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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第二章 夜のお役目
16/39

オタクのヨソモノ

0404/19:20/ジュン姉/住宅地

「大丈夫って、何が?」

「何がって……」


 あまりにもケロリとしている。

 黒い紐に強く締め上げられていたというのに、首や手首など、服から露出している部分に痣すら残っていなかった。これはいったい……。


「ああ、これは嘘っていうか……ヨソモノとか村の人が、わたしに対して罪悪感を抱いてもらうようにやってる『演技』なんだ」

「え、演技?」


 ジュン姉が演技、だって? そんな器用なことができる人だったろうか。

 意外な事実に僕は呆然とする。


「あ、コワガミサマに縛り上げられているときは、実際に苦しいよ? でも……儀式が終わると、全然痛さや苦しみがなくなるんだ。これって……嘘、ってことだよね」

「いや……嘘、ではないと思うけど……。とにかく今はなんともなくて良かったよ」

「うん。絶対死んだりしないってさっきも言ったでしょ。だから安心して!」

「う、うん……」


 僕は今朝、神社で見た夢のことを思いだしていた。

 今は、たしかに安全だ。ジュン姉の言うように、危なげがないことなのかもしれない。でも、願い事によってはとりかえしがつかなくなってしまうのではないか? あの、夢のように……。


 やはり、僕はどうにかしてジュン姉をコワガミサマから助け出さないといけないと思った。


「えっと。そろそろ次、行かないとね……」


 気乗りしない口ぶりで、ジュン姉がそう言う。

 僕は軽く頷いた。


「うん。まだまだ、村にはヨソモノが残ってるみたいだからね。あとどれくらいいるのかな? わからないけど……」


 遠く耳を澄ませてみる。

 すると、数多くの奇声が風に乗って届いてきた。 


「ま、また、ついてきてくれる? リュー君!」

「もちろんだよ、ジュン姉」

「はー。良かった。ありがとう。じゃあ、行こっか!」

「うん」


 お互い目くばせをし合ってから、歩き出す。


 いよいよ辺りの闇は濃くなり、頭上には星が輝きだした。

 ジュン姉とは、昼でもあまり一緒に外に出歩かないけど、夜はもっと出歩かなかった。だからこれは、「夜デート」みたいなものだろうか。コワガミサマがついてても、頭地区の人たちもどこかから見張っていても、でも僕は無理やりそう思うことにした。


 夜にデートなんて、大人の男女がするもんだと思っていたから、妙にドキドキする。


「リュー君?」


 そわそわしていると、ジュン姉が不審がってこちらを見てきた。

 いけないいけない。そういう不純なことは思ってないってことにしておかないと――。ジュン姉に呆れられてしまう。


「デュフフフフ……!」


 その時、前方から不審な笑い声が聞こえてきた。

 あれは……ヨソモノ?

 典型的なオタクの笑い声だったけど、いったいどこに……。


「あっ」


 かなり先の外灯の下に、小太りの体型の「ヨソモノ」が出現していた。

 ヨソモノはこちらに気が付くと、ゆっくりと近づいてくる。影の塊なのでよくわからなかったが、口元がなんだかニヤニヤしていた。


「うわっ、なんだか……気持ち悪いなー」


 小声でジュン姉がそんなことを呟いている。


「デュフフフフ……。巨乳の女性と、ショタ中学生、ハッケーン!」


 また妙な笑い声を発しながら、太ったヨソモノがこっちにやってくる。


「なっ、なんだアイツ!」

「あれも願いを叶えないといけないの、コワガミサマー?」


 動揺した僕の後に、ジュン姉がうんざりした声をあげた。

 コワガミサマはまたジュン姉の口を借りて低い声を発する。


【ヤツは、明瞭に言葉を発している……。であれば、あれは高濃度の罪悪感を持っている人間だ。早く、儀式を始めるぞ。日向純】

「はーい……」


 意気揚々としているコワガミサマとは対照的に、ジュン姉は半ば投げやり気味の返事だった。

 しかし、ゆっくりと一歩進み出て、そのオタクに語りかける。


【罪悪感を……我に捧げよ。さすればお前の願いを叶えよう】


コワガミサマのその声を聞いたヨソモノは……嬉々としてしゃべりはじめた。


「え? マジ? 願い事なんて、叶えてくれんの? なになに? じゃあさ、『絶鬼討伐ライカちゃん』に出てくるライカちゃんにそっくりな女の子を、彼女にしてくれよ!」


 オタクのヨソモノはそう言うと、さらに興奮しはじめた。


「ボクね、ライカちゃんを……世界で一番愛してるんだ! でもね、現実にはいないんだ……。それっぽい子を探し当ててみたこともあるんだけどさ、なんかね、ダメだった。『お試し』してみたんだけど、やっぱり二次元に匹敵する三次元って、いないんだよ。たとえ幼女でもね、ダメだった。僕を拒否したり、泣いたりして……すっごく心折られちゃってさ。だから……お願いだ! まったく同じ顔と性格の子を用意して。そうしたらボクは……」


 こいつは無限にしゃべり続けるのだろうか。そう思うくらい、そいつは早口でペラペラとまくし立てていった。ジュン姉も、コワガミサマも呆れかえっていたと思う。

 それくらい熱の入った、キモチワルイ演説だった。


 コワガミサマは、いまだ続いているそのヨソモノの話を、ばっさりと斬りつけるように言った。


【わかった。もういい。お前の願いは十分すぎるほどにわかった。ではこれからは……『幼き子供に毎日声をかけよ』。さすればいずれ出会うだろう。お前の理想の相手に……】

「ほ、本当か!?」

【願いが叶った後も、お前は毎日違う子らに声をかけよ。そして、幼き子らと触れ合うたびに罪悪を感じ続けよ。罪悪を感じるほどに、お前の願いは成就されつづける。ただし、罪悪を感じなくなった瞬間……天罰が下る。それを心しておけ】

「はっ、はいっ! いよっしゃー!」


 嬉しそうにそう雄たけびをあげると、ヨソモノはぐっとガッツポーズをとった。


 いや……待て。待て待て。

 これ、絶対通報されるやつでしょ、不審者として……。

 そういうリスクでも冒さないと、とてもヤツの願いは叶わないということだろうか。


「罪悪感の強さと引き換えに、それ相応の願いが叶えられる」


 それは、村人と同じような願いの叶えられ方だった。


 僕は、このオタクのヨソモノが求めている「絶鬼討伐ライカちゃん」にそっくりな子なんて……そうそう見つからないだろうと思っていた。ある程度、僕も漫画やアニメに詳しいからわかる。

 ライカちゃんは……赤髪の女の子キャラだ。

 しかも小学校低学年くらいの年齢。そんな子、この日本で存在しているとは思えない。


 でも、オタクのヨソモノは願いが叶えられると知って、すごく喜んでいた。

 そして、ジュン姉の背後からまた黒い煙が噴き出しはじめる。

 煙ははしゅるしゅると細いひも状のものになると、ジュン姉の体に巻き付いていった。首や腕、足、それから顔、また胸などに……。


【ではこれより、契約の儀式をはじめる】


 ジュン姉の体がふわりと宙に浮かびあがり、また白いタコのお面が外れる。


「あああっ! はあっ……! りゅ、リュー君、見ないで……見ないでッ。あっ、ああああっ!」


 僕に向かって、ジュン姉がそんな風に言う。 

 苦しそうに、切なそうに。

 すると、側にいたヨソモノがなぜか興奮しはじめた。


「はあっはあっ。な、なんだあれ……緊縛? やべえ、幼女じゃないけど、なんかムラムラしてきたっ……」


 そう言って、ヨソモノはその手を自らの股間に持っていった。

 なっ、なんだこいつ。へ……変態だ! こんなときにいったい何をしようとしているんだ! 僕は急に殺意が湧いてきて、金属バットを固く握りしめた。


「おいっ。ジュン姉を……そんな目で見るな。ジュン姉は、お前のために苦しんでいるんだぞ!」


 殺気を込めてヨソモノの前に立つ。


「なっ、お前、なんだよ! 別にあれ、ボクが頼んだわけじゃないし……。それより、お前もあの姿、興奮するだろ? なっ、なっ?」


 そう訊かれて、僕は言葉に詰まった。

 まったくそんなこと、考えたこともなかった。だってジュン姉は、辛い思いをしているんだ。それに性的なことを重ねるなんて……。


 そう思った瞬間、でもなぜか急に顔が熱くなってきてしまった。

 そういう風に考えたら、もうジュン姉のことをまともに見れなくなる。なんで、いまさらこんなことに気付いてしまってるんだ、僕は……。


 やり場のない怒りを、オタクのヨソモノにぶつける。


「お、お前ッ……ふ、ふざけんなよ! 罪悪感を覚えろ! そんなに風に見続けるんなら……コワガミサマが、絶対お前に天罰を下すからな。いや、その前に……僕がお前を罰する! 覚悟しろ!」


 そう言って、僕は金属バットを振り上げた。

 ヨソモノに物理的な攻撃はたぶん通じない。と思うけど……ヨソモノは「ひいっ」と悲鳴を上げて縮こまった。


「わ、わかった、悪かったよ!! ら、ライカちゃんと……い、いちゃいちゃするために我慢するから。わかったから……ああ、ご、ごめんなさい、ごめんな……あぐっ!?」


 手を合わせて、そう必死につぶやきはじめたヨソモノの口から、あの「赤く輝く球体」が出てきた。

 それを、黒い煙の紐がすかさずキャッチする。


【捧げ物は……受け取った。お前に幸あらんことを】


 すると、その憎らしいヨソモノは次の瞬間、きれいさっぱりと消え失せた。


「はあっ、はあっ……。ふうっ……」


 地上に下ろされたジュン姉は、荒い息を吐きながらお面を拾っていた。

 でも、なんだろう。その顔に僕は変な気持ちになってしまった。

 すごく顔が赤い。ジュン姉のその表情を見ていると、胸がドキドキする……。


 自分自身に戸惑っていると、ジュン姉がぽそりと小さくつぶやいた。


「りゅ、リュー君……。恥ずかしい……よ。そんな、見られると……」


 それを聞いて、僕は全身がカッと熱くなってしまった。

 恥ずかしいって……それ、さっきも言ってた。けど、そうか。僕とか他の人に、そんな目で見られるのが恥ずかしかったのか。


「そ、そっか……」


 僕は、ジュン姉のその思いに気付いてしまって、ものすごくいたたまれなくなってしまった。

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