおっぱいを触ってしまった……。僕は顔がカッと熱くなる。
「あ、ごめんね、リュー君」
ぐいっと両腕を突っ張って、体を離したジュン姉は、そのまま倒れてゴンドラの向こうまで通過していってしまう。僕はとっさにジュン姉に手を伸ばした。
「ジュン姉っ! ……え?」
気が付くと、今度はミラーハウスにいた。
ジュン姉の姿は……どこにも見当たらない。
「じゅ、ジュン姉? どこー?」
くすくすとジュン姉の笑い声がする。こっちだよーと小さな声もする。
そして一枚の鏡に、ジュン姉の姿が映った。
「あ……」
けど、何か変だ。
白いワンピース。あれ? 今までジュン姉って、どんな服を着ていたっけ。あれじゃあ、コワガミサマのお嫁さんのときの服と同じじゃないか。待って、そっちへ行かないで。見えなくなっちゃう。
「ねえ、リュー君」
くるりと振り返るジュン姉。
その顔には、あの白いタコのお面がつけられていた。
「ジュン……姉?」
それは鏡の向こうの世界で。
ジュン姉はまっすぐ、僕の方を向いていた。
「ねえ、リュー君。わたし……本当に今も夜が苦手だと思う? ヨソモノが怖いだけだと思う?」
「え?」
何を……言っているのだろう。
「リュー君に、わたしの付き人のお役目をお願いしたのは、いったいなんでだと思う? ねえ、リュー君」
「えっと、それは……」
「わたしね、もう、コワガミサマのお嫁さんなんだ。リュー君のお嫁さんには……もう、なれない」
「え……?」
「神様のお嫁さんになるとね、毎晩コワガミサマとああいうことをしないといけないんだ。だから……だからもう……リュー君のお嫁さんには……なれない」
「あの、ジュン姉……?」
ジュン姉は、本当に、何を言っているんだろう……。
それじゃまるで、ジュン姉が僕のお嫁さんになりたがっていたみたいじゃ……。
そう。これは、僕の夢だ。
本当のジュン姉が言っているわけではない。ない、のに……なぜかひどく胸が痛んだ。
「ごめんね、リュー君。夢の中でしかこんな風に言えない。会えない。そういう風にお願いをしたから……だけど……ねえホラ、だから……時間が来るとこうなっちゃうんだ」
「え?」
すると見る間に、ジュン姉の体は真っ赤に染まっていった。
いたるところから出血している。
首から鮮血がほとばしっている。お面の下からはどぼどぼと血が溢れだしている。頭からも、腕からも、足からも……。白いワンピースが赤くなっていく。
「ごめんね、リュー君。変な夢見させて。でも、わたしも、リュー君にもっと会いたかった。だから……ごめんね。リュー君」
「なんで……なんで、謝るんだよ! ジュン姉!」
僕は、泣いていた。ずっと。
これはきっと、ジュン姉がコワガミサマに頼んだ「願い」だ。
夢の中だけでも、と。僕と「普通に」会いたいと思ってくれて……それでこうして……。その優しさがとても嬉しくて、そして辛くて。僕はただ泣いた。
「ああ、もう時間だよ、リュー君。目覚ましが鳴ってる。だからまた……また夜に会おうね。会ってくれたら、だけど……」
ジュン姉……。
そんな、会いに行くよ、そんなの……必ず行くよ。
「ジュン姉ッ!」
ハッとして目を開けると、そこは、僕の部屋だった。
僕はずっと床で寝ていた。
体中が……とくに頬が痛い。これは園田に殴られたせいだ。
机の上で、スマホのアラームが鳴り続けていた。僕は立ち上がってそれを止めに行く。
頬の上につーっと涙が伝った。
あんな……夢を見させられちゃ。泣くしかない。
「はあ……まったく……ジュン姉は……」
愛しい。本当に愛しい。
愛しいからこそ絶対に、助け出さないといけない。
僕は机の上のノートパソコンを開くと、ある事柄を検索しはじめた。それは、戦うための――。