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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第一章 異常な日々の始まり
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境雲神社にて目覚める

0404/10:30/宮内あやめ・園田・ジュン姉/境雲神社

「……っ!」


 目が覚める。

 また、だ。

 またこの天井だ。板張りのこの天井――。


 今のも、夢……だったのだろうか。さっきまでジュン姉と一緒にいたはずなのに、あれは夢だったのか。僕はまた同じような夢を見、そして同じような部屋で寝かされていた。


 周囲を見回すと、三方がふすまで一方が障子の、八畳ほどの和室だとわかる。

 家具は一つもない。――いや、今度は鴨居の上にたくさん、輪状にまとめられた縄がぶら下げられていた。それだけは違っていた。

 ていうか、縄……?


「目が覚めたみたいね」


 声がした。

 見ると、セーラー服姿の少女が障子を開けてこちらを見ていた。


 ポニーテール頭……。ということは、この子は頭地区の少女、「宮内あやめ」ということか。それにしても何故彼女がここに……。

 彼女は正座をしており、その状態で障子を開けたようだった。

 相変わらず冷やかな視線でこちらを見ている。


「園田。この人が起きたってこと、皆に伝えてきて。あとコワガミサマのお嫁さんにも」

 

 背後を振り返りながらそう言う。

 障子の向こうに、誰かもう一人いるようだ。


 ……ん?

 コワガミサマのお嫁さん? ジュン姉も、近くにいるのだろうか。


「かしこまりました」


 低い声がして、大きな人影が去っていく。

 園田と呼ばれていたので、あの汀トンネルの前で会った運転手……だと思った。足音が遠ざかっていくと、宮内あやめがまた声をかけてくる。


「……あなた、自分が何をしたかわかってる?」


 冷たい声音。

 眉根を寄せ、純粋な怒りを僕に向けていた。僕は戸惑った。


「何をしたか、だって……?」


 起きたばかりで、まだ頭が上手く回らない。けれど、直前まで見ていた夢を思い出し、なんとか言葉を紡いだ。


「僕は……コワガミサマのお嫁さんになったジュン姉に、会おうと思って……それで……」


 まだ最後まで言いきらないうちに、大きなため息をつかれる。

 ポニーテール頭の少女は厳しい口調で言った。


「あなたは十ある村の掟のうち、六つもその禁を破ったのよ! そんな人、わたし初めてだわ。今もそうして生きているのが信じられないくらい」

「…………」


 村の掟。

 それは、コワガミサマに「何々してはいけない」といった類のことを、こと細かにまとめたものだった。

 今の僕には……そんなものはもうどうでもよくなっている。六つだろうが全部だろうが、ジュン姉を助けるためだったらいくら破ったっていい。


 それは……本当にどうでもよかったのだが。

 何の禁を破ったのか、ということが思い出せなくなっているのは問題だった。確実になんらかの天罰を受けている。でも……ジュン姉とどういうやりとりでそうなった、というのが無かったことになっているのは辛かった。


 いったい何があったのか。

 思い出そうとしても、さっきの夢くらいしかわからなくなっている。

 たしか寝る前に、ジュン姉に会いに行こうとしていた。そこまでは記憶がある。でも、そこから先が……。


「あなたは昨夜、『みだりに夜の村内を歩き回る』、『コワガミサマのお嫁さんを直視する』、『コワガミサマのお嫁さんと話をする』、『コワガミサマのお嫁さんに触れる』、『コワガミサマの儀式を妨害する』、『ヨソモノと深く関わる』、この六つの禁を犯したの。そのために、昨夜の一連の記憶を奪われているわ。それがあなたに下された天罰」

「そう、だったんだ……」


 頭地区の人だから、本来は敬語で話さなくてはならないのだけど、今やそれもどうでもよくなっていた。そもそもこの少女は僕とそう変わらない年代だ。だから、もう好きにしようと思う。


「ねえ、ここは……どこなの?」


 かねてから疑問だったことをぶつけてみる。


「どこ、って……ここは境雲神社よ? 境雲神社の中の……救護所と呼ばれている場所」


 僕の質問に、宮内あやめは「何をいまさら」といった風に答えた。

 やはり、ここは……夢の中で僕が予想した通りの場所だ。年に二回、訪れていた場所。境雲神社。夢の中の風景は、その一部にそっくりだった。


「救護所? でも、どうして僕はここに……」

「あなたは、ここを使ったことがないのね。幸せな人だわ。年に二回、村民の願い事を叶える儀式があるけれど……その時に使われる場所なのよ。ここは」


 そう言って、宮内あやめは部屋をぐるりと見渡す。


「契約の儀式が上手くいかないときは……代わりに天罰が下される。ここは、そういう目に遭った愚かな村人たちを一時的に安置しておく場所なの。今のあなたはまさに、ここにふさわしい存在ね」


 僕のように軽い天罰で済む者もいれば、最悪「死」につながるような重い天罰を下される者もいる……。

 僕は幸い、今までそういった目には遭ったことは無かった。けれど今は……。ここは、そういう「末路」を辿った者が来る場所なのだ。


 さっきから鴨居の上の「縄」が気になる。

 もしかしたら……天罰の種類によってはあれが使われる状況になるのかもしれない。発狂するくらい、精神を壊される者もいると聞く。すべて母さんから聞いた話だけど……。


 僕は具体的にその状況を想像しようとして、やめた。


「それにしても、どうしてあなたはその程度で済んだの?」


 唐突に、宮内あやめが言う。

 彼女はいつの間にか部屋の中に入ってきていた。そして、正座しながら僕を見つめている。


「やっぱり……コワガミサマのお嫁さんの幼馴染、だからかしらね? 何か、情けでもかけてもらってるの?」


 僕はつばを飲み込んで、言った。


「そんなの、わからない……コワガミサマが、どんな風に僕を裁いたかなんて……。あの、それよりジュン姉は? 今、ジュン姉はどうしているんだ? 僕がここにいると、知ってるのか?」


 そう叫ぶと、宮内あやめは呆れたように笑った。


「ハッ。ジュン姉、ジュン姉って……ここが村の中で、かつ神社の中だから、わたしも大目に見てあげるてけどね。またそんな軽々しくそんな風に呼んだら、張っ倒すわよ?」


 僕はムッとして言い返した。


「やって……みろよ。ジュン姉は、『コワガミサマのお嫁さん』なんて名前じゃない! ジュン姉は、ジュン姉だ!」

「この……ッ」


 宮内あやめは立ち上がると、僕に向かってすばやく手を振り上げてきた。


「いい加減、わきまえなさい!」

「ふんっ……」


 僕はとっさにそれを片手でガードし、代わりに反対の手で強く相手の肩口を押し返した。


「きゃあっ!」


 畳の上に、宮内あやめが転がる。しばらく呆然としていたが、やがて顔を上げるとキッと僕を睨みつけてきた。


「な、何をするのよッ! わ、わたしに……わたしにこんなことして……タダじゃ済まないんだから!」

「うるさいな……。正当防衛だよ。やられたらやり返す。そんなの当たり前だろ? 僕だってそういうことをされるかもって、コワガミサマに対して覚悟してきてるんだ。だからもう、僕に構うな」

「あ、あなたね! 誰があの山の上からここまで運んできたと……」


 僕は布団を跳ねのけると、さっさと外に出た。


「ちょっ! 待ちなさい!」


 宮内あやめはまだ何かをわめき続けている。けれど僕はすべてを無視して廊下を歩き続けた。白い玉砂利が敷かれた中庭。夢ではここで、背後からジュン姉に声をかけられた。

 

 今は……。

 白い運転用の手袋をしたおじさんが、数人の男たちを従えながら反対側から歩いてくる。

 

「あっ、園田! そいつ捕まえて! あろうことか、わたしに乱暴してきたのよ!」

「お嬢様を……? 失礼ですが、矢吹龍一君……本当ですか? でしたら、これからお嬢様の言う通りにしなくてはなりませんが」


 宮内あやめの言葉を聞いて、園田という男が僕にそんな忠告をしてくる。

 僕はそのやりとりに苦笑してしまった。


「ハハッ……園田さん、って言ったっけ。そこのお嬢様には、もっと人に対する礼儀とかを教えてあげてほしいな。仮にも『お嬢様』って呼んでるんだからさ!」


 そう言って、僕は中庭に飛び降りると走り出した。

 靴を履いていなかったが、もはや構わなかった。

 あやめを疑うこともせず命令通りにかかってこようとする男たち……本当に無能だと思った。僕はとりあえず、神社の外へと逃走する。


「お、追え、追えっ! 捕まえろっ!」


 僕は建物の角を曲がったりして、なるべく姿を隠すように走る。


「ここはたぶん、本殿の西だ。なら……」


 おおざっぱに、自分の位置を予測しながら移動する。

 初めはどの辺りにいるのかわからなかったが、走りまわっているうちになんとなくわかってきた。ここには毎年、何度も来ているところだ。奥のあの建物にはさらに見覚えがある。本殿だ。そして、きっとあっちの明るくて広い場所が参道のはず……僕はそこを一直線に目指した。


「朝……ていうか昼間か? 今は」


 境雲神社は、村の北の山の中にある。

 上を見上げると、かなり高い位置にある太陽が、鬱蒼と茂る木々の間から覗いていた。宮内あやめの話によると、僕は「昨夜から意識を失っていた」らしい。ということは、今日は四月四日か。


 参道に出るとすぐに見つかってしまいそうだったから、森の中に入った。うまくいけば汀トンネルの方に出られるだろう。あちらはめったに人が通らないので、追っ手を撒くには都合がいいはずだ。


 途中小さな沢があったので飛び越えた。

 杉林の中を走りながら斜面を下っていくと、途中で急にぞわっと寒気がした。なんだろうとあたりを見回すと……。


「あ、リュー君」


 聞き慣れた声がした。

 それは、今度こそ、本物のジュン姉だった。

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