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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第二章 夜のお役目
15/39

ランナーのヨソモノ

0404/18:40/ジュン姉/住宅地

「ひぃやああああーーーっ」


 突如、どこからか叫び声が聞こえてきた。

 男か女かわからない。

 でもあれはきっと「ヨソモノ」の声だ。


 隣を歩いていたジュン姉が、ビクッと肩をすくませる。


「りゅ、リュー君!」

「怖いと思うけど……我慢してジュン姉。僕がついているから」

「う、うん……」


 全然大丈夫そうじゃないけど、ジュン姉はまたゆっくりと歩き出した。

 実は僕も、ものすっごく怖かった。でも、平気なフリをしてジュン姉を励ます。

 僕の役割はこれだ。

 怖がるジュン姉を、ヨソモノに引き合わせること――。


 ああ、本当は肩を抱いてあげたい。

 手だって引いてあげたい。

 そうしたら、ジュン姉ももっと安心できるのに。 

 僕だって、どこか一部でもジュン姉に触れられていたら、怖くなくなるはずなのに。


 でも、そんなことはできない。

 そうしたら絶対にコワガミサマから天罰をくらってしまう。

 そこまでは、許されていない……。


 会話も、ジュン姉から話しかけられた時だけしか許されてないんだから。その時だけしか、返事ができないんだから。だから触れるなんて――。


 ああ、でも、触れたい!

 ジュン姉をもっと近くで感じていたい。

 僕らは、いつだってそうできていたのに。


 手が届かなくなったことを思い知るたびに、辛さがこみあげてきた。恐怖よりも、悲しみの方が上回った。

 いつか、僕らはまた触れ合えるのだろうか……。


 ちらりと、ジュン姉を見る。


「……ん?」

「な、なんでもない」


 白いタコのお面をかぶったまま、ジュン姉が小首をかしげてきた。

 僕はあわてて視線をそらす。


 村の掟では、もともと直視することが禁止されていた。

 でも今は、僕は「ジュン姉の付き人」だ。この役目を負ったことで、僕はまた「直接見る」ことができるようになっていた。もしかして、この状況が続いていけば、いずれ……。


 いや。

 余計な期待はしないでおこう。

 取り戻せなかったら、ショックはさらにでかくなるはずだ。


 僕はため息をつくと、また前を向いた。

 村は細い道がどこまでも入り組んでいて、不気味な影がそこかしこに広がっていた。曲がり角に来るたびにヨソモノたちと出くわしてしまうのではないか、と身構えたが、なかなか遭遇しなかった。


「はあ……。声は聞こえるんだけどね……実際見つけるとなると難しいね、リュー君」

「そう、だね。僕らに……ヨソモノたちに会いたいという気持ちがあまりないから……かな? 見つけづらいね」

「え? リュー君……?」

「あ、わ、わざとじゃないよ。避けてない。そういった消極的な行動はしてないよ。でも……あの声は、いろんな方向に反響してて、見つけづらくなってるのは確かかな」

「そうだね……うーん、どこにいるんだろ」


 とぼとぼと、また歩いていく。

 車も人も通ってはいない。

 うら寂しい路地。路地。路地……。


 僕らの村は、三方を山で囲まれていた。

 真っ暗な山々がさっきから僕らを見下ろしている。


 南側だけが海であり、家々はゆるやかな斜面にそって建てられていた。階段も多く、バリアフリーとはとても言い難い。将来僕が年老いたら、この道々や階段を行き来できるんだろうか……。

 うんざりした思いを抱きながら、僕らは次の角を目指した。


「ねえ、リュー君」

「な、何……?」


 突然、ジュン姉から話しかけられた。

 ドキリとする。

 こんな状況だったけれど、僕はさっきから嬉しくて仕方なかった。


 ジュン姉が、側にいる。

 二度と会えないと思っていたジュン姉が……。

 僕は恐怖も感じていたが、なかば夢見心地でジュン姉を見つめた。


「あの……さ、ごめんね。それとありがとう」

「え? 何が?」

「わたしの付き人になってくれて……」

「ああ。あの時の……僕が助かる方法は、これしかなかったから。あと、それだけじゃなくて……僕は今、ジュン姉の役に立つことができてとっても嬉しいんだよ。ジュン姉を守りたいって、ずっと思ってたから」

「リュー君……」


 お面の下の表情はわからない。

 でも、どういう気持ちでいてくれるかぐらいはなんとなくわかった。

 ジュン姉が言う。


「ねえ、昨日の記憶は……なくなってるんだよね?」

「うん。それが?」

「ううん、憶えてないならいいんだ。でも、そのせいで……リュー君はこれからすごくびっくりしちゃうと思う。わたしも昨日初めてああなって、自分自身すごく驚いたから。でも、心配しないで。わたしにどんなことがあっても、絶対死んだりしないから。コワガミサマがいる限り……わたしはどうなっても……死なないはずだから」

「ジュン姉?」


 死なないはず……?

 不穏な言葉を繰り返すジュン姉に、僕は強い不安を抱いた。


「それってどういう……」

「あ“、あ“ああああーーっ!」


 僕が言いかけると、突然ものすごい雄たけびが前方から聞こえてきた。

 断末魔のような悲鳴――。

 それは「ヨソモノ」の声だった。


 真っ黒な影の塊が、ふらふらとこっちにやってきている。


 人のようでもあるが、その割には「歩く」動きをしていなかった。立ったまま、まるで台車に乗っているマネキンのように、スーッとこちらに移動してきている。

 僕はぞっとなって、思わず持っていた金属バットを握りしめた。


「こ、コワガミサマ!」


 僕はどうしたらいいのかわからず、コワガミサマに助けを求めた。すると、ジュン姉が一歩前に進み出る。


【ヨソモノよ……お前は普段、何に対して一番罪悪感を覚える?】


 低い声――。

 それは、コワガミサマがジュン姉に乗り移った声だった。

 ジュン姉はわざわざ自分からあんなものには近づいていかない。でも、あえて近寄ったということは……体が今コワガミサマに支配されているのだろう。


 村に下りてヨソモノと出くわしてしまいさえすれば、あとは自動的にこうなるらしい。


 いったいこれからどうなってしまうのか……。

 バクバクする胸を押さえながら、僕はジュン姉の行動を見守った。もし、あのヨソモノがジュン姉を襲うことがあれば……僕は躊躇なくこのバットを振りおろしにいく。


【罪悪感を我に捧げよ。さすればお前の願いを叶えよう】


 その声を聞いたヨソモノは……たどたどしい言葉で語りはじめた。


「あ、あ……。わた、しは……。走り……たい……。みんなの、ために……家族のため……に。でも……馬鹿なことを……そして、こうなって……」


 走りたい……ということは、なんらかのランナーなのだろうか。


 ヨソモノはそう言うと、外灯の下にスーッと移動してきた。

 全体がおぼろげに照らし出される。なにやら足が、ひざの下から妙な方向にねじくれていた。だから、まともに歩けてなかったのか。


「大学の先輩と……無茶な飲み方を……。あんなこと、しなければ……。飲酒運転……しなければ……。マラソンの大会……いい成績を……残せ……たのに……。もう一度……走り……たい。どんなこともする……から……」


 人影は、ふわふわと宙に浮かびながら、そうさめざめと泣きはじめた。


【酒か。それが……お前の一番の罪悪か。いいだろう。ではこれからは……『毎日飲酒せよ』。酒を飲むたびに、罪悪を感じろ。罪悪を感じ続けるほどに、お前の願いは成就される。ただし、罪悪を感じなくなったとき……天罰が下る。それを心しておけ】

「あああ……。は、い……」


 ヨソモノがそう答えると、ジュン姉の背後から黒い煙が噴き出しはじめた。


「な、なんだ……!?」


 僕が驚いていると、その煙ははしゅるしゅると細いひも状のものになり、ジュン姉の体に巻き付いていく。首や腕、足、それから顔、胸などがきつく締められはじめた。


【ではこれより、契約の儀式をはじめる】


 その声があってすぐに、ジュン姉は高く空に舞いあがった。

 着けていたお面が、からんと地面に落ちる。


「ぐうっ! やっ……あ、あああっ!」


 巻き付いた部分が痛むのか、ジュン姉はひどく苦しみ出した。悲痛な声をあげはじめる。


「え?」


 苦悶の表情……。

 僕は、それを見て何かがおかしいと思った。

 たしかに「苦しそうな顔」に見えた。ジュン姉の美しい顔が痛みに歪んでいる。でも……あれは、本当にジュン姉なのか?


 夢と同じだった。あれはたしかにジュン姉の顔だと認識できてるのに、なぜかはっきりと目鼻などが認識できない。

 涙でにじんだ視界のごとく、ジュン姉の顔はぼんやりしていた。


「あっ、あああっ!! うっ、く、苦し……。あっ、ああーっ……!」


 ギリギリと黒い煙の紐で締め上げられていくジュン姉。

 やわらかいその体が紐の圧で変形していく。

 けれど、僕はその変化よりも、ジュン姉の顔が良く見えないことに動揺していた。


「どう……して。どうしてなんだ……!?」


 今まで白いタコのお面を被っていたからわからなかったけれど、その下はこうなっていた。

 焼けただれている、とかそういう無残な状態になっているわけじゃない。美しい顔のままだというのはわかる。なのに……まるで見知らぬ人を見ているみたいに、うまくジュン姉を捉えられなかった。


 確実に、あの顔はジュン姉なのに。

 でも、僕はショックのあまり、どこかそれを遠い物のように感じていた。


「あああっ、ああっ! うううっ……!」


 全身に黒い紐が食い込んでいる。

 きつく締め上げられるたびに、ジュン姉の喉から苦しそうな声があがる。


 無限にも続くかと思われたそれは、やがて終わりを迎えた。

 ジュン姉を見ていたヨソモノの口から「赤く輝く球体」が吐き出されたのだ。

 あれは、いったいなんだろう?


【捧げ物は……受け取った。お前に幸あらんことを】


 しゅるしゅると、黒い紐の一部がその赤い球体をからめとると、一瞬でそれはコワガミサマに吸収されていった。ヨソモノの姿も掻き消える。


「えっ……?」


 僕はいきなりのことに呆然とした。

 いつのまにかジュン姉も地面に降ろされ、紐の拘束も解かれている。

 荒い息を吐きながら、ジュン姉は地面に落ちていたお面を拾った。


「はあ……はあ……」

【日向純、よくやった。お前が苦しそうな悲鳴を上げるほどに、ヨソモノから罪悪感が放出される……。これもまた、美味であった】


 そう満足そうに語るコワガミサマ。


 ヨソモノから罪悪感が放出される?

 さっきの赤い玉は、コワガミサマ曰く、「ヨソモノの罪悪感の塊」だったのだろうか……。


 僕がそう思っていると、ジュン姉はお面をつけ直してこちらの方を向いた。


「あ。びっくりしたよね……リュー君。ごめんね、変な姿見せちゃったね! 変な声も……。でも、こうしないといけないみたいなの」

「ジュン姉……」

「昨夜も……実はリュー君に見られてたんだ。今みたいなこと……。やっぱりちょっと、恥ずかしいな……えへへ」


 照れている。

 お面を被っていて見えないはずなのに、僕にはジュン姉が今とっても恥ずかしがっているのが手に取るようにわかった。


 想像の中のジュン姉。

 それは、僕らが長くいたことで生まれた「共感覚」と呼べるようなものだった。たとえ実際に見ることができなくても、相手が今どういう顔をしているのか、どういう気持ちでいるのかがはっきりとわかるようになる状態のことだ。


「ああ、うん。ちょっと、驚いたかな……。でも、それよりも体は大丈夫なの? ジュン姉」


 僕はあんなに苦しそうにしていたのに、もうすっかりなんともないようなジュン姉に、そう声をかけていた。

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