表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第一章 異常な日々の始まり
13/39

武器

0404/11:30/母さん/矢吹家

「龍一……!? 龍一!!」


 どこをどう歩いてきたのか、ようやく自宅までたどり着くと、母さんがエプロンのまま中からすっとんできた。

 そして、僕を見るなり勢いよく抱き付いてくる。


「あんた、あんた! 今までどこ行ってたのっ! 頭地区の人から連絡がなかったら、わたし……」


 頭地区の人から?

 そうか。誰かがウチに連絡を入れてくれてたのか。


「ごめん。母さん……」


 ひとまず謝っておく。

 実は微塵も悪いとは思ってなかったけど……。でも、一応こう言っておいたほうが無難なような気がした。きっとひどく心配してただろうから。

 母さんは、しばらく僕にしがみついていたけれど、突然ハッとなって体を離した。


「あ、そうだ、龍一……純ちゃんの付き人、ってのになったんだって?」

「うん、まあ……」

 

 それも、頭地区の人から聞いたのだろうか。

 僕は、母さんの問いかけにうなづいた。


「そう……なるかな」

「もう、なんで? なんでわたしの知らない間にそんなことに……。朝起きたら、あんたがいなくなってて……で、探そうと思ったらわたしのスマホに電話があって。あんた、付き人って……『夜にする』お仕事なんでしょう? 大丈夫なの? ていうか、なんで昨日、夜中に外に出たのよ? 村の掟じゃ、夜間に家から出るのは――」

「ジュン姉を」

「え?」

「ジュン姉を助けたいって、思ったんだ……」

「純ちゃんを?」

「うん……」


 ヒートアップしはじめた母さんを、僕はそう言って落ち着かせる。


 昨日、なんで僕が家を抜け出したのか。

 その理由をきちんと説明しなきゃと思った。このままじゃ、いけない。このままじゃ母さんは、原因を探し続けて、きっと最終的に自分を責めてしまう。


 途中コワガミサマに記憶を奪われて忘れてしまったところもあるけれど、僕は、憶えているところは全部、母さんに話すことにした。


 ジュン姉は……もともと夜が苦手だったこと。

 それを思い出した僕は、ジュン姉が「夜のお役目」をちゃんと果たせないんじゃないかと思って、助けに行ったこと。実際、その通りだったこと。


 コワガミサマに天罰を喰らって、その時の記憶の一部がなくなってしまったこと。

 朝起きたら境雲神社にいたこと。

 僕があまりにも村の掟を破るので、頭地区の人たちに捕えられそうになったこと。

 でも、それを……ジュン姉とコワガミサマが助けてくれたこと。「ジュン姉の付き人」になることで、一時的に頭地区の人たちから捕まらないようにしてもらったこと……。


 それらの話をすべて聞き終わった母さんは、案の定、心配そうな顔をした。


「そうだったの。そんなことが……」

「うん」

「そのお役目は……今日から、なのよね? 今夜から……なのよね?」

「うん」

「…………」


 母さんはいっそう不安そうな表情になる。


 きっと、いろいろなことを想像してるのだろう。夜の村に僕が放り込まれる様子を。ヨソモノたちが蠢く場所で僕がどんな目に遭うのかを――。

 それらは決して楽しいものなんかじゃない。危険と恐怖に満ちているはずだ。それくらい、僕にだってわかる。


 僕は、母さんを安心させるために、無理に笑顔を作った。


「だ、大丈夫だよ、母さん! 夜って言っても……コワガミサマ公認のお仕事なんだから。なにかあったとしても、きっとコワガミサマが助けてくれるよ!」


 そんな約束はしていない。


 コワガミサマがピンチになったら助けてくれる、なんてことは……「お願い」でもしなくちゃ無理だと思った。

 無条件で僕を助けてくれるなんてことは、きっとない。


 でももしかしたら、万が一にでも僕を守ってくれるんじゃないか、なんて……そんな期待を僕は抱いてしまっていた。

 そう信じ込んででもいないと、とてもじゃないけど、あの夜の村を歩き回るなんてことはできない。


 昨日はジュン姉を探すという目的があったから、そっちに集中することでなんとか耐えることができていた。でも、今夜は……。

 あの「ヨソモノたち」と正面から向かい合わなくてはならない。

 きっとそんな気がする。その場合上手くやりすごすなんてことは、できないはすだ。


 そうなった時、僕は、いったいどうなってしまうのだろう。

 コワガミサマが側にいたとしても、無事では済まない……のだろうか。その先を想像するのはとても恐ろしかった。


 根拠のないことを信じ込むことによって、一時的に安心する……。僕は、母さんも同じようにいてほしかった。


「……母さん、そんな心配しないで。ジュン姉もさ……コワガミサマも……今、それですごく困ってて。だから、僕の助けがいるんだ。ジュン姉さ、僕が側にいたら、きっと夜のお役目も頑張れるって言ってるんだ。だから……」

「馬鹿っ」


 そう言って、また母さんが僕を羽交い絞めにしてきた。


「怖いだろうに。ほんとに、この子ったらもう……!」


 涙声だったので、母さんは泣いてるんだ、と思った。

 顔をちゃんと見ることはできなかったけど、僕もつられてうるっときてしまう。


「気をつけるのよ、龍一」

「……う、うん」


 鼻をすすりながら、母さんが言う。


「きっと終わるまで、とても、長く感じるだろうけど……。って、あれ? えっと……たしか一晩中、になるのよね?」

「え? うーんと……どうだろ……」


 僕のお役目の時間がどれくらいになるか。よく考えたら、それもちゃんと聞かされてなかった。

 コワガミサマのお嫁さんの仕事は夜の間中、つまり日没から日の出までの間だ。でも……それに付き合うということは僕も? まさか一晩中……? 母さんに指摘されて、初めて僕はそのことに思い至ったのだった。


「そっか。そうよね……。じゃあ、なんとか学業に支障がでないようにしないとね」

「へ? な、なっ……?」


 母さんは、なかなかズレている。

 もとからズレたことをたまに言う人だったけど、今も、そういう感じになっちゃうとは……。

 感動的な場面かと思ったら、これだ。僕の涙を返してほしい。


「昼の内に、よく寝ておかないとダメよ。そうしないと明日の学校で居眠りばかりになっちゃうからね。今夜は……初日でいろいろ大変だろうから、とにかく万全の準備をしておきなさい!」

「う、うん……」


 なんというか、気持ちの切り替えが速い人だ。

 その方がいろいろと上手くいくし、実際そうしてきたんだろうけど……そういう生き方をしてきた人なんだろうけど……なんというかホント、母さんは母さんだなと思った。パワフルっていうか、こっちが安心させようと思ってたのに、逆に安心させられてしまった。母さんの言う通りにしていたら、なんかどうにかなるような気がする。


「まずは腹ごしらえよ、龍一! ちゃんと食べて、英気を養っておくの。ってことで、さ、お昼お昼!」


 そう言って、母さんは奥の台所に消えていった。

 そうか、もうそんな時間なのか。

 僕は、靴を脱ぐと母さんの後を追っていった。


 食卓には、すでにオムライスと唐揚げが用意されていた。

 母さんの久しぶりの手料理……。僕はごくりと唾を飲み込んで、席に着く。


 ちらっと、頭の片隅でジュン姉に悪いなと思った。

 でも、空腹には勝てない。


「いただきまーす!」


 ラップを剥がして、スプーンを手にとる。

 体を動かしてきたのと、昨夜から何もお腹に入れていなかったので、僕はむさぼるようにそれらをたいらげた。


 しばらく休憩してから、その後昼寝をする。


 学校は休みだ。

 お昼を過ぎてしまっているので、いまさら行く気にもなれなかったし。それに夜の事もある。完全にサボることにした。



 そして――。携帯のアラームが午後六時ちょうどで鳴る。

 日没を待って、僕は家を出ることにした。


「待ちなさい、龍一。一応、これ持っていきなさい」


 母さんにそう玄関前で呼び止められ、何かと思って振り返る。

 母さんの手には、一本の金属バットが握られていた。僕は思わず吹き出す。


「ブッ! ちょ、ちょっと……いくらなんでもこれは過激すぎでしょ!」

「いいじゃないの。武器くらいないと危ないわよ。いいから持っていきなさい」

「ヨソモノに攻撃ってアリなのかな……?」

「さあ? でも、あんただって男なんだから、自分の身くらい自分で守らないと!」


 喧嘩とか、護身術とか、やったことがないのでよくわからない。

 でも、丸腰よりはたしかにいいような気がした。僕は素直に母さんに従う。


「ありがと……」

「ん。あ、そうだ。龍一」

「え? 何?」

「そういえば、その胸元のってさ……」

「ああ……」


 母さんの視線の先には、僕がジュン姉に作ったお守りがあった。黄色の花柄のお守り。中にはでかい砂金が入っている。 

 僕は、それを見下ろしながら言った。


「これ、嫁入り前のジュン姉に僕があげたやつなんだ。でも……今日、コワガミサマから返されちゃった。これは……僕が持ってなきゃいけないんだって」

「そう。わたし、なんかそれがあんたを守ってくれそうな気がするわ。仏壇の父さんや、おじいちゃんおばあちゃんにもよろしく言っておく。……龍一、本当に気を付けてね」

「うん……。じゃあ、行ってきます」

「頑張るのよー!」


 僕は金色の金属バットを肩に担ぐと、ジュン姉と約束した鎖和墓地に向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ