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僕らの村のコワガミサマ  作者: 津月あおい
第一章 異常な日々の始まり
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???/???/ジュン姉/夢

【……ではこれより、契約の儀式をはじめる】


 低い男の声がして、ジュン姉の体に黒い煙の紐が巻き付いていく。

 首、腕、足、顔、胸……がギリギリと締めつけられ、ジュン姉が苦悶の声をあげはじめる。僕はそれを、黙って見ていることしかできない。


【罪悪感を捧げよ……。お前の感じる一番の罪悪を、捧げよ】


 僕の一番の罪悪は、「ジュン姉を好きになってしまったこと」だった。


 これはわりと昔からそう(・・)だった。

 この関係がずっと続いていくと思っていたから……今まで気持ちを伝えずにいただけだ。僕は最後の最後まで、黙っていた。

 だって僕は、ジュン姉より五歳も年下で、中学生で。なんの力も持たないただの子どもだったから。そんな僕がジュン姉を幸せにできるなんて……とても思えなかったんだ。


 それが一番、罪悪を覚えることだった。


【そうか。では、お前の願いはなんだ?】


 コワガミサマは毎年、村人たちの願い事を聞く。だから僕のことだって、なんだって知っているはずなんだ。僕の願いは……絶対に知っている。

 なのに何故、訊いてくるんだろうか。


 僕の願いは、「ジュン姉とまたもとのように普通の生活を送る事」だった。


 でもそんなのは無理だ。不可能だ。

 あえて……言わせようとしているのだろうか。僕の反応を面白がるために。もうお前などには返してやらぬと、思い知らせるために。だから、わざわざ訊いてきたのだろうか。


【わかった。その願い……叶えよう】


 え?

 急に、どうして……。

 返して、帰してくれるんだろうか。本当に、ジュン姉を? 僕のもとに?


 信じられない。そんな奇跡みたいなことが起きるなんて……。

 コワガミサマは、村人のどんな願いでも叶えてくれる存在だ。でも、そんなことをしたら、コワガミサマのお嫁さんは――。


【その代わり、誓え。お前と日向純が永遠に交わらぬと誓え。触れてはならぬ。互いに思い合っていたとしても、触れることは今後一切禁ずる。それを誓えるなら、日向純を返そう。そして――】  


「あああああああーーーっ!!!」


 突如、ジュン姉の絶叫があたりに響き渡った。


「なっ、ジュン姉!?」

【我は……どんな願いでも必ず叶える。だが、それと引き換えになるのが、これだ】


 ギチギチと黒い煙の紐が、ジュン姉の体を締め上げはじめる。そして……ついにその圧が限界値を越えた。骨の軋む音、そして裂ける柔肌。


「じゅ……ジュン姉!」


 手を伸ばして止めようとしたが、すでに遅すぎた。 


「いぎっ、ぎゃあああああーーっ!!」


 ジュン姉の白いワンピースが、どんどん赤黒く染まっていく。もう出血している箇所は多数におよんでいた。まるで見えない刀でなます切りにされているかのようだった。ジュン姉は痛みのためか、意識を半分喪失させながらピクピクと体をけいれんさせている。


「あっ、あ……ぼ、僕のせいで……!」


 僕はひどく混乱した。

 僕が、こんな願いをしてしまったから……じゅ、ジュン姉が……。


【ふはははははははっ!! そうだ。その感情をもっと放出しろ。お前が罪悪感を覚えるごとに、それを余すことなく我に捧げるのだ!】


 苦しむジュン姉の口から、嬉しそうな男の声が発せられる。

 僕は、目を見開きながら叫んだ。


「こ、こんな……もうやめてくれ! これ以上、もうジュン姉を苦しめないでくれッ! 僕の願いはいいから! もう僕の願いなんてどうでもいいから! お願いです! やめてください、もうやめてく……ッ!」


 けれど、ジュン姉の口からは相変わらず男の笑い声しか出てこなかった。

 そうしている間にも、ジュン姉の体はどんどん血で染まっていく。


 僕は頭が変になりそうだった。

 このままではジュン姉が出血多量で死んでしまう。

 どうして、こうなったんだ? 僕が全ていけないのか? 僕がジュン姉を好きになってしまったから。僕がこんなお願いを口にしてしまったから、だからジュン姉がこんなにも苦しまなくてはならなくなったのか?


【ふははははっ。ふはははははははーーっ!】


 コワガミサマがずっと喜んでいる。

 それは僕の心が今、「罪悪感」でいっぱいになっているせいだ。

 僕は、コワガミサマに喜ばれたいわけじゃない。ジュン姉だけを、笑顔にしたかったんだ。それなのに……それだけだったのに、どうしてこんなことに。


 ジュン姉……。

 ジュン姉……ッ!






「はっ! ゆ、夢……?」


 気が付くと、僕はとある部屋で横になっていた。

 ハアハアと荒い息を吐き出しながら、鼓動の激しい胸を押さえる。


「こ、ここは、いったい……」


 どことなく見覚えのある場所だった。でも、「自宅」ではない。

 天井は板張りで、床は八畳ほどの畳だった。中央に僕の寝ていた布団が敷かれている。家具は一つも無い。

 非常に、静かなところだ。


 四方のうち三方がふすまで、残りの一方が障子。その隙間から朝の光が差し込んできている。


「朝……? ってことは……うっ!」


 突然、ズキリとこめかみが痛んだ。

 僕は片手で頭を押さえながら起き上がる。


 朝……か。いったい今日は何日で、何時ごろなのか。

 こうして目覚めるまで自分が今までどうしていたのか、まるで思い出せない。ここがどこなのか、なんでここに寝かされていたのかも……まったくわからなかった。


 かけられてた布団をめくってみる。

 僕は、詰襟の学生服のままだった。


 周囲に意識を向けて、誰か他の人がいないか様子を窺ってみる。でも、いっこうに誰もやってくる気配はなかった。実際、何の物音もしない。外から小鳥の鳴き声が聞こえてくるだけだ。


 僕は立ち上がると、思い切って障子を開けてみた。


「…………!」


 外には、左右に長く伸びる廊下と、白い玉砂利の敷き詰められている中庭があった。そのさらに向こう側には、ここと同じような廊下の建物が見える。


「ここは……」

「おっはよー。目ぇ覚めた?」


 なんとなくこの場所に見当がついた僕は、その名を口にしようとして……背後から声をかけられた。


「うわっ!」


 近づかれていたことに、まったく気が付かなかった。

 思わず間抜けな声をあげるが、異様な状況にスッと背筋が寒くなる。声は間違いなく「あの人」のものだった。でも……。


 僕はおそるおそる振り返る。

 そこには、「顔のおぼろげな」ジュン姉が立っていた――。

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