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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第二章 夜のお役目
18/39

一夜明けて

0405/5:00/ジュン姉・宮内あやめ・園田・母さん/住宅地・矢吹家

 どれくらい歩いただろう。

 夜通し村を歩き回って、僕らはくたくたになっていた。

 ジュン姉も体力面では大丈夫そうだったが、さすがに十数回も例の儀式をやっていると、精神的にはかなりきつそうだった。どことなく足取りや、声にも元気がない。


「ジュン姉、大丈夫?」


 そう声をかけそうになって、ギリギリの所で思いとどまった。

 僕の方から声をかけることは許されない。

 それが歯がゆくて、悔しくて……。せめて気持ちだけでも伝えたいと、僕はジュン姉をじっと見つめた。


「ん……?」


 けれど、空に何か異変を見つけた気がして、僕は顔をあげた。

 東の山の上がうっすらと明るくなっている。


「夜が……明けるのか?」


 ぼうっとそれを眺めていると、いつのまにか周囲に頭地区の人たちが集まってきていた。

 五人いる。その全てが黒子のように真っ黒いスーツを着ていて……そして、そのうしろには宮内あやめと、運転手の園田がいる。


「お疲れ様。初日にしては二人とも上出来だったわね」


 宮内あやめがそう言いながら、僕らの前まで来る。

 ムカつく……。

 すっごい上から目線だ。やっぱり僕はこいつを好きになれない。


「おい、僕にそういう言い方するのはわかるけど、なんでジュン姉にまでそんな言い方するんだよ。撤回しろ。何様だ、お前」

「はっ? わたしたちは……コワガミサマに仕えているの。別にあなたやコワガミサマのお嫁さんに仕えているわけじゃないわ」

「はあ?」


 僕がその謎の論理に首をひねっていると、宮内あやめはスッとジュン姉に近寄ってきた。


「コワガミサマ……今夜もありがとうございました。もうすぐ朝になります。神社までご帰還くださいませ」

【うむ。お前たちも、ご苦労だった】


 ジュン姉の口から例の低い声が出てきたかと思うと、また黒い煙が出現してジュン姉を取り囲んでいった。


「りゅ、リュー君。あ、あのっ……また明日!」


 煙の隙間から手を伸ばして、ジュン姉が僕にそう叫ぶ。

 僕はだんだん姿が見えなくなっていくジュン姉に、急に不安になった。


「ジュン姉!!」


 やがてその腕も煙に包まれたかと思うと、そこにさっと朝日が差し込む。

 陽の光に照らされると、黒い煙は一瞬で半透明の物体に変わった。それはうねうねとタコの触手のように動き……それがジュン姉の体に静かに巻き付いていく。


「…………」


 ジュン姉はじっとこちらを見つめていた。

 でも、今どんな表情をしているのかはわからない。

 白いタコのお面を被っている。それでも、わかることもあったのに、今はわからなくなっている。笑顔なんだろうか。それとも、悲しい顔をしているのだろうか。


 ジュン姉を取り囲むそれは、だんだん強く発光しはじめて……やがて姿を消してしまった。ジュン姉ごと。


「さて、我々も帰りましょうか……」


 そう言って、宮内あやめは他の黒服たちを促す。

 けれど僕は呼びとめた。


「お、おい。ちょっと待て……」


 僕に、何の説明もなかった。今日のお役目の働き具合については「上出来」の一言だけだった。それ以外には? 何かないのか? 明日のお役目についてとか、今日この後はどうするのか、とか。


 宮内あやめはうっとうしそうに振り返ると、


「園田」


 それだけ言って、立ち去った。

 運転手の園田が足早に僕に近づき、右の拳を振り上げる。


「……!」


 右ストレート。

 それが僕の頬に直撃した。手加減は……されてたと思う。でも、めちゃくちゃ痛かった。


「ぐうっ……」


 うめき声を出しながら見上げると、園田はにっこり微笑んだ。


「お嬢様がお手をお出しになることはもう、ありません。『お嬢様』ですから」


 一礼をすると、園田も立ち去って行く。

 僕はしゃがみこみながら、持っていた金属バットを握りしめた。


 母さん……ごめん。

 これせっかく持たせてもらったのに、使えなかったよ……。

 

 じわりと涙がにじんでくる。

 でも、流れ落ちる前に、僕はそれを制服の袖でぬぐった。

 次は殴られない。その前にこれで、殴りつけてやる。


 もう油断しない。


 僕は……ふらふらと立ち上がると、歩き出した。




 ようやく自宅にたどり着くと、僕は風呂場に向かった。

 母さんは寝ている。

 だから玄関に金属バッドをそっと置いて、廊下をゆっくり進んだ。


「ふう……」


 熱いシャワーを浴びながら、一日の疲れと汗を流す。

 その間、ジュン姉のこと、コワガミサマのこと、ヨソモノたちのこと、頭地区の人たちのことを思い出した。

 でも、大部分はジュン姉のことだ。


 可哀想なジュン姉。

 辛そうだったジュン姉。


 どうにかして、あの人を助け出したい……。


「ジュン姉……」


 縛られて喘ぐジュン姉の姿が、ふっと頭に浮かんだ。すると、なぜだか胸が急にどきどきしてきた。シャワーを止め、愕然とする。


「なんで。なんでだ……? こんなの、こんなのダメだ……!」


 急いで風呂場を出て、階段を駆け上がる。

 どたどたと音を立てたせいで、母さんが起きてしまったみたいだった。


「龍一? 帰ってきたの? 大丈夫ー?」

「だ、大丈夫! なんでもない! ちょっと、眠いから、もう寝る! あとで話す!」

「そーお? じゃあ、おやすみぃ……」


 まだ、五時だ。

 母さんも眠いだろう。とりあえず無事に帰ってきたんだから、すぐにいろいろ追求されることはないはずだ。まあ、あとで……朝食のときとか、顔を見たら驚かれるだろうけど……。


 てか、園田のやつ。

 僕がジュン姉の付き人になっている間は、手出しができないはずなのに。

 どうして殴ったりなんかできたんだろう。天罰を受けた様子はなかった。コワガミサマが、あの場に居なかったからだろうか……?


 僕はパンツ一丁のまま自室に入ると、持っていた制服をベッドに投げた。

 そこから、ポロリと何かが転げ落ちる。

 それは、あの「お守り」だった。


「……くっ!」


 僕はそれをひっつかむと、強く床に叩きつけようとして……できなかった。

 これは、僕がジュン姉にあげたものだ。

 それが……それがなんで……。


「なんで、僕に戻ってくるんだよ……! 頭地区のやつらも……コワガミサマも……僕を、僕をなんだと思って……くそっ!!」


 僕はそれをギュッと掴むと、床にうずくまった。


「絶対、絶対……ジュン姉を取り返す……。ジュン姉を……もうあんな目に遭わせない……!」


 僕のこともそうだけど、ジュン姉のことだって、やつらは大事にする気なんかない。コワガミサマが願いを叶えるために、人々の罪悪感を得るために、利用しているだけなんだ。


 僕は決意を新たにすると、そのまま、床で力尽きてしまった……。

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