ジュン姉が見つけた砂金
0401/11:30/ジュン姉/足下ヶ浜
――僕は、あの人以外に友達を作ることはしない。
この思いは、わりと何年も持ちつづけている。
学期はじめのざわつく教室内。
始業式が行われた体育館。
どこでもこの日、僕はずっと黙っていた。
HRが終わったら、速攻で駐輪場に向かう。
じいちゃんのお古の自転車。これにまたがって、遠い遠い自宅を目指す。
学校がある「貝瀬市」という港町から、山を一つ隔てた先の「境雲村」へ。
海岸沿いのいくつもの坂とカーブを越え、また下っていく。
「はあ、はあっ……」
村の入り口にある「足下ヶ浜」へ着くころには、もうかなり息があがっていた。
ちなみに、ここまで三十分強もかかっている。
死にそうな思いをしながら砂浜までやってくると、ふとそこにジュン姉の姿を見つけた。最後の気力を振りしぼって声を出す。
「おーい、ジュン姉!」
すると、ジュン姉はくるりと振り返った。
「あ、リュー君! おかえり」
にぱっ、という擬音がぴったり合うような、無邪気な笑顔だった。けど、ジュン姉はあれでも僕より五歳年上だ。
美人で巨乳で、ちょっとだけ抜けてるカンジの隣の家のお姉さん……それが「ジュン姉」だった。
「ただいま。なにしてんの?」
自転車を停めながらそう訊くと、ジュン姉は左手の上にある物をひとつつまみあげた。
「ふっふっふ……これ!」
「ん?」
「綺麗でしょ?」
そう言って、目の前に淡い水色の物体がかざされる。
それは……たしか「シーグラス」というやつだった。ガラス瓶などのかけらが、波で何度も洗われて角が取れたもの。
「うん。たしかに……綺麗だね。でも、なに? どうして集めてんの?」
「えっとねー、なんか綺麗なものが落ちてるなーって見てたら、いつのまにか集めてたの!」
「あ、そう……」
いつものことだ。
ジュン姉はあまり深く物事を考えない。今回も気の向くまま散歩していたら、いつのまにか「こう」なっていたのだろう。
「あ、リュー君。そういえば中学三年生、になったんだよね?」
「ああ、まあね……」
なんとなく気恥ずかしくて、頭を掻く。
「ふーん。いやあ、大きくなったねえ。あ、そうだ。あとこっちもね、見て。もっと綺麗なの!」
そう言ってジュン姉は別のかけらを見せてくる。今度は水色ではなく……「金色」だった。
え? 金、色?
「ジュン姉、こ、これどうしたの?」
「ん? 拾ったんだよ、その辺で」
そう言って砂浜の一角を指し示す。
それはシーグラスよりはかなり小さな、豆つぶくらいの大きさのものだった。
でも、見たことのない輝きをしている。
「まさか……こ、これって『金』?」
「え? キン、ってあの金? まさかー。あ、でもすっごいキラキラしてるよね! 綺麗~」
そう言って、ジュン姉は嬉しそうにそれを見つめた。
村の北側にはかつて金山があった、と前に母さんから聞いたことがある。今でもたまに砂金が川で採れるらしい。けど……こんなに大きなつぶが見つかるのは衝撃だった。
見たところ、メッキのような安っぽい感じは見受けられない。
これは、売ったらかなりの額になるんじゃないだろうか。
「ジュン姉、それかなり『レア』だよ」
意味ありげにそう言うと、ジュン姉は急に瞳をキラキラさせはじめた。
「レア? レアか……。すごい! わたし知らない間にレアアイテムをゲットしちゃってたんだ!? いやー、やったー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ジュン姉は砂浜から道路の方へと猛ダッシュで走り出す。
「は? えっ。あっ、ちょっと待って! ジュン姉、危ないって!!」
幸い車は左右どちらからも来ていなかったけれど、僕はあわてて自転車に乗った。
ジュン姉は、かなり足が速い。
引きこもりの癖に、運動能力はばつぐんなのだ。
長い髪を振り乱しながら、その姿はあっという間に遠ざかっていく。そして、突然右腕だけをぶんぶんと振り回しはじめた。
「え? なに……何してんの?」
「これはっ、いらっなーい!!」
そんなことを叫びながら、ジュン姉は何かを海の方へと放り投げる。
「えっ!? ちょっ……!」
それは、どうもさっきのシーグラスのようだった。
水色とか、緑色、茶色の破片が、弧を描いて次々と海へと飛んでいく。
まさかさっきのでかい砂金も捨てようとしている? そこに思い至った僕はジュン姉の手元を大急ぎで確認しにいった。
「じゅ、ジュン姉っ!」
追いつくと、それだけはちゃんとジュン姉の左手に収まっていた。
思わずホッと胸を撫で下ろす。
あれ、僕なんでいまホッとしたんだろう? あれは僕のものじゃないのに……。
そう思ったけど、途中でジュン姉に話しかけられてその考えを止めてしまった。
「あっ、ねえリュー君。早くおうち戻ろ? 帰って、リュー君のおうちでゲームしよ!」
「……あ、うん」
あいまいに頷くと、僕たちは境雲村の中心部へと向かったのだった。