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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第二章 夜のお役目
17/39

飼い主のヨソモノ

0404/23:10/ジュン姉/住宅地

 その後も僕たちは、次々とヨソモノたちの願いを叶えていった。


 その度に「赤い光の球」を口から吐き出させていく。

 罪悪感の塊……これを吸収することで、コワガミサマは力を得ていくのだ。


 僕は……こんなことが夜の村で行われているなんて、知らなかった。

 ヨソモノたちが徘徊しているのは知っていた。コワガミサマとコワガミサマのお嫁さんが、お役目を果たしているという事も。

 けれど、まさか「あんな」儀式をしていたなんて……。


 ジュン姉の……「お役目の真実」なんて、知りたくなかった。


 夢では、ジュン姉はさらに悲惨なことになっていた。

 コワガミサマに体中を縛り上げられて、締め上げられて。最後には大きな傷も負って。死にかけていた。

 現実のジュン姉も、似たような状況にはなってたけど……でも夢とは違って「絶対に死ぬ事は無いって言っていた。


「…………」


 それでも不安だ。

 いつか、いつものジュン姉じゃなくなってしまうんじゃないかって。まったく違ったジュン姉になっていってしまうんじゃないかって。


 あんなジュン姉を見続けるのは、嫌だ。

 苦しんで、痛がって……それを、一部のヨソモノに妙な目で見られて。その恥辱に耐えて、耐えて。僕に「見ないで……」なんて懇願して。


 僕はあのとき、ぐっと息が詰まったみたいになった。


 こんな風に僕が思っていることを、きっとジュン姉もわかっているだろう。

 僕らはずっと一緒にいたから。

 僕が、いつだってジュン姉の事をお見通しなように、ジュン姉もきっと、僕のことなんてすべてわかってしまってるはずなんだ。


 だからきっと……あんな風に言ったんだと思う。

 僕がジュン姉の変化を見て、これ以上心を痛めないように。幻滅したりしないように。


 僕がジュン姉に幻滅する、なんてこと……絶対あり得ないのにな。

 どんなジュン姉だって、ジュン姉だ。

 でも……前まではそう思っていたけど、今の僕はそれを恐れている。変化を。恐れているのは、もしかしたら、ジュン姉の方が強いのかもしれない……。

 

 そんなことを考えていたら、横から顔を覗きこまれてしまった。


「えっと、リュー君、疲れた? 少しこの辺で休憩する?」

「あ……いや……」


 まだお役目の途中なのに、サボったりなんてしていいのだろうか。


「リュー君が疲れて動けなくなったら、元も子もないでしょ。わたし、リュー君無しではこれ以上進めないし。ねっ! だから、遠慮なく休もっ!」


 そう言って、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、近くの民家の前の石段へと駆けていく。


 これは……ジュン姉なりの気遣いだ。


「うん」


 心配、かけてしまったな……。

 僕は苦笑すると、ジュン姉の元へ向かった。


 石段の座り心地はあまり良くはなかったけれど、数時間歩き続けていた体にとってはささやかな癒しだった。

 別に僕からコワガミサマに、こういう「休憩」を提案しても良かったんだけど、なんとなく言い出しにくかった。ここまでぶっ通しで儀式を行い続けてきたのはそのせいもある。


「リュー君、本当に大丈夫? 疲れたなら、またすぐに言ってね」


 ジュン姉が、そんな風に声をかけてくれる。

 白いタコのお面をつけていても、不安そうな顔をしているのはすぐにわかった。


「うん、平気。ありがとうジュン姉。それより……ジュン姉こそ大丈夫?」

「ん? ああ、コワガミサマのおかげか、わたしはそんなに疲れてないんだー」

「え? そう……なの? コワガミサマの、おかげ……」

「うん。なんかねー、コワガミサマがわたしに憑いてるせいで、普段より体力がついてるみたいなんだー。あ、でも……正直こんなにたくさんヨソモノがいるなんて、思わなかったよ。精神的にはすごい疲れた……うううー」

「ははっ」


 思わず笑い声が出てしまった。

 ジュン姉の言い方が、あまりにも可愛いらしかったからだ。

 でも……僕はすぐにハッとして言い直した。


「あ……いや、ごめん。お、お疲れ、さま……ジュン姉」


 ここにいるのは僕らだけじゃない。コワガミサマも、あと遠くから監視している頭地区の人たちもいる。それらのことを思い出すと、とたんに恥ずかしくなってきた。


「ふふっ、変なのー。リュー君も、大変だったじゃん」

「ま、まあ、そうだけど……でも、ジュン姉も本当に、すごく頑張ったよ。えらいえらい」

「そう……かな。えへへ。でもそれもリュー君が一緒にいてくれたおかげだよー。ありがとう!」


 ジュン姉がこっちを見ながら、照れくさそうにそう言ってくる。

 僕はその言い方に、またきゅんとしてしまった。ああ、ずっとこうしていたい……。


「でも……さ、リュー君」

「え?」

「こんなにヨソモノが多いのって、普通……のことなのかな? 毎日こんなにたくさんいるんだったら、わたしちょっと大変すぎて嫌なんだけど……」


 ジュン姉はそんなことを言いながら、顔の前で両の掌を合わせていた。

 僕は何と言っていいかわからない。

 普段どのくらい、ヨソモノたちが徘徊しているのかなんて、そんなの数えたことがなかった。平均的な数って、いったいどれくらいなんだろう。


 僕らがうーんとうなっていると、コワガミサマが割って入ってきた。


【日向純、お前がすぐに夜のお役目に取り掛からなかったから、その日数分だけヨソモノが溜まっている。今宵は、いつもより数が多い。普段なら一晩で五人ほどしか出現しない】

「えっ、そうなの!?」


 ジュン姉はそう言って飛びあがると、僕の方を向いた。


「だ、だって! リュー君、聞いた?」


 僕はばっちり聞いていたので、大きくうなずく。


「……う、うん。良かったね、ジュン姉。いつもはもっと少ないってさ」

「はー。それなら、まあなんとかやって行けそうかなあ。六時から今まで、えっと……今の十一時までで八人くらいでしょー。じゃああと半分くらいはあるのかな?」


 そう言って、腕時計を見ながら指折り数を数えている。


「あっ、そうだ……」


 しばらくすると、ジュン姉は途中で顔を上げた。


「そういえばさ、リュー君はまだ知らないと思うけど……ていうかわたしもコワガミサマのお嫁さんになるまで知らなかったことなんだけどさ……ヨソモノって、なんだと思う?」

「え? 何?」

「ヨソモノ。ヨソモノってね、『夢を見ている人』なんだって」

「ゆ、夢?」


 僕は突然出てきた単語に、唖然とする。

 急に何を言っているんだろう。


「コワガミサマがね、教えてくれたんだー。ヨソモノっていうのは、夢をみているときの人間の精神体……? なんだって。夢を見ている時だけ、ヨソモノとなってこの村に来てるんだって」

「え? えっと……ヨソモノっていうのは、どっかで眠っている人の……意識だけの存在ってこと?」

「そう。なにがどうなってそうなってるのかは、わたしもよくわかんないけどね。でも、そうなんだって。夢ってさ、普通見るのは夜でしょ。だから……お役目をやるのが夜の間だけなのも、そのせい、なんだって」

「そっか。夢を見ている間だけ……か」


 僕はヨソモノについて、あらためて考えてみた。


「ヨソモノ……たしかに、そうなのかもしれない。あいつらって、一見影の塊だよね? 儀式が終わったらいきなり消えたりするし……まあ、普通の生きてる人ではないとは思ってたけど。そっか、そうだったんだ……」

「うん。幽霊なのかなって、わたしも最初は思ってたんだー。だから、すごく怖かったんだけど……でも、違ってた。話してみてわかったよ。死んでる人はみんな、きっとあんな『お願い』はしない」


 そうだ。

 今もどこかでちゃんと生きている、存在している。そういう存在だから、あんなお願い事をしてたんだ。

 これからも、より良く生きるための願いを。


「お願いさ……叶えられたかな?」

「え?」


 ジュン姉は立ち上がりながら、頭上の星空を見上げる。


「あの、さっきのヨソモノたち。ちゃんとどこかにいる人、なんだよね? だったら、お願い叶って……幸せになったかなーって。幸せになってほしいなあって。リュー君もそう思わない?」


 ああ、ジュン姉は……こんなときにも、自分じゃなくて他人を心配している。

 誰ともよくわからない人たちなのに。

 あのオタクのヨソモノとか、犯罪的なお願いしたやつもいたっていうのに。


 本当に……ジュン姉は底抜けに優しい人だ。


「うん。大丈夫。きっと叶ってるよ。だってコワガミサマと一緒に、ジュン姉があれだけ大変な儀式をしたんだから。すごく頑張ったんだから。それに見合う結果になってるよ、絶対」

「……えっ、えへへ。そうかな? だったらいいんだけどね。ホント、ありがと。リュー君」


 そう言って、ジュン姉が可愛らしく笑う。お面の下だけど、絶対にあのいつもの最高の笑顔をしている。

 ああもう、ハグしたい。そして、いつまでも一緒にこうしていたい。


 でも、僕らは……決してそんなことは許されない仲なのだった。


「……ちゃん……ちゃん、どこ? どこに……? ……ちゃん……ちゃん」


 来た。

 ヨソモノが。

 僕らはまた、あのお役目を果たさなくてはならない。

 

 サッと立とうとすると――。


「ん……?」


 そのヨソモノに、なんとなく覚えがあった。

 鎖和墓地に、ジュン姉を迎えに行ったときだ。あのときに出くわした、ヨソモノの声と似ている。誰かの名を呼びながら歩き回っていたヨソモノと……。


「リュー君、行こう!」


 ジュン姉にうながされ、僕はハッとして歩き出す。


「……クちゃん……ミルクちゃん、どこ? まったく、どこへ行ったの、ミルクちゃん?」


 その真っ黒な人影は「ミルクちゃん」と呼び続けていた。

 犬か猫などのペットの名……だろうか。


 そばまでいくと、コワガミサマがまたしゃべりはじめた。


【罪悪感を……我に捧げよ。さすればお前の願いを叶えよう】


 すると、そのヨソモノはけだるそうに振り返った。


「うるっさい……。わたしは今、忙しいの! あっちに行ってて。ミルクちゃーん、ミルクちゃん?」


 びっくりした。

 うるさい、とかヨソモノも言うんだ……と僕もジュン姉もお互いに見合って目を丸くする。

 コワガミサマに罪悪感を捧げれば、そのペット? とやらを見つけ出すことも簡単なのに……しかし、ヨソモノはその後もこっちをいっさい見ようとはしなかった。


【…………】


 コワガミサマも黙ってしまっている。

 こういうとき、どうすればいいのだろう。スルーして別のヨソモノのところへ行くべきなのか? 僕には、わからなかった。


 そうこうしているうちに、いきなりジュン姉の周りにまた黒い煙が噴き出しはじめた。そしてそれがいくつもの太い紐の形になっていき……うにょうにょと動いたかと思うと、ものすごい速さでヨソモノに……「襲い掛かっていった」。


「えっ?!」


 意外な反応に、僕は驚いた。

 そうしている間にも、いくつもの黒い紐が槍のようにぐさぐさと、ヨソモノの体に突き刺さっていく。


「ぎゃあああああっ!」


 ヨソモノはなんらかの苦痛を感じたのか、悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 コワガミサマはそこへさらに追い打ちをかけるように、攻撃しつづける。


【捧げるものが無いのなら、天罰を与える】


 雨あられのごとく、黒い槍がヨソモノの体に降りそそいでいく。


【去ね。二度とこの村に来るな】


「あああああっ……! ミルクちゃんっ、ミルクちゃあああん……!」


 相変わらずヨソモノは、苦しみながらもペットとおぼしき者の名を呼び続けている。なぜお願いをいっこうにしようとしないのか……おそらく、このヨソモノは今の状況をよくわかっていないのだろう。

 ヨソモノはただ泣き叫び、悶え続けるだけだった。


 コワガミサマは攻撃を続けながら言う。


【お前に罪悪感があるのなら、それと引き換えに願いを叶える。罪悪感を我に捧げよ。さすればお前の――】

「ああああああああっ!」


 串刺しになりながら、飼い主のヨソモノは絶叫した。


「罪悪感……? 罪悪感なんて、ないわ! わたしは……わたしはあの子を連れ回したかった! ただそれだけ! 可愛い犬を連れてるわたしを、ステキってまわりに認めてもらいたかっただけなの! 本当はどんな子だって良かった。だけど、スーパーの前につないでたら、いなくなっちゃって。あれはあの子が可愛すぎたからいけないの。わたしは悪くない。わたしは……悪くない! だからあっちに行って! わたしの邪魔しないで!」


 こんな風にヨソモノは叫んでいた。

 明らかな拒絶。そして、身勝手な主張……。


【…………】


 コワガミサマは攻撃の手を緩めると、最後の宣告をした。


【なれば……お前にもう用はない。せめて、我が領地の糧となれ】


 そう言ったかと思うと、黒い紐がしゅるしゅるとそのヨソモノの四肢に巻き付いていった。そして、一気にそれが四方に引きちぎられる。


「ぎゃあああっ!!」


 ヨソモノはあっというまにバラバラになっていった。胴体から手と足が離れ、あたりにそのパーツが散乱する。


「あ、ああ……あ……!」


 ヨソモノはうめき声をあげながら、いつまでも残り続けていた。

 消えるどころか、まだピクピクと蠢いている。数秒もするとそれはいっさい動かなくなり、ようやく静かになった。


 これは……。まさか……。


【終わりだ。次にいくぞ、日向純、そして矢吹龍一】


 コワガミサマはそう言うと、またジュン姉の中に戻っていった。


 コワガミサマは、どんな願い事も必ず叶える。

 でも、罪悪感も捧げず、叶えたい願いもなく、救うに値しない者は……このように「処分」されてしまうようだった。

 処分してしまえば「願いを叶えられなかった」という事実はなくなる。

 だから……必然的に、コワガミサマはどんな願い事も必ず叶えることができる……のか。そういうことだったのか。


 あのヨソモノの残骸は、おそらく明日になってもまだ残っているだろう。

 

 あれは……いつも、道端に転がっているやつだ。


 僕ら村人にしか見えない、不思議な死体。

 数日経つと自然に消えてしまう不思議な死体。

 あれは、こういうヨソモノの成れの果てだったのだ。


「リュー君……」

「うん、ジュン姉……行こう」


 次のヨソモノを探しに、僕らはまた歩きはじめた。そしてこのお役目は、やはり夜明けまで続いたのだった。

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