5話
それから一週間。
やられちゃ治癒魔法で治し、やられちゃ治癒魔法で……の繰り返し。おかげで身体が超回復したようで、更に身体能力が上がってきた。
なんとかエスティアの攻撃の半分くらいはバレずに手抜き状態でかわせる様になってきたし。
しかしエスティアはなんなんだ。もう訓練の域を超えて撲殺しにきてるだろアレは。刃引きしているとはいえ鉄の棒で殴り合いしている様なもんだし。
訓練を終え、誰もいない休憩室の椅子でだらけていると
「いいご身分だな。訓練だけで気が抜けるとは」
エスティアが入ってきた。騎士団の方に帰るんじゃなかったのか?
「貴様に言っておく。私に手こずっているのであれば、『獣』討伐など夢のまた夢だ。とっとと消えてしまえ」
「俺が何かしましたか?やけに厳しいですが」
「貴様などに厳しくする意味があるのか?自惚れるな」
目を細めながらそう吐き捨てる。
「……八つ当たりされても困るんですが」
「何!!」
そう言った時にはもう剣が目の前に突きつけられている。刃引きしていない本身の剣だ。
そう。最近わかってきたのだが、この国では獣人の地位は驚く程低い。その中で今の地位まで登りつめるのは大変なんて言葉では言い表せないだろう。そして色々な誹謗中傷によるストレスもシャレにならないレベルだと思うが……
それを俺にぶつけられても困るし、ここ何日かは明らかにヒートアップしている。ここらで釘を刺しとかないと、殺し合いに発展しかねない。いい加減腹も立ってたし。
「自分の鬱憤くらい自分で発散して欲しいもので」
目の前の剣先を気にもとめずにそう言う。言い掛かりで斬殺する程頭に血が昇っている訳でもないだろう。訓練中の事故に見せかけて…くらいには怒り狂ってはいそうだが。剣先が細かく震えてるし。
「……貴様に何がわかる……」
前言撤回。ヤバいなこりゃ。図星指されてキレかけてる。
「そんなものわかりませんよ?俺はあなたと訓練以外顔を合わせていませんから。そんな人から敵意を向けられるって事は、その原因が自分じゃなく相手……つまりあなたにあるとしか言えませんから」
「……」
ちと言い過ぎたかね。クールダウンさせる必要があるんだが……
効くかどうかわからんが……試しにアレやってみるか。失敗したら間違いなく殺し合いになりそうだが。
立ち上がり、剣を俺に向けているエスティアの鼻先に目を逸らしつつ人差し指を無言で突きつける。
「何の真似だ」
そう言うエスティアを無視したまま、指を突きつけ続ける。
しばらくそのままでいると、その指先が気になってしょうがない仕草をみせるエスティア。ゆっくりと目をパチパチさせながら更にそのままでいると、鼻がヒクヒクしだし、遂には指の匂いを嗅ぎ出す。
かかった!
納得するまで匂いを嗅がせ、落ち着いた様子を見せたところで、指をゆっくりと鼻先から眉間に向けて滑らせる。
少し警戒する仕草を見せたものの、嫌がる風ではない。
何度かそれを繰り返し、眉間から頭、頭から耳の裏と撫でていく。
目を閉じてなすがままのエスティア。
片手だけでなく、両手を使って撫でる。
耳の裏を撫ぜながら喉の方も撫でる。
両手小指で喉を、親指で目頭から目尻に向けて、残る指で首筋を撫でてやる。
エスティアはすっかりリラックスした様子で、先程まで俺に向けていた剣先は床につけてしまい、今にも手から落としそうだ。
尻尾はピンと立ち、細かく震わせている。
ゴロゴロゴロゴロ……
喉を鳴らし出したエスティアを見て、俺は勝利を確信した。
しばらくゴロゴロ喉を鳴らしていたエスティアだったが、ハッ!!とした風で我に帰る。
「ききき貴様わ私に何をした」
今までの剣幕はどこへやら、かなりの動揺をみせる。
「俺のいた世界には『ヌコ』という猛獣がいて、その力で人間を下僕としてしまうんですよ。そうなると人間はヌコのために尽くさないといけなくなってしまう」
嘘は言ってないな。
「それがどどどうした」
落ち着けよ。
「俺はヌコ様のマッサージを仰せつかっていたんですよ。気に入らないと噛むわ引っ掻くわ……そのため自然とマッサージの腕が上がったという訳で。それをあなたにも応用してみたんです。何かあなたは張り詰めすぎた弓の様にみえてしまって」
「ぅうううううるさい!もういい!!」
慌てた感じで部屋を出るエスティアだったが、尻尾は相変わらずピンと立っていた。
さすがに本能は隠せないか。これで八つ当たりが多少でも無くなりゃいいんだが。
次の日。エスティアは来なかった。
その次の日も来なかった。
その夜。
やり過ぎたか……とやっと監視の目も表向き外れ、宛てがわれた自室のベッドで反省していると、視線を感じた。扉付近を誰かがうろうろしている気配はさっきから感じていたが、見張りのいる生活に慣れつつある今、あまり気にしてなかった。暑かったので、窓を開け、扉も少しだけ開けていたのだが……
よく見ると、扉の隙間からチョロチョロと真っ黒な耳やら尻尾やらが見え隠れしている。あー。そういう事か。
明かりを落とし、ベッドに横になる。しばらくすると、静かに誰かが入ってくる気配。
しかし、すぐにこちらへくる訳でもなく、ベッド周りをうろつきながら、少しづつこちらへ近寄ってきている。
そして意を決したのか、ベッドの上にそっと登って……
俺の脇に頭を突っ込んでうずくまり、小さく喉を鳴らし始める。
……やっぱりな。
本人から聞いた訳では無いが、この国では世間の風当たりが相当キツいようだ。この国では同じ『異物』である俺との待遇の差が、エスティアのストレスを俺にぶち当てるに至ったってとこか。
俺の常識からすると、サイズ的に黒豹がベッドに忍んできた様なものだが、意思の疎通が既にできているためか、特に恐怖感はない。むしろ図体のデカい子猫がやってきたくらいの感じだな。
そっと頭から背中を撫でてやる。軽くビクッとするが、すぐにまた喉を鳴らす。
よしよし。ゆっくり寝れよ。
クーを亡くしてから初めて触れた生き物の温もりに、俺も癒されつつゆっくりと眠りに落ちて行った。
グルグル言う音をBGMにして。